2-37 ハート・ブロークン6
「ゆうおにいちゃん!!おねえちゃんがでてきてくれたよ!!!」
「良くやった明!」
その声に悠は回し蹴りをして蝙蝠もどきを一蹴すると、素早く後退して二人の元に駆けつけた。
そして氷の様に冷たい蒼凪の体を抱き上げると、明に背中を向けた。
「明、肩車だ。しっかり握って絶対に離すなよ!この世界では離さないと思えば手は離れん!」
「はーーーーい!!!」
明がいそいそと悠によじ登る間に、蒼凪もそっと目を開いて悠と目を合わせた。
「初めましてと言おうか。ようやく会えたな、蒼凪」
「はい・・・はじめ、まして、神崎さん」
まだ蒼凪の返事はどこかぎこちないが、認識はしっかりしているようだ。
「ここは君が作り上げた場所だ。君がここを必要としなくなった今、遠からず崩壊する。急いで脱出するぞ。少々飛ばすから覚悟しておいてくれ」
「分かり、ました。ご迷惑、おかけします・・・」
「気にするな。俺はやりたい事をやっているだけだ」
「めいもーーー!!」
どこまでも態度が一貫している2人を眩しそうに見つめながら、蒼凪は微笑んだ。
「いくぞ!」
その言葉と共に、悠の体は子供2人を抱えているとは思えない速度でその場から駆け出したのだった。
城は悠達が玉座の間を出た瞬間から徐々に崩壊を始めた。蒼凪がこの場所を必要としなくなった事は喜ばしいが、ちゃんと脱出し、無事に帰ってこその成功である。
レイラの能力が制限される精神世界では、頼りになるのは悠自身の精神力だけだ。
悠は未だ怯える蒼凪をしっかりと抱きしめて城をまっしぐらに逆走していった。
「あはははは!はやいはやーい!!」
全面的に悠を信頼している明は肩車されて楽しそうだ。現実世界でこのような動きを支えも無しにやったら間違い無く振り落とされている所だが、精神世界では意志の力が肉体の力を凌駕する。離さない、離れないという思いこそが、決して分かたれない絆として2人を繋いでいる。
悠は先を急いだが、崩壊の速度もまた速かった。後ろからは城の崩れ落ちる轟音がぴったりと悠達の後を着いて来ている。既に階段を一段ずつ降りるような事はせず、10段ほどを一気に跳んで下を目指す。
そのスピードと浮遊感に蒼凪は身を固くしたが、悠の手はどれだけ揺れても蒼凪を支える手はがっちりと掴まえていて離さない。
その事に蒼凪が安心感を抱くと共に、更に崩壊の速度が上がった。安堵が心の殻を必要としなくなった為だ。
(このままでは崩壊に追いつかれるな・・・ならば)
悠は走りながら崩壊速度の加速を確認すると、2人に声を掛けた。
「2人共、このままでは間に合わん。近道するぞ」
「はーーーい!」
「は、はい・・・」
明が悠に掴まる手に力を込め、蒼凪がぎゅっと悠の服を握りしめる。2人共覚悟が決まったらしい。
それを悟った悠は曲がり角に差し掛かっても今度は速度を下げず、むしろ壁に向かってどんどん加速していく。
そして壁まで5メートルを切る瞬間、悠は加速を殺さずに宙へと舞い上がり、そのまま壁に向かって強烈な跳び蹴りを見舞った。
脆くなった壁はその飛翔する竜の如き蹴りに一瞬たりとも抵抗出来ずにぶち抜かれ、3人は流星のように城の外へと流れ落ちていった。
悠はグングン近づく地面を見すえ、バランスを取って足を下に向けると慎重に距離を測り、砂の地面に着地した瞬間、全身の神経を膝に集中して勢いを殺した。それでも流石に勢いは殺し切れなかったが、肩に跨る明と前に抱えている蒼凪にはショックを与えずに全て自分の体で落下の勢いを受け止めた。
その結果、悠の右膝と右足首から何かが千切れ、砕けるような音が鳴ったが、3人は何とか城の外へと脱出を達成したのだった。
「ふわぁ・・・」
「・・・・・・」
「・・・間に合ったか」
明は視覚的には10メートルはある高さからの落下で少々目を回しており、蒼凪は余程怖かったのか、体全体がガクガクと震えていた。そして悠は右足の膝と肘を砕かれたにも関わらず、特に表情も変えていない。額に光る一筋の汗だけが唯一と言える変化だった。
「すまんな、2人共、怖い思いをさせたな」
悠が平坦な口調でそう言うと、蒼凪はやっと落ち着いて来たのか、コクンと首を縦に振った。明は、
「あははははは!!おもしろかった!!!」
と、むしろ今の飛翔を楽しんでいたのだった。
「さて、あとは・・・」
悠が何かを言おうとした時、背後からの轟音がその声をかき消した。
「あ!ゆうおにいちゃん!!おしろが・・・」
「無くなっていく・・・」
核である蒼凪がその城に居なくなった事と、殻を必要としなくなった事から、城は完全に崩壊し、その残骸は光の粒となって宙に溶け込んでいく。
その光景を見た蒼凪は、その城に向かって呟いた。
「・・・今まで私を守ってくれてありがとう・・・でも、私、行くね?」
頬に一筋の涙を流して、蒼凪は城に別れを告げた。
「一つ強くなったな、蒼凪」
「いいえ、まだまだ全然です。でも、私、今日の事忘れません・・・私を助けてくれた小さな女の子と、頼りになる男の人が居た事を。絶対、忘れません・・・」
その時、厚い雲に覆われていた空が割れ、世界に光が差し込んだ。
その光の当たった大地は、砂から土へ、そしてその土から芽が出て来て、周囲を瞬時に緑の絨毯が広がった。
城が消滅した跡地からは水が湧き出し、細い流れを作って川となる。その川面から、ピチャっという音と共に小さな小魚が跳ねた。
未だ世界は豊穣の大地とは言えなかったが、蒼凪の心は確かな変化を遂げていた。
「蒼凪」
「はい?」
悠はそれを見て、蒼凪に語りかけた。
「今はまだ一部だけだが、君の心はこれからだ。豊かに、健やかに、そして強く育ってくれると、俺も嬉しく思う」
「きれいだね!!おねえちゃん!!!」
「はい・・・必ず!!」
蒼凪は悠と明の2人に抱きつくと、必ずそうなると誓いを立てたのだった。
何とか城からの脱出は成功しました。
悠の右足については、次回に。




