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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-147 狂乱14

「《ワシが……このワシが弱いと言うのか!?》」


「もう一度指摘せねば分からんか?」


特に力を込めるでもなく、悠は単なる事実として『機神兵デウス・マキナ』に言い返した。


「《う……嘘だ、そんなはずはない!! 『暴狂帝カリギュラ』の力は何者をも上回る究極の力のはずだ!!》」


だが、悠の言葉を『機神兵』は信じようとしなかった。せっかく苦労して手に入れた力を否定される事に『機神兵』の頭脳は無限ループに陥りかけ、それを回避する為に別の事象に救いを求めた。


「《そ、そうだ、ワシにはまだ『機導兵マキナ』を操る力がある!! 今頃はエルフ共は戦場に屍を晒して――》」


《あれがそう見えるのかしら?》


レイラの冷たい指摘に、遠い戦場を確認した『機神兵』の体が再び震えた。




ファティマの提案に最初、ハリハリとバローは眉間に皺を寄せた。今戦争している相手に向かっていけと言われては困惑するのも無理はないが、ファティマは整然と2人の説得を開始した。


「この事態を打開する最良の策はドワーフとエルフが共闘し『機導兵』に当たる事だよ。ドワーフが盾として食い止め、エルフは剣として『機導兵』を破壊するんだ。聡明なる大賢者殿はもうとっくに気付いていたんだろう?」


「敵の敵は味方……ですが、それにはドワーフ側との信頼関係が必要でした。だからワタクシは『機導兵』が暴走していると知ってもあえて単一戦力で臨みましたが……やはりユウ殿はやってくれたのですね?」


ハリハリの問いにファティマは笑って頷いた。


「もうメチャクチャだったよ。目も腕も一つずつ無くしているっていうのに神鋼鉄オリハルコンで完全武装したドスカイオス王から一本取ったんだから。グラン・ガランのドワーフでユウを知らないドワーフはもう居ないね。新しく王位を継いだザガリアス王もユウには全幅の信頼を置いているし、妹のブロッサム殿下なんて、口では素直に認めないけどユウにベッタリしちゃってさ、あのデカ尻姫」


「またかよ……ウチの女共が聞いたらうるせぇぞ……」


「ナターリア様もですね……まぁ、いつものユウ殿でしたと濁しておきましょうか」


悠が無茶苦茶やったという場面がハリハリやバローには、はっきりとした像として再生する事が出来た。軽くない怪我を負い、『竜騎士』の力すら制限された中、きっと悠は凄惨な姿を晒しながらも不退転の意志を存分にドワーフ達に見せ付けたに違いない。その姿に心を打たれたドワーフは少なくなかっただろう。


「フッ……やっぱりユウはいつもあの調子だったんだね……」


「本人は至って普通のつもりですがね」


「あれが普通だったら命が幾つあっても足りねーよ。腕が生えてたまるか」


認識と共に笑顔を共有した後、3人は誰からともなく表情を引き締めた。


「途中でギルザードを拾って合流するぜ、ハリハリ。先頭にゃ俺とギルザードが立つ」


「ワタクシが皆まで言わなくても良さそうですね。万一ドワーフが敵対行動を見せたなら、そのまま中央突破して擦り付けちゃいましょう」


一瞬でそこまで思考が及んだバローに口元を吊り上げ、ハリハリも了承した。


「大丈夫かい、ザガリアス王は強いよ?」


ドワーフの統率に自信を持ちながらもファティマが一応の形式としてバローに問うが、バローはハリハリと顔を見合わせ、同じ表情で逆にファティマに問い返した。


「そりゃ、ユウよりもか?」


「……なるほど、そこが基準なら無意味な質問だったね。お任せするよ」


軽く肩を竦め、ファティマは手近の空馬を指して両手を上げた。


「大賢者殿、エスコートよろしく」


「出来れば後ろで待っていて欲しいのですが……淑女レディにお願いされては仕方ありません。でもちゃんとワタクシに掴まっていて下さいね? あなたに怪我でもさせたらワタクシ、ユウ殿に殺されそうですから」


「中身はともかく、体は大事に扱っておくれ。私も無事に帰らないといけないんだ」


「俺からは離れてろよ?」


「言わずもがな、さ」


バローではなくハリハリの後ろを望んだのは、バローがまだ剣を振るわなければならないからだ。ファティマとしてもペコの体を傷付けさせる訳にはいかないのである。


ハリハリに持ち上げられて馬の上にファティマが固定されると、ハリハリも馬に跨がり、近くの伝令要員に素早く指示を出した。


その内容に伝令の顔が驚愕で固まったが、ハリハリはこの時ばかりは断固たる口調で再度命令を下した。


「これより我が軍は『機導兵』を第三勢力と認定しドワーフと共闘、『機導兵』を殲滅します。万一ドワーフと交戦となったら『剣魔術師(ソードマジシャン』2人が血路を切り開きますからそれに追随しなさい。先頭集団に従って全軍迂回前進。異論反論は受け付けません、伝令開始!」


「り、了解致しました!」


復唱すら忘れて伝令達が弾かれるように散っていくと、ファティマが背後からハリハリに囁いた。


「髭さん、大賢者、悪いけどギルザードには私の名は伏せておいて欲しいんだ。……この戦いが終わったら、私はギルザードに言わなくちゃならない事があるから……」


「ああ、いいぜ」


「分かりました。ですが、あまり戦いの後の事を喋らない方がいいらしいですよ。ジュリア殿がそういうのを『死亡フラグ』って言ってました。要は死神に気に入られ易いという意味らしいですが……」


声音だけで深い事情があると察したバローは短く了承し、ハリハリはおどけて答えた。誰も彼もが何かしらの事情を抱えていると2人は知っていたのである。そんな2人に感謝する意を込め、ファティマは意識して声のトーンを引き上げた。


「ふん、死神が私を気に入っても、追い払ってくれる『戦神』がついてるからね! ……でも、ありがとう……」


「礼は終わってからにしな。あと、俺の事はバローさんと呼びやがれ」


「さ、渋る者に考える暇を与えない為に進軍を開始しますよ。『六将』の皆さんはきっとワタクシの意に添うように動いてくれると思いますけどね」


ハリハリは一度だけ後方待機を命じた教え子達を振り返った。同じ戦場に立つ事など無いと思っていたが、長い人生何が起こるか分からないものである。


皆立派に育ち、それぞれの分野で頭角を表してくれた事をハリハリは誇りに思った。


(もうワタクシが教える事など無いのかもしれませんね……エースが逝き、シアは一線を退いて……多分、この旅がワタクシの最後の大仕事となるでしょう)


ハリハリは自分が特別に優れた人物だと考えた事は一度も無かった。多少才能には恵まれたかもしれないが、魔法の腕前だけを見ればエースロットは自分よりも優れていたし、研究分野においてはアスタロットに敵わず、行動力ではアリーシアの背中を追うのが精一杯であった。大した家格も無い男爵家の自分が大賢者などという過分な呼称で呼ばれたのは、単にエースロット達を幼い頃から知っており、他人より柔軟な発想を持っていたからだ。普通の貴族の子弟に囲まれて育っていたら、特に頭角を表す事もなく生涯を終えたであろう。


ドスカイオス王も引退し、ドワーフにも新しい風が吹いているのなら、恨みの対象になり得る自分も退くべきだとハリハリは考えていた。新しいエルフィンシードに大賢者ハリーティア・ハリベルはもう必要無いはずだ。


バローとハリハリが動き出すと、戸惑いながらもエルフ軍はそれに追随して動き始めた。ドワーフと共闘など信じられないと思う者は少なくなかったが、各軍の指揮官が行動を命じれば動かざるを得なかったのである。


「ドワーフを頼るつもりは毛頭無いが、司令官が決断したのなら是非もない!」


「セレスさん、そういう割には嬉しそうですよ?」


「……ふん、別にドワーフと共闘するのが嬉しい訳じゃない。それに、ナルハほどじゃないだろう?」


少し砕けた口調で獰猛な笑みを浮かべるセレスティの視線の先には、ただひたむきに一点を見つめて馬を走らせるナルハの背中があった。あの純粋さには敵わないなと隣のベームリューと視線で頷き合う。


「……これが終わったら、また昔みたいに皆で集まりましょうよ。ハリー様が居て、僕達が居て……ただそれだけで楽しかったあの頃に戻れるはずですから……」


「もうちょっとシャンとしていれば見られる方なのだがな。相変わらず魔法開発に関しては紙一重だし……!」


ハリハリの転移魔法で裸に剥かれた事を思い出し、セレスティの頬が怒りと羞恥で赤く染まったが、後半の台詞が照れ隠しだと分からないほど短い付き合いではないベームリューは曖昧な笑みで受け止めた。


「ああいう方だからこそ常人と違う発想が出来るんですよ。やっぱり僕、ハリー様が居ると毎日が楽しいです」


「……お前も十分素直で純粋だよ。さて、我々も急ごう。『六将』ともあろう者が戦争に何の寄与も出来ませんでしたでは肩書きが泣くというものだ」


「はい、行きましょう!」


それぞれが麾下の軍を率いて速度を速めた頃、ドワーフ達もまた大きな戸惑いを持ってザガリアスの言葉を受け止めていた。


「陛下、本当にエルフ共を守るのですか!?」


「エルフを守るのではない、誇りを守るのだ」


まだ納得がいかないドルガンが再度ザガリアスに問うが、ザガリアスの決意は変わらなかった。


「ユウが調べた結果、この戦争の発端にはドワーフにも責任があると俺は判断した。過去の事ゆえ確実とは言えんが、少なくともあの『機神兵』と『機導兵』の暴走を許し、同胞までをも害されたのはドワーフの過失……いや、俺の過失だ。どうしても納得がいかんのならせめて手は出すな。俺は一人でも戦い、ドワーフの罪を雪がねばならん……!」


ザガリアスはエルフより事情に疎いドワーフ達を言葉だけで説得仕切れるとは最初から考えていなかった。一途で頑固なのがドワーフであり、それを覆すのは簡単ではないのだ。


しかし、ザガリアスは王として彼らに道を示さねばならなかった。もし自分が戦場で倒れるとしても、残された者達が迷わぬように……。


これ以上問答は不要とばかりにザガリアスは単身前に進み出る。


ふと、過去の戦で自分を逃がす為に殿しんがりを買って出た弟の事を思い出していた。


「ナザルギア……生まれた順序が少し違えば、今頃ここに立っていたのはお前だっただろう。お前なら或いはもっと上手くやれたのかもしれんな……。恋仲のクラフィールが居ると知りながらお前を犠牲にした兄を許してくれ……」


ザガリアスがクラフィールにあまり強く出られない理由がそこにあった。兄弟の中で唯一自分以上の逸材だったと認めていたナザルギアを犠牲にした負い目がクラフィールの台頭を許したのだ。今にして思えば、この事態の発端はナザルギアの死にあったのかもしれない。ひいては自分の責任だった。


「罪と罰を繰り返すのが生きるという事ならば、俺達は何の為に生きるのか……」


ザガリアスは答えを欲していた。長く生きれば生きるほど因縁は増え、罪は重くザガリアスにのしかかって来るのだ。黙々と進める足が地面に沈むような錯覚に、ザガリアスは戦慄を味わった。豪放磊落な父ドスカイオスも、きっと裏ではザガリアスと同じ苦悩を抱えていたに違いない。


どうやって父はこの苦悩を乗り越えたのだろうかとザガリアスが新たな疑問を抱いた時、隣に駆け込む影があった。


「……ドルガン?」


むっつりとした表情のドルガンを皮切りに、次々とドワーフ達がザガリアスの背後に従っていくと、ドルガンは嫌そうに口を開いた。


「……陛下、やはり儂はエルフは好きません。ですが、陛下の下知に従わぬほど耄碌してはおりませんぞ? 詳しい事情は後に置くとして、今は陛下を信じて戦うのみです。それがドワーフの生き方であると骨の髄まで染み付いておりますでな」


もしこの場の多数派がエンジュに従った若いドワーフ達であったならザガリアスに従わない者も大勢居たかもしれないが、怪我の功名というのも皮肉だが、彼らが敗戦し前線から退いた結果、ザガリアスの信望が厚い者達が残ったからこそ彼らは戸惑い以上のものを覚える事なくザガリアスに従うという選択肢を取る事が出来たのだった。


「……人生、何が幸いに転じるか分からんな……」


ザガリアスの中でエンジュに対する蟠りが少しだけ薄れ、苦笑が漏れる。褒めるなど有り得ないが、一応返還を求めてみようかと考え、ザガリアスは三叉槍トライデントを掲げた。


「お前達の命、このザガリアスが預かった!! 精々エルフ共に恩を売ってやるがいい!!」


「「「オオッ!!!」」」


頼もしい同胞の声に、ザガリアスは直近の疑問の答えを得ていた。


(ドワーフの王は、ただ従う民と誇りの為に生きればよいのだ。父上もそうやって生き抜いて来たに違いない)


ザガリアスの目に力が漲り、声が精彩を取り戻すと、ザガリアスは三叉槍を大きく振って声を張り上げた。


「軍内の『機導兵』を押し戻し、左右展開してエルフを通せ!! 左翼、右翼はそのまま前進、追ってきた『機導兵』を挟撃するぞ!!」


魔法の指揮棒のように三叉槍が振られると、ドワーフ軍は巨大な生き物の如くザガリアスの指示通りに動き出した。古兵が揃ったドワーフ軍は一糸乱れぬというべき整然さでザガリアスの命に応え、エルフと『機導兵』を待ち構えたのだった。

タイマンの近くで戦争も佳境に入っていますよ。

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