3-3 最初の一歩3
「申し訳無いが我々は先を急ぐので・・・」
「待て待て待てユウ!交渉は俺に任せるって言ったろ?」
悠は断ろうとしたが、ベロウはこのチャンスを棒に振ってなるものかとその言葉を遮る。そして小声で悠に告げた。
「冒険者をやるにしても、いざという時の後ろ盾があると無いとじゃ、扱いが天と地ほども違うぜ?ミーノスにしばらく留まるなら王家に次ぐ権力を持っている公爵家との繋がりは大切にした方がいい。それに、冒険者は貴族の依頼で動く事もあるんだ。顔を覚えておいて貰って損は無いぜ?」
「・・・分かった。だが、子供達を残して来ているのだから、長期の依頼は断るぞ。それに俺達はまだ冒険者では無いのだからな」
「分かってるって、まぁ、俺様に任せておけよ」
ベロウの言う事も一理あるので、悠は長期の依頼以外という条件で承諾した。これから滞在する国の上層部と知り合いだという事は確かに利になると考えたのだった。
「失礼しました、フェルゼニアス卿。雇いたいと仰られましたが、我々は『まだ』冒険者ではございません。実はこれからミーノスで登録するつもりでありまして・・・少々時間もありませんので、長期に渡るご依頼も厳しいのです。それでも我々をお雇いになりますか?」
ベロウの口調が一変しているのは、当然相手の心証を良くする為だ。ベロウとて若輩なれど貴族であるので、この程度はやろうと思えばやれるのだ。普段やらないのは単に堅苦しいのが苦手だからなのと、ぞんざいな口調の方が女ウケがいいからだった。
「ほう・・・冒険者では無いのにその強さですか。構いませんよ、ミーノスまでのほんの少しの間に護衛してくれれば結構です。なにせ、私には護衛があと2人しか居ませんからね。万一、さっきの盗賊達が見張っていたら、貴方達と別れた後にまた襲ってくるかもしれません。そうなれば今度こそ全滅ですからね」
命を危険に晒されたばかりだというのに、ローランの態度にも口調にも怯えは見られない。流石は若いと言えども大国家の最上層部に位置する家の当主と言えた。
「畏まりました。それで報酬なのですが、私達も油断から盗賊に荷物をやられてしまい、身分を証明するものがありません。それもミーノスで発行してもらう予定でしたが、フェルゼニアス卿からも一筆頂けませんでしょうか?他国人が身分証を発行して貰うのは骨が折れるそうで・・・少々、途方に暮れていたのです」
ベロウは舌を回しながら同情を引く様な困り顔をしてみせた。その演技は事情を知っている悠ですら本音の様に見え、ベロウの演技と言う意外な才能に少し驚いていた。
「ほほぅ・・・分かりました、貴方達の身分証は私が用意して差し上げましょう」
「ありがとうございます!!私はバロー。そしてこっちの無愛想なのがユウです」
「ユウです、閣下」
ベロウがバローを偽名を述べながら自己紹介をした。悠もそれに応えて名を名乗る。
「はい、バローにユウ。街までよろしくお願いしますよ」
ローランの口調も物腰もあくまで丁寧で穏やかだが、その目だけは肉食獣の様な鋭さを持っていた。風になびく金色の髪と相まって、まるで若い獅子の様だ。
「護衛の馬車は一台はここに置いていきます。もう乗る人間も居ませんし、御者も殺されてしまいましたからね」
「我々は如何しましょう?馬だけ切り離して私が乗って行きましょうか?」
「馬を回収出来るのはありがたいですね。お願いしましょう。もう一台の護衛の馬車はビリーが御者をやれますからね。ついでにあの盗賊の頭も連行しましょう。どうも、背後関係がきな臭いのでね」
交渉が纏まると、ベロウは置いていく馬車の馬を切り離し、悠は盗賊のリーダーを担いで護衛の馬車へと積み込んだ。
「・・・父さま、もう大丈夫ですか?」
出発の準備をしていると、ローランの馬車の扉が再び開いて、中から10歳前後の、見目麗しい少年が外を覗いていた。悠がそちらに目を向けると、その身体からは薄青いオーラが立ち上っている。青いオーラの持ち主はこの子供らしかった。ちなみに、ローランのオーラは薄い赤だ。
「ああ、こちらの方々が助けてくれた。冒険者志望のバローにユウだ。アルト、ご挨拶をしなさい」
「は、初めまして!ぼく・・・わ、私はアルト・フェルゼニアスです。こ、この度は危ない所を助けて頂き、あ、ありがとうごじゃいました!」
「いえいえ、滅相も無い!若様であらせられますか?私はバローと申します、こちらがユウです。以後お見知りおきを」
アルトは緊張と恐怖でまだ上手く口が回らない様だったが、バローはそれに突っ込む様な事はせず、恭しく、そしてさり気なく自分達を売り込んだ。
「正直、もうダメかと思いました。父さま、2人はお強いのですね?」
「ああ、バローの腕を斬り落とした剣技も見事だったが、ユウの格闘術は特に素晴らしかった。私もそれなりに目は肥えているつもりだったが、野にもまだまだ素晴らしい人材が居ると、目から鱗が落ちる思いだったよ」
アルトもローランの語る2人に興味を持った様だ。徐々に顔から緊張が薄らいでいた。アルトに話す時はローランの口調は男っぽい物言いになる様だ。
「2人とはまた話す機会が欲しいものですね。・・・良かったら今晩、我が家で食事など如何でしょう?どうせ宿も決めていないのなら泊まっていっても構わないですよ。アルトも強者には憧れがあるのでね。話だけでも聞かせてやってくれると嬉しいのですけど?」
ローランの申し出にベロウは悠へと振り返って尋ねた。
「どうする、ユウ?」
そう聞きながらも、ベロウは悠にウィンクをして、受けろという合図をした。
「何分、育ちが悪いので閣下にご不快を与えてしまうかもしれませんが、それでもよろしかったら、お招きを受けさせて頂きます」
悠もベロウに倣って精々慇懃な口調で答えた。
「うんうん。ビリー、ミリー、君達もどうかね?最後まで私に殉じた君達に敬意を表して、君達も招待したいのだけれど?」
その言葉に、後ろで静かに控えていたビリーはしどろもどろになりながら答えた。
「俺・・・じゃない、わ、私は貴族の方の食事のマナーも知らない、不作法な人間です。で、ですから、その・・・」
「ありがたくお受けします、閣下。マナーは少し大目に見て頂ければ嬉しく存じます」
そんなビリーの口上を遮ってミリーがほほ笑みながら答えると、ビリーが何か言いたそうにミリーを見て口を開けたり閉じたりしていたが、やがて諦めて承諾の意を告げた。
「はい・・・お招きを受けさせて頂きます・・・」
「フッ、大丈夫ですよ。今日は込み入った物は抜きにしますから。気を楽にして下さい」
そんな言葉でローランはビリーを慰めたのだった。
ベロウがバローになりました。地の文ではベロウのままですのでご注意下さい。