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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-152 ロスト・キングス2

お嬢さん呼ばわりされた記憶など、遥か過去にしか無いレイラは新鮮な感覚に戸惑いを覚えたが、今はそれどころではないと気を取り直した。


《知っているわ、最強のエルフと呼ばれたエースロット、私はレイラよ。アリーシアの旦那さんでハリハリの親友よね? 悪いけど世間話をしている場合じゃないのよ。多分、あなたの時と同じようにまたドワーフの王様が暴れてね、ちょっと手詰まりなの。だからまた後で――》


《色々知っているねレイラは! 親友と言うならハリハリというのはハリーの事か……なら、話は早いかな?》


会話を遮断しようとしたレイラだったが、エースロットは嬉しそうに先を喋り始めた。お嬢さん呼ばわりといい空気をあまり読まない事といい、どこか天然系の匂いがする人物だ。あのアリーシアの夫というだけの事はあるなとレイラは思った。


《私は外がどうなっているのかさっぱり分からないんだけど、同じような事があった時の為に色々方策を練っていたんだ。私の意識がある時間は短くて、本当に少しずつしか進まなかったんだけど……私がゴルドラン様と相打ってからどのくらいの月日が流れたんだろう?》


《少なくとも200年は経っているわね。それより本題に――》


《200年かあ……シアは再婚したのかなぁ……あ、娘のナターリアは元気に――》




《時間がないって言っているでしょう、この天然女たらし!!!》




思わず肉声でも叫んだレイラに悠とスフィーロは一瞬動きを止めた。


「……レイラ、色々俺に言いたい事があるのならこの後に聞くが……」


《脈絡なく叫ぶほどストレスを溜めていたとは……》


《あ、ち、違うの! 今のはエースロットに言ったの!》


「エースロットだと?」


《酷いなぁ、私はずっとシア一筋だよ。知っているかもしれないけど、シアはああ見えて寂しがり屋でね? 2人の時なんかとても可愛くて――》


《だからあなたはすぐに脱線しないの!! 後はユウと喋りなさい!》


精神的に頭痛めいたものを感じ、レイラはエースロットの言葉を直接悠に伝える事にした。声音を真似るだけならレイラにはお手のものだ。


《えーと、まだ他に誰か居るのかな? ユウ? 聞こえる?》


「ああ、聞こえるぞ。レイラが伝達してくれるから、何か有益な情報があれば喋ってくれ」


《君はエルフかい? それともやはりドワーフなのかな?》


「どちらでもないな。俺は人間で『異邦人マレビト』だ。グラン・ガランには戦争を止める為にエースロット、お前の死の真相を確かめにやってきた」


ドスカイオスと殴り合いながらの会話はスリリングというのも生温いものであったが、悠は防御に重点を置き、時間を稼ぐ方策へと切り替えた。いかなドスカイオスでも守りを固めた悠を崩すのは簡単な事ではない。


《『異邦人』! 昔グラン・ガランには居たと聞いたけど、会うのは初めてだよ! ああ、見えないのが残念だなぁ》


「聞きたい事があればドスカイオスを止めた後に何でも答えるから、今はこの狂った王をどうにかする方法を教えてくれんか?」


《と、そうだね、誰かと喋るのが久しぶりで嬉しくて、つい……幾つか方策はあるんだけど、先に聞いておくよ。ユウ、君はドスカイオス様を止めたいのかい? それとも、殺したいのかい?》


朗らかな口調が一転、真剣みを帯びた問いに変わったが、悠の答えは一択であり、即答した。


「殺すのは可能だ。だが、俺はあの豪快で憎めない男を家族のもとに返してやりたい。戦って死ぬのはドワーフの本望かもしれんが、それも自分の意思があればこそだ」


《……君は、声は怖いけど温かい男だね、ユウ。実は私も殺す方法なんて考えてはいないんだ。正気に戻ったゴルドラン様は悔いていたよ、何ゆえワシはお前を殺さなければならなかったのか、と……。私は他の者達に被害を及ぼさない為にゴルドラン様の命を奪ってしまった。戦争を止めに行って戦争の口実を作ってしまった愚かな王なんだよ》


自嘲を口にするエースロットだったが、それに対し悠は穏やかな声を返した。


「お前は王としては優し過ぎるな、エースロット。だが、そのあくまでも白い生き様が俺には好ましい」


ドスカイオスの下段蹴りと悠の上段蹴りがガッチリと噛み合う中、悠の穏やかな声は続く。


「お前の後悔はゴルドランを殺した事と戦争を止められなかった事で、心残りは家族と友の事……自分も死したというのに恨み言の一つもないとは。流石はハリハリがエースロットに限って利己的な理由でドワーフを害する事など絶対にないと言い切るだけの男だな」


《あはは……ハリーは私を美化し過ぎなんだよ、私だって利己的な選択をした事もあるさ。……でも、やっぱりハリーは信じてくれていたんだね、嬉しいな》


真実嬉しそうなエースロットはこの世界でも稀な善の素質を持つ人物なのだろう。だが、善人の善行が反転して最も悲惨な結果を招いてしまったのは大いなる皮肉であった。


《ならばユウ、君に託そう。狂った王を前にしてもなお救うという選択を捨てない君に、私がその道を示すよ》


「承ろう。エース、その白い光で俺を導いてくれ」


《……君にエースと呼ばれる事を誇りに思うよ、ユウ。ドスカイオス王を救う方法、それは――》


愛称で呼ぶ悠にエースロットは朗らかに応じ、その方法を伝えた。それはまさしく、殺す為ではなく、生かす為の方法であった。


「……そんな事が可能なのか?」


《勿論保証はないけどあれから200年余、ドスカイオス様の当時の年齢から考えればやってみる価値はあると思う……でも、この魔法には途方もない魔力が必要でね。王家に代々伝わる才能ギフト、魔力を蓄積し続ける力を持つ『森羅万象ユニヴァース』が無ければ陣の構築すら覚束ないんだ。なにせ、私はハリーと違って魔法を作るのは上手くないから効率が悪くて……それに、せっかく溜めた魔力を勝手に半分ほど使われてしまって、精々2回くらいしか使えそうもないけど》


《分かっていると思うけど、それはとても危険な事よ。あなたはそれでいいの、エース?》


レイラの詳細を省いた問いにエースロットは迷いのない口調で頷いた。


《私はもう肉の器を失ってしまったからね、王として責任が取れるなら躊躇いは無いさ。いつかこんな日が来る事を夢見ていたんだから。肉体を失ってしまっては機会は無いかと思ったけど、諦めなくて良かったと思っているよ。命は、今を生きる者達にこそ必要なんだから》


「そうか……」


エースロットの覚悟に、悠は翻意の言葉を飲み込んだ。代案もない今、エースロットの提案だけがドスカイオスを殺さずに無力化出来る希望であった。


「……レイラ、術の起動に入ってくれ。タイミングはこちらで合わせる」


《了解、『無常月夜』と接続を開始。エースロット、陣の構築と魔力はお願い。発動の時にユウと繋ぐわ》


《分かった。幸い、魔法的な防壁は解除されているから問題はないはずだよ》


《その為に先にあの外装をどうにかしなければならんな。あのままでは弾かれるぞ》


「術の進捗率が75%を超えた時点で一気に剥がす。スフィーロ、頼むぞ」


次々と方針を定め、悠達は行動を開始した。悠はドスカイオスを抑え、レイラはエースロットと悠の橋渡しをし、エースロットは魔法陣と魔力の供給、スフィーロは『仮契約インスタントコントラクト』の為に竜気プラーナを集中させる。


殺す事に比べ、生かす事の何と大変な事か。名だたる者達が奇跡に向け、己の全力を振り絞っていた。綿密な打ち合わせなど望むべくもない状況でありながら、弱気に駆られる者は居ない。神の領域に踏み込む事を畏れていては救えない命があるから。


悠は自分の中の制限を殺すギリギリまで高めドスカイオスに迫った。より鋭く速い踏み込みからの嵐のような打撃でドスカイオスの対応能力を飽和させる為に。


悠の体が霞み、幾つもの分身を作り出す。神奈が手間取った3体を超え、6つに増殖した悠のそれぞれが拳の雨を浴びせかけた。


回転式機関銃ガトリングガンもかくやという拳の弾幕をドスカイオスは亀のように防御を固めてやり過ごす。速さを優先した攻撃は軽くなると瞬時に判断したのだ。過剰な魔力で硬度を上げている神鋼鉄ならば防御し切れると見切っての選択であった。まるで大山の如く動かないドスカイオスの選択に誤りはない。


「連打はいつまでも続けられんからな、俺でもその防御力があればそうしただろう。だが、足は止まったな?」


悠の拳は確かに軽くはなっていても、クリーンヒットを許せば一気に押し切るだけの強さは残していた。現にドスカイオスの神鋼鉄は悠の攻撃が当たった刹那の間、元の色に戻っているのだ。無視していいほど弱い攻撃ではないのである。


《魂は一人一人の物だ。だけど、根本的には等しくもある。エルフである私や人間であるユウに差異はあっても同じ生命であるように……。原初の火よ、我が魂を罪より雪ぎ、無垢なる力を取り戻したまえ!!》


エースロットの魔法が第一段階を迎え、魂の力が『無常月夜』の中を満たし始めた。複雑怪奇な魔法陣はレイラでも容易には解析出来ない緻密さで段階を進めていく。


《進捗率25%!》


工程の4分の1に差し掛かった時、悠は膨れ上がる殺気を感じてその場から飛び退いたが、ドスカイオスの鎧は四方八方に針のように伸び、何本かが悠の手足の関節部を貫いた。『竜騎士』の鎧は真龍鉄よりも強固だが、関節まで固まっている訳ではないのだ。


「多数には範囲、模範回答だな」


悠の分身が消え、一人に戻った悠は手足を貫く針を纏めて掴み、ドスカイオスからの魔力を遮断するとただの神鋼鉄に戻った針をそのままへし折り、引き抜きながら束ねて握り直す。


自身の竜気を流せば、それは即席の騎士槍ランスとなった。


神鋼鉄が充填した魔力を攻撃に利用する事が出来るのは既知の情報であり、悠は赤く光る騎士槍でドスカイオスに突きを放つ。


お返しとばかりに悠の槍はドスカイオスの膝を貫いたが、ドスカイオスは痛みを無効化しており、貫いた槍を筋肉で固定し神鋼鉄を変化させて作り出した長剣で動けない悠を薙ぎ払った。


即席の武器に固執する事なく悠が槍を手放し、首のあった場所をドスカイオスの剣が通り過ぎると、真空波の刃が周囲を切り裂いた。


《純粋なる魂よ、器を満たす生命の雫よ、曇り無き流れを導き……》


エースロットほどの魔法使いが長い詠唱を必要とする魔法が完成を目指して構築されていく。長い寿命を持ってしても生涯に数度が限度であろう大魔法にエースロットは全神経を集中していた。


ドスカイオスの攻撃は益々激しさを増し、右手の長剣に加え左手に短剣を生み出すと近距離では短剣、中距離では長剣、遠距離では魔力の刃を放って悠を仕留めにかかった。


どの距離でも止まぬドスカイオスの猛攻の最中にレイラの声が響く。


《進捗率50%よ、ユウ!》


「『仮契約インスタントコントラクト』! 『竜槍スフィーロ』!」


《おおっ!》


悠の呼びかけに応じ、スフィーロの竜器が光を放って変形し悠の手に収まった。長大な槍もドスカイオスから見れば短槍に等しいが、込められた力は高位竜そのものだ。


巨岩をも断ち切る魔力の刃を切り飛ばし、悠の槍とドスカイオスの長剣が火花を散らして噛み合った。


《空の蒼、海の青、大地の碧、森羅万象の力を持って我、魂の道標とならん……》


エースロットの魔法が佳境に差し掛かった時、ドスカイオスは悠と鍔迫り合いを演じながらも切り札に手を伸ばした。徐々に切り込まれていく長剣を支えたまま、神鋼鉄を変形させて腕を4本作り出し、それぞれに武器を持って動けない悠を切り刻まんと繰り出したのだ。


一瞬力が抜けた刹那を捉え、悠は長剣を切り飛ばすと振り下ろした槍で地面を叩き、棒高跳びの要領で迫る乱撃をすり抜けた。


六臂となったドスカイオスにもはや隙は無いかと思われたが、悠は勝機を垣間見て槍を振りかぶる。


「悪手だ、ドスカイオス。神鋼鉄で腕を作れば攻撃力と手数は増すが、鎧の密度が薄まるぞ!」


山をも断つ斬撃がドスカイオスに降り注ぎ、ドスカイオスは全ての腕を防御に回したが、それを見越していた悠の振り下ろしに込められた力はこれまでの比ではなく、6本の腕を纏めて断ち切った。


《グオオオオオオオオオッッッ!!!》


痛みは消していても衝撃は大きかったのか、叫び声を上げたドスカイオスだったが、その腹から伸びた7本目の腕から放たれた下段突きが悠の顔面をクリーンヒットする。悠のタフネスが自分より劣ると考えたドスカイオスの、文字通り奥の手であった。


当たれば勝つとは『機神兵』の台詞だったが、『暴狂帝』の戦闘思考もまた勝利を確信していた。悠の鎧は強固だが、超破壊力を誇る拳が直撃すれば内部の悠は耐えられない。手応えは完璧であり、今頃は内部の悠はクラゲのようにグシャグシャになっているはずだ。


――その油断が勝敗の天秤を傾けた。


「……悪手と言ったぞ」


《進捗率75%。久々ね、『竜壁』を使うのは》


相手の攻撃をヒットしたように見せかけ物質体制御で相殺するのが『竜壁』であるが、その存在を知らなかった戦闘思考は一瞬の空白を産み、ここまでを想定して動いていた悠の掬い上げる一撃を回避するのが僅かに遅れた。


キンと澄んだ音を立て、頭頂まで直線を描いた悠の斬撃がドスカイオスの鎧を割り、ゆっくりと左右に分断していった。スフィーロの竜気がふんだんに込められた一撃は神鋼鉄を切断面で機能停止させ、変形による接着を許さない。


《謳えよ生、湛えよ命、彼の器を再び満たし、永き眠りより目覚めさせたまえ!》


甚大な殺気が籠もった悠の攻撃に自分の体を分断されたかのように感じたドスカイオスは動きを止め、悠の最後の一撃を認識する事すら出来なかった。


「願わくば、ドスカイオスの心を持ったお前と戦いたかったぞ……王手チェックメイトだ」


槍を反転させ、石突きをドスカイオスの鳩尾に深々と突き入れた時、エースロットの魔法は完成した。


《……ありがとう、ユウ。君が居なければ私の200年は無駄になっていたよ……迸れ、我が魂よ》


エースロットの魔法がドスカイオスに流れ込むのを押し留める神鋼鉄の鎧は既に失われていた。『無常月夜』の中のエースロットと悠が異口同音に発動を促すのは枯れかけた命を潤す、どこまでも澄み切った魂のせせらぎであった。


「《『神息流魂謳ゴッドブレス』》」


エースロットの魂が純粋な星幽体アストラルとなってドスカイオスに流れ込んでいく。乾いた土が水を吸うように、巨木の隅々まで生命力が循環を始めた。


エースロットは『無常月夜』の微睡みの中でずっと考えていたのだ。何故ゴルドランが狂ってしまったのかを。


エースロットが訪れた時、ゴルドランは既に余命幾許もない状態であった。だが、ゴルドランは寛容な精神の持ち主であり、エルフでありながら他者を見下す所の無いエースロットを痛く気に入り、最終的にはアガレスの分割統治や期間利用にまで話は及んでいたのである。自分が生きている内に戦争の種は摘んでおきたいと弱々しくもはっきりと述べたゴルドランにエースロットは同じ王として敬意を抱いていた。


そして最後の話し合いの途中で大量に喀血したゴルドランはその直後エースロットに襲いかかったのである。


エースロットは相打ちとなってゴルドランを撃退したが、ゴルドランの後悔の言からもそれが本人の意志ではないと確信した。その後『無常月夜』の中で目覚めたエースロットはゴルドランが寿命を迎えた事で暴走してしまったのではないかという仮説を立て、同じ事態を想定して一つの魔法の開発に着手したのである。


殺す為の魔法ではなく、生かす為の魔法を。自身の魂を他者に分け与える、寿命回復魔法を。


《ドスカイオス様、まだあなたは死んではなりません。エルフとドワーフの、そして世界と家族の為にもう少しだけ生きて下さい!》



エースロットは恣意的に寿命を延ばすという選択が倫理に反していると知りながら、ドスカイオスの延命を願った。自分の魂を消費しているにも関わらず、エースロットが思うのは自分以外の者達の事だけだ。


聡明と愚直、そして並ぶ者のない献身……それがエースロットという王の本質であった。


賢王ではなく、覇王でもない。しかし、偽りの無い慈愛の精神は他人の心を揺さぶる何かがあった。


寿命を延ばしたからといってドスカイオスが正気に戻る保証はどこにもないが、躊躇いなくそれを実行出来るエースロットという人物だからこそ、エースロットを知る者達は彼を忘れないのだ。


永遠にも感じられる凍結した時間の中、ドスカイオスは数百年を経た巨木のように動かなかったが、悠が槍を引き、その支えが外れると、僅かに傾いだドスカイオスはそのまま背後に轟音を立て倒れ伏したのだった。

長くなりました。


『神息流魂謳』、またの名を『ボクの頭を食べなよ』。

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