10-141 狂乱8
きっかり10分で戻ってきた悠にギリアムが『機導兵』と『機神兵』の設計図を見せると、悠は即座にそれに目を通した。と言っても悠は工学分野に明るい訳ではないので、知りたいのは動力や頭脳部分の位置情報であった。
「胸を中心にして複数の魔石と主となる動力で動いているようだが、中心に納まるのは魔石なのか?」
「それは……」
言い淀んだギリアムだったが、その設計図に記されたサイズからレイラは瞬時に解答を導き出した。
《……ユウ、分かったわ。この窪みにピッタリ納まる物が何なのか。これ、エースロットの『無常月夜(ムーンフェイス』と同じサイズよ》
「エースロットの遺品か……」
ビクリと体を強ばらせたギリアムの反応がレイラの言葉の正しさを示しており、悠はギリアムに問いかけた。
「ザガリアス王は言っていた、エースロットの遺品は今回の件に無関係ではないと。ギリアム、話して貰おうか」
「……ユウにこれ以上隠し事は出来ないさ……」
観念したように息を吐き、ギリアムは話し始めた。
「クラフィールは言ってたさ、宝物庫に保管されてたあれは、魔石なんか及びもつかない魔力を蓄積してるって……あの魔道具には、エースロットの魂が入ってるんだ、と。完全な原理は解明出来ていないが、その魔力を200年以上蓄積し続けていて……設計図には載っていないけど、これを渡した女が言ったさ。「この『機神兵』を動かすにはドワーフの王族の方と、こちらに保管されているであろうエースロットの遺品、『月光』が必要です。お捨てになってはいませんね?」って」
《ミザリィ……ドワーフとエルフを弄ぶような真似を……!》
『機神兵』とは即ち、ドワーフ王族を素体とし、エルフの魔力で動く兵器であった。クラフィールやギリアムにとってエルフの力でエルフを打倒する事は意趣返しだったのだろうが、結局は上手く騙され、利用されてしまったのであろう。
「魂……私の物と同じ……」
ファティマが険しい顔で自らの魂を封じた魔道具を握りしめた。
「死んでからも利用され続けるなんて酷すぎるよ……ましてや平和を願っていたエースロット王の力を逆の目的で使うなんて許される事じゃない!」
「アスタロットはこの事を知っていたのか……」
悠に回収を依頼したアスタロットがそれを知らないとは思えなかった。悪しき目的に使わないとは言っていたが、注意する必要がありそうだ。
「ドワーフもエルフも恨みに我を忘れて踊らされていたさ……オイラはそれに気付くのが遅過ぎたんさ……!」
「まだ何も終わってはおらん」
設計図を頭に入れ、悠は身を翻した。既に臨戦態勢の佇まいに意気消沈していたギリアムが顔を上げる。
「……戦うさ?」
「ああ、戦う。俺はそれしか能のない男だからな」
《そんな事無いわよ》「そんな事無いけどね」
異口同音にレイラとファティマが言うと、ファティマはレイラのペンダントを見て笑った。
「さすが、相棒殿は分かってらっしゃる」
《あなたも短い付き合いでユウをよく理解しているみたいで嬉しいわ。とかく誤解を招き易い人だから》
「苦労されていますねえ」
《だから私はユウと居るのよ》
女同士の会話とはどうしてこう返し難いのだろうかと悠は他人事のように思ったが、仲良くしているならいいかと押し黙った。
「ユウ……悪いけど『機神兵』は任せるさ。街は『魔導戦器』を奪還して兵士に配っているから大丈夫さ」
と、ギリアムは表情を厳しいものに切り替えた。
「クラフィールも用心して『月光』無しで起動を試みたけど、低出力でもオイラ達じゃ『機神兵』には抗えなかったさ。結局こっそり身に着けていた『月光』も奪われて……でも、まだ『機神兵』は完全じゃないさ。魔道具には魔法的防壁が施されていて、完全に力を引き出すのには時間がかかるはずさ」
「あいつ、だからユウから逃げたのか!」
「急いだ方がいいな。ファティマ、ザガリアスを拾って飛ぶぞ」
悠の言葉にファティマは頷くと、ギリアムに顔を向けた。
「ありがと、吉報を待っててね!」
「その結果もお嬢ちゃんには分かってるさ?」
ファティマの力を知ったギリアムの問いに、ファティマは笑顔で首を横に振った。
「私にはもう先の事は何も分からないよ。……でも、もう私には信じられる人が居るから何も怖くはないんだ。ギリアムさん、あなたも信じてご覧よ。あなたを変えた人の力を、さ」
「……信じる……随分前に忘れてしまっていた気がするさ……」
ファティマの言葉にギリアムは目を閉じ、背中を向ける悠に深々と腰を折った。
「ユウ、オイラ、信じるさ。忘れてしまっていた大切なものを幾つも思い出させてくれたあんたを……。あんたの無事を祈ってその小手を作った鍛冶師みたいに。だから、無事に帰ってきて欲しいさ」
「国一番の鍛冶師が願ってくれているのなら御利益がありそうだ」
そして悠は軽く手を掲げ、いつも通り気負いのない声音でいつも通りに約束の言葉を放った。
「俺は誰にも負けん。エルフとドワーフの長きに渡る望まぬ戦、今日にて幕引きとさせて貰う」
悠がファティマを担いで外に出ると、ちょうどネビュラに跨がったザガリアスがやってきた。覇王鎧を纏い、手に三叉槍を持った姿は流石ドワーフの王という威厳に満ちている。本調子では無いだろうが、民の前で王は常に優れた演者でなくてはならなかった。
ネビュラの隣に付いてきたザルマンドがザガリアスが口を開く前に悠の体に自分の体を擦り付けた。どこいってたのと言われているようで、悠は気配を少し和らげてザルマンドを撫でる。
「そういえばお前に挨拶するのを忘れていたな、済まん」
「全く、うちのロックリザードを手懐けおって……相変わらず、いや、前にも増してそいつは誰も上に乗せたがらんぞ。もう軍では使えんからお前の乗騎にしてくれ」
「宜しいのですか?」
「ああ。と言ってもまずは今回の一件を治めてからだ」
悠とザガリアスの対峙する姿に次第に周囲にドワーフ達が集まってきたのを契機に、ザガリアスが槍を振り上げた。
「ドワーフの民よ!! ザガリアスの出陣である!!」
ドスカイオス譲りの深い声音でザガリアスが宣言すると、まず悠が率先して地面に片膝をついた。それを見たドワーフ達も次々と膝を折り、ザガリアスに頭を垂れる。
「……俺は、どうしても早く勝ちたかった……父上が存命の内に祖父の無念を晴らし、平和になった国をその目でご覧になって頂きたかったのだ。だが、それは誤りであった。善悪定かならぬものなどに頼るべきではなかった!!」
自らの過ちを懺悔するザガリアスは、罪を隠さぬ事で新たな一歩を踏み出そうとしていた。古来、ドワーフはそうやって生きてきたのである。
「今回の件で民にも被害は出ていよう。ならば俺がするべきは玉座でふんぞり返っている事ではなく、己の心身をもって諸君らに報いる事である! だから俺は戦場へ行く! 俺にその過ちを気付かせてくれた戦友と共に!!」
ザガリアスが悠の肩を叩き、顔を上げさせると大きく頷いて見せた。
「人族でありながらエルフの『火将』の肩書を持ち、先王ドスカイオス陛下に力を示してドワーフに認められし『竜騎士』ユウよ! もし俺が、まだお前の戦友たる資格があると思うてくれるなら、俺を戦場へと連れて行ってくれ!!!」
「御意に、陛下」
ザガリアスが悠を、ただの人間であり、憎きエルフの肩書を持つ男を戦友と呼び、悠がそれに応え背中の翼を大きく広げると、群衆の中から大きなどよめきが起こり、ザガリアスが差し出した手を悠が恭しく握って翼をはためかせ浮かび上がるとそれは歓声へと変わっていった。
「と、飛んだ、飛んだぞ!?」
「あの男、どれだけ我々を驚かせるのだ!!」
「陛下ーーーっ、ご武運をーーーっ!!」
悠に吊り下げられたザガリアスが槍を高く掲げると、ドワーフ達の興奮は最高潮に高まっていった。竜の騎士と共に我らが王が出陣するのだ。これを見て血の騒がないドワーフなど存在しなかった。
悠が大きく翼を動かし、一瞬砂埃で視界が遮られると、次に悠の姿を見つけた時には高く高く舞い上がり、もう片方の手に吊り下げられた小さなドワーフの少女に気付く者は居なかったのであった。




