10-146 狂乱13
『機神兵』は湧き上がる力に悦に浸りながらも、苛立ちを隠せないでいた。
「《エルフ共め、存外しぶとい!》」
一当てすれば瓦解すると踏んでいたエルフが予想外に戦線を維持しているのが主たる原因であったが、僅かながら魔法の気配を感じるのがその苛立ちに拍車をかけていた。魔法無効化は『機神兵』と『機導兵』の骨子とも言える能力であり、限定的であってもそれが破られるのは愉快ではなかったのだ。
戦力を集中させる事で疲弊を強いていたが、エルフ達は中々諦めようとはせず、そうこうしている内に『機神兵』にとって最も忌々しい人物が現れたのである。
その人物は行きがけの駄賃とばかりに『機導兵』達を蹴散らし、鉄屑に変えつつ『機神兵』の前に降り立った。
「案外とやる事がみみっちいな。人形に働かせて自分は高みの見物か?」
「《小虫を殺すような雑事、『機導兵』で十分よ!! ワシは卑小な者共とは、最早別の次元の存在なのだからな!!》」
「それは認めよう」
《ユウ!?》
『機神兵』を肯定するかのような悠の言葉にスフィーロが否定的な声を上げ、『機神兵』はせせら笑った。
「《ククク……ようやくワシの恐ろしさに気付いたか!! ……ふむ、そういう殊勝な態度を取れる頭があるのなら、ワシの部下にしてやろうか? お前なら我が右腕が務まる――》」
「何を勘違いしている?」
「《……何?》」
聞くに耐えないとばかりに割り込んだ悠に『機神兵』が問い返すが、それに答えたのはレイラだった。
《別次元の存在、確かにそうね。……あなた、次元が低過ぎるわ。他人の力の上澄みを掠め取っただけのくせにいい気になってるんじゃないわよ、この三下》
「《貴様っ!!!》」
『機神兵』を他の者達と同列に並べるなど、悠もレイラも悪い冗談にしか思えなかった。老いて死を待つばかりとなったドスカイオスと、平和を願ってゴルドランの暴走を食い止めたエースロットの想いを、『機神兵』は踏みにじったのだ。悠とレイラに『機神兵』を許すなどという選択肢は最初から存在してはいなかった。
「貴様などドスカイオスの寄生虫に過ぎんよ。虫が囀るのは季節の節目だけで十分だ」
《神鋼鉄の外装、ドスカイオスの体、エースロットの魔力……全部借り物の紛い物。それを自分の力だと勘違いしている哀れな虫けらね。ここまで下らない奴は中々居ないわ。あ、褒めてないってちゃんと伝わってる?》
「レイラ、あまり長い文句を言っても覚えられんぞ? なにせ、握り拳ほどの脳しか無いのだからな」
「《グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーッッッ!!!》」
明らかな挑発に『機神兵』は激怒し、それを吐き出すように吼え、悠を刺殺せんばかりに睨み付けた。
「《ゆ、許さん!! 貴様は、貴様だけは…!》」
「俺にその言葉を吐いた奴らは全員同じ場所に行ったぞ。お前もその葬列に並べ、『機神兵』」
《すぐにあなた達の親玉も後ろに並ぶから寂しくはないわ。悪党同士、精々傷を舐め合うのね》
《よくよく口の回る奴らだ……だが、語彙貧弱な貴様よりはこちらの方が面白いのでな。出番の済んだ役者は早く舞台から降りるがいい》
スフィーロまでもが便乗すると、『機神兵』は我慢の限界に達し、大きく両手を広げて叫んだ。
「《誰の力だろうが、今は全てワシの物だ!!! 神にも等しいこの力を紛い物だと言うのなら、貴様の体で確かめてみよッッッ!!!》」
「貴様では神には遠過ぎるというもの。何が足りなのかは俺が分かるように教えてやろう」
言葉の応酬が終わった瞬間、二者の体は相手に向かって急激に距離を縮めていった。
悠の挑発の甲斐あって『機神兵』は最初から全力であった。『無常月夜』の魔法防壁を解除した『機神兵』は蓄えられたエースロットの魔力を引き出し、『暴狂帝』に潤沢な魔力を流し込むと、最大出力のまま腕を振り抜く。
「《ぬううんっ!!》」
グラン・ガランで見せた空裂拳の比ではない衝撃波が破壊の刃となって空を裂き、地面を抉りながら悠に迫ったが、悠に回避出来ない速度ではなく、霞むようなサイドステップですり抜ける。
だが、その破壊の痕跡は尋常ではなかった。ただ腕を振っただけで抉れた地面の深さは10メートルを超え、長さは百メートルに達しようかという威力である。原始的な力の極限がここにあった。
悠が接近するのに合わせ『機神兵』の攻撃はより苛烈さを増し、2人の戦闘は誰も割って入れない暴虐の渦と化した。
だが、常人では圧倒されるだけの『機神兵』の猛攻の中でも悠は常に冷静であった。悠が経験した戦場は、それこそ見渡す限りに『機神兵』が密集しているような戦場だったのだ。
背後にエルフやドワーフを背負っている時は素早く移動し、逆の方向に辿り着いた時は接近の気配をみせて『機神兵』の注意を引き対応させる。その巧みで計算し尽くされた動きに『機神兵』は徐々に悠と戦場を移していったのである。
「《ええい、ちょこまかと鬱陶しいぞ!!》」
「ご自慢の力も当たらなければ砂埃を舞い上げるだけだ。武の段階で言えば、それは初歩に過ぎん。まず必ず敵を倒せる力を養い、次に必ず命中させる事を目指す。それが分からん貴様のは子供の癇癪と変わらんぞ」
恐ろしい威力を持つ『機神兵』だが、その有り余る力が思わぬマイナスを生んでいた。攻撃があまりに強力なせいで、軌道が丸見えなのだ。相手が対応出来なければ無敵を誇ったかもしれない力が、悠には扇風機に等しいレベルに堕していた。
「攻撃とは、こうだ」
体がブレるほどの速さで踏み込み、地面を割りながら悠が迫った時、『機神兵』は苛立ちをそのまま地面へと叩き付けた。逆流する土の瀑布に視界が遮られるが、それもまた悪手でしかない。
強力な震脚を正面からの打撃と読んだ過剰な迎撃を嘲笑うように、悠は氷の上を滑るが如く回転しつつ『機神兵』の背後に回り、そこで見せかけではない、本命の震脚を踏んで肘を背後の『機神兵』の膝裏に叩き込んだ。
ミシリと嫌な音が鳴り、『機神兵』が錐揉みしつつ地面を這う。
「《ぐがっ!?》」
「巨体故に重心を失えば軽く小突いただけで転ばされるぞ」
「《こ、この程度でいい気になるな!!! ワシには何のダメージも無……うおっ!?》」
『狂戦士』の発展版とも言える『暴狂帝』には痛覚遮断があり、痛みによる行動阻害が生じない。だというのに、『機神兵』の足は命令に逆らい、片膝を付いた。
《あなたの設計図はもう覚えたわ。神鋼鉄を使っているせいであまり考慮されていないみたいだけど、内部構造は思ったより単純ね。生物の関節や靱帯に当たる部分を破壊されたら歩けないでしょ?》
「痛みとは弱点ではない。自分のダメージの度合いを教えてくれる重要なセンサーだ。それを遮断してしまうから己のダメージも計れんのだよ」
悠が痛みを消さずに耐えているのはまさにその点に尽きた。受けたダメージ、回復速度、それによって上下する肉体のパフォーマンス……戦いに身を置く者は、それを具に把握しなければならないのである。極まれば、自分はおろか相手の身体状況すら手に取るように分かるのだ。
「並ぶ者の無い力、痛まない体、強固な装甲……なるほど、単純に身体能力だけを見ればお前に比肩する存在はそうは居るまい。もしドスカイオスがその力を振るえば俺ももう少し手間取るかもしれん。……はっきり言ってやろう、貴様が弱いのは、その体を貴様が使っているからだ」
悠の真正面からの宣告に『機神兵』の体が大きく震えた。
強過ぎて逆に弱くなってしまうというのも皮肉な話ですね。




