3-8 最初の一歩8
「そのツラを泣き顔に変えてやるよっ!!」
今度は礼もせずにコロッサスから悠へと斬りかかった。そして前に出ている棍を標的として剣を振り――咄嗟に途中で止めて剣を戻した。
「流石はギルド長だ。自分の技には引っかからんな」
コロッサスが引き戻した剣のすぐ上には、いつの間にか悠の棍がピタリと頭を狙って静止していた。もしあのままコロッサスが剣を振り抜いていれば、棍がコロッサスの頭を打ち抜いていただろう。
悠がやった事は、さっきコロッサスがやった事と同じだ。コロッサスの斬撃に合わせて棍を回転させて死角から相手の無防備な場所を狙う。コロッサスが編み出した奥義『朧返し』を、初見で完全に見切ったゆえに出来る芸当だった。
(こんな強さを持った奴が居るとは・・・今まで噂にも聞いた事が無いぜ・・・)
コロッサスとて歴戦の強者であるので表情に出す様な事はしなかったが、その内面では今の攻防に大きな衝撃を受けていた。普通の人間相手でこれほど恐ろしい相手と戦った事はコロッサスの戦歴でも片手の指くらいしか記憶に無かった。
相手の実力を垣間見た事で、2人の間にしばしの静寂が訪れる。コロッサスは相手の隙を探り、悠はコロッサスの隙を探る。殆ど動いてはいないが、コロッサスは視線や体重移動で悠を翻弄し、悠も棍の微妙な揺れと気の集中でコロッサスを攪乱した。
そんな2人の静かなる攻防に、見ている人間達の方が限界に達し始めた。最初に受付嬢のエリーがへたり込み、それに続く様に続々と冒険者達も悠とコロッサスの気に当てられて精神疲労からその場に崩れ落ちていった。
その数は時間と共に多くなり、20分が経つ頃には立って見ている冒険者の数は半分以下にまで減少している。ついでに異変を察して駆けつけた他のギルド職員も何人か気に当てられて失神していた。
今、2人の間には濃密な殺気が渦巻いている。そしてこの状況で有利なのは――悠だ。
剣と棍では、当然棍の方が射程が長い。そして、悠の棍を振る速度はコロッサスの剣を振る速度に匹敵する。であれば、同時に攻撃したとして、先に攻撃を受けるのはコロッサスという事になる。
(嘗めていたのは俺の方か・・・まさか新人相手にここまで苦戦するとは思わなかったぜ・・・)
コロッサスも当然その予測に行き着いていて、悠が攻撃して来たら即座にその棍を斬り落とすべく待ち構えているのだが、悠はどの様なフェイントを掛けてもそれに乗っては来なかった。
(こいつのは勘じゃねぇ。圧倒的な戦闘経験に裏打ちされた絶対の自信が見えるぜ。認めたくねぇが・・・・・・コイツ、俺より・・・)
そこまで考えてコロッサスは思考を打ち切った。戦いの中で弱気になる事は実力の低下に繋がり、そしてそれは容易に敗北、そして死に繋がるのだ。
しかし、そんな刹那とも言えない様な隙を悠は見逃さなかった。ボクサーが数千、数万と同じパンチを放つ内に意識せずとも相手の隙を付く攻撃を繰り出す様に、悠の棍はいつの間にか思考に気を取られたコロッサスの眼前まで迫って来ていた。
後退する事も剣で断ち切る事も出来無いと踏んだコロッサスは、今一度『朧返し』を悠に繰り出した。その場で回転して回避し――それでも悠の棍はコロッサスの頬を掠めたが――前に踏み込みながら回転の最後に袈裟斬りを悠に浴びせかける。
それは射程の関係で今一歩悠本人には届いていないが、伸びきった悠の棍が断ち切られた。
得物を失った悠に反撃の手段は無く、次の攻撃を避けきる事は困難だと思い、再度攻撃を放とうとしたコロッサスを驚愕が襲った。
悠は斬られた棍をクロスして袈裟斬りで下に降りていたコロッサスの剣を抑え込んでいたのだ。自らの愛剣であれば切り上げて棍ごと悠を斬る事も出来る自信がコロッサスにはあったが、訓練用の刃引きの剣ではそこまでの切れ味を密着状態からは発揮出来ない。
悠は抑え込んだ剣に体重を預けてふわりと宙を舞い、ドロップキックをコロッサスに向けて放った。コロッサスは更に姿勢を低くして前転してその蹴りをやり過ごし、悠もふわりとその場に下り立った。そしてコロッサスに向き直って宣言した。
「――降参だ、ギルド長」
「何だと?」
悠の突然の降参宣言にコロッカスは顔の血も拭わずに声を荒げた。
「俺の得物はこの通り、真っ二つにされてしまった。どう見ても俺の負けだろう。流石はギルド長、俺の敵う相手では無かったな」
「ふ、ふ、ふ」
その悠の言葉にコロッサスは震えながら声を詰まらせ、そして叫んだ。
「ふざけるんじゃねぇよ!!どう見ても俺が押されてただろうが!!こんな決着、誰も認めは――」
「ギルド長、もう誰も見ている者は居ない。だから大丈夫だ」
「あん?」
コロッサスが周囲を見ると、いつの間にか全ての冒険者が失神している。その死屍累々といった有様の中で剣を持って息を乱し血を流すコロッサスは、まるで全員を斬り捨てた殺人狂の様に見えた。
悠とコロッサスが静から動へと移った直後、その攻防に付いて行けなかった冒険者達は続々と倒れ伏した。そして、その攻防でまき散らされた殺気は冒険者達の最後に残っていた意地すら吹き飛ばしてしまったのだった。今、訓練場でかろうじて目を開けているのはベロウ唯一人である。
「お、お前らなぁ・・・やり過ぎなんだ、よ・・・」
その言葉を最後に、ベロウも憔悴しきって気を失ったのだった。




