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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
1102/1111

10-163 お人好しの挽歌8

一気に書き切るべきかと思い、更新に時間が掛かってしまいました。

翌日、アリーシアは純白の衣装を纏い、恵の手でメイクを施されていた。ただでさえ容姿に優れるエルフの中でも最上位に君臨するアリーシアが化粧をすると、絶世や傾国と付け加えてもおそらく異論は出ないであろう美貌が更に映え、周囲の空間すら塗り替えてしまうかのような華やかさである。腕が片方無い事など些細な問題にしか感じないほどだ。


「全く……花嫁を置いて遊び歩くなんてバカなんじゃないの!?」


「き、きっとアスタロット様の説得に時間が掛かったんですよ!」


「そもそもアスタなんか呼ぶ必要なんて無いのよ。ハリーティアと結婚したらアスタとは他人になるんだから」


しかし、華やかさとは裏腹にアリーシアの機嫌はすこぶる悪かった。悠と出掛けたハリハリはその日は帰らず、当日の昼過ぎになってようやく戻って来たのである。急に決まった結婚式とはいえ、新郎の行動として相応しいとは言えないだろう。


そもそも、この結婚式の事を知っていたのは当人達と恵だけなのだ。悠はアスタロットの所に行った時に知り、帰って来た時に何故か神父役を買って出てアリーシアを驚かせた。


『六将』にすら秘密にして夕刻の一時間だけ王宮の一室とそこに繋がる控え室を貸し切り、始に協力して貰って飾り付けは既に終了している。式の参加者は悠、恵、アスタロット、そして先ほど告げたナターリアだけだ。そのナターリアも聞かされた瞬間は自分がまだ夢の中に居るのかと耳を引っ張って確認したほど驚いていたが。


「……この指輪も、もう外さないとね……」


アリーシアはエースロットから贈られた指輪を口で指から引き抜いた。


指輪の誓いは、死が2人を分かつまで。エースロットがアリーシアの前から永遠に去った時、指輪の約束もまた力を失ったのだ。


アリーシアの目に感傷めいた色が浮かんだが、それを意志の力でねじ伏せ、アリーシアは指輪を綺麗に拭い、恵に差し出した。


「……ケイ、これあげるわ」


「え!? い、頂けません、こんな大切な物!!」


「いいのよ、他の男から貰った指輪をしてちゃ、私は二股を掛けてる事になるもの。取っておくのも女々しくてイヤだから」


口ではさらりと述べるアリーシアだったが、思い入れの無い指輪を200年以上も身に着けているはずがないのは尋ねるまでもない事だ。


だが、これはアリーシアなりのけじめなのだろう。魔法を失い戦う力を無くしたアリーシアが、ハリハリとの新しい人生を踏み出す為の儀式なのだ。


手を引かないアリーシアに恵の眦が下がるが、恵もアリーシアとハリハリには幸せになって貰いたいと強く願っており、意を決してアリーシアから指輪を受け取った。


「……分かりました、これはお預かりさせて頂きます。必要な時は仰って下さい」


「律儀な子ね……ま、いいわ。あなたにあげたのだから、持っていても売り払っても私にはもう関係ないから」


僅かに軽くなった手をアリーシアが振ると、部屋のドアがノックされ悠の声が届いた。


「そろそろ時間だ。……アスタロットが遅れるそうだが、勝手に始めていて構わんと言付かったぞ」


「別に居なくていいわ。じゃ、行きましょ」


参加者などナターリアと恵だけで十分と思っていたアリーシアは立ち上がると、恵が後ろに回って裾を持ち上げた。アリーシアはこの時初めて自分の姿を姿見で見たのだが、改めて恵の手腕を確認して満足そうに微笑んだ。


「流石ケイ、あなたが居れば他に侍女なんて要らないわね! どう、50人分の給料で雇われない?」


「アリーシア様にお仕えするのはやりがいのあるお仕事だとは思いますが、私には帰るべき故郷があります。申し訳ありませんがご容赦下さい」


リップサービスのように軽く、それでいて本気のアリーシアに恵は即答した。もし帰れないならそれも一つの道だが、恵は母の待つ蓬莱に帰らねばならないのだ。


しかし、最たる理由は一瞬だけアリーシア以外に向けられた視線にあるとアリーシアは気付き、肩を竦めた。


「ふ……野暮な事を言ったわね、忘れて頂戴」


「い、いえ……それでは参りましょうか」


気取られた事を恥じて顔を赤らめる恵を伴い、アリーシアが式場となる部屋に入ると、ちょうどハリハリも逆側の部屋から出て来た所であった。


アリーシアと同じく恵に作って貰った純白のタキシードはアーヴェルカインには存在しない衣装であるが、容姿の整ったハリハリが身に纏うと、初見のアリーシアにもその洗練されたデザインが伝わったようだ。ハリハリもまたアリーシアの美しさに目を細めていた。


式場の床には始が作った花々が敷かれ、両者は無言で中央までやってくるとハリハリは腕を差し出し、アリーシアが小さく頷いて腕を絡めた。


「……ちょっとは見栄えするような格好をしてきたわね」


「もう二度と無い機会ですから。綺麗ですよ、シア」


「当然よ」


普段の飄々とした雰囲気がなりを潜め、ハリハリは貴公子然とした雰囲気で先に部屋の奥で待っている悠の元に歩き出した。


「母上……おめでとうございます」


ただ一人部屋で待っていた正装のナターリアはアリーシアの華やかな衣装と幸せな雰囲気に涙腺を決壊させていた。ハリハリが新しい父親になるという実感は湧かないが、ようやくアリーシアが過去を振り切って歩み出したのだと思うと涙が止まらなかったのだ。


「バカね、泣くんじゃなくて笑いなさいよ。そんな事じゃ自分の時は大変よ?」


「はい……ハリー小父様、母上をどうか幸せにしてあげて下さい……!」


「ええ、勿論。シアは今日、世界で一番幸せな女性になります。最後までちゃんと見ていて下さいね?」


白い手袋でナターリアの涙を拭い、ハリハリとアリーシアは悠の前で足を止めた。悠の服装も普段とは異なり、ゆったりとしたローブは雰囲気と相まって聖職者の神聖さを纏っているようであった。もっとも、悠を知る者達は単なる聖職者ではなく、武僧モンク悪魔祓いエクソシストに見えたのは仕方のない事だろう。


「エルフ式の結婚式は知らんが、誓約と祝福の意図が込められていれば作法に差はあるまい」


「……今でも疑問なんだけど、どうしてこんな役目を買って出たのかしら? あなた、こういう事に首を突っ込むタイプじゃないと思ったのだけれど?」


「見解の相違だな。俺とて知己の幸せを祈る気持ちは大いにある」


「ふぅん?」


悠が全てを語っていないと感じたアリーシアは悠の表情を読み取ろうとしたが、悠は小憎らしいほどの無表情で詮索の視線を跳ね返した。


「俺の考えなど今はどうでも良かろう。式次第を進めるぞ」


「ええ、お願いします」


アリーシアが答える前にハリハリが促すと、悠は頷いて略式の祝詞を唱え始めた。


「新婦アリーシア、新郎ハリーティアは今日この場において婚姻の契りを交わし夫婦となる。異議のある者は申し出よ」


ナターリアと恵を順に見て、それぞれ異議が無い事を確かめてから悠はアリーシアに向き直った。


「……汝、アリーシア・ローゼンマイヤーは健やかなる時も、また病める時も、ハリーティア・ハリベルを夫とし、共に手を取り合い艱難辛苦を乗り越え、一生添い遂げると誓うか?」


「……誓うわ」


謹厳な悠の口調にアリーシアは意味を噛み締め、大きく頷いた。それを見て悠はハリハリに向き直り、同じように語り掛けた。


「汝、ハリーティア・ハリベルは健やかなる時も、また病める時も、アリーシア・ローゼンマイヤーを妻とし、共に手を取り合い艱難辛苦を乗り越え、一生添い遂げると誓うか?」


「誓います」


悟ったような穏やかな表情でハリハリは悠に答え、悠は重々しく頷くと言葉を続けた。


「誓いは立てられた。しかし、エルフの誓約は指輪をもって完成となる。新郎ハリーティア、指輪を」


「ここに」


ハリハリは自ら魔法で造形を施した魔金グラリルの指輪をポケットから取り出し、アリーシアに微笑んだ。


――もしナターリアと恵が感動の涙を流しておらず、高揚もせずにハリハリを観察していたなら、ハリハリをよく知る2人はその顔に浮かぶ寂寥を読み取れたかもしれない。この場でそれに気付いているのは進行役を務める悠だけであり、じっと事の成り行きを見守るのみだ。


「……新婦は手を」


悠が促すと、アリーシアは手袋を取り、ハリハリに手を差し出した。その指にあった指輪の痕は既に薄れ、変わらないものなど無いのだとアリーシアに強く意識させた。


ハリハリが手を取ると、アリーシアは心の中で一言だけエースロットに詫びた。


(さようなら、エース。愛していたわ……)


嫌いになった訳でも愛が消えた訳でもないが、今、アリーシアの手を温めてくれるのはエースロットではなくハリハリなのだ。ならばアリーシアは女としてハリハリだけを愛さねばならなかった。


一筋の涙がアリーシアの頬を滑り落ち、ハリハリが指輪をアリーシアの指に通――




「……ここまでです」




寂しそうに微笑むハリハリは指輪がアリーシアの関節を通り抜ける前に引き抜き、強く握り締めた。その寂寥の中に僅かな安堵を感じたのは悠の錯覚ではあるまい。


「……それでいいのだな、ハリハリ?」


「はい、お願いします」


「ち、ちょっと待ちなさい!! まさかここまで来て怖じ気づいたっていうの!? 女に恥を掻かせるつもり!?」


悠との短い会話だけで通じ合うハリハリの胸倉をアリーシアが掴み、至近距離でハリハリを怒鳴りつけたが、どこか晴れやかな気配すら漂うハリハリにアリーシアの怒りは頂点に達していた。


「小父様、それはあんまりです!! 母上を幸せにしてくれると約束したではありませんか!?」


「悠さんもどうしてハリハリ先生に怒らないんですか!? 人の気持ちを弄ぶような真似を誰よりも嫌っている悠さんが!!」


他の女性陣の怒りも期待していた分だけ生半可なものでは済まなかったのは、恵が悠に食ってかかった事からも明白であった。結婚式が女性にとって憧れの晴れ舞台なのは共通しており、それを台無しにするハリハリの行動は到底看過出来るものではない。


だが、悠とハリハリに動揺はなかった。こうなる事を2人は知っており、覚悟を決めていたからだ。


「ナターリア姫、嘘ではありません。シアは今日、幸せになるのです。それとケイ殿、ユウ殿を責めないで下さい。ユウ殿はワタクシに協力してくれただけなのですから」


「言い訳はすまい。だがもう少しだけ時間をくれるか、恵? 待ち人がやってきたようなのでな……」


「待ち人?」


と、悠が正面の扉を指差すと扉がゆっくりと開き、無表情のバローが鼻を鳴らした。


「フン、俺は荷運び屋じゃねえってのに。オラ、寝ぼけてねえで行けっての!」


「うっ……」


バローに肩を借りて現れたのは、遅れると言っていたアスタロットであった。今更アスタロットが来てどうなるかとアリーシアの怒りが再燃しかけたが、頭を振って意識の覚醒を図るアスタロットがアリーシアを見留めると、アスタロットは朗らかに・・・・笑いかけた。


「……やあ、シア。今日はまた一段と綺麗だね……」


「はあ!? ちょっと、しばらく見ない間に、いよいよ頭がおかしくなったんじゃない?」


普段のアスタロットが絶対に言わない台詞に訝しむアリーシアだったが、先ほどからある違和感を感じ心臓は高鳴っていた。


そんなはずはない。顔は同じでも有り得ない。だが、無意識は既に目の前の男が誰なのかを伝えていた。


その答えを歩み寄ったハリハリが告げる。遥か過去に失われ、二度とは戻らぬはずの親友の名を。


「遅いですよ、エース・・・。せっかくあなたとシアの再会を祝う席を設けたというのに、当のあなたが中々目を覚まさないんですから。仕方無くあなたが到着するまでワタクシが代役を務めましたが、そろそろ交代して下さい」


「そうなのかい? ゴメンよ、何だか寝足りないみたいに頭がはっきりしないんだ……」


告げた名を否定せず受け入れたエースロットにナターリアとアリーシアの顔が驚愕に彩られた。死者の蘇生など如何なる魔法使いにも不可能な神の御業であり、アスタロットが演技しているに違いないと理性では判断していたが、醸し出す雰囲気がアリーシアに真実を悟らせた。


「エース……なの?」


「うん。ただいま、シア。それにナターリア。はは、大きくなったね!」


「嘘……父上……お父様!!」


どうやら嘘では無いと知るやいなや、ナターリアはエースロットの胸に飛び込んだ。それを抱き止めるエースロットだったが、ナターリアの体重を支えられずに尻餅をついて顔を顰めた。


「あたっ! ……うーん、愛娘を支えられないなんて父親失格だねえ」


優しい目で胸にしがみつくナターリアの頭を撫で、再会の余韻に浸るエースロットにアリーシアは一歩踏み出し、そのまま足を凍りつかせていた。


アリーシアの足を止めたのはエースロットとハリーティア、過去の愛と現在の愛だ。エースロットが帰ってきたからといって、芽生えたハリハリへの愛を即座に捨てられるほどアリーシアは切り替えの早い女性ではなかったのである。それはエースロットを死後も愛し続け、独身を貫いた事からも明らかであった。


だが、ハリハリはこうなると知っていたからこそ最後の一線を前に式を止めたのだとアリーシアはようやく理解していた。


胸を貫く痛みにアリーシアの表情が歪んだが、不意にハリハリがアリーシアに近付き、囁いた。


「シア、あなたが本当に愛する者の手を取る事を躊躇わないで下さい。それはワタクシでは無いはずです」


「っ!? ……あなた、救いようのないバカよ……! 私の事、好きなんでしょ!? だったら奪って逃げたらいいじゃない!」


「ヤハハ……ワタクシも一つだけ分かった事があるんです」


エースロットに聞こえないように魔法で遮音し、ハリハリは迷いの晴れた表情でアリーシアに言った。おそらくは最後になるであろう、愛と別離の告白を。


「我ながらひねくれていますが……ワタクシはエースの事を愛しているシアを愛していたのですよ。エースの行動に泣いたり笑ったり怒ったり……3人で居たあの時間こそがワタクシが最も愛し、幸せな時だったのだと分かりました。……シア、愛しています。だからこそ、さようなら……」


「ま、待って――」


「……変身」


透明なハリハリの笑みが赤い光に溶け、思わず目を閉じたアリーシアの頭が背後から掴まれた。


「……これがハリハリの望みだ」


《治療を開始するわ。脳内のダメージを消し、記憶の整合性を取るわよ。……戦場で死にかけた時から今までの記憶は殆ど失われ、ハリハリはあなたの友人に戻るの。愛情の板挟みに苦しむ事は無いわ》


「や、やめて……ハリーティア! ハリー!!」


「……泡沫うたかたの夢だったのですよ。とても美しく、とても幸せな……ワタクシを愛してくれたシアが居た事は忘れません。……ユウ殿」


「『再生リジェネレーション』」


魔法を失ったアリーシアに抗う術は無く、悠の『再生』が強制的にアリーシアを癒やしていった。魔法能力を阻害していた脳内のダメージを取り去り、腕を生やし、更に記憶を整理する。


怒涛の如く押し寄せる過去のハリハリとの記憶の奔流に新たに築いた記憶は瞬く間に押し流され、再生する腕と頭の痛みにアリーシアはハリハリに手を伸ばし――意識を失った。


《……これで良かったのよ。放っておいてもアリーシアの記憶は遠からず戻るわ。その時アリーシアは2つの記憶に苛まれる事になる……気高いアリーシアはきっと自分を許せないでしょう》


「その通りです。ワタクシはシアを傷付ける為に戻って来たのではありません。……さて、三枚目は去るとしましょう」


遮音を解き、ハリハリはナターリアに抱き締められたままのエースロットの下に歩み寄ると、エースロットの肩に手を掛けた。


「エース、後はお任せしますよ。欠陥魔法も使いようです」


「ハリー、一体どうなって……」


まだ記憶が定かではないエースロットの口上を遮り、ハリハリは『跳躍ショートリープ』の魔法を行使した。


ハリハリとエースロットが消失し、恵は2人が裸になると思って顔を覆ったが、一瞬後に現れた2人は彼我の場所を入れ替え、エースロットの体はタキシードに、ハリハリはエースロットの服に包まれていた。魔法の欠陥を利用した鮮やかなドレスチェンジにハリハリは満足げに頷くと、抱き留めていたナターリアを優しく解いた。


「エースもシアもまだ記憶が曖昧で苦労する事もあるでしょう、2人を助けてあげて下さいね」


「小父様……私、何て言ったらいいのか……!」


エースロットに対しての物とは全く意味の異なる涙を流すナターリアの唇に指を当て、ハリハリは首を振った。


「何も言わなくていいのですよ。何も言わない事がワタクシの望みです」


ハリハリは確かに約束を守ったのだ、アリーシアを幸せにするという約束を……。ナターリアの予想と違ったのは、ハリハリがエースロットを連れ帰るという選択をした事だけだ。それ以上何も言わずに去るハリハリにナターリアは深く頭を下げて見送るしかなかった。


(小父様は退いて下さったのだ、父上と母上の為に……そして私達家族の為に! 小父様、あなたこそ、真の大賢者でした……!)


国と王家に尽くし、愛に狂わず、叡智と慎みをもって繁栄をもたらす存在をナターリアは他に表現する言葉が見当たらなかった。大賢者は舞い戻ったとは自分が民を煽動する為に用いた言葉であったが、窮地を乗り切る為とはいえ軽々しくその言葉を使った自分をナターリアは深く恥じていたのだった。


『竜騎士』化を解いた悠と扉の所でリュートを片手に不機嫌そうに待っていたバローが合流した時、悠にアリーシアを託されたエースロットの腕の中でアリーシアが目を覚まし、自分を支えるエースロットに微笑んだ。


「……夢なのかと思ったわ。だって、ずっと待たされていたんですもの」


「夢なのかもしれないよ? ただし、覚めない夢だけれど」


アリーシアがエースロットを抱き締め、エースロットがアリーシアを抱き締める。夫婦は再び巡り合い、互いの心を満たしていた。


そこにハリハリが入り込む余地などどこにもなく……ハリハリは九割の満足と一割の寂寥を胸にバローに手を伸ばし、リュートを受け取った。


「ありがとうございます、バロー殿」


「……」


無言のバローに礼を言い、ハリハリは久々に杖をリュートに持ち替え、爪弾いた。


愛する2人の絆を讃える歌を。――心の中では、終わりを告げた一つの愛の挽歌を。


ハリハリの奏でる旋律は美しく、希望に溢れる詩は完璧な調和をもってアリーシアとエースロットを優しく包み込み、2人の顔の笑みが深くなる。


「……素敵な歌……とても綺麗……」


「じゃあどうして泣いているんだい?」


「え……?」


エースロットに指摘されて初めてアリーシアは自分が泣いている事に気付いたが、涙の理由が分からずに首を振った。


「分からないわ……でも、何か大切なものを無くした気がするの……」


明るく、泣くような歌では無いはずなのに、アリーシアは胸に存在する喪失感にただただ涙していた。エースロットの代わりに、同じくらい大切な何かを忘れてしまったような……。


「エースロット様、これを……」


「ん? これは……」


見かねた恵が差し出したのはアリーシアから渡された指輪であった。ハリハリが決めたのなら、恵もバローや悠のようにそれを後押ししなければならないと思ったのだ。


恵から指輪を渡されたエースロットはアリーシアの手を取ると、アリーシアの指に納めた。


「ならば無くしたものよりもっと多くの思い出を作ろう。シア、もう二度と君を一人にはしないとこの指輪に誓うよ。……死すら私達を切り離す事は出来なかったんだから……」


「エース!」


エースロットの胸に飛び込んだアリーシアを後目に、ハリハリ達はそっとその場を立ち去ったのだった。


微かな、愛の余韻だけを残して……。

エースロット復活を予測されていた方は多いのではないでしょうか?


ハリハリは自分の愛の成就より、アリーシアとエースロットの幸せを選びました。


少し時間が飛んでいる部分はこの後に書いていきます。


次回は失恋パーティーです!

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