3-1 最初の一歩1
悠の眼下に異世界の景色が流れていく。こうして見ている限りでは他種族同士が争い合う荒んだ世界だとは思えないほどに風光明媚な世界だった。
今悠は上空500メートルくらいの高さで飛行している。時速は200キロほどだが、流石にこの位置に注目している者は居らず、気付いた旅人や冒険者も特に襲ってくる様子も無いので順調な旅路である。
飛行して2時間少々。そろそろ悠は『虚数拠点』を設置しようと思い、眼下に設置出来る場所を探し始めた。
あまりミーノスから離れておらず、なおかつ遠過ぎない、そしてある程度安全な場所という条件で探すと、そうそう簡単に見つかる者では無い。
特に悠が留守にしている間に人に見つかるのは少々困る。善良な人間ならばまだいいが、アーヴェルカインで生物のモラルに期待する事を、悠はとっくに諦めていた。盗賊が屋敷を襲撃する可能性の方が、その100倍はあり得そうだ。
最悪、悠が格納したまま冒険者として金銭を稼ぐ数日を過ごして貰うしか無いが、太陽も見えない場所にいつまでも閉じ込めておかれては、子供達の精神衛生上にもあまり良くは無いだろう。悠に何かあった場合も子供達を道連れにする訳にはいかない。
《ユウ、あの辺りはどうかしら?》
その時、胸の宝玉が点滅してレイラが悠に声を掛けて来た。
「・・・あの、森の中の木が少し途切れている場所か?」
《ええ、あそこなら悠が帰って来るまでの間は見つからないんじゃ無いかしら?》
レイラが示したのは、岩山に接した森の端の方で、そこそこ広いスペースが広がっている場所だった。森の規模からしても、そうそう大勢の人間が立ち入るとも思えない。
「そうだな、あそこにしよう。下りるぞ」
悠は眼下に誰も居ないのを確認して降下した。見つかるとやっかいな事になりそうなので、強化されている視覚に加えて、レイラにも周囲を警戒して貰いながらの降下だ。
レイラは探索能力はそんなに高く無いので完全にとは言えないが、一応の安全は確保されたと判断した悠は森の目星を付けたスペースに下り立った。
悠は早速『虚数拠点』を展開し屋敷を出現させると、そのまま中へと入っていった。
「ベロウ、準備は出来ているか?」
「ああ、バッチリだぜカンザ・・・いや、ユウ」
「結構」
唯一悠に付いていくベロウも屋敷の中で既に旅支度を済ませて待機していた。
と言ってもベロウは拉致に近い形で悠に連行されて来たので、荷物と言えば換金用の胡椒と、屋敷にあった服をこの世界風に恵がアレンジした着替えに水と保存食くらいだ。
悠も屋敷に置いておいた自分の荷物を担ぐと、子供達に向き直って旅立ちを告げた。
「では行って来る。それと恵、樹里亜」
悠はまず恵に視線を合わせた。
「家の中の事は君に任せる。皆の健康に気をつけてやってくれ」
「分かりました、精一杯頑張ります!」
意気込む恵に一つ頷き、次に悠は樹里亜に視線を合わせる。
「万一、戦闘になりそうな場合は樹里亜が指揮を取れ。この屋敷の二種複合結界は生半可な事では破れんが、連続稼働時間は100時間が限度だ。基本的に誰が来ても入れるな。俺もなるべくそれまでには帰って来る。体調も完全では無いのだから、決して無茶はするなよ?」
「はい、お任せください!」
最後に悠は子供達を見回して言った。
「皆、年長組を先生として、しっかり助け合って生活するんだ、いいな?」
「「「はい!!」」」
「良し、ではな」
そして悠は吊り下げ易く改造した紐でベロウをぶら下げて、遥か上空へと旅立ったのだった。
「ヒュー、いい眺めだぜ!!」
悠に吊り下げられたベロウは空の旅を満喫していた。ノースハイアでは凍える寒さを味わったが、500キロも南下すれば自然と気候も温暖になり、更に速度が緩やかなので、ようやくベロウも空の旅を楽しむ事が出来る様になったのだ。
「どうだベロウ、ミーノスまでの道は分かるか?」
「ユウ、正確に言うならもうミーノス領に入ってるぜ。ミーノス王国の王都であるミーノスなら・・・あ、ほら、あそこに街道があるだろう?あれを南に下ればここからなら10キロくらいだ。大人二人なら2時間も掛からないだろうよ。・・・何も無ければな」
「では人が居ない内に下りるぞ」
「もうちょい飛んでいたい気分だったんだけどなぁ・・・」
ベロウの愚痴に構わず、悠は地表へと降下した。これ以上都市に近い場所まで飛ぶと、誰かに発見されるリスクが高くなるからだ。
地表に下り立った悠は着装を解除した。その下の服はベロウと似た、アーヴェルカイン風の服を身につけている。簡素なシャツと綿のズボンという姿で、シャツは気温が高いので肘辺りまで捲ってある。靴だけは龍鉄の靴を履いている。
「さて、行くぞ」
ベロウから自分の荷物を受け取った悠は、今、冒険者としての第一歩を踏み出したのだった。
それから1時間ほど街道を歩いている二人は、街についてからの相談を交わしていた。
「街についたら受付で身分証明書を作るぜ。俺達二人は盗賊に襲われて、なんとか撃退したものの、荷物を奪われた冒険者志望って設定だ。なんとか胡椒だけは守り通した事にして、多少受付の奴に賄賂として分けてやれば余裕で通れるはずだ」
盗賊が一番金になる胡椒を見逃すとは思えないし、剣も無い剣士がどうやって守り通したのかなどの怪しい点はあったが、賄賂はそんな些細な事を見て見ぬ振りをするほどの効果があるらしい。モラルが低くて助かるのも皮肉な話であるが。
「その辺りの交渉は任せる。俺は精々後ろで・・・待て」
言葉の途中で悠がベロウを制止した。ベロウは悠の様子を怪訝そうに見ている。
「なんだ?何かあったか?」
《誰かが戦っているわ。聞こえない?》
レイラの言葉にベロウが耳を澄ますと、確かに微かに剣戟の音が風に乗って聞こえてくる。それは、目の前の丘を越えた場所から聞こえてくる様だった。
「ユウ、姿勢を低くしてくれ!盗賊か魔物に誰かが襲われてるのかもしれねえ!」
その言葉に悠は姿勢を低くして、丘の向こうから見えない様に剣戟の音が聞こえる場所を覗き込んだ。
そこには30人くらいの揃いのバンダナを巻いた男達が、3台の馬車を取り囲んでいる光景が見えた。辺りには死体が散乱している。
「あれは・・・盗賊か?」
「ああ、間違いねぇ。10人くらいは殺られたみてぇだが、護衛の数が少な過ぎるな・・・いや、こりゃあ何人か盗賊に寝返ったな。変わり身の早い奴らだ」
自分自身の変わり身の早さを棚に上げて、ベロウは寝返った護衛達をこき下ろした。
「って、おいおい・・・ありゃあ、ミーノス王国の公爵家の1つ、フェルゼニアス家の馬車だぜ!!・・・なるほど、護衛を装って情報を盗賊に流して、途中で寝返って襲うって寸法か。悪い奴が居るもんだな」
ベロウが他国の公爵家を知っているのは、一応ノースハイアの貴族である為だ。会った事の無い貴族でも、流石に公爵家くらいは覚えていたのだ。
いけしゃあしゃあと言い募るベロウを無視し、悠はレイラに『竜ノ瞳』を起動させた。
「レイラ、『竜ノ瞳』を頼む」
《了解よ》
レイラが『竜ノ瞳』を発動すると、遠くに見える人影からオーラが立ち上るのが見えた。取り囲んでいる男達は例外無く赤いオーラを放っており、少数残る護衛も2人ほど青いオーラが微かに見えるが、他の4人は赤いオーラを放っている。もしかしたら、盗賊と通じていてまだ護衛のフリをしているのかもしれない。
後は、馬車の中から微かに青いオーラと赤いオーラが立ち上っているのが見える。
「助ける価値のある者は3人くらいだな。ここからなら5秒で行けるだろう」
「なんでそんなの分かるんだよ・・・って、ユウに言っても無駄か・・・。悪いが俺は手伝えないぜ?得物が無けりゃ足手まといだからな」
「構わん、俺1人の方が小回りが利くからな。ただ、俺が状況を掻き回して混乱したらこっちに来い。剣ならその時に拾えるだろう。公爵家に恩を売っておくのは悪くはあるまい?」
「リスクが高ぇな。ちゃんと混乱させてくれよ?」
「ああ、じゃあな」
その言葉を置き去りにして、悠は丘から飛び出すと、一目散に馬車へと掛け出して行ったのだった。
第三章開始です。