10-150 狂乱17
ほどなく殲滅間近だった『機導兵』の大部分が動きを止め、バローはニヤリと口元を吊り上げた。
「へっ、やりやがったな、ユウの奴」
「普段に比べるとあっけないな。多少地形が変わったが、それも相手の攻撃のようだったし」
ギルザードもそれに応えて剣を肩に担いで笑顔を見せた。
「そういつもいつも派手な立ち回りばかりされては困りますよ。アガレスは要衝なんですから」
「それは残念だね。ユウの派手な戦いも観てみたかったなぁ」
ハリハリやファティマも終局を感じ、和らいだ表情で語り合った。僅かに残った魔石で動く『機導兵』も動きに精彩を欠き、最前線で踏ん張り続けたゲオルグやロメロ、オルレオン、ヴェロニカ達も緊張の糸が切れ、その場に腰を落とす。
「なんだ、やはりエルフはだらしないな。この程度の戦でもう息が上がるか?」
「頭の中まで筋肉が詰まっているドワーフと比べないで欲しいですね。それに、陛下は途中からの参戦じゃないですか」
「最初から居たとて変わらんよ。そもそもエルフは――」
「へ~か~、あんまり威張るとユウにまた飛んで貰うよ~?」
「ぐむっ!?」
ニヤニヤとザガリアスに釘を差すファティマが更に調子良く続けようとした瞬間であった。
「「「っ!?」」」
ザガリアスとドルガン、バロー、ギルザードが仕舞い掛けていた武器を一斉に構え、額から大粒の汗を滴らせて全力で警戒態勢に移行していた。彼らの顔は冗談の気配など皆無で、他の者達も急に肌寒くなったように感じる空気に閉口し戸惑っていた。
「な、なんだい、何が起こったんだい!?」
「……ハリハリ、チビを連れて下がれ!」
「この殺気……有り得ん、まるでユウと戦った時のような……っ」
「まだ終わってはおらんというのか!!」
いずれも超の付く一流の戦士達が一様に戦慄していた。悠と『機神兵』の方から漏れ伝わる尋常ならざる殺意に。
「チクショウ、肌が勝手に粟立ちやがる……!」
「ドルガン、軍を下げよ!! 生半可な者では巻き添えで死ぬぞ!!」
「ユウは一体何と戦っているというのだ……!」
ただ事では無い緊迫した雰囲気にファティマは己の才能に思い至り、悠との約束を思い出して僅かに逡巡したが、最後の一回と心に決め、密かに『神覧樹形図』を発動させて――氷柱が背中を貫く思いを味わった。
「そんな……」
5分後の未来の中で生きている者は殆ど存在しなかった。荒廃した大地で血溜まりの中に倒れ伏すバロー、鎧を砕かれ両膝を付く頭の無いギルザード、胸に大穴を空けてピクリともしないザガリアス……ファティマも体中傷だらけだったが、それでも生きていられたのはハリハリがファティマを庇ったからであろう。そのハリハリ本人は地面に突き刺した杖を支えに命を燃やし尽くし立ち往生していた。周囲にはバラバラになったエルフやドワーフ達の四肢が散乱し、遠くには目も眩むような眩い光の巨人が――
「……ティマ殿、ファティマ殿!!」
「っ!? あ……だ、大賢者……」
「どうしたんです、ボーっとしている場合ではありませんよ?」
揺すぶられ、強引に現実に回帰したファティマはハリハリの言葉に答えず、蒼白な顔のまま叫んだ。
「早く、早くみんな逃げるんだ!! 今逃げないと5分以内に全員死ぬよ!!」
「何だと?」
「それはどういう理由で……?」
「理由なんかどうでもいいから早、くっ!?」
問い質すバローとハリハリにファティマが答えようとしたが、突然体の力が抜け、舌がもつれて目の前が暗くなった。世界から遮断されるかのような、深い闇に溶けていくような奇妙な孤独感が何なのか、ファティマは漠然と悟っていた。
「くっ……もう……『神覧樹形図』を……つ、使う、寿命すら……私には……!」
「ファティマ殿、しっかりしなさいファティマ殿!!」
自分の寿命が残り少ないと気付いたファティマは必死に纏わりつく闇を意志の力で振り払い、心配そうに自分を支えるハリハリの胸板を叩く。自分のせいで時間を浪費させて全滅したのでは未来を覗いた意味が無くなってしまうと。
「時間が無いと、言っているだろ!! い、いいから退くんだ……私の、最後の助言を……む、無駄に、しないでくれ!!」
これはきっと罰だと、ファティマは自分の死を受け止めていた。悠との約束を破ったからこうなったのだとファティマは思った。
だが、そこまでの覚悟で未来を知ったのなら、それを生かして全員を生還に導かなくては悠に合わせる顔が無いというものだ。ファティマ・ラティマは、短い間であったが悠の相棒なのだから。
未来の映像を思い出し、ファティマは震える手を持ち上げ、道を示した。
「あ、あっちだ、あっちの方角に、退避を……!」
周囲を見回した時に比較的破壊を免れていた方角を指すと、ファティマは意識を失った。
「ファティマ殿! ……うむむ、よく分かりませんが緊急事態です、ここはファティマ殿の助言に従いましょう。全軍反転、ここを離れますよ!!」
「ドワーフも遅れるな!! ドルガン、先に走れ!!」
「はっ!」
「チッ、せっかく新しい力があるってのに結局ユウに任せなきゃならねぇのかよ!」
「仕方あるまい。あの殺気……これまで我々が出会った中でも、正気を失ったシャロン様かユウしか比較出来ないほど強大なものだ。……しかし、ファティマだと?」
訝しげなギルザードにハリハリは自分が思い切りファティマの名を呼んでいた事に気付いたが、バローがその思考に割り込んだ。
「ギルザード、俺とお前で殿だぜ。ハリハリ、先に行け!」
「了解です!」
「考えている暇は無いか。ロメロ、他の『六将』と一緒に軍を統率してくれ」
「わ、分かった!」
「くっそ、休む暇もねぇのかよ!」
「永遠に休みたくないなら走りなさい!」
「バロー、ギルザード、無理はするなよ!」
オルレオンも悪態を吐きながら立ち上がり、ヴェロニカやゲオルグと共に駆け出すと、バローは背後を振り返った。
「……ユウ、負けるんじゃねぇぞ。お前は無敵の『竜騎士』なんだろ?」
我ながら不安そうな声にバローは顔を顰め、不快感を唾と共に吐き出すと、移動を始めた軍の背後をギルザードと共に駆け出したのだった。
『機神兵』の悲鳴を聞き流し、悠が向かう先には頭部を失った『機神兵』の甲冑が鎮座していた。
「さて、ここからだな」
《どういう事だ、ユウ?》
悠の台詞に戦闘の匂いを嗅ぎ付けたスフィーロが不思議に思って問うが、じわじわと周囲を覆い始めた凍てつく気配に答えに辿り着いていた。
《こ、これは……!》
《そういう事。『暴狂帝』はあの核の才能じゃないんだから、制御する核が外れれば当然自由になるわ。……気を引き締めなさいスフィーロ。私の予測が正しければ、尋常じゃない怪物よ》
「最強のドワーフの力と、最強のエルフの力。合わさればドラゴンをも超えるか……」
悠の見ている前で『機神兵』はゆっくりと腕を持ち上げ、咆哮を放った。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
大気が震え、大地が揺れる。発生した衝撃波で景色が歪むほどの大音量で吼える『機神兵』の体が眩い光を纏い始めた。『無常月夜』から供給された魔力が神鋼鉄に流れ込み、発光しているのだ。
どれほど膨大な魔力なのか、次第に神鋼鉄の甲冑は形を失い、内部の余分と判断した機構を脱落させた。不純物を除き、更なる光が『機神兵』を、いや、ドスカイオスから発せられ、その体を覆い尽くしていく。
余分な部品を排除して小さくなるはずが、徐々に膨らんでいくのを悠はミリ単位まで感じ取っていた。『機神兵』は4メートル超という所だったが、今のドスカイオスは既にそれと同等以上であり、膨張は続いていく。
《『巨大化』なんて能力まであるのかしら?》
「『狂戦士』の上位互換というのなら他にもあるだろうよ」
身長が6メートルを超えた時点でドスカイオスの巨大化は収まったが、有史以来の怪物がアーヴェルカインに誕生した。神鋼鉄を身に纏う、もはやドワーフとは呼べぬ大巨人――『神鋼鉄の巨神兵』ドスカイオスが……。
《こいつを殺さないように勝つのは至難の業だぞ、ユウ?》
「なに、いつもの事だ。……が、俺にも無力化する案は一つしか無いな」
《結局そうなるわよねぇ……》
ドスカイオスに対峙する悠が深く腰を落とし、迎撃態勢を取る。狂ったゴルドランと同じく、ある程度のダメージを与えなければドスカイオスは目を覚まさないだろう。
第二ラウンドのゴングは踏み込んだ両者の拳の激突で打ち鳴らされた。
本番開始です。ファティマが居なかったら全滅していたかもしれません。