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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10ー169 許されざる者2

ずっと昔、シャロンとギルザードは一度だけ自分達の死について考察を深めた事があった。人目を忍ぶ夜から夜への逃避行の中での、半ば現実逃避の為のものであったが、辛い現実をもたらした原因は常に彼女らの心に刺となって残っていたのである。


「……ねぇギル、どうして私の事、バレちゃったのかしら? 誰にも分からないように秘密にしていたのに……」


「……」


シャロンの質問にギルザードが即答しなかったのは何も思い当たらなかったから、ではなく、あまりの怒りの深さゆえであった。今口を開けばシャロンには聞かせる事すら憚るような罵詈雑言が飛び出してしまいかねないと自制したのである。


だが、しばらくして開かれた口調は十分に抑制されていてすら深い恨みを宿していた。


「……シャロン様の才能ギフトを知る者は決して多くありません。いずれも口の固さではご両親を筆頭に信頼の置ける方々です。……でした」


「……」


過去形に言い直すギルザードは如何にも苦そうに考察を続けた。シャロンの秘密を知っていた者達は秘匿の罪の重さを理解しつつも、それでもシャロンに生きて欲しいと願っていた者ばかりだ。露見すれば一族極刑は確実だが、万一の時はそれすら厭わない覚悟でシャロンを匿ったのである。武を極めんと弟が出奔していた事はギルザードにとっては不幸中の幸いであった。


「ですが、周囲に怪しむ気配すら無かったというのに、あの日、我々を屠りにやって来た兵士達に全く迷いはありませんでした。彼らは偶発的でも綿密な調査の結果でもなく、しかし確信を持って我々を殺しに来たのです。何故なのか、私はずっと考えていましたが、答えは一つしか浮かんで来ませんでした」


もっと下等な魔物として使役されていれば、或いは知性を失っていればギルザードが答えに届く事は無かったであろう。だが現実には騎士であるギルザードの教養は高く、シャロン以上にその周囲を知る立場にあったがために一つの答えに到達してしまった。……知ってしまう事で苦味が増すばかりであっても。


「……裏切られたのです。理解のある風を装い、さも心を痛めていますとでもいいたげな顔で我々を欺いていたのです!! 百歩譲って私が死ぬのは構いません、ですが、ですが何の罪もないシャロン様を修羅の道に誘った事だけは絶対に許しはしない!!」


凭れかかっていた木に激情に任せて叩きつけられたギルザードの拳は幹の半ばまで埋まり、悲鳴のような軋みをあげてへし折れたが、シャロンはそれに驚くよりもギルザードの言葉に目を見開いた。


「裏切、り……? 嘘よ、そんなはずがないわ! だって、だって、私が死んでしまったらどうなるか、私の才能を知っている人達は知っていたはずだもの!! 事実、私は国を……」


滅ぼしてしまったもの、という言葉を紡げなくてもギルザードには十分に伝わっていた。『真祖トゥルーバンパイア』の力は筆舌に尽くしがたく、名だたる勇者達がまるで赤子のようにあしらわれるのをギルザードは呆然と見守る事しか出来なかったのだから。血に狂い、実に楽しげに柔肌に牙を突き立てるシャロンにギルザードは主である事すら忘れて震え上がったのだ。


「もうあの国に居た人達で生きている人なんて居ないわ!! 全部私が殺してしまったんだもの!! だから裏切りなんて――」


「……全部ではありません」


「え……?」


「全部ではないのです、シャロン様」


ギルザードの悲しみを堪えるような声に、シャロンは自然と故郷の者達を思い浮かべていた。自分の秘密を知り、尚且つあの場に居なかった者など……。




――居た。




「……そ、んな……」


脳裏に浮かぶのはギルザードの親友にして、自分にとっては姉のような存在。外に出られない自分に色々な話を聞かせてくれ、孤独を慰めてくれた人。高く理想を掲げ、国も家も飛び出して駆けていった自由人。


「今にして思えば、最後にシャロン様に会いに来たのは奴でした。あの下衆は、あの時には既に我々を裏切る手筈を整えていたに違いありません!」


ギルザードはやおら立ち上がると、シャロンの前に膝をつき、地面に頭を叩きつけた。


「申し訳ありませんシャロン様!! わ、私の目が曇っていたばかりに御身を損なう事に……!! な、情けない……誰よりも信を置けると信じていた友に裏切られるとは!!! ぐ、うああああああっ!!」


魔物となっても失えなかったギルザードの涙を見て、シャロンは深い絶望を味わっていた。あれほど信じていた人にすら裏切られるのなら、シャロンにはもう誰を信じたらよいのか分からなかったから。


「どうしてですか、ファティマ様……ファティマお姉様……」


長きに渡る夜の旅は、まだ始まったばかりであった。




「ファティマ、様……」


「お? ……ハハハ、ちゃんと覚えてくれていたんだね! もうとっくに忘れてしまったかと思っていたよ。随分と酷い目に遭っただろうけど、最近は楽しい日々を送っているみたいだからねえ。ま、ようやく帳尻が合ったって事で過去の因縁は水に流して――」


「ファティマーーーッッッ!!!」


「待ってギル!!」


ギルザードの抜き打ちがファティマの首を切り飛ばす寸前、シャロンはギルザードの手を押さえた。軽薄なファティマの口調に怒り心頭のギルザードだったが、シャロンは小さく頭を振る。


「何故お止めになりますかシャロン様! 本人すら自分の罪を認めているというのに!!」


「下がりなさいギル、私はファティマ様に聞かねばならない事があります。出すぎた真似は許しません」


「シャロン様……!」


「ファティマ様、わざわざ千年も経って私達の前に現れたからには真相をお話しして頂けるものと存じますが?」


凛として尋ねるシャロンに対し、どこか面白そうに口元を吊り上げ、ファティマは軽く肩を竦める。


「これはこれは、ただの無垢な子供だったあのシャロンが立派になったものだ。……真相ね、聞きたいと言うなら聞かせてあげよう。どうして私が君達を売ったのかを」


ファティマの言葉をシャロンとギルザードは一言も聞き逃すまいと耳を傾けた。ファティマが隠していた才能の事、それに伴う予知によってシャロンが如何なる場合でも心身に支障をきたし、多くの命を奪う存在に成り果てる事、元の人格を保ったまま救いを得るにはあのタイミングでギルザードと共に死なねばならなかった事などファティマは一切情報を隠さなかった。


だが、それを語るファティマは自責の念などまるで見せず、むしろ誇らしげに微笑んだ。


「……つまり、私は君に最もマシな道を用意してあげたんだよ。どうせ呪われたバケモノになるのは避けられなかったんだ、多少・・辛い思いもしただろうけど、こうしてまともに話せるのもギルと一緒に居られるのも、そしてユウに出会えたのも全部私がお膳立てしてあげたからさ。我ながら上手くやったものだよ、是非とも感謝して欲しいね!」


「感謝だと……! 我ら主従の苦難の道のりを、多少の一言で済ますつもりか!!」


「あれ、もしかして怒ってる? ハハ、自分ではどうする事も出来なかったクセに。ギル、役立たずな君をシャロンの精神安定剤として使ってやったんだ、感謝されこそすれ怒られる謂れは無いと思うんだけどなぁ」


「貴様!!」


「控えなさいと言いましたよギルザード!!」


今度こそ切り捨てようと剣を振りかぶったギルザードを鋭く制し、シャロンはファティマに向き直った。


「……ユウ様が何も仰らないという事はファティマ様のお話は真実なのでしょう。ならば私個人としてはファティマ様に感謝を表さねばなりませんね」


「何と仰るシャロン様!? どう言い繕おうとこの女は御身を裏切ったのです!! 誤解の余地なく仇ではございませんか!!」


「馬鹿な従者と違い聡明でなによりだ。もっとも、こうして言葉を交わせるのも全て私のお陰なのだから当然ではあるがね」


「ええ、ありがとう存じます。私が狂わなかったのもギルを遺してくれたからですし、ユウ様と出会う事でこの身は救われました」


目を細めて微笑むシャロンが手を差し出すと、ファティマもギルザードを鼻で笑い、これ見よがしにシャロンの手を握り締める。ギルザードはその茶番劇を歯軋りして見守る事しか出来なかった。主であるシャロンがファティマを許したのなら、もはやギルザードに言える事は何も――。




オォン……。




それ以上見るに耐えず目を反らすギルザードと得意顔のファティマがギクリと体を強張らせたのはほぼ同時であった。背筋を貫く存在しない冷気――殺意の渦が突如として至近に発生したゆえに。


「……し、シャロン様?」


「な、何のつもりだい、シャロン?」


「……私個人はファティマ様に感謝しなければなりません。そノ気持ちに偽りはゴざいません……」


底知れぬ冷気を宿した声音で開かれたシャロンの瞳にファティマは悲鳴を押し殺された。爛々と輝く赤眼は声を出す自由すらファティマに与えないほどの呪縛をもたらしていたのである。


「ァ……」


「ですが、そのような事はどうでもヨいのです。私が救われた? 違います、私以外救われなかったのデす。お父様、お母様、ギル、あの国で生きていた罪もない皆……私一人が救われる為にどれホどの命が失われたと? ……許されない、許されるはずがない!!」


ファティマの目の前でシャロンが変貌していく。髪がざわめき骨が軋み肉が蠢いて目線が等しくなっていく。妖艶に、凄絶に、『真祖』と化したシャロンの口元から伸びた二本の牙が魔剣の切っ先のように煌めいた。


その時になってファティマはようやくシャロンの手を放そうとしたが、シャロンの手はファティマを絡め取って寸毫たりとも緩まなかった。


「ば、バケモノが……!」


「えエ、バケモノです。ファティマ様、あなたが作ったバケモノです。それでも私を救う為に多くの人が犠牲になったト言うのなら、私は彼らに報いなければナらない。仇を討たなければならない。それが散っていった者達に出来る、人としての私の最後の義務なのです」


鬼気迫るシャロンの手が手刀となって振りかぶられてもギルザードは呆気にとられて棒立ちとなっていた。争う事はおろか口ですら他人を傷付ける事を嫌うシャロンが今、誤解の余地なく人を殺そうとしている。血に狂わずにシャロンのまま断罪しようとしているのだ。


自分の恨みではない、自分の恨みならばシャロンは鎮められる。シャロンがファティマを殺そうと決意したのは他ならぬギルザードの為なのだから。


シャロンの正気を保つ役目の為だけに死んだギルザード。シャロンという存在を考慮しなければギルザードにはもっと他の人生の可能性があったはずだ。結婚し子を得て、人として老いて安らかに眠りにつく未来は決して絵空事ではなかった。


それを奪ったのはファティマではない、シャロンなのだ。ファティマが居なくてもギルザードはシャロンの側を離れられず、いずれは死ぬ運命にあった。シャロンはギルザードを道連れにしてしまった事をずっと後悔していたのである。


それでもシャロンはギルザードを手放せなかった。ただ一人ギルザードだけがシャロンの孤独を癒してくれたのだから。そのギルザードの仇だからこそ、シャロンはファティマを殺そうとしているのだ。


(これで本当にいいのか? いくら仇とはいえ、あのお優しいシャロン様にこのような……)


シャロンが正気のまま誰かを手に掛けた事は今まで一度も無かった事だ。血に狂って殺戮してしまった後ですら深い悲しみに暮れるシャロンがその事実に耐えられるのか、ギルザードには分からなかった。


ファティマの事は許せない。だが、誤解して欲しくはないが、ギルザードがファティマを許せないのは自分が巻き添えにされたからでは断じてない。騎士は主に仕えてこそ騎士なのであり、シャロンを一人きりにさせなかったという点においてのみ、ギルザードはファティマに感謝しているとすら言ってよかった。ギルザードが許せないのは、ファティマが何も言わずシャロンを裏切りその心を傷付けたからだ。


「さようなラ、ファティマお姉様……貴女の事は実の姉のように思っていました」


「私に、バケモノの妹などいない!!」


「そうですね、ごめんなサい」


『真祖』のシャロンを前にして震えながらでもそう言ってのけたファティマはいっそ見事と言うべきか、シャロンの手刀が闇の力を纏い、ファティマの命は風前の灯となって揺れていた。


あと数瞬で手刀はファティマの首を切り飛ばすだろう。ファティマにそれを回避する手段があるとは思えなかった。


葛藤するギルザードはその時、ふと思い出したように背景となっていた悠を見た。


悠は常の無表情でただ事の成り行きを見守っているだけだ。黒瞳は眼前に迫る死にも一欠片の動揺も存在しなかった。この場で何が起ころうと自分は関知しないとでも言うかの如く……。


いや、この流れはおかしい。


ファティマがこうして現れた事に悠が関わっている事は明らかだ。どのような秘術を用いたかはギルザードには分からなかったが、ファティマを連れてきたのは悠なのである。だが、神崎 悠という男が、例え女であろうと見下げ果てた精神の持ち主に助力などするだろうか? 答えは明確な否である。


(そもそもファティマは何故我々の前に姿を現した? 賢しらに自分の手際を吹聴する為か? いや、ファティマはそんな自己顕示欲旺盛な馬鹿ではなかった。あいつはいつも先を読んで自分の望む未来を……っ!?)


悠の性格とファティマの性質にギルザードが思い至ったのとシャロンの手刀が動き出すのは同時。


ーー高々と生首が舞ったのはその一瞬後であった。

今年はガンガン更新しますよー。


読み込んでいる方々はこの後の展開が読めるはずっ。

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― 新着の感想 ―
ガンガン更新すると言ったページで更新が止まるとは。 というか何話か消えたのかな?昔読んだ記憶だとこの後の話があったような気もするんだけど
[良い点] 竜と人間が協力し合うという種族を超えた愛情や友情 雪人を信頼し合って支えて合う相棒感。(裏では罵り合っている人間が本物の英雄だと一喝入れたシーンが一番好き) 名ばかりの英雄ではなく自身の身…
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