閑話 病人談義
「早くお風呂入りたいな~・・・ハッ!!で、弟子として、やはり先生のおおおお背中をお流しして差し上げなければならないかなっ?どう思う樹里亜?」
「・・・怒られる前に止めた方がいいよ思うわよ・・・」
「ええ、それに特に何もリアクションが無さそうですよ・・・」
「あ、あたしに女のミリョクが足りないって言いたいのかっ!!」
憤慨する神奈に対して二人は押し黙った。正論は人を傷付ける。雄弁は銀。沈黙は金だ。
「くぅぅっ!!あたしにもせめて恵くらいの胸があったら・・・」
自分の胸をむにむにと揉む神奈から、智樹が顔を赤らめて目を逸らす。中一には少々刺激が強過ぎる光景だった。
「神奈、はしたないわよ」
「樹里亜はそこそこあるからいいじゃないか!智樹はどう思う!?」
「さ、さあ・・・ひ、人は外見よりも中身が大切なんじゃないかと・・・」
当たり障りのないセリフで逃げを打つ智樹を誰が責められるだろうか。女子トークに男が入って行ったら即地雷原で爆死は必至だ。智樹は特に真面目なタイプだったので、この手の話題は苦手なのだ。
「そうか!確かに悠先生は外見なんかにこだわるようなお人じゃないよな!?」
智樹の逃げ口上を真に受けて神奈は無邪気に喜んだ。
神奈の家は古くから続く空手の流派を受け継いでいる。大山家は代々長子がそれを伝えて来たが、神奈の兄は穏やかな性格で空手には向かなかった。それで長女である神奈が跡取りとして日々空手漬けの毎日を送っていたのだが、そのせいで神奈は男勝りな性格に育ってしまったのだ。神奈の両親もその事には中々に頭を痛めていて、出来れば早い時期に結婚し、強い婿を大山家に迎えて跡取りとして継いで貰えないかと考えていたが、当の神奈が「自分より弱い男なんて冗談じゃない」と恋愛にはまるで関心を示さなかった。
ある意味、悠と同じ考え方なのだが、今回全く違う方向から男の包容力と多大な恩を受けた神奈はコロっと悠に惚れてしまった。神奈はこれまで男に助けられるような事が無く、男に対しては何の期待もしていなかった。「威張っていても、結局はあたしより弱い、口先だけの存在」というのが神奈の男に対するイメージだったのだ。
それゆえ、神奈は男性の嗜好やどの様にアピールするかなどの知識に相当に疎い。ほとんど小学生レベルだ。
「悠先生はあたしにも協力してくれと言っていた。あたしはそれに応えたい。悠先生はあたし達をあの場所から救い出してくれた。さぞお強いのだろうな・・・?」
「そうね、多分、想像を絶するほどに強いと思うわ。戦争してる中に割り込んで、私達も助けられたし。・・・私、初めて臨死体験しちゃったわよ・・・」
「まだ僕らは誰も悠先生の戦う所を見た事が無いんですよね?でも実際、さっき僕が握手した時、結構感情的になってて力を入れ過ぎちゃったんですけど、悠先生、普通に握り返して来ましたからね。僕、今なら多分握力は余裕で100キロを超えているはずなんですけど・・・」
三人はまだ悠が戦っている場面を見た事が無かった。しかし、城からの脱出や戦争への介入が隠密行動だけで済むとは思えない。何となくではあるが、悠の強さの片鱗だけは伝わって来るのだ。
「元気になったら、一度先生とはお手合わせ願いたいな。私は同年代で1対1なら負けた事は無いんだ。先生相手でもそれなりにいい勝負が出来ると思うんだ」
悠の実力を知らない神奈の言葉が自信過剰だと責められる者はこの場には居なかった。恵辺りが居れば、「それは多分無理じゃないかな・・・」と思ったであろうが、残念ながら今はお風呂で入浴中だ。
「先生は僕達に小さい子達の引率を任せたいんだと思います。だから、僕たちも悠先生のご指導を受けて強くなって行きたいですね」
智樹は年齢の割に知識は豊富だが、体を動かす分野は専門外だった。しかし、悠との問答を経て、初めて自分を鍛えようとしている。それは、これからの人生にも役に立つはずだ。
「私達年長組がしっかり悠先生のサポートをしないといけないわね」
樹里亜も悠からの指導を期待していた。この半年、結界術には磨きをかけたが、あくまで体術は基礎的な事を覚えた程度だ。これからの指導では、その辺りを覚えていきたいと思っていた。
「あたしは先生に認められたら、外にも付いて行きたいな。冒険者っていうのも興味あるし」
「ああ、僕もそれは興味ありますね。ちょっと憧れます」
神奈と智樹は単純に正義の味方の様なものを想像して、冒険者という物に期待を膨らませている様だ。樹里亜はベロウの話から、そう単純な物では無いなとその経験から感じていたのでそんなに興味を引かれなかったが。
「まずは私達は食べて寝て、そして体力を戻しましょう。今のままじゃ私達はお荷物だわ」
「そうだな・・・ふぁぁぁあああ・・・食べたらなんだか眠くなってきちゃったよ・・・」
「そろそろ寝ましょうか。先生が出かける前には起きられるくらいにはなっておきたいですし」
三人がやる事は、まずは体を治す事だ。
「明日は先生は蒼凪ちゃんの治療をするって言ってたからね。私達が邪魔にならないように、今日はもう寝ましょう」
上手くいけば、明日には蒼凪もこの輪に加わる事が出来るかもしれない。樹里亜はその事に不安ではなく、期待を抱いていた。先生ならきっとなんとかしてくれると。
「じゃ、おやすみ、二人とも」
「ああ、おやすみ!!」
「はい、おやすみなさい」
数分後、部屋からは穏やかな寝息が聞こえて来たのだった。