10-142 狂乱9
「ユウも結構役者だよね~! ザガリアス王と即興でさあ!」
「俺はその場に相応しいと思う行動で応えただけだ。役者だと言うなら、俺を巻き込んだザガリアスに言ってくれ」
「あ~、多分ダメだね~!」
グラン・ガランが点景としか見えなくなった頃、空の上ではしゃぐファティマの言葉にザガリアスを見れば、兜の隙間から覗く顔は青く、腕にも強い力が籠っていた。
《あら、勇敢なドワーフの王様も高い所は苦手だったのかしら?》
「ば、ば、バカを言うな!! ど、ドワーフ男子たる者、いいつ、如何なる時も泰然として、っ、ゆ、有事に備えるのが習わしで――」
「おっと」
「ギャアアアアアッ!!!」
悠が体を傾けると、ザガリアスは絶叫を放った。もし腕を掴んでいる相手が悠では無かったら、小手ごと握り潰している力の入りようである。
「アハハハハ!! ユウもやるねえ!!」
「済まん、上は風が強くてな?」
「こ、こ、こ、殺す気かお前は!?」
これから戦場に赴くとは思えない砕けたやり取りだったが、悠の経験上、これは無駄なじゃれあいなどではなかった。
「もう少し力を抜け、ザガリアス。王に相応しくあろうとする心意気は買うが、余裕の無い心では逆に死地を招くぞ」
悠の経験した戦場は常に死と隣り合わせだったが、悠と雪人が丁々発止と冗談でやり合っているのを聞くと、不思議と部下達の緊張が解れるのだ。緊張は適度にしている分には集中力を高めるが、不必要なレベルに達すると体の動きを阻害し、視野を狭め、反射を鈍らせてしまう。多分、雪人はそれを理解していたからあえて部下達の前でそう振る舞っていた部分もあっただろう。……勿論、素でも言う事は変わらないのだが、兵の精神状態が戦果に及ぼす影響を知らぬ男ではないのである。
《ユウ、推定で測ってみたけど、あの『機神兵』の魔力阻害範囲は『機導兵』とは桁違いよ。『機導兵』は5百メートルくらいだったみたいだけど、あいつ最低でも三キロはあるわ。しかもギリアムの話の通りなら時間とともに拡大する危険性大ね》
「そこまで広いとなると難しいな」
場を引き締めるレイラの提言と悠の答えにファティマの顔が曇る。
「……ユウでも勝てないのかい?」
が、それはファティマの早合点というもので、レイラが笑って答えた。
《ん? ……フフ、誤解よファティマ。単に遠くから『機神兵』だけを倒すのが難しいって事。ドラゴンズクレイドルの時は敵じゃないドラゴン達は離れていたから山を吹き飛ばしても構わなかったけど、エルフとドワーフが入り乱れる戦場ごと吹き飛ばすにはいかないじゃない?》
「貫通系の技も同じく危険だからな。接近戦でも縦横無尽に動くとなると、俺と『機神兵』だけ場所を移した方がいいかもしれん」
「……山、吹き飛ばしちゃったんだ……」
「た、頼むからアガレス平原を焦土にするような真似は慎んでくれ……」
スフィーロとの合同奥義『屠龍槍翔覇』でドラゴンズクレイドルを壊滅させた悠には魔法阻害範囲の外から大規模破壊も可能である。しかし、威力のありすぎる攻撃は戦場を選ぶのだ。悠に対する理解が深まってきている2人はそれが嘘でも誇張でもないとすぐに信じられた。アガレス平原は肥沃で利用価値の高い土地であり、死の荒野に変えられてはザガリアスとしては非常に困るのであった。
「ザガリアス、お前は到着したらすぐにドワーフ達を統率して『機導兵』の排除に当たってくれ。付け焼き刃のエルフよりドワーフの方が『機導兵』に対しては戦力になる」
「分かった、ドワーフは任せておけ」
ザガリアスが頷くと、次に悠はファティマに語りかけた。
「ファティマ、お前は近くでドワーフ達を見張っているであろうエルフに事情を説明してくれ。『客員火将』の悠からの伝言だと言えば無視はされんはずだ」
この時点では悠はエルフがアガレス平原に進軍している事は知らなかったが、ハリハリなら少なくない数の見張りを前線近くに置いていると疑っていなかった。普段はともかく、ハリハリの能力には悠も多分に信頼を置いているのだ。
「やってみるよ、交渉は得意なんだ」
本当は才能無しでの交渉に不安はあったが、ファティマはそれを振り切り不敵に首肯してみせた。悠に助言して正しい道筋に導くはずが、導かれたのは自分の方だったのだ。この借りは絶対に返さねばならないとファティマは決意していた。
《ユウ、もうじきアガレス平原に着くわ。……でも、先手を取られたみたいね。それにエルフの軍も来てるみたいよ》
遥か眼下に点々と見えるアガレス平原ではドワーフ軍と、その反対側にエルフの軍勢が布陣していたが、ドワーフ軍の陣形が乱れ、更にそこから飛び出した一軍がエルフ達に襲いかかっていた。既に『機神兵』による『機導兵』の掌握は完了しているようだ。
《もう魔法阻害下の範囲に入ったわ。やっぱり広がってる!》
「自力飛行でゆっくり飛んでいる状況ではないな。……ザガリアス、ファティマ、非常手段を取るぞ」
「な……ま、待て、何をする気――」
「構わないからやっちゃって!!」
悠の言葉に不吉な予感を覚えたザガリアスはその発言の意図を問い質そうとしたが、ファティマは構わずゴーサインを出し、悠はファティマの返答に頷いた。
「行くぞ!」
と言うと同時に水平に飛んでいた悠の視界が傾き、頭を下にした滑空体勢に移行すると、3人の体は今更重力の存在を思い出したかのように地上目掛けて一直線に降下を開始した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!?」
「っっ!」
魔法阻害を受けている為、結界などで防げない風が唸り、轟音で他の音が何も聞こえなくなる。目も開けられないほどの風圧を強引に突破するように、悠は翼をはためかせるのだった。
悠が到着するより一足早く上空に現れた『機神兵』にドワーフ達は警戒を露わにしたが、逆に遠くからそれを見たバロー達は最初、悠がやってきたのかと安堵を抱いた。
「美味しい場面に間に合わせやがって!」
「ユウが来たならもう安心だな!」
「……いや、どうも様子がおかしいような……」
ただ、ハリハリは漠然とした嫌な予感を覚え、しっかり自分の目で確かめようと『遠見』を発動しようとしてそれが霧散した瞬間、眉を跳ね上げた。
「っ、全軍に伝達!! 我々は既に魔法阻害下にあり、速やかに迎撃態勢を取りなさい!! 斥候は付近に『機導兵』が居ないか調査を!!」
「何っ! 何時の間に張り付かれたんだ!?」
「調査と言っても、この付近の『機導兵』はドワーフ軍にしか居ないように見えるが……」
バローとギルザードはそう言いながらも即座に臨戦態勢を取った。ハリハリがこういう場面で対応を間違うとは思っていないのだ。
「……確たる理由は分かりませんが、推測は出来ます。今現れた飛行物……あれはドワーフの新兵器なのかもしれません。もしこの辺りに『機導兵』が隠されていないならば、『機導兵』よりも魔法阻害範囲が広く、飛行も可能な新型が送り込まれてきたのではないかと……」
「切り札って事かよ!」
「ここまで届くとなると、何キロにもなるという事だぞ?」
ギルザードの指摘は当然ハリハリも考え及んでいた事だ。だが、改めて言われ、ハリハリの苦悩は深まっていた。
「不味いですよ……多少距離を伸ばしてくるとは予測していましたが、ここまで広いと『七星極光陣』は完全に無力化されてしまいます。罠も設置していない今、有効なのは『過重戦鎚』などの物理攻撃だけです。バロー殿、ギルザード殿、厳しい戦いになると思いますが、どうか踏ん張って下さい。あなた方が頼りです」
この後の展開など一つしかない。魔法無効化に浮足立つエルフにドワーフと『機導兵』が一気呵成に襲い掛かってくるはずだ。その時戦力になるのはバローが率いる探索者達と、ギルザードが鍛えた国軍の兵士達である。それ以外は足手まといにしかならないだろう。
「畜生、ユウは何やってんだ!?」
「居ない者を頼っても仕方ない。ハリハリ、お前は?」
「この鎧と杖のお陰でワタクシなら多少の戦力にはなれるでしょう。親玉はワタクシがなんとかしますから、探索者達と一緒に行きます」
「それしかねぇか……サイサリス、お前の力は使えねぇのか?」
ハリハリはこの状況下でも限定的ではあるが魔法を使える例外であったが、接近戦までこなす前衛ではなく、バローは自分が代わりを出来ないかとサイサリスに問いかけた。
《『仮契約』自体は可能だが、身体能力は上がっても、乱戦で距離を離されてはすぐに時間切れになるぞ。そうなるくらいなら最初から他のエルフの援護に力を注いで被害を縮小すべきだと私は思うが。空を飛べる相手だ、悠長に集中している時間も無いだろう?》
バローにも切り札はあるが、一回限りで力を使い果たしてしまうには敵の数が多過ぎた。悠のように即座に放てるような便利なものでもなく、もし外せばその皺寄せは探索者達が負わなければならないのだ。それなら最初からハリハリに力を温存させ、自分は動き回る方が理に適っている。
バローもそれは理解していたが、サイサリスにまで指摘されては諦めるしかなかった。
丁度その時、『機神兵』が激しく発光し、光の粒が戦場にばら撒かれ、猶予の終わりを告げたのだった。
ナターリア、アルト、シュルツはお留守番です。が、そちらもちゃんと出番はありますよ!