10-162 お人好しの挽歌7
ナターリアが手を回してくれたお陰で、そして国難の回避に奮闘した悠達の活躍もあって、仲間達の入国は期限付きではあるが比較的すんなりと認められた。流石にこの期に及んで悠達を疑う者はごく少数であり、何より人手が足りなかったのである。もっとも、子供が多い事に疑問を感じる者は少なくなかったが……。
「夜を徹しての作業になる、光陽樹に灯を点せ!」
「「「ははっ!!」」」
ナターリアの号令で街中の光陽樹に数十人がかりで魔力が流されると、その大量に供給された魔力に反応し、光陽樹の葉が光を放ち始めた。一本一本は周囲を照らす程度の光も、百を超えればまるで昼を取り戻したような明るさでシルフィードの闇を払拭する。
「おお、こりゃ絶景だな!」
「光陽樹全てに灯を点すのは年に数回の祭りの時だけなんです。近くでは分かり難いですが、外から見るのも綺麗ですよ」
感嘆の声を上げるバローにベームリューは律儀に解説を加えると、子供達に視線を移した。
「ようこそ、エルフィンシードへ。君達も見かけによらず凄い力を持っているのかな?」
「先生達と比べられちゃあハイとは言えないなぁ」
「あら、謙虚になったわね」
「ぼ、僕達はそれぞれ一つの属性が得意なんです」
「京介君が火で~、始君が土で~、朱音ちゃんが水で~、私が風です~。あ、蒼凪お姉ちゃんは闇だね~」
「全員『異邦人』だからな。それぞれ高い潜在能力を持つ上、ハリハリに鍛えられているから、『六将』にも劣らないと私は思うよ」
言語に苦労しないのは『異邦人』の特権だが、ギルザードの評にセレスティがピクリと眉を吊り上げた。
「……子供と我らを比べられるとでも?」
「おっと、言い方が悪かったかな? だが、この子達の才能と努力を評するに、私には『六将』以外の存在を知らないのでね。気分を害したなら謝罪しよう」
「セレスさん、喧嘩は止めましょう。ボク達は皆ハリー様の弟子なんですから」
「……フン」
「ま、見てみりゃ分かるこった。俺とギルザードは『機導兵』の解体作業の方に行くから、引率は頼んだぜ、ミリー、ジュリア」
魔法使いでは干渉し辛い純魔銀が使用されている『機導兵』の処理は魔法使い以外のメンバーが割り当てられていた。始やベームリューほどの土属性の才能や技術があっても、魔法遮断能力に優れる純魔銀を直接処理するのは難しいからだ。
「はい、バロー兄さん」
「皆が怪我をしないように気を付けます」
ベームリューとセレスティは端的に言えば監視役だが、ハリハリが太鼓判を押す子供達の実力が気になったからというのが大きな理由であった。そうでなければ『六将』が2人も監視役を買って出るのは大袈裟に過ぎるというものだ。
もっとも、セレスティは内心ではこんな事を考えていたのだが……。
(……怖がらせてしまったかな……クソッ、どうして私はベームリューみたいに自然に触れ合えないんだ……!)
繁殖力の低いエルフは子供が少なく、蓬莱に居た時の悠同様に立場上子供と触れ合う機会など皆無だが、実はセレスティは子供好きであった。小さな手足をちょこまかと動かして遊んでいるのを見ると思わず抱き上げたくなるのだが、にやけないように必死に顰め面を保つセレスティが近付くと大抵の子供は泣き出し、親は平謝りする羽目になるので普段は我慢しているのである。
そうこうしている間にも子供達はベームリューの手を取って歩き出してしまい、セレスティは内心で肩を落としつつ後に続こうとしたが、不意にその手を小さな手が握った。
「おあっ!?」
「お姉ちゃん、行こ?」
系統が特殊な為に説明に入っていなかった明が遅れてやってきてセレスティの手を握った瞬間、セレスティは何とか意志力で顔面の崩壊を防いでいた。
「べ、ベームリューと行けばいいじゃないか!」
言ってからしまったと舌打ちしそうになったセレスティだったが、明は満面の笑みで握る手に力を込めた。
「明、お姉ちゃんと行きたいの……ごめいわく?」
ちょこんと首を傾げる明に、セレスティは不可視の魔法に撃ち抜かれたように仰け反り悶えた。
(ま、魔法だ! この可愛さは魔法に違いない!!)
ガクガクと震えつつ額から滝のような汗を流すセレスティは挙動不審という他に評しようが無いが、明の行動に否を唱える者は居ない。明は不思議な直感、もしくは嗅覚とも言うべきものを持っており、人物鑑定においては悠も一目置いているほどなのだ。その明がセレスティを無害と見たのなら、きっと問題は無いのだと屋敷の住人達は知っていたのである。
「し……しきゃ、仕方ないな! ま、迷子にならないようにちゃんと手を握っているんだぞ!?」
「うん!」
初めて子供に懐かれたセレスティは有頂天で夜の散歩を楽しみ、かなり真剣に明を引き取れないだろうかと思案するのだった。
……この後、明が魔法で成長してしまうのを見て、泣きながら元に戻るように懇願するセレスティに『光将』の威厳など欠片も残っていなかったのは余談である。
結局、翌日の昼まで掛かった復興作業は悠達の活躍もあり、生活に不自由しない程度にまで元の景観を取り戻していた。
「一週間は掛かると思ったが、流石はユウとその薫陶を受けた者達だな」
「凄く助かりましたよ。あの子達、本当にボクら『六将』を超える実力があります。空いている『六将』の席を埋めて欲しいくらいでした!」
「ああ、今なら経験で我らが勝つが、もう数年もすれば抜かれても不思議ではない。もっと精進しなければ、ハリー様の兄弟子として胸を張れそうにないな」
「……『成長』は嫌だ……メイちゃんはずっと小さいままがいいんだ……」
「フフ、私も年甲斐も無く血が騒いだよ。少し預からせて貰って闇属性魔法の奥義を仕込んであげたいね」
約一名の意見はさておき、子供達の実力は『六将』の目に叶ったようだ。『天使の種』の魔法増幅能力を合わせれば、既に子供達はエルフの頂点である『六将』に迫る実力を手にしていたのである。これも本人達の努力とハリハリの指導の賜物であろう。
だが、そのハリハリは昨夜から姿を表さず、この場にも現れなかった。ナターリアやナルハは何度かその姿を見かけていたが、心ここにあらずといった様子でまともな受け答えは出来なかったそうだ。きっと疲れているのだろうと思い、それ以上は踏み込まなかったのだが。
だが、悠にはまだやるべき事が幾つか残されており、徐に席を立った。
「では自分はアスタロット殿の所に行って参ります」
「まだ休まないのか!? 今日は休んで明日にしても構うまい」
不眠不休で働き続けた悠はこの国に居る誰よりも疲れていてもおかしくはなく、他の者達もナターリアの意見に同意だったが、悠は首を振った。
「特に疲れてはおりませんので。それに、やり残しがあるままでは気が休まりません」
「単身敵地に踏み込む男がどの口で言うのやら……」
デメトリウスの台詞に誰も異論は無かったが、悠も無理をしているつもりは無いのだ。五体満足であると考えれば、グラン・ガランに居た時の方がよほど見た目にも無理をしたと言えるだろうと思っていた。
結局、悠はそのまま出立という運びとなったが、王宮を出ようとした時ハリハリに声をかけられた。
「ユウ殿、アスタの所に行くのならワタクシもご一緒して良いでしょうか?」
「構わんが、疲れているのではないのか? それに、万一の場合も有り得るが?」
「アスタは変人ですが悪人ではありませんし、弟であるエースの事は溺愛していたと言っていいでしょう。そう悪い事にはなりませんよ」
エースロットの魂を悪用しないという点についてはハリハリは絶対の自信があるようだった。しかし、そうなるとハリハリがアスタロットを訪ねる理由が分からず悠は首を捻る。
「それ以外にも何か用事があるのか?」
「ええ、まあ……アスタがどう思うかは分かりませんが、招待しない訳にはいきませんし……」
歯切れの悪いハリハリの様子は気になったが、私的な用事なら詮索は無用かと、悠とハリハリはアスタロットの屋敷へと向かったのである。
一応、アスタロットは身内ですから呼ばない訳にはいかないですしね、結婚式。