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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-161 お人好しの挽歌6

悠が屋敷に戻った時、既に全員の準備は終わっていた。


「お兄ちゃん!」


久々に会う明が一瞬の停滞もなく悠に飛び込み、悠は軽くいなして明を抱き上げた。


「明、元気にしていたか?」


「元気だったよ! ……でも、お姉ちゃんもお兄ちゃんも居なくて、ちょっと寂しかった……」


「済まんな。だが、これでしばらくは一緒に居られるはずだ」


「やったあ!」


いつも快活な明だが、やはりまだ幼いせいか悠と恵という同じ世界の2人が居ない状況に寂しさを覚えていたようだ。それでも文句を言わずに待っていただけで十分に立派なものである。


「お帰りなさい、ユウさん。もう一仕事ですか?」


「ああ。ミリー、どちらかと言うと力仕事になると思う。子供達の監督は頼めるか?」


「お任せ下さい。誰も立ち入った事のないエルフの都に入れるなんて私は幸運です」


にっこりと微笑むミリーも肝の据わったもので、エルフの本拠地に行くと知っても取り乱したりはしなかった。正直、どこに行ってもこの屋敷以上の強さを持つ面子などそうそう居るものではないと刷り込まれたのかもしれない。


「へへっ、悠先生公認で夜更かしだぜ!」


「どんな所か楽しみだね、京介君」


「エルフって生まれつき美形揃いなんでしょ? ちょっと興味あるわね」


「私はごはんに興味があるよ~」


年少組も普段は寝なければいけない時間に出掛ける事を楽しみにしているようだ。


「エルフじゃ腕っ節は期待出来ないだろうなぁ……」


「戦いに行く訳じゃないんだから。それに、ドワーフの国になら強い人も居るでしょ」


神奈と樹里亜のコンビも相変わらずのようだ。この後、余裕の態度でシルフィードを訪れた神奈はデメトリウスと出くわして絶叫する羽目になるのだが、あくまで幕間の出来事である。


「カロンとカリスは作業中として、他の者達はどうだ?」


「サイコさんは「現地の奴と揉めたくないからやめとく」と。ルーレイは「俺ちゃん、徹夜になるならギリギリまで寝てる~」って。ファルさんも水風呂で寝てると思います。リーンは小雪と夜食を作ってますし、ヒストリアさんとシャロンさんは必要物資の最終チェックを葵と一緒にやってくれています。智樹はそれらの運搬中です」


サイコの性格からして復興作業には向いていないだろうし、ルーレイはともかくファルキュラスは腐っても海王ネプチューンだ。瓦礫の撤去は似つかわしくない作業だろう。全員の行動を把握している辺り、樹里亜はやはり頼れる参謀役であった。……どちらかというと寮長のようでもあったが。


「分かった、その配置で進めてくれ。特に緊急という訳でもない、疲れたら順次休息を取るように」


「分かりました」


ミリーと樹里亜に任せておけば人材の設置と運用に問題はないと悠が明を下ろすと、蒼凪が悠の手を取った。


「どうした、蒼凪?」


「……あの……少し、お話が……」


ワガママを言っている自覚があるのだろう、赤い顔で蚊の鳴くような声で囁いた蒼凪を突き放すべきか一瞬悠は考えたが、誰よりもついて来たかったであろう蒼凪も悠との約束を守って屋敷に残ったのだと思えば、数十分くらいは蒼凪に時間を与えても良いかと悠は頷いた。厳しく接する事は出来るが、保護する者に対し無慈悲には悠はなれないのである。


「自覚があるなら良かろう。行くぞ」


「はい!」


樹里亜とミリーに頷き、悠は屋敷を収納すると、すっかり暮れた夜の空に蒼凪と共に舞い上がった。肌に感じる夜風も少し前より温かくなり、季節は立夏に近付いている事を感じさせた。


「もうここに来て半年が過ぎたか……」


《あっという間だったわね。半年で大陸の半分と中央大陸を踏破したと思えば遅れてはいないと思いたいけど……》


《お前達以外の誰に半年でここまでの成果を上げられるものか。お前達が間に合わないなら、最初から不可能な事だったのだ》


「私もそう思います。悠先生に出来ないなら、誰にも出来ません」


スフィーロに同調して熱っぽく語る蒼凪に悠は目を合わせた。


「蒼凪、知っての通り、俺は完璧な人間ではない。お前の気持ちを知りながら応える事は出来んし、世渡りが上手い訳でもない。だからお前にはもう少し一人で生きていける強さを持って欲しいと思うのだがな……」


「……悠先生、私、今回出掛けられる前に言われた事をずっと考えていました」


竜器に選ばれず、自暴自棄になって悠に迫った時の事を蒼凪は思い出しながら悠を握る手に力を込めた。蒼凪は悠に言われた事を忘れてはいなかったのだ。


その答えを聞くべく、悠は続く蒼凪の言葉を待った。


「みんな、なりたい自分になる為に努力をしています。スポーツ選手になりたい子、植物学者になりたい子、立派な冒険者になりたい子……私は、今まで悠先生を理由に先の事を深く考えていませんでした。悠先生と一緒なら戦いの毎日でも、逆に何も無い日常でも、どうでも良かったんです」


真剣な表情で一つ深呼吸をし、蒼凪は先を続けた。


「……私は、悠先生を忘れて生きる事は絶対に出来ません。有名な選手に憧れるように、著名な学者に感銘を受けるように、高名な冒険者を尊敬するように、私の心の中心には悠先生が居ます。悠先生には大変ご迷惑な事だと思いますが、いくら考えても私の人生から悠先生を除いて考える事は出来ないんです」


蒼凪にも過去には自分だけの夢はあった。だが、それは既に色褪せ、再び心を満たす事は二度と無いのだ。蒼凪の心はただ一人の人物だけで満たされているのだから。


「これを依存と世間では言うのかもしれませんが、私は違うと思っています。大切な誰かの力になりたい、だから努力を重ねる……それはいけない事なんでしょうか? 自分の人生を生きていると言ってはいけないんでしょうか?」


「……」


澄んだ瞳で告げる蒼凪と悠は音の無い夜空でしばし見つめ合った。悠は体感的には長く生きているが、全ての問いに明確な答えを持っている訳ではない。感覚では蒼凪は依存していると思えるが、そう断定するには蒼凪の目には迷いがなく、純粋な光を放っていたのである。


やがて悠は小さく頭を振って答えた。


「……俺は、蒼凪には自分の為に生きて欲しいと思う。いつまでも過去の恩を絶対視する必要はないが、それに生き甲斐を見出したというのが蒼凪の結論ならば、俺がこれ以上言っても仕方あるまい。……もしかしたら俺は、蒼凪の人生を歪めてしまったのかもしれんな……」


助けた事を後悔している訳では決してないが、結果として今の蒼凪を形成している要因として悠の存在が一番大きいのは疑いようのない事実である。やはり子供は兵士を鍛えるようにはいかないなと、悠はアルトの前例と併せて些かならず苦い思いを味わっていた。教え子に命を懸けさせるようでは教師失格と言われても反論出来まい。


だが、悠の独白に蒼凪は大きく首を振った。


「違います、悠先生は歪んでしまっていた私達の人生を真っ直ぐに戻してくれたんです! いくら命を助けてくれたからと言っても、悠先生が尊敬に値しない人ならみんなもっとよそよそしく接しています! ……口先だけで優しい言葉を吐く人は大勢居ましたけど、ちょっと面倒になると人はすぐに見て見ぬ振りをするんです。だから私は誰にも心を開けませんでした。普通の振りをして嘘吐きな大人になるくらいなら、私は死にたかった……」


夜空を彩る星屑のような涙を散らし、蒼凪は悠の胸に頭を寄せた。


「この世界で生まれて初めて本物の大人に出会えて、私はとても幸せです。そして、その人を愛する事が出来る。……悠先生、私はなりたいんです。あなたのような本物の大人に。つまらない常識や価値観ではなく、確固たる意志で生きていく強い人に……だから、私達に出会った事を後悔しないで下さい。みんな悠先生が大好きなんです!」


常にない熱を込めた蒼凪の台詞に悠は思わず天を仰ぎ、蒼凪を抱く手に力を込めた。突然の悠の行動に、蒼凪は涙を流すのも忘れ、真っ赤な顔で悠を見た。


「あ、あの……悠、先生?」


「早い、早いな、子供の成長というのは……痩せ細り、生きる事に絶望していた少女が、今では強い意志を持って俺の未熟を悟らせてくれるまでになった。俺達大人が迷い、遅々として進めぬ間にも、お前達の背には羽があるかのように軽やかに、力強く飛び越えていくようではないか……」


『竜ノ微睡オーバードーズ』の期間を合わせても2年あまりで強く、そして真っ直ぐに成長してくれた教え子達に悠はある種の感動すら覚えていた。軍人であった悠は子供と接する機会は少なく、その成長を見守る時間など与えられてはいなかったからだ。悠にとって間近で育っていく子供達と生活するというのは新鮮な感動をもたらしたのである。


「蒼凪、あまり急いで大人になるなよ。子供の内は大抵の失敗は笑って済ませられる。俺も大きな声では言えんような事もやったものだ」


「悠先生が、ですか!?」


《悪~い友達が近くに居たからね……別にユウだって聖人君子って訳じゃないのよ?》


悠とレイラの言葉は蒼凪にとって俄には信じ難いものだったが、悠にも子供時代はあったのだ。幾多の失敗や反省を繰り返し、少しずつ今の悠に成長したのである。


「……」


蒼凪は子供らしい悪さをする悠を想像してみたが、どうにも別人が演じているように感じられ首を捻った。もう一人の悪友に関しては簡単に思い浮かぶのだが。


「……いかがわしい事も?」


非常に答え難い事を問い質す蒼凪に悠の返した答えは肯定であった。


「……したな。俺も若かった」


答えを曖昧にするのは卑怯と正直に答えた悠だったが、どうして過去というのは失敗と羞恥ばかりに彩られているのだろうかと考えずにはいられなかった。悠であっても改変叶わぬ過去には忸怩たる思いを隠せなかったのである。


年頃の娘が聞けば軽蔑されかねない告白であったが、蒼凪の難しい表情は悠の予想とは裏腹に、一瞬で綻んでいた。


「ふふ……良かった」


「何故だ? あまり外聞のいい話では無いと思うが……」


「だから良かったんです、悠先生にもちゃんとそういう時代やエピソードがあったんだなって」


蒼凪には完璧に見える悠にも人には容易に言えない所行や失敗があったという話は、逆に2人の間にあった溝を浅くする効果をもたらしていた。以前にも増して悠を愛おしく感じる蒼凪は誰にも聞こえないくらい小さな声で付け足した。


「それに……女の人にも無関心じゃないんだって分かったし……」


「……」


聞こえていても答えられない、答えたくない事柄があるものだ。若き日の自分を頭の中で殴りつけ、悠は無言で蒼凪を抱く手に力を込め、シルフィードに急ぐのだった。

悠も最初から竜騎士だった訳ではありませんし、青い時代というものがありました。その内書きたいなと思うのですが、私の場合、それだけで百万字は必要になると思うので、本編の為に自粛致します。


まあ、悠も完璧超人じゃないし、人並みな事もやっていたんだと分かって貰えれば今はいいです。

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