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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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閑話 夢の後3

深更を過ぎる頃、3人は別れそれぞれの部屋に入った。店の者達と合わせ、百人分は酒を消費した悠達だったが、悠はもとよりバローやハリハリもドラゴンの肉によって強力な毒物耐性を得ており、程よく酔っているという程度だ。


バローは念願のレインとの一夜にハイテンションで部屋へと向かったが、あてがわれた部屋でハリハリは僅かに酔いを醒まし、今日の事をぼんやりとした頭で振り返っていた。


(……結婚していたら今頃初夜だったのかなぁと考えるワタクシは不純なんですかね? 我ながら女々しい事です)


いずれは癒えるかもしれないが、失恋の傷痕はふとした瞬間にハリハリに鈍い痛みを訴えた。鋭い、とはならないのが救いであろうか。


失恋の痛みを他の女性で和らげようとする不誠実さを悠は嫌うと思ったが、あえて主義に反してまで連れて来てくれた心遣いには感謝せねばなるまい。


悠が見透かしたように、普段は明るく振る舞っているバローやハリハリのような者ほど1人になるとネガティブな思考に陥りやすいものだ。多分、誘われなかったら屋敷の一室に引きこもり、1人で鬱々と酒を飲んでいる場景が浮かび、ハリハリは苦笑した。


ハリハリの今宵の相手はミオと並んでレインが信頼する、腹心であるユマが務めてくれるらしい。普段は幹部としての仕事で客を取る事の無いユマをあてがうレインの思惑はハリハリを通して自分達の立場を強化したいのだろうと理解していたが、ハリハリにはもう関係の無い配慮であった。エースロットが戻った今、彼女達の事をエースロットが放っておくはずが無いのだから。


(エルフィンシードは王家と『六将』に任せておけば大丈夫です。……ワタクシはユウ殿のお力になる為に、早くこの失調から立ち直らなければ……)


そういえば、悠の相手は居るのだろうかと妙な気を回したハリハリだったが、後に戻って来たミオが仕方がないからを10回くらい繰り返しながら名乗りを上げたのにはこっそり笑わせて貰ったものだ。悠は失敗したと思い込んでいたが、裏で名を知られたミオにとってただの女として扱われるのは新鮮な喜びをもたらしたのだろう。無自覚に女性を惹きつける悠にハリハリは口元を緩めた。


(さて、後が怖いですよ、ユウ殿。ワタクシが知っているだけでも両手に余るほど懸想している女性が居ますしね。屋敷だけでもソーナ殿にケイ殿、カンナ殿にミリー殿、シャロン殿、ジュリア殿、リーン殿もですかね? というかほぼ全員のような気がしますが……)


あのサイコですら、悠の言葉には逆らわないのだ。唯一その気配が無いのはカリスくらいだが、悠が好きなだけ鍛冶をしてもいいと口説けばあっさりと陥落しそうな雰囲気はあった。父親であるカロンは半ば諦めているようだが、相手が悠なら喜んで承諾するだろう。


屋敷の外に目を向ければそれこそ枚挙に暇がない。ノースハイアのシャルティエル、サリエルの両王女、冒険者ギルドのギルド長代理のレイシェンに受付嬢のキャスリン、アライアットなら静神教のオリビアにソフィアローゼ、滞在期間の長いミーノスは冒険者ギルドの中だけでも何人居るのかハリハリには把握し切れない数が居るだろう。


きっと1人赴いたグラン・ガランにも居るはずで、エルフィンシードには探索者ハンターのヴェロニカと……


「ウチの姫様もきっとそうなんでしょうねえ……」


ナターリアは上手く隠しているつもりかもしれないが、悠と話すナターリアは明らかに声のトーンや目の色に思慕の情が透けており、少々敏い者であればすぐに察せられるレベルであった。


ナターリアの恋は叶わないだろう。地位などという意味ではなく、お互いの立場がそれを許しはすまい。ナターリアにはエルフィンシードがあり、悠には使命と蓬莱という故郷がある。


破れる前提の恋だとナターリアは知っているに違いないが、誰かを好きになる事に背景は関係ないのだ。それは如何なる状況であってもアリーシアを愛し続けたハリハリには痛いほどに理解出来た。


と、そこまで考えた所でハリハリは自分が些か出過ぎていると思考を中断した。失恋したばかりの男が他人の色恋を云々するなど笑い話にしかならないと悟ったからだ。


(実る恋もあれば破れる恋もあります。この喜びと痛みを知る事自体は悪い事では無いでしょう)


万が一上手く行くならそれでよしと結論付けた所でドアが開き、身を清めたユマが現れ、ハリハリに微笑みかけた。


「お待たせ致しました、ハリーティア様。今宵はどうぞ可愛がってやって下さいまし……」


商売用の笑みだと分かっていても男の劣情を刺激せずにはいられない表情と仕草は流石プロだとハリハリは密かに感嘆した。もし胸に疼く痛みが無ければ理性が保てたか怪しいものだ。


「……実を言いますとワタクシ、女性と同衾するのは久方振りでしてね。不手際がありましたら申し訳ない」


「あら、そんな事はお気になさる必要は御座いませんわ。ハリーティア様はただ身を委ねて頂ければ結構です。まずはお召し物を……」


微笑みながらしずしずと近付くユマがハリハリの服に手を掛け、解き、胸板を露わにすると軽く目を見開いた。


「まあ……ハリーティア様は高名な魔法使いですのに、お体も鍛えてらっしゃるのですね、素敵……」


「大して力もありませんがね」


屋敷で一番貧弱な部類に入るハリハリだが、悠の指導と恵の完璧な栄養管理により一般的なエルフとは一線を画する肉体を作り上げていた。アルトを抜かせば、屋敷で最も女性受けするのは間違い無くハリハリであろう。


ユマの手がハリハリの胸板に触れ、慈しむように撫でる。気分が乗って来たのか、その動きは決して商売相手というだけではない熱を放ち始めていた。


ユマはレインからくれぐれもハリハリの機嫌を損ねないよう厳命されていたが、ユマ自身も大賢者というネームバリューを持つハリハリと懇意にしているという事実の重大性を認識しており手を抜くなど思いも寄らないにしても、肌を重ねる相手が気に入るに越した事はない。ユマはミオよりも性格的に器用で臨機応変が利き、様々な場面でレインに重宝されているが、好悪の感情と無縁な訳ではないのだ。


ハリハリをベットに誘い、のしかかったユマの唇がハリハリの首筋を這いながら徐々に下へと滑っていく。淀みのない動きは男を虜にする淫靡な曲線を描き、ハリハリの劣情を刺激した。


……したのだが、肉体の反応とは裏腹に、ハリハリは頭の片隅に氷塊のような冷気を感じ始めていた。ユマが手練である事に疑いはないが、その違和感は徐々に大きくなってハリハリの中で軋みを上げ始めていた。


ハリハリも(身体的には)正常な男性であり性欲もあれば快感も感じているのだが、どうにも気持ちが乗らないのだ。


ハリハリが求めているのは欲求を晴らす為の女性ではなく、もっと深い心の触れ合いであった。冷えた心を溶かすような、そんな包容力こそが必要だったのだが、その点で言えばレインは人選を誤っていた。


器用な者にありがちな事ではあるが、ユマは自分の手腕に自信を持っており、体の反応からも自分が間違っているとは思わず、ただ快楽を高める事だけを考えていて、ハリハリの心中にまで思いを巡らす事が出来ていなかったのである。


「ハリーティア様……」


自らも服をはだけ、裸体を晒したユマの唇が迫ると、ハリハリは遂に限界に達し唇が触れる前にユマの肩を掴んで首を振った。


「あっ……?」


「……申し訳無いですが、今日はここまでにして頂けますか? いえ、ユマ殿に不満がある訳では無いのですが、少々お酒を過ごしてしまったようで……」


女性に恥を掻かせる訳にはいかないと、ハリハリは自分の体調を理由にやんわりとユマを引き離した。これ以上やれば、事後の空しさは耐え難いものになるだろう。今も残る唇の感触を無遠慮に上書きされたくはないという無意識も働いたのかもしれない。


だが、ユマは自分が何故ハリハリに拒絶されたのか理解出来なかった。反応も上々で、内心では男など所詮この程度と軽く見ていたのである。或いは、その驕りがハリハリの違和感を膨らませたのか。


愛など無くても交わる事は可能だ。しかし、それで満たされるのは性欲であり、心ではないのである。バローのように割り切って公言していれば満たされるものもあるだろうが、ハリハリはそこまで割り切れなかった。


「わ、私が何か不手際を……?」


落ち着いていくハリハリとは逆にユマは強い焦慮を感じて青ざめた。レインはハリハリとのパイプ作りを強く求めており、それを果たせないのでは顔向け出来ないからだ。


「いえいえ、本当に飲み過ぎただけですよ。隣で寝ていてくれれば十分ですからこのまま――」


「そういう訳には参りません!」


ユマはハリハリの手を取ると、強引に自分の胸に押し付けた。直前で拒否されプライドが傷付いたゆえの突発的な行動だったが、一旦冷静になったハリハリは乗って来なかった。


「……弱りましたね。別にワタクシに抱かれなくても、今更あなた方を蔑ろにしたりはしませんが?」


「私の何が不満なのです!? それを伺うまで寝かせはしません!!」


「そう言われてましても……っ!?」


空いた手で額を掻いたハリハリだったが、いつの間にか部屋を取り囲む殺気に表情を改めた。そんなに酔っていないつもりだったが、やはり油断があったのだろう。


「ハリーティア様?」


レインの仕業かと思ったが、ユマを見る限りでは謀略という訳では無さそうだ。となると別口の暗殺者の類か。


杖も鎧も無いが、バローや悠と合流すればどうとでもなるはずだ。ハリハリは体を起こそうとし――




「……ここですわ……」




壁越しの女性の声にハリハリの体が凍りついた。ざっと音を立てるかのような勢いで顔から血の気が引き、油の切れた動きで声の発生源に首を向ける。


ハリハリの視線の先で壁が白煙を上げながら穴を空け、ぬらぬらとした光沢を持つ粘液がぬるりと姿を現し、穴を拡大していった。丸っきりホラーの絵面にハリハリの歯がカタカタと震えるが、それも声の主への恐怖によるものだ。


「ハリィィィィィィティア様ァァァァァァ、どォォォォォォして私という者がありながらこのような場所にいらっしゃるんですのォォォォォォ!?」


「ひ、ヒェェェェェェ!!」


完全に壁を浸食して現れた人型の粘液の塊が誰なのか、顔の部分が開く前にハリハリは既に理解していた。試練の場においてアルトが倒した『千変万化シェイプシフター』と、その天敵たる所有者――クリスティーナを。


「てぃ、てぃ、ティナ殿、どうしてここが!?」


「これでも私、公爵家の当主ですから。どうにも昨日からハリーティア様の動きに不審な点が見受けられましたので、手の者をシルフィード全域に派遣しましたの。ですが、まさかこんな場所にハリーティア様が居るとは思いませんでした。それに……!」


ハリハリの手がユマの胸を揉んでいるのを見て、クリスティーナは粘液の拳を壁に叩きつけた。新たな白煙と怒りの波動にハリハリの顔に死相が浮かぶ。


「どォォォォォォして私では無くこんな女の胸を揉んでますの!! 求めて下されば、私はシルフィードの衆人環視の中ででもハリーティア様に全てを捧げてみせますのにっ!!!」


「わ、ワタクシはイヤです!!」


ハリハリは脱衣系トラブルには事欠かないが(多分)露出狂という訳ではないので通行人に見られながらなど御免であった。


そう返しつつもハリハリは逃走経路を必死に模索していた。クリスティーナに説得など通用せず、ほとぼりが冷めるのを待つしかない。


正面のドアはクリスティーナに近過ぎる。ならば窓を破り『軽身ライトウェイト』で衝撃を和らげると決めた時、思考停止していたユマがクリスティーナに構えた。


「も、魔物モンスターっ!」


髪の中に仕込んでおいた投げ針をクリスティーナに投擲するが、粘液で覆われたクリスティーナの一部が伸びると、投げ針は瞬時に溶解し飲み込まれた。


「無駄ですわ、この『千変万化の衣シェイプシフターズシュラウド』は生半可な物理攻撃や魔法は自動的に無効化しますの。……ハリーティア様を毒牙にかけようとした罪は溶解刑が相応しいかしら?」


「あ、ああ……!」


「まずい!」


ユマをここに置いていけばクリスティーナはユマを殺すかもしれないと察したハリハリはユマを抱きかかえ、一気に窓を目指した。後が怖いが、今は逃げの一手だ。


――しかしハリハリは忘れていた。殺気は一つではなく、部屋を囲むように放たれていた事に……。


「うっ!?」


あと数歩で跳躍に入るという所で目の前の窓が一瞬で凍りつき、ハリハリの足は急停止を余儀なくされる。高レベルの氷結魔法が行使されたのだと知り、外に向ける視線の先に――




「…………」




氷よりも冷たい目をしたナルハと目が合い、ハリハリは震え上がった。ここは二階のはずだが、多分氷で足場を作っているのだろう。


「ヒィッ、な、ナルハ殿まで……!」


「いくらハリーティア様でも逃げられませんわよ。『六将』にもお声掛けさせて頂きましたから」


内にクリスティーナ、外にナルハと完全に逃げ道を封じられたハリハリはダラダラと冷や汗を流しながらもまだ逃走を諦めていなかった。ここで諦めては最悪、物理的に食われかねないという恐怖がハリハリを突き動かしていたのだった。


しかし、耳を澄ませば聞こえてくる破壊音にハリハリの焦りは募るばかりだ。


「ま、まさか、ナルハ殿だけではなく?」


「セレスティさんに足止めをお願いしましたわ。ここの主人は少々手強いと聞いていますから」


「ああ、バロー殿……」


また念願を果たせなかったであろうバローに0.5秒ほど脳内で合掌し、ハリハリはすぐにそれを頭から追いやった。悪いが、こちらはこちらで手一杯なのだ。


「さあハリーティア様、そんな女は捨て置いて私と愛し合いましょう!」


「クッ!」


ガチンと歯を噛み鳴らすクリスティーナにハリハリはなりふり構っている場合ではないと、最終手段である『跳躍ショートリープ』を構築し始めた。ユマと2人の転移では半裸から全裸になってしまうが、晒すなら屍より断然恥だ。


(ひとまず隣の部屋に逃れて行方を眩ませば……!)


「……ハリーティア様、そろそろ転移魔法で逃げようと考えてらっしゃるのでは?」


「っ!?」


行動を読まれ、魔法の集中が乱れたハリハリの『跳躍』が意味を失い霧散する。おそらくセレスティから『跳躍』の情報を得ていたのだろう、クリスティーナはハリハリに淡々と事実を告げた。


「あの魔法は素晴らしい魔法ですが、転移先に障害物があると発動しませんわね? 申し訳ありませんが、この部屋を中心に前後左右の部屋には既にナルハさんが『氷獄網アイシクルネット』を張り巡らせてあります。もし隙間を見つけて転移しても、僅かに触れた瞬間にハリーティア様はその女もろとも氷漬けですのよ?」


「ど、どうして戦闘巧者でもないあなたがここまで……!」


クリスティーナは政治力はあるが、戦闘においては殆ど素人であるはずだった。それがここまで周到に備えている事にハリハリは大きな疑念を抱いたのだ。


その問いにクリスティーナの口元が弧を描く。


「私には頼りになるお爺様が居りますもの。事情を話したら「それなら私が大賢者を捕らえる策を考えてあげよう。……どうやら遠慮は要らなくなったようだからね」と仰っておりましたわ」


「デメトリウス殿おおおっ!!」


デメトリウスはハリハリがアリーシアに懸想しているからこそクリスティーナを抑えていたのだが、娼館に行くくらいなら構わないかと思い直し、クリスティーナに助力したのだ。恋愛に関してはデメトリウスはフェアだが、相手に付け入る隙があれば躊躇わないのである。


「さあ、観念なさいまし! 今宵がハリーティア様の為に取っておいた純潔を捧げる記念すべき日になりますわ! ああ、私、か、感極まって何をしてしまうか……!」


興奮を抑える為に露出させた指を強く噛み、クリスティーナの目が狂気と狂喜の色を宿す。皮膚を噛み破り流れる血が自分の物であるかのように感じ、ハリハリは泣きたい気持ちで一杯であった。全てが終わる頃まで生きていられるかどうかも怪しそうだ。


ハリハリの胸に絶望が満ち始めたその時、破砕音と共に入り口のドアが吹き飛んだ。




「喧しいぞ貴様ら。他の客や従業員の迷惑も考えんか」




「ゆ、ユウ殿っ!!」


冷気を纏い、うっすらと髪に霜を付けた悠の登場にハリハリに生気が戻る。まさに九死に一生を得たというに相応しいタイミングで、これだけ騒いで同じ建物に居る悠が気付かぬはずがないのだ。


「この娼館はもう使えまい。仮にも国の要職にある者達が民の財産を侵害していいと思っているのか?」


「邪魔をなさらないで下さらない? 私はハリーティア様以外は興味ありませんの。弁償なら私が上乗せして払いますわ」


「金だけの問題ではない。ハリハリとて独身の男、女を抱きに来て謗られる謂われはあるまいよ。無理強いするつもりなら俺が相手になるが?」


「上等ですわ。真の愛は暴力などに屈しないと、この身をもって証明して差し上げます!」


悠に恐怖を抱いていたクリスティーナだったが、ハリハリへの愛情はその恐怖すら凌駕し、両者の間で火花が散った。デメトリウスにはくれぐれも悠とは矛を交えないようきつく言われていたが、ハリハリへの障害になるのならクリスティーナに引く道は無いのだ。


「……クソッ、あんな手練れだとは……!」


一触即発かと思われたが、そこにフラフラと現れたセレスティが出血を押さえ部屋に入るなり倒れ込むと、悠の殺気が薄らぎ、セレスティを支えた。


「セレス殿!!」


「……ハリハリ、外に居るナルハを呼べ。女の情念は俺にも手に負えん。止めるなら殺し合いになるぞ」


負けると分かっていて引かないクリスティーナや流血沙汰のセレスティに悠も事態の収拾を諦めざるを得なかった。彼女達を拳以外で止められるのはハリハリだけなのだ。


「み、見捨てないで下さいよう!」


「連れて来た俺にも責任はあろう、刃傷沙汰にならんように見張りはしてやる。だが、彼女らの本気に応えられるのはお前だけだ。……ティアリング公爵、言葉で語らずあくまで実力行使をするなら俺も覚悟を決めて排除するが、話し合いに応じる気はあるか?」


「……」


ここで意地を張っても悠を倒せる確率は限りなく0に近いと瞬時に答えを弾き出したクリスティーナは忌々しげに悠を睨み、『千変万化の衣』を解除した。


「……邪魔は、しませんのね?」


「平和的に解決する気があればな」


せっかく戦争を収めたというのに『六将』2人と公爵を相手に大立ち回りなど悠だってしたくはないのである。娼館で国のトップ集団が一人の男を巡って相争うなど、三流の脚本家でももう少しマシなシナリオを書くに違いない。ましてや、自分がその中に参加させられるとなれば尚更だ。


それでも悠は自分が誘った手前、逃げる事は許されなかった。他に適当な場所が無かったとはいえ、やはり慣れない事はするべきではないのかもしれない。


悠がセレスティを癒やしナルハが氷を魔法で透過して来ると、ハリハリはユマを悠に託し、悠はセレスティと戦ったであろうレインの治療の為に中座した。ハリハリに送った視線は、今の内に聞かれたくない話は済ませておけという意味であろう。


「……とりあえず座って下さい。そこのベットでいいですから」


「しますの!?」


「しませんよ!!」


目を輝かせるクリスティーナに頭痛を覚えハリハリが額を押さえたが、ふと目が合ったナルハがポロポロと大粒の涙を流すのを見ると流石に慌てふためいた。


「な、ナルハ殿、何も言っていないうちから泣かないで下さいよ!」


「……分かって、いるのです、ハリーティア様が、悪くない事は……」


叱られる子供のように身を縮こまらせ、ナルハは独白した。それは一人の女としての心情であった。


「ハリーティア様が何処で誰を抱こうと私にはそれに文句を言う筋合いはありません。きっとハリーティア様にも何か憂さを晴らしたい事情があったのでしょう。……私の気持ちは以前お伝えしましたが、身内にお優しいハリーティア様の事です、抱けると分かっていても私を捌け口に選んだりはしないでしょう。でも……!」


ナルハの強い視線にハリハリは物理的な圧力すら感じ、僅かに身を引いた。だが、彼女の言葉を受け止められるのは自分だけだと、口元を引き締める。


「それなら私は『六将』などではなく娼婦でよかった! あなたに抱いて貰えるのなら、一時の愛を得られるのなら……!」


「ナルハ……」


再び涙を溢れさせるナルハの肩をセレスティが抱いて宥めるが、セレスティもまた同じ涙を流していた。


「セレスティさん、あなたもいい加減素直になったらいかが? 危険だからついて行くなんて言っていましたけど、本当は違うのでしょう?」


「っ!」


クリスティーナの言葉にセレスティの体が強張り、咄嗟に否定の言葉が出そうになるが、クリスティーナの強い視線にとうとう自分の心の内を吐き出した。


「……ハリー先生は……わ、私達だけの先生なんだ!! ずっとずっと、先生のお嫁さんになりたかったんだ!!」


ナルハから手を離し、立ち上がったセレスティはその勢いのままハリハリを強く抱き締めた。


「せ、先生が他の女を抱いていると思ったら、頭の中が、真っ白になって……教え子だから抱いて貰えないなら、私だってそんな過去は要らない!!」


「私達はもう子供では無いのです。大切にして下さるのは嬉しいですが、過去を理由に選択肢から外すのはおやめ下さい。……それとも、私達では、ハリーティア様の審美眼には適いませんか?」


間近で見上げてくるナルハとセレスティにハリハリはユマの時には感じなかった熱を感じ、大きく首を振った。


「とんでもない! 2人共、美しく成長しましたよ。強く美しく……だからこそワタクシなどが汚していいとは思えなかったのです。……いえ、美しい過去は美しいまま、そのままにしておきたかったのか……」


ハリハリが植えた若木達はハリハリが居なくなってからも育ち続け、立派な大木へと成長したのだ。若さを理由に彼女達を拒絶するのは正当な理由にはなり得なかった。


ハリハリの手が2人の背中に回されると、2人はハリハリの胸に強く顔を埋めた。今はまだ師弟以上の愛情は無いが、いずれは育っていくのかもしれない。ハリハリも新しい道を探さなければならないのだから。


温かな雰囲気が3人を包み込む中で――


「うんしょ、うんしょ」


……クリスティーナは背中に手を回して服を脱ぎ始めていた。


急速に冷める空気に半眼のハリハリが口を開く。


「……ティナ殿、何故服を脱いでますか?」


「えっ!?」


意外過ぎる指摘をされたと言わんばかりに目を見開いたクリスティーナがキョロキョロと左右を見回し口を開いた瞬間、悠が戻ってきてドアを開いた。


「ハリハリ、話は――」


「話が纏まって、今から4人でするんですわよね? この際ハリーティア様に抱いて頂けるなら妾の一人や二人、許して差し上げますわ!」


「待て、正妻は譲ってもいいが一人ずつだ!」


「お嫁さんになるのは私だからな!」


しんと静まり返る室内。


「……済まん、邪魔したな」


「待ってユウ殿!!!」


即座にドアを閉めた悠にハリハリは手を伸ばしたが、再びドアが開く事は無かったのである。




ちなみにバローはそこかしこから煙を上げつつ「……どうして後5秒待ってくれねぇんだ……」と虚ろな目で呟いているのを悠は発見したが、レインの治療の為に放置した。しぶとい男なので明日には自力で復活するだろう。


そんな悠はどうだったのかというと、ガチガチに緊張していたミオを解そうとツボを突いた所、ミオが嬌声を放って失神してしまい、エルフは人間より快感に弱いのだなと生物間の違いを発見したのだった。

長くなって申し訳ない。


ハリハリがこの後どうなったのかはご想像にお任せしようかと思います。猛獣の檻に入れられた小動物みたいで微笑ましいですね。


悠とバローの分を書くと一万字ほど増えてしまいそうなのでハリハリをメインに据えました。バローは規約に引っかかりますし、悠は方向性を間違えてますから……。


あと、ベム君もちゃんとこの場に居ました。ハリハリは氷で足場を作っていると予想しましたが、ナルハの足場を作っているのはベム君です。




「……ボクも入ってもいいのかなぁ……」

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