3-7 最初の一歩7
「その『魔物百科』に大体の魔物は載っていると思います。上手く活用して下さいね」
胡椒の小ビンを別の職員に渡しながらエリーは上機嫌に言った。
「ああ、こんな所か?」
「はい、最初の説明は以上です。また何か聞きたい事がありましたらこちらでお尋ね下さい」
「ああ、ありがとう」
「では裏の試験場までご案内します。こちらは普段は訓練場として解放していますから、夜の鐘(午後6時)の鳴るまででしたらいつでもご利用下さい」
そう言って案内される悠とベロウの後ろからはゾロゾロと冒険者達が付いて来ている。これは別に悠やベロウが目的では無く、ギルド長であるコロッサスの実力を見たいからこその追従だった。
ギルドの建物から裏口とも言える出入り口を出ると、そこは開けていて、打ち込み用の木人や筋肉トレーニング用の重りなどが置いてある広場になっていた。
今までそこを使用していた人間は皆外縁部に集まっていて、広場の中央ではギルド長のコロッサスが刃引きの剣を手に悠とベロウを待っていた。
「ユウにバローだったか?早速審査を始めるぞ。そこに武器は用意してある。まずはバローだ」
「お、俺からかよ・・・」
そう言ってベロウは緊張しつつも用意されていた刃引きの武器の中から1本の剣を借りてコロッサスの方へと歩み寄った。
そして2人は相対すると一礼し、ベロウは構えを取った。
「ほう、ノースハイア流か。それも相当の練度だ。・・・こっちも慣れない挨拶回りでストレスが溜まってるんでな。楽しませてもらうぜ?」
コロッサスはベロウの構えから流派と実力を素早く正確に読み取った様で、その口元に笑みを浮かべているが、目だけは猛禽のそれであった。
(チッ、こうやって相対してるだけでとんでもない化け物だって事は分かりやがる・・・守りに入ったらやられるな・・・ならば!)
ベロウの操るノースハイア流は一撃の重みに重点を置いた流派である。それは、盗賊との戦闘で一太刀で腕を斬り落とした事からも推察出来る。しかし一撃の重みに重点を置いているという事は、受けに回った時に脆いという事も同時に表していた。
ベロウは剣を上段に構えて腕の力を集中させてコロッサスに向かって踏み込んだ。
普通は上位者に対して防御を捨てた上段の構えを取る事は得策とは言えないが、これは殺し合いでは無いので、ベロウは自らの最高の一撃をコロッサスにぶつけるつもりで上段を選択した。対するコロッサスは未だに剣をだらりと下げたままの姿勢だ。
「うるぁぁぁぁぁあああ!!!!」
ベロウは気合いと共にノースハイア流奥義、『重破斬』をコロッサスの脳天目がけて振り下ろした。『重破斬』は地面がめり込むほどの震脚で上段にある剣を下に向かって引っ張り、体重と筋力、そして剣の重さを合わせた斬撃を相手に叩き込む技だ。ベロウくらいの使い手になれば、相手の脳天から股までを斬り裂いて2枚に下ろす事も可能だった。
ベロウがこの様な奥義を使って見せたのも、一つは自分の実力を相手に見せる為であったが、もう一つは憧れの剣士であるコロッサスがこの程度でやられるはずが無いという、相手へのある種の信頼感があったからだ。――そしてそれは正しかった。
眼前に居るコロッサスがもう避けられない所まで剣が来たと思った瞬間、突然コロッカスの姿がベロウの目から消え去った。
(何っ!?)
しかし、斬撃の途中で相手を探す事など出来ようはずも無いので、ベロウの一閃はそのまま地に向かって振り下ろされた。
ズンという鈍い音と共にベロウの剣が地面に埋め込まれる。しかし当然コロッサスに当たった様な手応えは無く、そして何故か消えたはずのコロッサスはその場に居て、体勢の崩れたベロウの後頭部にピタリと剣を寸止めしている。
「中々いい太刀筋だ。だが技の途中で相手を見失う様じゃいけねぇな。これからも精進しろよ。お前はⅤランクだ」
最初に貰えるランクとしては最高位であるⅤランクを受け取っても、ベロウは素直に喜べなかった。途中で目を離した?冗談では無い。そんな素人の様な真似をした覚えは無かった。それはつまり、コロッサスにとってはベロウは素人とそう変わりが無いという事でもあった。
「やっぱ『隻眼』はつえぇや。・・・でも、憧れた強さのアンタとやれて俺も嬉しかったぜ」
そう言って2人はまた互いに礼をした。
2人の手合わせが決着した瞬間、外縁部で見学する冒険者達の中で、今の結果の議論が交わされている。
「おい、今ギルド長は何をした?上段で斬りかかった所までは分かったが・・・」
「何だ?魔法か能力か?一瞬、ギルド長が消えた様な・・・」
「まるで斬撃がすり抜けたみたいだ・・・」
殆どの冒険者には、今コロッサスがどうやってベロウの斬撃を回避したのかが分からなかったが、一人の冒険者がニヤニヤと悠に話しかけてその技の正体が判明した。
「なぁ、次はアンタがやるんだろ?今、ギルド長が何をしたのか分かったのか?無策なら二の舞だぜ?」
「特別な事は何もしておらんさ」
その悠の発言に、周囲の冒険者の視線が一斉に悠へと集まる。
「み、見えたのか!?」
「ギルド長はバローの斬撃に合わせてその場で前転したのだ。そしてそのまま元の場所に着地した。後は全力の上段斬りで頭が下がったバローの後頭部に剣を置いた、その結果があれだ」
周囲の冒険者は半信半疑で悠の言葉を聞いていたが、コロッサスがそんな悠に笑いかけた。
「やっぱりお前さんは新人とは思えねぇな。今のが見えるんなら、Ⅶランクでもやっていけるぜ?」
そのコロッサスのセリフで、やはり今の悠の言葉が真実であると分かると、周囲の冒険者の悠を見る目が変わった。ただの命知らずの馬鹿から、爪を隠した鷹を見る様な目に。
「すぐにやるか?」
「当然だ。たっぷり時間を使う為にユウ、お前さんを後にしたんだからな。さっさとやるぜ」
その言葉に悠はコロッサスに歩み寄っていった。そして途中で用意されている武器の中から1本の棍を引き抜いた。
「それがお前の得物か?」
用意されている武器の中でも、特に貧弱な武器を選んだ悠に、コロッサスが怪訝な目を向けて尋ねた。そして悠のセリフはコロッサスの闘志に火を付ける結果となる。
「いや。これなら余り怪我をさせずに済むからな」
その言葉に訓練場はしんと静まり返った。怪我?誰が?ギルド長が?新人に?
その言葉の意味が浸透していく中で、コロッサスの目にちらちらと火の様な意志が揺らめいた。
「面白ぇ事を言う兄ちゃんだな。・・・俺を嘗めてんのか?」
その途端、コロッサスの体から膨大な殺気が溢れ出し、見学している者達を硬直させた。そして冒険者達は、相対しているのが自分では無い事に安堵した。
「ぎ、ギルド長・・・ゆ、ユウさんはまだ良くギルド長の事を知らないんです!で、ですから・・・」
「黙ってろよエリー。これは審査だ、殺し合いじゃねぇ。分かってるさ・・・」
どう見てもコロッサスの目は分かっている目では無い。エリーは再度諌めようとして、その肩に乗った手に言葉を止められた。
「大丈夫だ、エリー。ギルド長もそう言っているだろう?」
そこには普段と変わらぬ無表情の悠が居て、何故かエリーはその瞳に言葉を吸い取られる様な思いがして口を噤んだ。その黒い瞳が、まるで底の無い穴の様に見えたのだ。
エリーをその場に置いて、悠はコロッサスに向かい合った。
「・・・もし俺に一撃でも入れる事が出来れば、Ⅴランクなんてケチな事は言わねぇ。ギルド長の権限でⅦランクをくれてやる。『出来ればな』」
コロッサスは悠の気を乱そうとそんな挑発をしたが、悠の毒舌はその更に上をいった。
「ふむ・・・一撃でⅦランクなら、倒してしまうと俺がギルド長をやらねばならんのか?」
その言葉に周囲は凍りつき、コロッサスの顔からは笑みが消えた。
「本気でやれよ、死ぬぜ・・・」
そうして2人の激突は始まったのだった。
言葉の応酬をしていると、ついつい毒が混じってしまうのは悠の悪い癖ですね。
雪人くらい口が回れば楽しめる所ですが。




