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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-155 ロスト・キングス5

「終わったな……」


ゴルドランの消えた場所を仰ぎつつ、ザガリアスが溜息と共に漏らした言葉が寂寥を呼び、当事者達はそれぞれの感慨にしばしの間浸っていたが、ペコだけは何か言いたそうな顔で悠を見ていた。


「……ぁ」


「どうしたファティマ……む?」


その時ようやく悠はファティマの異変に気が付いた。今表に出ているのはファティマではなくペコであり、ファティマの魂が今にも消え去りそうなほど弱っているという事に。


「あの、おねえちゃんが……」


「ちぃッ!」


「ひゃっ!?」


悠は全力でペコに駆け寄るとファティマの魂を封じたペンダントを握り締め、即座に魂の消耗を防いだが、手を離せばそれまでだ。


「……何故約束を破った、ファティマ?」


これほど急速に消耗する要因は『神覧樹形図セフィロト』の使用に違いないと悠は確信したが、ハリハリが真剣な表情で悠の腕を掴み、首を振った。


「ユウ殿、責めないであげて下さい。この子が助言をくれなければ我々は全滅していました。どうかご寛恕を!」


「そうだぜユウ! そのチビが居なけりゃどうなってたか……」


「俺が許す許さないの話ではない、他ならぬファティマが自分を許しておらんのだ」


ハリハリとバローがファティマを庇ったが、悠は首を振った。頭では理解していても、犯した罪の重さがファティマを駆り立てたのだろう。側にギルザードが居た事もファティマが『神覧樹形図』の使用に踏み切った一因かもしれない。


「おねえちゃん、どうしたの? つかれちゃったの?」


「……」


ペコの不安に悠は答える言葉を持たなかった。ペコの言う通り、ファティマは疲れていたのだろう。罪を抱えて生きる事に。


今ならファティマはゴルドランのように満足の内に死ねるのかもしれない。長い生の大半を魔道具の中で過ごしたファティマが自分の死を受け入れたのなら、自分がすべき事はもう残っていないのではないかと悠は思った。実に珍しい事に、悠は迷っていたのだ。


だが、そんな悠の背を2人の人物が押した。


《ユウ、ゴルドランとファティマは違うわ。ゴルドランはやるべき事をやり遂げたけれど、ファティマにはまだやるべき事が残っているでしょう!?》


《同じ境遇の私には感じるよ、今にも消え入りそうな小さな魂が震えているのが……。ユウ、悲しみを抱えたまま死なせるのが君の本意では無いはずだ。その為に何をすればいいのか、君には分かっているだろう?》


「レイラ、エース……」


レイラとエースロットの叱咤に悠はしばし瞑目し、再び開いた時には迷いを捨て、ファティマの魂を強く握り締めた。


「……俺もまだまだ悟るには遠いか……。レイラ、エース、力を貸してくれ」


《そうこなくっちゃ!》


《フフ……幸い、私はここに入って以来殆ど魂を消費していないからね。私に遠慮して言わなかったのだと分かっているさ。そういう優しさのある男だよ、君は……原初の火よ、我が魂を罪より雪ぎ、無垢なる力を取り戻したまえ!》


ファティマを救う為の方法はあるのだ。エースロットが二度が限度だと言った、奇跡を起こす魔法が。


「この魔力は……!」


エースロットが構築を始めた魔法陣の巨大さと注がれる魔力の膨大さにいち早く気付いたのはハリハリだったが、そのハリハリですらこれほどの魔力を必要とする魔法を知らなかった。殆ど可視光を放たないはずの魔力がはっきりと見て取れるそれは、エルフ千人分を合わせてもまるで足りないだろう。だが、使われている魔力の量から、ハリハリは現世の法則をねじ曲げるほどの何かを起こそうとしている事だけは理解出来た。


まさしくエースロットは現世の法則をねじ曲げようとしているのだった。ドスカイオスに命を注ぎ込んだように、ファティマに命を注ごうとしているのである。


悠は一瞬、エースロットの魔法に思い至ったが、一度はその考えを破棄していた。エースロットは頼めば必ず引き受けてくれるだろう、それが膨大な魔力と自分の命を削る事になると理解した上で……。


エースロットはもう十分に尽くしたはずだ。そのエースロットにこれ以上無理を重ねさせるのを躊躇ったからこその悠の迷いであったが、当のエースロットに躊躇いはなかった。


(ハリー、君はきっと怒るだろうね……でも、誰かを助ける為に私の命が役に立つのなら、こんなに素晴らしい事は無いと思うんだ。惰眠を貪って魂だけで生きるより、誰かが私の代わりに生きてくれるなら、それは私の生きた意味になりはしないかな……)


こうしてドスカイオスやファティマが自分の前に現れたのを、エースロットは運命ではなく必然であると捉えていた。命を必要とする者に命を分け与えるのが自分の役割なのだと。


(父上が何故これを私に与えたのかは分からないけど、私は私のやるべき事をするよ。ハリーとシアが居るのなら今後の事は何の心配もないから)


エースロットはその先を、思考の中ですら声を潜めるように続けた。エースロットがこれまで生きてきて、ただ一つ利己的な選択をした自覚を持つ事柄を。


(……シアを私の呪縛から解き放ってくれ、ハリー。私は、私という男は、君がシアにどんな感情を持っているのかを知りながら、シアも君も手放せなかった。それがどんなに残酷な事かを十分に理解した上でだ。最愛と親愛はそれほど私の中では等しかった……ハリー、本当の私は強欲な卑怯者なんだ。こんな私を君は軽蔑するかい?)


厳しい視線でエースロットを見つめるハリハリだったが、瞳にあるのはエースロットを案じる憂慮の色だけであった。きっとハリハリはエースロットの懺悔を聞いても責めたりはしないだろう。ただいつものように、困り顔で苦笑を漏らすだけだ。


それが分かるからこそエースロットは罪を自覚せずにはいられないのである。


「……エースロット、分かっていると思うが、これだけの魔法を短時間に二度も使えばしばらくは意識を保つ事は出来んだろう。ゴルドランと違い時が経てばまた目覚める事もあろうが、下手をすると年単位で眠りにつく事になるかもしれんぞ?」


発動寸前で最後に確認を取る悠に、エースロットは即答した。


《構わない。もう死んだはずの王が生きていたと言っても余計な混乱を招くだけさ。何年か後に目覚めたら、その時はエルフとドワーフが手を取り合える世界になっていると信じているよ。それがゴルドラン様の望みであり、私の望みだから……》


エースロットはレイラに頼んで声のトーンを落とし、悠に言った。


《ユウ、ハリーに伝言を頼むよ。もう私の事は気にしなくていいから、君の愛する者の手を取る事を躊躇わないでくれと……それと、私をハリーかシア以外の誰かに渡して欲しい。そこで私はエルフィンシードを見守ろうと思う》


「……分かった。お前の事はアスタロットに回収を依頼されていたからな。問題が無ければアスタロットに渡そう」


《兄上が? ……いや、兄上はこうなる事を予測していたのか……》


エースロットの魂が保管されていると知らなければ、わざわざ悠に回収を依頼したりはしないだろう。エースロットの知るアスタロットはリアリストであり、弟の遺品に執着するようなロマンチストでは無いからだ。


疑問はあったが、アスタロットであれば遠くからエルフィンシードを見守ってくれるに違いないとエースロットは首肯した。


《……兄上であれば構わないと思う。多少付き合い辛い性格はしているけど、率先して他人と関わりを持ちたがる人では無いからね。溜め込んだ魔力も殆ど使ってしまうし、兄弟なら私も気兼ねしなくていい》


「ならばいくぞ。……多分、次に目覚めた時、俺はこの世界に居らんだろう。だから今の内に別れを告げておく。エース、心清きエルフの王にして我が友よ……さらばだ」


《……さようなら、ユウ。君の旅路は険しそうだけど、きっと乗り越えられると信じて私は眠るよ。私の最新にして最後の友人の行く末に幸多からん事を……》


《……繋ぐわよ。さようなら、エース》


《レイラ、色々ありがとう。君もまた私の大切な友人だよ。……迸れ、我が魂よ》


レイラが悠とエースロットを繋ぎ、魔法の発動の準備が整うと、悠とエースロットは同時に唱えた。別れを告げる命の魔法を。


「《『神息流魂謳ゴッドブレス』》」

失われし王達は再び表舞台から姿を消すのでした。

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