3-6 最初の一歩6
「登録を始める前に言っておきますけど、ああいうのは感心しません。もう少し冷静に話し合うなりして解決して下さい!」
席に着くと、早速といった様子でエリーが悠に小言を述べて来たが、悠は全く響いた風も無かった。
「話し合いで解決出来る事とそうで無い事がある。あんな連中を野放しにしているギルドにとやかく言われる筋合いは無いが?」
「なっ!?」
ごねられたり無視される事は覚悟していたエリーだったが、まさか正論で反論されるとは思っておらず、思わず二の句が継げず口をパクパクさせた。悠は更に言い募る。
「唯一奴等に注意を勧告した君の正義感は認めるが、現実が伴っていないならそこらで日和見している連中と何も変わらん」
「・・・何で今度は受付嬢と喧嘩腰なんだよ・・・」
「喧嘩では無い。言うべき事を言っているだけだ。声の大きい者の意見ばかりがまかり通る世の中は正常とは言えん。人はもっと己の心に正義を持つべきだ」
その言葉に憤っていたエリーも宥めていたバローも黙り込んだ。
「済まないな、君に喧嘩を売るつもりは無いんだ。登録を始めてくれ」
「あ、は、はい・・・すいません、出過ぎた真似をしました・・・」
「ギルド長が変わってまだ日も浅いのだろう?あの様な人物が居るならこのギルドも少しは風通しが良くなるだろうさ」
「あん?なんでこの街にきたばっかりなのにそんな事が分かるんだよ、ユウ」
悠の言葉を聞き咎めたベロウが悠に尋ねた。
「あのギルド長は『黒鼠』の様な口だけの小悪党をいつまでも放置する様なタイプの人間では無い。ずっとこのギルドで長をしていたのなら、とっくに排除されているはずだ。そしてそれが出来るだけの実力もある。俺が何かしなくても遠からず『黒鼠』は駆除されるだろう」
悠の見識にエリーは目を見張った。確かにコロッサスは3ヶ月前に就任したばかりで、しかもそれからは就任の挨拶でミーノスを飛び回る毎日を送っていた。それゆえ、実質的にはまだギルドの仕事は殆ど手付かずだったのだ。
そして悠には『竜ノ瞳』がある。この目の前にいるエリーやギルド長のコロッサスが青いオーラを持っている事は分かっていたので、それゆえの推測でもあった。
「はい、新しいギルド長が良い人そうだったので、私もこのギルドにお勤めさせて貰おうと思ったんです。私の父も冒険者でしたから・・・ああいう、ガラの悪い人達は嫌いです」
エリーはどこか懐かしむ様な目をして悠に答えた。率直な答えは若さゆえのものもあるが、元来潔癖な人格なのだろう。
「俺もこの場での揉め事はなるべく控える。これからのギルドの運営に期待する事にしよう」
「はいっ!!」
さっきまで意気消沈していたエリーだったが、悠の言葉に元気を取り戻したようだ。
「まだ俺達は冒険者ですら無いんだがなぁ・・・」
そのベロウの呟きは悠には無視され、そして幸いな事にエリーには聞こえなかったので流されてしまったのだった。
「ではこちらの書類を読んで署名をお願いします」
そう言ってエリーが2枚の書類を悠に差し出した。内容は冒険者になるに当たっての規則や特記事項についてだ。
大まかに言えば、「規則に従え、そして自己責任で」という内容らしい。
「ギルドは冒険者に必要以上に干渉しません。ギルドは依頼を提供し、依頼者と冒険者の橋渡しをする者とお考え下さい。その仲介料がギルドの運営資金になります」
そこでエリーは声を潜めた。
「だから『黒狼』みたいな人達が増えると困るんです。仕事をしないどころか、ちゃんと仕事をしている人の邪魔までしていて・・・」
「前のギルド長はどうした?」
「横領がバレて更迭されました」
つくづくどこもかしこも腐った世界だった。
「それで運営に大ナタを振るう為にコロッサス様がギルド本部から派遣されて来たんです。・・・あっ、すみません、説明の途中でしたね」
そう言ってエリーは再び説明に戻った。
「冒険者になるとギルドで依頼を受ける事が出来ます。入り口右手の掲示板に依頼を張り出していますので、それをカウンターに持って来て下さい。依頼を受ける事が出来るかを確認しますので」
そしてエリーは金属の板の様な物を取りだした。
「これが冒険者証です。この刻印されて見える部分が冒険者のランクを表しています。ランクはⅠ(ファースト)~Ⅹ(テンス)までありまして、上に行くほど数字が大きくなります。この数字によって受ける事の出来る依頼に差が出ますので、頑張ってランクアップして下さい」
それと、と前置きしてエリーは続けた。
「どれだけ強くても、最初に得られるランクはⅤ(フィフス)までです。この後のギルド長の審査で決定されますので、怪我にはご注意下さい。・・・あの、ギルド長がこの審査に加わるのは今日が初めてなんです。気を付けて下さいね?」
「ああ、忠告感謝する」
コロッサスが審査、或いは戦闘を行う所をまだギルド員を含めて誰も見た事は無かったが、元とはいえⅨランクの冒険者ともなればその戦闘力は人を超越しているという事だけは分かっている。それゆえの善意からの忠告であったので、悠も素直に感謝を述べた。
「それと2人の身分証を提出して下さい。素体の冒険者証に審査の結果のランクと名前を刻印をしますから」
悠とベロウは先ほど受け取ったばかりの身分証をエリーへと手渡し、それを見たエリーが驚きの声を上げた。
「えっ!?後見人がフェルゼニアス公爵って・・・も、もしかして、お2人は貴族様でしたか?」
狼狽するエリーにベロウが笑って答えた。
「ああ、そんなんじゃねぇさ。俺とユウがこの町に来る途中、閣下が盗賊に襲われていてな。それを助けた報酬として身分証の発行に口を聞いてもらったのさ」
「ああ、そうでしたか・・・でも凄いですね、普通はたった2人で盗賊に立ち向かうなんて。ギルドで仕事として依頼があったとしたら、Ⅴランク以上は固い仕事ですよ?」
「幸い、俺の相棒は腕っぷしだけは自信があってね。30人ほど居たが、蹴散らしてやったさ。盗賊の頭は警備につき出してやったしな」
少々話を盛ってベロウはエリーに得意げに告げた。評判を上乗せしておけば覚えもいいだろうという思考が働いた事もある。
「30人も!?うふふ、ウチのギルドにも久しぶりにいい新人さんをお迎え出来そうです。審査をギルド長にやって貰って良かったかもしれませんね」
ここ最近の新人の不作に頭を悩ませていたエリーは嬉しそうにそう言った。
「ここ最近、この近辺にも魔物が増えて困っていたんです。盗賊になる人も後を絶ちませんし・・・あ、そうそう、魔物は常時討伐は受け付けていますので、見つけたら討伐して下さい。討伐部位や買い取り箇所は分かりますか?」
「いや、知らんな。バロー、知っているか?」
「俺もそんなに詳しく無いな。何か分かる様な本とかは無いか?」
ベロウがそう尋ねると、エリーが申し訳無さそうに答えた。
「ギルド内には誰でも閲覧可能な『魔物百科』があります。販売もしていますけど、少々お高いんですよね。金貨で10枚お支払出来ますか?」
「流石にそれだけの金は・・・あ、そうだ、これと交換出来るかい?」
そう言ってベロウが荷物から胡椒の一部を取り出してエリーに尋ねた。
「え?・・・ま、まさか、これ、胡椒ですか!?これなら十分ですよ!!」
エリーは数回しか見た事の無い胡椒に興奮して顔を赤くしていた。
「でもこんな超高級品をどうやって・・・」
「それはこんな場所で言える様な事じゃねぇやな。ま、後ろ暗い事をして手に入れたんじゃねぇから大丈夫だよ。じゃなけりゃ貴族様が俺達の後見人なんぞしてくれるはずが無いだろ?」
「そ、そうですね・・・」
実は十分後ろ暗い事をして手に入れた胡椒だったが、わざとエリーに誤解させる事でベロウは追及を逃れたのだった。




