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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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閑話 夢の後2

「はいはいっ、エルフあるあるいきまーす!! こう、首を思い切り振ると耳が顔に当たって痛いっ!」


「ギャハハ、下らねー!!」


盛んに首をシェイクしてペチペチと音を立てるハリハリにバローは爆笑し、同じく席につく女性達も黄色い笑い声を上げた。既に完全に酒が回っている2人は立場も何もかもを忘れて存分に楽しんでいるようだった。


最初は大賢者来店に騒然となった店内だったが、ハリハリが地位や権力に全く頓着しない砕けた人物だと分かると、娼館の女性達で手が空いている者達は我も我もと押し掛け、今では大宴会の様相を呈していた。


「うおっし、次は俺だ! ハリハリ、ちょっと来い!」


「え~、なんですかぁ?」


ハリハリの芸に触発されたバローがハリハリを呼び寄せ、あまり人間に忌避感の無さそうなエルフの女性の後ろにバローが誘導する。体のラインがはっきりと出る、扇情的な薄手の衣装の女性は何をするのかと小首を傾げたが、不意にバローは真面目な表情で語り出した。


「……世の中にはなぁ、着るものにすら苦労する奴らも居るんだ。そんな時、エルフの男だけが出来る技をお前に伝授してやる」


「ほほう……それは初耳ですね、どうやるんですか?」


「それはな……」


「それは?」


真剣な表情で見つめ合う2人に一瞬場が静まり返ったが、バローの顔がぐにゃりと歪むとハリハリの顔を女性の背中に密着させ、長い耳を両手で掴んで女性の体に回し……。


「こうやって乳を隠すんだよ~!」


「きゃん!?」


ブラジャーのように胸を覆ってみせた。


「はああああっ!? せ、先端に感触があああああっ!!」


素面でやっている者を見たらドン引き間違い無しの暴挙だったが、ハリハリが乗ってくれたのとアルコールの力で笑いに転化され、場は一層の盛り上がりを見せていた。


通常の酒場ではここまで露骨なボディタッチは許されないが、この娼館の酒場は酒を飲みつつ夜伽の相手を探すのが目的の酒場であり、払うものさえ払えば多少の事は大目に見て貰えるのである。


加えて遊び慣れているバローは許される境界線を探るのが絶妙で、主人であるレインとも顔馴染みとなりつつあり、徐々に女性達に受け入れられ始めていたのだった。


「ヤハハ、たまにはこういうのもいいものですね!」


「だろ? お堅い場所ばっかじゃ息抜きになんねーっつーの! ヒャッホー!」


「ご機嫌ですねえバローさん」


笑いながら酒を注ぐレインにバローは身を乗り出すと、ぐっと杯を開けて語りかけた。


「おうおうレインさんよう、今日という今日はぜってー相手して貰うかんな!!」


「アタシは一度も拒否した事は無いんですけどねえ……まあ、怪我まで治して貰ってこれ以上不義理を重ねるのも心苦しいとは思ってますよ。でも、大賢者様がいらしたとなると、他の娘に相手をさせる訳には――」


「いいんだよハリハリなんて、誰が相手だろうがここにゃ美人しか居ねぇじゃねぇか! 全く、どんな高級店でもこんな粒揃いの店は人間の国にゃねぇぜ、なあユウ!」


場の喧騒に流されず、黙々と杯を重ねる悠にバローが声をかけると、悠は静かに首を縦に振った。


「容姿だけで言えばこの国を上回る店はあるまい。給仕も接客も文句はない。……同席している客の品性に問題はあるがな」


「お行儀良くしなけりゃいけねぇ場所はうんざりだっての! ……そういやユウ、お前だけスカして芸の一つもやらねぇのは道理に反するんじゃね? それとも何か、お強い『竜騎士』サマも宴会じゃ飲み食いだけでイッパイイッパイっですってかぁ?」


虎の尾を踏むかの如きバローの挑発は無礼講と見切っての所行であろう。一瞬固まった悠だったが、一気に酒を干すと、手近の酒瓶を掴み上げた。


「……見え透いた挑発だがあえて乗ってやろう。女将、酒は貰うぞ」


「え、ええ、お足は十分に頂戴してますから構いませんが……」


「では失礼する」


悠は手と果実が乗っていた大皿を布で綺麗に拭うと、そこになみなみと酒を注ぎ込んだ。果実から作られた赤い鏡面に周囲の者達も何をするのかと群がり始める。


「何だ、占いでもやろうってのか?」


「まさかそのまま飲むとか言いませんよね?」


バローとハリハリが口々に予想を述べるが、悠は人差し指を立て、それを左右に振って否定した。


「お前達の貧困な発想力では当たらんよ。……見ておけ、軍生活が長いと、部下を鼓舞する為に上官たる者は芸の一つや二つ、身に着けているものだ」


そのまま悠が指を酒の表面に差し込んだかと思うと、引き抜いた指の先に球状の酒が現れた。物質体制御マテリアルコントロールを用いた物質操作である。


「元々は戦場で食い物が無くなった時に飢えを凌ぐ手段として考えた物だが、大量の兵に行き届く量を作る事は叶わんかった。代わりに一風変わった物が出来たがな……そら、食ってみろ」


「わぷっ!?」


悠が指を弾くと、それは一直線にハリハリの口に飛び込んだ。ハリハリが恐る恐る噛むと、元は酒だったとは思えないしっかりとした歯応えが口の中を楽しませる。


「へえ! これは面白いですね!」


「似たような食い物はあるらしいがな」


噛む度に僅かずつ物質体制御を離れ、口に溶け出すその食感はグミとソフトキャンディーの中間とも言うべきものとなっていた。見た事も無い不可思議な食物とハリハリの反応に女性達は興味津々の視線を悠に注ぐと、悠は全ての指を酒に浸し、一気に酒球を量産する。


「皆も食ってみるといい。但し、酒に弱い者は酔うから程々にな」


「せっかくのご好意ですから頂きなさい」


「「「はぁい!」」」


レインの教育によって不作法に手を伸ばす者は居なかったが、促されると次々と酒球を口に頬張り、初体験の食感を楽しんだ。バローの側に居るまだ客を取れない少女達もレインの許しを得て酒球を口に運び、自然と込み上げてくる笑顔で笑い合う。


「い、意外に面白い芸を持ってやがる……! だが、このくらいで女心を掴めると――」


「まだだ」


意外に好感触の悠にバローは負け惜しみを口にするが、悠は作った酒球を一つ摘み取ると、VIP付きとして酌をしていたミオに差し出した。


ミオはレインにとって娘にも等しい生え抜きの幹部であり、荒事にも長けレインの命令であれば何でも素直に聞くが、まだ人間に対して蟠りが強く、悠に懐疑的な視線を向けた。


「……酔わせてどうしようと? 私はお酒はあまり飲まないわ」


「どうもせんよ。どうもせんが、酒席で警戒してばかりでは詰まらんだろう?」


そういう悠の指先で酒球が再び形を変える。単なる球状であった酒球は蠢き、分かれ、一つの形を作り出した。


「あっ!?」


そこに現れたのは精緻な造形が施された、赤く透き通る花であった。自然界には存在し得ない、だからこそ儚い美しさを備えた小さな花を悠はミオの髪に取り付ける。


「やはりエルフの緑の髪に赤は映えるな。まるで草原に咲く一輪の花のようだ。似合うぞ?」


「ば、バカな事をっ!」


耳の先まで真っ赤にして席を立ったミオは火照る顔を隠して奥へと走り去っていった。


あまりに鮮やかな悠の手並みにバローはあんぐりと口を開いていたが、当の悠は解読困難な数式に挑む学者のような表情で顎に手を当て呟いた。


「……怒らせてしまったな。雪人はこれで上手くやっていたようだったが、やはり俺では上手く喜ばせる事は出来んか」


「……ああ、ユキヒト殿仕込みだったのですね、納得しました。……ちなみにユキヒト殿はどんな風に?」


「黒髪の女に透明な星を作って「やあ、天の星も霞む地の星の瞬きに、俺の目も眩んでしまいそうではないか……」とか何とか言っていたと思うが」


(今度1人で酒場に来た時に試そう……)


悠の台詞を心のメモ帳にしっかりと記入し、バローは密かに決意を固めていた。使えるものは出所が気に食わなくても使うのがバローの流儀である。


ハリハリの為に普段であれば絶対にしないような事までして場を盛り上げる悠にハリハリは密かに感謝し、立て掛けていたリュートを手に取った。


「思えばユウ殿とバロー殿、アイオーン殿の3人がアザリアの町を救って下さったのが我々の縁の始まりでしたね。あの時はまさかこうしてシルフィードまでやって来て杯を並べる事になるとは思いませんでしたよ」


「俺だってやけに調子のいい吟遊詩人の優男とエルフの国に来る事になるなんて思っちゃいなかったさ。なあユウ?」


「そうだな。だが、今にして思えば、アザリアは出会いの多い場所だった。ハリハリだけではなく、スフィーロやサイサリス、シャロン、ギルザードも。縁などどこに転がっているか分からんものだ……」


『竜騎士』の目にも人の縁は映らない。ハリハリやバローだけではなく、悠にとってもアザリアは感慨深い場所であった。言葉にはしないが、ナターリアやアリーシアと知り合ったのもアザリアでの事である。


無言で酒瓶を取り、悠は再び酒を大皿に満たすと、今度は両手で酒の表面に触れた。先ほどと違うのは悠が指を引き抜かない事だ。


「その縁が連なり、エルフィンシードを救う力となった」


表面が蠢き隆起すると、それぞれがデフォルメされた6体の人形を作り出し、周囲に向けて頭を下げた。この国にやってきた最初の6人の似姿と可愛らしい仕草に女性達の口から感嘆が漏れる。


「エルフと言えど、魔法をこのように使ったりはすまい。ハリハリ、即興で合わせられるか?」


「ご用命とあらば」


悠の操る水人形に合わせてハリハリがリュートを爪弾きながら歌を添え、演じられるのはアリーシア救出の一場面だ。


本来の出来事をそのまま再現するのではなく、ハリハリに主眼を置き大きく脚色された構成にハリハリは胸中で苦笑したが、女性達は始めてみる水人形の劇に視線が釘付けとなっていた。


わらわらと湧き出る『機導兵マキナ』をハリハリが斬り伏せ、バローが突き刺し、悠が殴る。攻撃された『機導兵』は形を失い、ただの酒に戻って新たな『機導兵』となり再び襲いかかった。


『水将』ナルハと出会い、船を得て一路アリーシア救出に向かう一行、立ちふさがる『機導兵』をハリハリの魔法が吹き飛ばし、せき立てるような勇壮な調べが観客達を劇に引き込んでいく。


泥沼を掻き分け、遂に見つかるアリーシア。しかし深く傷付いたアリーシアは動かず、支えるハリハリが天を仰ぐと、物悲しい音曲に感受性の強い少女達は涙し、慟哭するハリハリの水人形の頭上から光が差し、アリーシアが目を覚ますと、わっと歓声が上がったのだった。


実際はアリーシアはこの場で目を覚ましてはいないのだが、初めて観る劇は筋が分かり易ければよいと悠は考えていた。大筋で合っていれば手柄を主張しようという欲も無く、ハリハリが活躍する方がエルフの心情としても誇りが満たされるだろう。


「賢者の切なる祈り、天に届きたもう。女王は帰り、懐かしき祖国にまた日は昇らん。永遠なれ、我が麗しのエルフィンシード……」


ハリハリが曲を結ぶとしばし静寂が支配したが、バローが先陣を切って拍手すると、いつの間にかその場に居た全員が同様に拍手を送ったのだった。


「ヤハハ、どーもどーも!」


「上手いモンじゃねぇか! ユウ、ガキ共にもやってやれよ!」


「いい語り部が居てこそだ。俺だけではこうはいかんよ」


「いやいや、ユウ殿の隠れた才能を感じましたよ! ……いいですね、こういう魔法……」


魔法を戦闘の手段とするより、悠の酒球や水人形の方がハリハリには好ましい技術であった。


レインの娼館に居る者達は魔法の才能に不備のある者が多く、戦闘に耐える魔法使いはごく僅かだが、彼らでもこの小規模な魔法ならハリハリが上手く構成すれば使えるかもしれない。もしかしたら、悠はそこまで考えて一連の芸を披露したのかもしれないとハリハリは思った。


「さて、酒を玩具にしてばかりでは申し訳無い。今日の酒は俺の奢りだ、飲める者達は全員で飲もうではないか」


「もちろん、その後のお楽しみも忘れてくれんなよな!」


「はぁ……バロー殿は欲望に忠実過ぎですねえ。ユウ殿、懲らしめて下さい」


「うむ」


水人形のバローの背後から悠とハリハリの水人形がそっと近付き、手にした棒でペシペシとバローを叩くと、頭を押さえたバローが滑稽に逃げ惑い笑いを誘った。


ハリハリの悲しみも種族間の蟠りも忘れる笑い声が響く中、夜は更けていくのだった。

バローもハリハリを元気付ける為にあえてやってるんです、本当です(震え声)。


悠が協力的なのは、やっぱりハリハリに幸せになって貰いたい気持ちが強かったんでしょうね。


長くなったので次回はオチです(笑)

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