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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-165 王は戻れり2

その夜、日付が変わる頃、悠は『竜騎士』となって密かに屋敷を発った。目的地はアスタロットの屋敷だ。


《別に監視されている訳でも無いのだから昼に行けば良かろうに》


「謹慎は身から出た錆だ、守らねば子供らに示しがつかん」


《ま、あんまり人目に付かない方がいいわ。突然帰って来たエースを替え玉じゃないかって疑っている者が居ても不思議じゃないしね》


「ある意味では間違っておらんからな」


『竜騎士』の飛翔速度ならアスタロットの屋敷までは指呼の距離といってよく、程なく悠は夜で不気味さを増している屋敷に降り立った。庭のスケルトンが動き出すが、悠は構わず正面のドアをノックする。スケルトン程度では無抵抗であっても『竜騎士』の悠を傷付ける事は出来ないし、それ以前に悠から溢れる竜気プラーナがスケルトン達を近付けさせない。


「夜分に失礼する、悠だ」


アスタロットがわざわざ客を出迎えるほど細心な心遣いをするはずもないが、応えの無いはずの屋敷の中からドアの開く音と共に澄んだ声がその呼びかけに応えた。


「……お待ち致しておりました、悠様。どうぞお入り下さいませ」


ハイトーンの声は女性の物であり、使用人すら居ないはずのアスタロットの屋敷には似つかわしくないが、相手は悠をよく知っている風に即座に屋敷に招き入れた。人嫌いのアスタロットがただの使用人に勝手に客を通させるような権限を与えるはずもないが、彼女だけは特別なのだと悠は知っていた。


「ああ。体調に変化はないか、マハ?」


「はい、アスタロット様と悠様のお陰でもう支障は御座いません」


手にした照明の魔道具に浮かび上がるのは、二十歳前ほどの褐色の肌をした神秘的な女性であった。


マハ。その名が示す意味を知る者は決して多くはないが、知っている者にとっても今の彼女と以前の彼女を同一人物だと見抜くのは困難だろう。なにせ、以前の彼女は人相と言うべきものが存在しなかったのだから。


「体に異常は無いか?」


「はい、ちょっと耳がよく聞こえるようになったくらいで、他はあまり変わりません。生身の体は久しぶり過ぎてまだぎこちない時もありますが……」


「慣れるまでは用心する事だ。怪我でもしようものならアスタロットが半狂乱になるぞ」


「まあ、うふふ」


楽しそうに微笑むマハの顔の横にはエルフ特有の長い耳が揺れているが、翠玉の髪と褐色の肌を持つエルフなど遺伝の異常があっても有り得ないものだ。


だが、最大の疑問はそこにはない。そんな些細な疑問より、彼女の以前の姿形を知っている者達はまず最初に問い質したい事があるに違いない。


即ち、『何故スケルトンではなく生身の体を持っているのか』、と。


「いつまでもお客様を玄関先で引き留めていては非礼、どうぞお入り下さいませ」


「お邪魔する」


ゆっくりと先導するマハに導かれ、悠は相変わらず悪趣味と評すべき屋敷の中を進んでいった。中の人物が動く絵画や突然消える照明など、神奈を連れてくればさぞアスタロットを満足させるであろう数々のギミックにもマハの足取りが乱れる事はない。


それもそのはずで、彼女はこの屋敷の全てのギミックを知り尽くしているのである。もしかすると、あまり部屋から移動しないアスタロットよりも。


慣れた手つきで地下への隠し階段を出し、悠とマハはアスタロットの部屋の前までやってきた。いちいち鍵を解錠する手間を惜しんだのか、ドアは僅かに開き、中から明かりが漏れていた。


「アスタロット様、悠様をお連れしました」


「……入ってくれ」


少し遠くごく短い応答で入室を促すアスタロットにマハはドアを開き、悠に小さく頷いた。悠が部屋に入ってもアスタロットの姿は無かったが、以前入った時と違い、ズレた本棚の裏に開いた空間から漏れる気配に従い悠は奥へと進んでいった。


これまで見えていた部屋での研究を半分とするなら、アスタロットのもう半分の研究はこちらで行われていたのだろう。だが、重要度で言えばこちらの方が遥かに高いに違いない。


隠し部屋と称するには広すぎるその部屋は何故か石畳も木の板すらも敷かれていない土間となっており、薄暗い部屋は寒々とした雰囲気を醸造していた。数十メートル四方にもなる空間に置かれている物と言えば、入り口付近の机やアスタロットらしき人物が腰掛ける椅子、それに用途不明の品が収まった棚くらいのもので目を楽しませる物が無いからだろう。


――いや、何もない訳では無い。常人には見透かせなくても悠の目は本来なら地下で、しかも部屋の中に在るには不釣り合いな物体を映し出していた。


それは木だ。悠が知っているどの種類にも当てはまらない木が手前から順に奥に向かって直接地面から生えているのである。


緑があるなら少しは目を楽しませても良さそうなものだが、寒々とした雰囲気を醸し出しているのはその木が枯れ、花も葉も存在しないからであった。ただ幹と枝だけを残して朽ちた木は、悠に白骨化した死体を連想させた。


だが、悠の目は一本2本とそれらの枯死した木々を滑り、殆ど闇の中としか思えない最奥に固定されていた。今日悠がアスタロットの屋敷を訪ねた理由がその闇の中にあるのだ。


目だけは奥を見据えたまま、悠はアスタロットに話し掛けた。


「具合はどうだ?」


「……その前にマハ、茶の用意を頼めるか……?」


「……はい、少々お待ち下さいませ」


悠の言葉に答える前にマハに頼んだアスタロットの意図が客を労うよりマハを遠ざける為の物である事は明白だったが、マハは粛々と頭を下げ、退出していった。


マハに語りかける時は努めて作っていたであろう声音が退出と共に普段のトーンに下がり、憮然とした声でようやくアスタロットは悠に答える。


「ユウ、そういう事をマハの前で聞くな。マハが気にするだろう」


「ならばもう少し自分の体を労るのだな。お前はエースとマハに関してだけは自己犠牲的に過ぎる。これまでは一人だけで無茶も出来たかもしれんが、これからは悲しませる相手が居るのだぞ?」


「お・ま・え・に・言われたくはない!」


《ユウに言われたくはないわね》


《全く、貴様はどの口で言っているのだ……》


「む……」


アスタロットだけではなくレイラやスフィーロにまで窘められ、悠は反論しかけた口を引き結んだ。悠は死なない自信があってやっているが、ボロボロになる悠を見ている仲間達が心穏やかではいられないのは当然の事だ。


発言がブーメランとして返って来た悠はマハが居ない間に本題に戻る事に決め、アスタロットに近付いていった。


離れていた時は部屋の暗さでシルエットだけしか分からなかったアスタロットだったが、近付いて見ると以前より随分とやつれ、色素自体が薄まった印象であった。頬はこけ、毛髪も緑と言うより若草色というべき色彩に変わっており、とても健康そうには見えない。変わらないのは眼光の鋭さだけだ。


「とにかく、服を脱いで診せてみろ」


「ふん……生きていれば問題はない」


「『健やかに』生きられねばエースもマハも気兼ねするが、それでも意地を張るか?」


「チッ……」


不承不承ではあったがアスタロットが悠の言葉に従い上着を開くと、そこには容貌の変化を裏切らない肉体が悠の前に晒された。


一切の血の気を感じさせない血管すら透けない青白い肌、全て浮き上がった肋骨、内臓が全部揃っているのか疑いたくなるような細い腹……まるで初期の蒼凪の如き体は病人とそれと大差あるまい。


悠が指を伸ばしてアスタロットに触れると、レイラは触診の結果を即座に伝えてきた。


《……体重38.2キロ。この間より200グラム増えてるけど誤差の範疇ね。代謝系、消化系、五感、全て正常時の半分も働いてないわ。体温も血圧も低過ぎるし、強がっていても起きてるだけで辛いでしょ? 目だってよく見えていないわね?》


「フン……」


「……アスタロット、確かに俺がお前に頼んだ事だが、健康を取り戻してからで構わんのだぞ?」


「くどいぞユウ、その問答はハリーティアが来た時に終わらせたはずだ。ワガハイは誰かに貸しを作るのを好かん」


悠の手を振り払い、アスタロットは机の上で調合していた薬品の瓶を掴むとよろめきながら席を立った。


「もう少し待っていろ、朝までには形になろう。ワガハイよりもマハを見てやってくれ……」


そのまま体を引きずるように杖と瓶を手にアスタロットが闇の奥に消えると、背後からマハが茶の用意を手に眦を下げて戻ってきていた。


「……悠様、お気を悪くされないで下さい、アスタロット様はあなた様に多大な恩義を感じておられるのです。その恩に必死に報いようと……!」


「マハ、分かっている。アスタロットという男はおよそ付き合い易い人物ではないが、こうと決めたら命がけでそれを遂行する男なのだとな。……体調が戻らぬ内に切り出した俺が軽率だったのだ、済まん」


頭を下げる悠の脳裏に、ハリハリと訪れた際の記憶が浮かび上がった。

まともに返信すら出来ずに申し訳ないです。とりあえずエタってない証明に。


新しい端末にはまだ時間が掛かりそうです。

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