10-144 狂乱11
シュルツが異変に間に合ったのは全くの偶然であった。朝早くにアスタロットの屋敷を発ち、その日その時間にちょうど到着したというだけの事だ。
「これは……髭かハリハリが何か失敗したか?」
2人に失礼な予測を立てたシュルツだったが、王宮近くを中心とした混乱にその手は既に背中の双剣に伸びている。剣士の本能が、肌が、今自分の居る場所が戦場なのだと告げていた。
「シュルツ先生!」
双剣を抜き放ったシュルツに声をかけたのは妙に落ち着きを無くしたアルトだった。抜き身の愛剣を手にするアルトにシュルツは事情を問い質すと、詳しい事は分からないが『機導兵』が勝手に動き出し、周囲の者達を襲い始めたとの事だ。
「済みません、僕は王宮に向かいますので街はシュルツ先生にお任せしてもいいですか? 安全を確保したらすぐ戻りますから!」
「分かった、ここは拙者が引き受けよう。ケイを頼んだぞ」
アルトが気を乱すほど焦る相手など恵以外に思い当たらなかったのでそう言うと、アルトは真剣な表情で頷き、王宮に向けて再び駆け出した。
「アルト、急ぐのなら一直線に進め! お行儀良くしていては届かないものがあるぞ!」
「はい!」
背中に掛けた声にそれでも律儀に返答し小さくなっていくアルトに苦笑し、シュルツは感情を切り替えた。
「……拙者はエルフに興味は無いが、師やアルトの仕事の助けになるならこの双剣も振るい甲斐があるというもの」
アガレス平原に対『機導兵』の主力を集中させている今、エルフィンシードで最も頼りになるのが誰かと問えば、それはシュルツに他ならない。鋼鉄製だろうと純魔銀製だろうと、シュルツにとってさしたる違いは無いのだから。
一気にトップギアに叩き込んだシュルツは風のように駆け、逃げる事しか出来ない町民達を襲っていた『機導兵』を一閃二閃しバラバラに分解していく。
「ま、まるで魔法だ……」
「『剣魔術師』……噂は本当だったのか……」
剣術に疎いエルフ達からすれば、シュルツの剣技は魔法に等しかった。不可視の刃は一息で強固な『機導兵』を紙のように切り裂き、地面に残骸を散らすのだ。
「男子なら呆けている間に女子供を救え! そんな様では股間の一物が泣くぞ!」
鋭い声に腰を抜かしていた者達は飛び上がり、背筋が伸びるのを見て、シュルツは『機導兵』を蹴散らしながら言い放った。
「何でもいいから得物を持って『機導兵』を抑えておけ! 時間を稼げば拙者が斬ってくれる!」
「わ、分かりました!」
「おい、行くぞ!」
「みんなーっ、時間を稼げーっ! 『剣魔術師』が助けに来たぞーっ!!」
シュルツが剣を振るう度、自由になった町民達は満足に使えない剣や『機導兵』の腕などまで持ち出して必死に時間を稼いだ。故郷の危機にようやくエルフ達は性別や身分、魔法の腕などを乗り越え、力を合わせたのである。
シュルツの檄と一騎当千の活躍がこの日の被害縮小に大きく貢献したと見解の一致を見るのはもう少し先の事だが、シュルツ自身が一剣士として力を振り絞ったのは疑いのない事であった。
誰も聞いていない独白がシュルツの口から漏れる。
「……拙者は戦働きでしか師のお力にはなれぬ。髭のように口は回らんし、ハリハリのように頭も回らぬ。いわんや、ただの女になど……」
斬って、斬って、切り裂いて。修羅と化したシュルツの剣はどこまでも鋭く、そして舞のように優美であった。
「されど、このシュルツも不肖と言えど『戦神』の弟子を名乗る者! 最後になるやもしれぬご奉公、血の通わぬ眼にとくと焼き付けるがいい!!」
日光を反射し煌びやかに光る双剣はこの日、『機導兵』を殲滅するまで鞘に納まる事は無かったのである。
シルフィードが一丸となって危機を乗り越えようとしていた時、アガレス平原もまた沸騰していた。
「俺とギルザードの後ろにつけ!! 功名焦って死ぬ奴ぁマヌケだぞ!!」
「身体強化と『魔甲殻』を切らすなよ! 生身で受ければただでは済まん!」
迫り来る『機導兵』を前に、バローとギルザードの声が響き渡った。ドワーフから分離した『機導兵』2千を前に、エルフ達の背に冷たいものが滴り落ちる。
「この前とは訳が違うな……オルレオン、教官の前には出るなよ!」
「俺だってそこまでバカじゃねえ!」
「魔法の援護は望めないわ。とにかく一体一体潰す事に専念しましょう」
分隊長を務めるルース、オルレオン、ヴェロニカの表情も流石に青く、バローの副官のゲオルグは短剣を持つ手に力を込めた。
(……上手くやったとして、生きて帰れるのは半分以下か。俺もどうなる事やら)
前回の周到に備えていた戦とは違い、今回は物理的な力だけが物を言う戦である。そんな戦でエルフが『機導兵』とドワーフ相手に戦えば、初戦の結果を見れば予測を立てるのは簡単な事だった。プラスの材料としてバロー、ハリハリ、ギルザードの存在と『過重戦鎚』隊の存在はあったが、全体から見ればごく少数に収まるものだ。
「俺でも居ないよりはマシか……ん?」
と、ゲオルグが改めて敵に注視すると、ドワーフ本隊の動きがおかしいように感じられた。よくは見えないが、ゲオルグにはドワーフ達もまた『機導兵』に奇襲を受けているように見えたのだ。
「こりゃあ、あちらさんも想定外かね?」
「どうもそのようですね」
いつの間にか隣で戦況を見守っていたハリハリがゲオルグの予測を肯定し、声を張り上げた。
「バロー殿、どうやら『機導兵』は暴走しているようです! ドワーフ本隊は無視して構いません!」
「ケッ! どいつもこいつも貰ったオモチャに騙されやがる!!」
ハリハリとバローは、これが既に最終局面を迎えているのだと瞬時に判断を下した。八割方まで有用であると思わせ、そこから土台をひっくり返すのは彼らの敵であるミザリィの十八番だと知っているからこその判断だ。
特にバローは自分も騙され、踊らされた者として苦い思いを抑え切れなかった。きっと今頃はドワーフの当事者達も同じ思いを噛み締めている事だろう。
だが、事態が最終局面を迎えたなら、バローやハリハリには一つの確信があった。この予定外の局面に、誰が時を進めたのかを。
「ハリハリ!」
「ええ、やはりここはワタクシの出番などでは無いようです。バロー殿、出来る限り正面に『機導兵』を固めて下さい! 『次元破砕砲』で巻き込めるだけ巻き込んで時を稼ぎます! 我らがリーダーが到着するまで、死傷者は抑えなければなりません!」
「ああ! ユウは必ず来るぜ! 野郎共、無理はせずに敵を押し留める事に専念しろ!!」
どういう経緯を辿ったのかは分からなくても、この事態に悠が関わっているという事だけは間違いないと判断したバローとハリハリは無理に殲滅を狙わず、被害を縮小させる方を選択した。2人にとって悠が今まさに戦場に向かっているのだという事は既に規定事項であった。
その感覚を共有するギルザードもまた、バロー達の動きを見てニヤリと口元を緩める。
「なるほど……バローとハリハリはユウが来る方に賭けたのか。まあ、私も異論は無いな」
他の者達では恐ろしくて選択に戸惑うであろう持久戦をあっさりと選択出来る程度には、これまでの戦いで信頼感を積み上げてきた悠である。たとえ『心通話』が通じなくとも、仲間達と培った絆は彼らの行動を一つにして動き出した。
巧みに軍の陣形を動かし、自らは囮となって『機導兵』を引き付けるバローとギルザード。そして好機を待つハリハリの目が最も敵の重なりが厚くなった瞬間、『魔空杖』が吼える。
「『次元破砕砲』!!」
ハリハリの魔法はヒストリアの『自在奈落』のように『機導兵』の群れを大きく抉り取っていった。
一通り書いて、悠到着に戻りますよ。
そして明けましておめでとうございます!