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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-154 ロスト・キングス4

砂埃が舞う中、エルフとドワーフを巻き込んだ200年以上に渡る戦争は終わった。だが、終止符を打った者達に喜びはなく、胸を満たすのは埋めようのない喪失感であった。


シルバリオの野望に端を発した一連の戦争は多くの命を奪い去り、一つとして戻っては来ない。春の風がアガレスの平原を吹き抜け、死者達の慟哭のように虚しく響いていた。


悠は戦場のただ中で、改めて殺す事よりも生かす事の難しさに思いを馳せた。誰よりも殺す事に長けていても、一つとして命を取り戻す事は出来ないのだ。


周囲を見れば、悠とドスカイオスの戦いで荒野と化したアガレス平原があり、春の訪れと共に芽吹いた花々は引き裂かれ、拾い上げた悠の手の中で儚く花弁を散らした。


《これが結末なのか……殺す事でしか我々は先に進めないのか!?》


《……救われた命もあるわ。どれほど力があっても私達には限界があるのよ》


《……いや、君達を責めているんじゃないんだ……ただ、肉親に利用され、二度も死の苦痛を味わったゴルドラン様を想うと、悲しくて……!》


深い嘆きを漏らすエースロットに悠の眉が僅かに上がり、口を開きかけたが、その前に割り込む声が上がった。




《これ、そう雰囲気を出すものではないぞ、エースロット。出にくくなるではないか》




《この声は……ゴルドラン様!?》


『竜ノ赫怒アストラルデストラクション』の余波で起こった砂埃が収まった時、ドスカイオスの上で弱く笑うゴルドランの星幽体アストラルが現れた。体には幾つも穴が空いていたが、シルバリオのように消滅はしてはいないようだ。


《ご無事でしたか!》


《無事では無いが、問答無用で消されたりはせんかったようだ。……ユウ、儂ごと殺れと言ったはずだが?》


「さて、自分はシルバリオに命を貰い受けるとは言いましたが、ゴルドラン様まで殺すと請け負った記憶は御座いませんな」


《初めて使った『竜ノ赫怒』、一人消すのが今の我の精一杯だ。もう疲れたから戻るぞ!》


《まあ、照れちゃって》


レイラの揶揄を聞こえないフリをしたスフィーロは槍への変化を解き、竜器として悠の首に納まった。スフィーロはシルバリオに対し怒りを覚えたのであって、誰彼構わず殺戮を行う殺戮者では無いのだ。それは使い手である悠も同じである。


「それだけ魂を損傷してはもはや長く意識を保ち続ける事は叶いますまい。苦痛に満ちた死などあなたには不要と存じます」


《儂は責任を取らねばならんのだ、穏やかに死ぬなど許されぬ! 断罪の刃に引き裂かれる事こそこの身に相応しい罰であろう!》


「自分は罪を見定める官吏でもなければ刑を執行する獄吏でもありませんので、悪人以外はお受け致しかねます。……その前に、一時凌ぎですが失礼」


悠の手が透けるゴルドランの体に触れると、ゴルドランの体に空いた穴が塞がり、苦痛は一瞬で遠のいていった。魂の痛みを和らげる魔法など存在せず、ゴルドランとエースロットは驚愕したが、『竜騎士』にとっては余技である。


「傷付いた星幽体を平均化し損傷を繕いました。これでしばらくは保ちましょう」


《……そ、そう……いやいやそんな、布を繕うような話じゃ無いよね!?》


《ふ……ハハハハハハハ! 壊すも治すも自由自在か、つくづく父上は敵に回す相手を間違えたらしい!!》


自身も魂に関わる魔法を開発した経緯から、それがどれほどの高等技術か想像がついたエースロットは納得しかけて声を荒げ、ゴルドランは一笑に付した。エルフとドワーフの差異が如実に表れた反応である。


「そんな事は些事です。それよりも残された時間を有効にお使い下さい」


「……ぐ、うぅむ……」


「父上、ご無事ですか!?」


「ユウ、終わったかな?」


その時、意識を失っていたドスカイオスが唸り、戦闘の終結を感じたザガリアスとギルザード、それにギルザードに担がれたバローがやってきた。ゴルドランの星幽体を見たザガリアスとギルザードは驚いて足を止めたが、目を覚ましたドスカイオスの言葉で警戒を解いた。


「……これは、父上……? という事は、ワシは死んだのですかな?」


《戦場で寝ぼけるな馬鹿者! 助けて貰った者に礼くらい言わんか!》


「おお、まさしく父上のお声!」


僅かなやり取りで本物の父と確信したドスカイオスは怒鳴られているにも関わらず喜色満面になり、ザガリアスは畏まった。


「……まさか、祖父殿でありましょうか!?」


《おお、おお、ザガリアスよ、立派になったな! ボケた父に代わってよく国を治めるのだぞ?》


「ガハハハハ! その辛辣な物言い、まさしく父上ですな!! よもや生きて再びお会いする日が来ようとは!!」


《全くお前は態度と声だけは昔から大きい奴だったわい……》


祖霊信仰のあるドワーフは先祖こそ神であり、それが目に見える形で現れたとなればザガリアスのように畏敬の念に打たれて固まるのが普通であったが、父と子という間柄では近さが異なるのか、はたまたドスカイオスの性格か、ドスカイオスはただ嬉しそうであった。


「しかし、何ゆえに父上が? まさか、ワシを助けて下さったのは……」


《儂が助けたのなら礼など求めんわ。ドワーフとエルフ、それに儂とお前を助けてくれたのはユウと……エースロットよ》


ゴルドランの言葉にドスカイオスとザガリアスの目が驚愕に見開かれた。悠はまだしも、他ならぬゴルドランの口から仇の名が出ようとは思いもしなかったのだ。


「どういう事ですか父上!! 怨敵エースロットがワシを救ったなどと……!」


「祖父殿、まさか誑かされておいでなのでは……」


2人の反発は当然の反応と言えたが、エースロットを詰る声にゴルドランの顔が怒りに満ちた。




《この……大馬鹿者共がッッッ!!! エースロットは我が友、蔑むような発言は絶対に許さんぞッッッ!!!》




ドスカイオスすら上回る大音声と見幕に流石のドスカイオスも姿勢を正して畏まった。


「と、友で御座いますか?」


《……知っておるのはユウだけか。いいか、よく聞け!》


当時の事情を知らないドスカイオスとザガリアスは本人の口から語られる言葉に耳を傾けた。ドスカイオスとエースロットの間には種を超えた友情があり、2つの種族は協調の道を探っていたという事、その最中で寿命を迎えたゴルドランがドスカイオスと同様に才能ギフトに支配されエースロットを襲った事、エースロットは他のドワーフ達に危害を及ぼさない為に心ならずもゴルドランと相果てた事……そのどれもがエースロットに何の非もない事を物語っていた。


《そればかりではない、ドスカイオスよ、今お前がこうして話が出来るのは、エースロットが自分の命を削ってお前に分け与えたからだ。もしエースロットが儂を討たねば、儂は手当たり次第に治めるべき民達を手に掛けておっただろう。エースロットこそドワーフの大恩人、決して粗略に扱ってはならん!》


《陛下、私はそんな大層な者ではありませんよ。私が陛下のお命を奪った事は事実、家族の方々が私を恨むに十分な理由でしょう》


黙って成り行きを見守っていたエースロットの声に真実の響きを感じ、ドスカイオスはうなだれて膝を付いた。


「ワシの目が恨みに曇っておったのか……」


「誇り高きドワーフが悪の側に立つなど……!」


「どちらが善でどちらが悪という話ではあるまい。元々エルフにも戦争の機運はドワーフ以上に高まっていたのだ」


《ユウの言う通りです。それを回避する為に単身動いたのは我が不明、ドワーフだけが悪い訳ではありません。ゴルドラン様が罰を受けられるのなら、私も同じく罰せられるべきです》


ゴルドランもエースロットも自分の罪を軽くしようとする素振りすら見えず、ひたすらに自分達の身で寛恕を願っていた。今を生きる者達に平和を、それだけが両者の望みであり、死して尚、彼らは王の責務を放棄しようとはしなかったのである。


重苦しい空気を破ったのは、ギルザードの肩で不機嫌そうに担がれていたバローであった。


「んなモン、全部ミザリィが悪かったって事でいいだろうが。真相なんざ本人達以外はどうでもいいんだよ! 嘘が嫌いだってのは結構だが、バカ正直に話したって誰の得にもならねぇんだぜ?」


「我々は損得の話をしているのでは――」


「そういう話なんだよ!!」


ギルザードの肩から飛び降りたバローはふらつきながらも王達を睨み付けて怒鳴った。


「国の損得勘定は金や土地だけの話じゃねぇんだよ!! どっちがいいとか悪いとかハッキリさせた所で何になる、遺恨が残るだけじゃねぇか!! その皺寄せに真っ先にさらされるのは下っ端の兵士なんだぜ!? まだアガレスに血を吸わせ足りねぇのかお前らは!! 王族だってんならなぁ、誇りより大切にしなきゃならねぇモンがあんだろうがボケ共が!!!」


火の出るような台詞を一息に吐き出すと、バローはそのまま大の字になって地面に倒れ込んだ。未だ回復している訳ではないのに大声を出して精魂尽き果てたのだ。


つい王族に向かって啖呵を切ってしまったが、そんな事知るかとバローは開き直っていた。清廉潔白も時と場合によりけりだ。王族なら、国の為に意に添わぬ嘘の一つや二つ飲み込んで然るべきだというのがバローの主張であった。


「全く……最後がしまらないのがお前らしいな、バロー?」


「るせー……人が疲れてんのに、いつまでもくっちゃべってんじゃねぇってんだバカヤロー……」


「ですが、バロー殿の仰る通り、時として残酷な真実より陳腐な事実の方が良い時があるとワタクシも思いますよ」


「大賢者!」


背後にオドオドとするペコを連れ遅れてやって来ると、ハリハリは悠に向き直り、一筋の涙を流した。


「……ユウ殿に付いて来て、今ほど自分の選択が正しかったと思った事は一度しかありません。そのどちらもがあなた方夫婦に関わる事だというのは運命なのでしょうか、エース……」


《ハリー……》


感極まり、俯いたハリハリの目から零れた涙が雫となって馬の背を濡らした。二度とは会えぬと思っていた親友との予期せぬ邂逅は、歓喜と後悔でハリハリの心を激しく揺さぶったのである。


「……失礼、今は個人的な感情に浸っている場合ではありませんね」


「で、どう治めるんだ?」


寝そべったまま行儀悪く尋ねるバローにハリハリは軍師の顔になって涙を拭い答えた。


「遠くから話は聞かせて貰いました。……アガレスで先に手を出したのはエルフの過失、シルバリオ王のはかりごとで王を死なせたのはドワーフの過失、ドスカイオス様をお救いしたのにはエースの尽力があり、エルフが全滅せずに済んだのはザガリアス様がご助力下さったからです。しめて差し引き0とし、遺恨を水に流しましょう。両軍が同じ方向を向いて戦った今をおいて和解は成立しません。如何ですか?」


「父上ご本人から確証が得られたのならワシに異存はない……エースロット王、感謝する」


「……この上戦争を続ける意味は無かろう。ドワーフ王ザガリアスの名においてエルフに終戦を申し入れる」


《うむ、過ちは潔く認めてこそドワーフよ》


ドワーフ王族の言質をもって正式に戦争は終結となった。戦後の交渉はあるにしても、もう2つの種族が戦う理由は失われたのだ。


「エルフも申し出を受け入れます。構いませんね、エース?」


《私は既に過去の遺物に過ぎないよ。全てハリーが良いように取り計らって欲しい》


望んだ結末にエースロットは嬉しそうに答えた。それと同時に当時の自分はやはり間違っていたのだと痛感していた。


《……たとえ反発があろうとも、私は一人で話を進めるべきではなかったんだ。シアとハリーを説得し、時間が掛かってもまずは同調してくれる者達を増やすべきだった。功を焦った結果がこれでは、私に口出しをする権利は無いよ……》


「何が災いし、何が福となるかなど分かる者は殆ど居らんよ。それを恐れて何もしないのは賢明ではなく怠惰に過ぎん。ただ……1人より2人、2人より3人の方がやれる事は多いはずだ。理解を得られぬ事を恐れるな、エース。エルフやドワーフの長い寿命は人間よりも忍耐を可能としてくれるではないか」


「そうですよ。随分と回り道をしましたが、まだ我々は生きています。ここからまた始めましょう」


緊張が和らいだ時、ゴルドランの姿が徐々に薄れ始めた。悠が言っていたように、タイムリミットが迫っているのだ。


《どうやら儂もそろそろ召されるようだ……》


「ゴルドラン様、念の為、あなたの魂をドスカイオス様の中にお返ししたく。もう意識を取り戻す事も無いでしょうが、事情があり今昇天するのは都合が悪いのです」


《そんな事が……いや、出来るのだろうな。何やら深い理由があるのだろうが、儂は構わん、ドスカイオス、それでよいか?》


「無論、お断りする理由がありませんな!!」


ゴルドランの魂の大部分は既に失われているが、この世界を離れれば彼の魂は魔界に落ちる。さりとてシルバリオのように消し飛ばす訳にもいかない為の緊急措置であった。元々一緒になっていたものが元に戻るだけで、悠なら2つの魂を融合させる事が可能だ。


《だけど、『暴狂帝カリギュラ』がまた受け継がれてしまったりは……》


「その心配は要らん。『機神兵デウス・マキナ』が、というよりシルバリオが才能ギフトを他の王族から統一した結果、シルバリオの死をもって『暴狂帝』は失われた。もうドワーフが呪われた才能に支配される事はない」


《魂のどこが才能を司る部分なのか、必要最小限に残していたお陰で私にも分かったわ。シルバリオが死んで、王族に掛かっていた呪いは解けたのよ》


レイラの表現が最も如実に事実を言い表していただろう。ドワーフのみならずエルフにも暗い影を落としていた力は消えたのだ。


「時間が無い、始めるぞ。ゴルドラン様、ドスカイオス様、お手を拝借します」


悠がゴルドランとドスカイオスにそれぞれ手を差し伸べると、2人は頷いて悠の手を握った。即座にレイラによってゴルドランからドスカイオスへの魂の融合が開始され、ゴルドランは更に薄れていった。


《最期に何か言い残す事はある?》


末期の別れにレイラが促すと、ゴルドランは小さく頷いた。


《配慮に感謝する。……ドスカイオス、それにザガリアスよ、ドワーフを頼む。それと、後悔して死ぬのは無上の苦しみぞ。決して悔いを残さぬよう、己が生を全うせよ。さすれば儂のようにこうして満足の内に召されるであろう》


「ははっ!!」


「祖父殿の金言、しかと胸に刻みました!!」


家族との別れにドスカイオスとザガリアスの目から滂沱と涙が流れた。だが、一度目はこうして別れを惜しむ事すら許されなかったと思えば、胸を満たすのは悲しみだけではなかった。


《エースロット、儂の代わりに見届けてくれ。儂とお前の夢の先を……それがお前の望む未来であったなら儂も嬉しく思うぞ》


《陛下……あなたこそ真の王でした……!》


もし体があればエースロットもまた涙を流していただろう。ゴルドランはエースロットにとって模範とすべき王の姿であり、何より友であったから。


薄れゆくゴルドランは最後に悠と視線を合わせた。


《ユウ、本当に短い付き合いだったが、何から何まで世話になった。出来ればもっと語り合いたかったが……残念だ》


「自分も同じ気持ちです」


《ふ……お前には言葉だけで済ませる訳には行くまい。何か欲しいものがあれば遠慮なく持って行くがいい。ドスカイオス、ザガリアス、宜しく取り計らえ》


「「はっ!」」


悠が返事をする前にゴルドランは決定事項としてドスカイオスとザガリアスに申し渡した。悠の性格を見抜いて機先を制する辺り、ゴルドランはしたたかさも持ち合わせた王であった。


「ユウ、金にしようぜ!」


「いえいえ、門外不出の魔道具の方が!」


「お前らは黙っていろ」


ギルザードの蹴りがバローに、拳骨がハリハリにめり込むと、2人は悶絶して静かになった。ゴルドランはそんな様子に笑みを浮かべつつ、空を眩しそうに見上げる。


《生きているとは、それだけで素晴らしい事だ。皆の者、末永く達者でな……》


運命に翻弄され、一度は非業の死を遂げたドワーフの王は今、透明な笑みに深い満足感を湛え、アガレスの空気に溶けるように消え去ったのだった。

ゴルドランはドスカイオスの中で眠りにつきました。


最近は一話一話の内容が多くて説明し切れていない部分もあろうかと思います。後々説明を加える事も考えていますので、疑問があれば感想をご利用下さい。


十章はもう少し続きます。

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