3-2 最初の一歩2
最初に盗賊達がその人影に気付いたのは、悠が盗賊達に到達する2秒前だった。
そしてせっかく得た2秒間も悠のあまりの速さに呆然として過ごしてしまった盗賊達は何ら有効な対策を取れずに悠と戦闘に入るハメに陥った。
首尾良く盗賊達に接敵した悠は、手近に居た盗賊に向かって飛び蹴りを放って吹き飛ばし、その射線上の盗賊を巻き込んで同時に戦闘不能にすると、混乱する盗賊達を片っ端から叩きのめし始めた。
剣を構える暇も与えずに水面蹴りで二人同時に足を払って転倒させ、そのままダッシュして倒れた二人の鳩尾を踏みつけて悶絶させ、ようやく剣を構えた相手の柄を下から蹴り上げてその手から弾いて、更にその足を踵から相手の顔面に落とした。
その辺りでようやく悠を新たな敵と認識した盗賊達が悠に剣を向けるが、悠は落ちて来た剣を掴むと手近な相手目がけて投げつけた。
急に剣を投げて来るとは思ってもいなかった盗賊の男は肩を剣に貫かれつつ独楽の様にクルクルと回って崩れ落ち、その様子に気を取られていた盗賊達が目を離した隙にまた接敵しては盗賊を叩きのめしている。
「なめるなぁ!!」
盗賊達も剣を振り回して応戦するが、悠の掴み所の無い動きに翻弄されその体にはかすりもしなかった。
瞬く間に10人ほどを叩きのめした悠に恐れをなした盗賊達は、一旦距離を取り慎重に悠達を囲んでいる。
その隙に悠も後退し、青いオーラを持った護衛二人に近づいていった。
「助太刀しよう。俺が突撃するから、お前達は馬車の人物を守ってくれ・・・それと、お前達以外の護衛の動きに注意しれくれ。どうも怪しい」
後半の言葉は二人の護衛にだけ聞こえる様に悠は言い、その言葉を半信半疑で聞いていた護衛達だったが、どうせ状況は既に最悪であるし、悠が居なければどうせ長い時間は持たないと頭を切り替え、その言葉に頷いた。
「分かった、アンタを信じよう」
「ちょっと!?私はまだ信用した訳じゃ無いわよ!」
しっかりと確認した訳では無かったので、今更ながら悠は二人が良く似た顔立ちの若い男女だと気付いた。若い男の方は悠の言葉に頷いたが、若い女の方はまだ流される状況に不満があるらしい。
悠は女だからと言って言葉を和らげる様な真似はしなかった。
「状況の判断も出来無いなら黙っていろ」
「なんですって!?」
「やめろミリー!!すまん、コイツは血の気が多くてな。ミリー、今は誰の手でも借りたい状況だ。・・・それに、他の護衛が怪しいのは俺も感じていた。今はこの人に従え。これはリーダー命令だ」
「ッ!?わ、分かったわよっ!!」
男に言われてミリーと呼ばれた若い女は渋々引き下がった。
「俺はビリー。アンタは?」
「俺はユウだ。馬車は任せるぞ。・・・あと、俺にも連れがもう一人居る。無精髭の男だ。そいつは斬らない様に気を付けてくれ」
「ああ、分かった」
小声で自己紹介を終えた悠とビリーに向かって盗賊から声が掛けられた。
「おい!お前ら!!今降伏すれば命だけは助けてやるぞ!!」
真ん中からそう怒鳴る男が、恐らく盗賊達のリーダーなのだろう。一際赤いオーラが悠の目には映っていた。大人しく降伏したとしても、決して約束が守られる事は無いだろう。
事実、その男が注目を集めている間に、他の盗賊達が後ろで何やら準備をしているのが悠には見えていた。次の手としては近接戦は不利とみての遠距離攻撃であろう事は見え見えだ。降伏勧告は単なる時間稼ぎと見ていい。
それに加えてビリーとミリー以外の護衛達が気付かれない様に、徐々に人の居る馬車に近づいていくのも悠には感じ取れている。やはり黒だと思った方がよさそうだった。
「どうした!!10秒以内に返事をしねぇなら死んで貰うぞ!!」
「ビリー、ミリー、馬車へ走れ!!」
それだけ言って悠はその場から弾かれた様に飛び出した。盗賊達は残り5秒になった時点で魔法と弓で攻撃しようと思っていたのだが、悠の突撃を見て慌てて標的を悠に絞った。
「ブッ殺せ!!」
リーダーの号令と共に悠に矢と魔法が殺到したが、悠は更に姿勢を前に倒して低くなり、加速によって体を支えて矢と魔法の雨を潜り抜けた。
盗賊達が第二射を放とうとした時には悠は既に接敵しており、その時点で身の危険を感じたリーダーは慌てて逃走に移ろうとしたが、悠に体当たりを食らった盗賊の1人がリーダーの方に飛んで来て、リーダーは巻き込まれてその場に転倒してしまった。
「ぐおっ!?」
ジタバタと暴れるリーダーを背中から踏みつけた悠の後ろの馬車の方からも誰かの悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃあ!!」
「誰を撃とうとしてんだ?護衛のクセに」
そこには馬車に忍び寄り、後ろからミリーを撃とうとしていた護衛の弓使いがベロウに腕を斬り落とされてのたうち回っていた。やはり2人以外の護衛は敵のスパイだったらしい。
盗賊のリーダーを悠が確保したのを見て気を逸らしたビリーとミリーの隙を付いた弓使いだったが、隠れていたベロウの存在に気付かずに、背後から剣を拾って近づいたベロウに斬られて阻止されたのだった。
「さて、どうする?大人しく捕縛されるか・・・それとも・・・」
言葉の終わりに悠は尋常では無い殺気を周囲に振りまいた。それは盗賊だけで無く、裏切った護衛やビリーとミリー、果てはベロウまでも体の強張りを強要させる程に強烈な死の気配を感じさせた。
盗賊達はリーダーを見、そして悠を見て、この場はこれまでと遂に諦めた。
「くっ・・・引くぞっ!!」
「ま、待てよお前ら!?」
盗賊の一人がそう言うと、他の盗賊達も急いでその場から蜘蛛の子を散らす様に逃げ出し始め、護衛もビリーとミリーを残して何処かへ逃げ去っていった。
盗賊のリーダーだけが足の下で喚いているが、悠の足は地を貫く鉄杭の如くピクリとも動かない。悠はリーダーの頭のバンダナを抜き取るとそれで手早くリーダーの口に猿轡を噛ませた。せっかく手に入れた捕虜を自殺などさせない為に。
「ビリー、何か縛る物を持ってないか?」
その言葉にやっと気を取り直したビリーがぎこちなく応じた。
「あ、ああ、ちょ、ちょっと待っててくれ」
ビリーはぎくしゃくと護衛用の馬車へ行き、捕縛用のロープを持って来て悠に差し出した。
リーダーは未だに抵抗を続けていたが、悠が両肩に手を置き、そして枝を折るような音をさせてリーダーの両肩を外すと、一際大きくくぐもった声を上げてリーダーは気絶した。そして悠は大人しくなったリーダーに縄を掛けて、その場に転がした。
「終わったぞ。じゃあな」
それらを終えた悠は礼を要求するでも無く立ち去ろうとしたので、ベロウが慌てて止めに入る。
「お、おいおいユウ!?何も言わずに行く気か!!せっかく助けたのによ!!」
「言っただろうが、じゃあな、と」
「そういうこっちゃねぇよ!!」
「ちょっと待ってくれませんかねぇ?」
そんな2人に豪華な馬車の扉が開いて声が掛かった。
「危ない所をありがとうございます。私はローラン。ローラン・フェルゼニアスです。突然ですが、貴方達を雇いたいのですが、如何ですかね?」
馬車から下りて来た華麗な容姿を持つ男性は、そう言って悠に笑いかけたのだった。