10-140 狂乱7
城の中を駆け抜けながら悠達は目についた『機導兵』を壊しつつ、クラフィールとギリアムの下へとひた走った。この国で最も『機導兵』と『機神兵』に詳しいのはこの2人をおいて他に存在しないからだ。
悠は『竜気解放』を解除し通常の『竜騎士』状態に戻っていたが、それでも『機導兵』など一殴りでバラバラである。
「城は兵が居るからどうにかなるが、大工房はそうもいかんだろう。職人だけの所に不意を突かれては危険だ」
「クラフィール親方は話せる状態では無いようです。薬師が必死に手を尽くしていますが、助かるかどうかは……」
「そうか……」
『機神兵』起動の場に居合わせたのなら、まだ生きているだけ運が良い方だろう。武道の心得など無さそうなクラフィールなら死んでいてもおかしくはないのだ。
「ギリアムは?」
「ギリアム親方は幸い、多少麻痺した程度で済んだそうです。どうもクラフィール親方を止めようとして返り討ちにあったらしいですが」
「ならば話はギリアムに聞いた方がいいな、急ぐぞ」
城から出て街並みが見えると、そこには悲鳴と剣戟の音が鳴り響いており、ドワーフの男達が必死に『機導兵』と切り結んでいる最中であった。
「ラグドール、お前は城の兵を率いて民を守れ!」
「畏まりました! ですが、陛下は?」
「俺はユウと共に戦場に行く。これ以上ドワーフ以外の意志が介在した戦を続ける訳にはいかん」
ザガリアスは遂に公的に軍を引く決断を下した。一時的なものであれ、これで戦争は終わるのだ。
「ご英断に否は御座いませんが、まだお体は痛みましょう。ユウ殿が大工房へ行っている間に、せめて鎧だけでもお召しになるべきです。これは陛下がご即位されてから最初のご親征なのですから」
「それが良かろう。置いては行かんから行ってこい」
ラグドールと悠に促され、ザガリアスは頷いて悠に視線を向けた。
「……ユウ、ギリアムに会ったらエースロットの遺品について聞くがいい。俺よりも詳しい話が聞けるはずだ。今回の一件にも無関係ではないからな」
そう言ってザガリアスは質のいい服の袖を破ると、三叉槍で指先を切り、即席の文書を認めた。
「間に合わせだが、これを持つ者は王と同等の権限を保持するという旨を記してある。この国の者は誰であってもお前に口を閉ざす事はない」
「大盤振る舞いだな。有り難く受け取ろう」
それぞれの役割が決まると、三者三様に目指すべき場所を目指し始めた。ザガリアスは覇王鎧を纏いに、ラグドールは兵を率いて殲滅を、そして悠は大工房へと。
「私は当然ユウについて行くからね」
「今更追い払ったりはせんよ、乗れ」
しゃがんだ悠の背に飛び乗り、悠とファティマが駆け出すと、すぐに襲われているドワーフ達の姿が目に入った。普段なら『火竜ノ槍』か『竜砲』で蹴散らす所だが、魔法阻害下ではそれは望めない。
が、魔法的手段に頼れないなら物理的手段で排除すれば良い話である。
「ユウ、街の人達が!」
「なに、幸い弾は山ほどある」
このグラン・ガランは石鉄の都と呼ばれるほど、街中にそれらが溢れているのである。悠はファティマを担いだまま適当な建造物を蹴り砕くと、宙に浮いた破片を瞬時に掴み、投げつけた。
バガンッ!!
時速数百キロの速度を与えられた石は狙い通りに『機導兵』の頭に着弾、粉砕して振りかぶった剣を下ろす事なくその活動に終止符を打たれる。ただの石ころが、悠の手にあるだけで百発百中の魔弾と化し、ドワーフ達の命を救う。
子供を担いだ正体不明の騎士が走り抜けつつ次々と『機導兵』を再起不能に陥れて行くのを、助けられたドワーフ達は半ば呆然と見送ったのだった。
「武器防具を持ってる奴は無手の者を守るさ! 持ってない奴は退避してとにかく武器か防具になる物を取って来るさ!」
大工房の内部は数、密度共にグラン・ガラン一の危険地帯と化していた。既に死傷者が何人も出ており、職人達は必死に自分達が作った品で身を守っていたが、力はあっても所詮は職人であり、防戦一方で如何ともし難い状況である。何より、『魔導戦器』の製作部屋を抑えられたのが痛かった。
「ふんっ!!」
靴を手に嵌めるという珍妙な出で立ちのギリアムは『機導兵』の攻撃を辛くも受け止めると、もう片方の手(に嵌めた悠の龍鉄の靴)で『機導兵』を殴る。ベコリと頭部を凹ませて転がる『機導兵』にギリアムは唸った。
「やっぱり凄い金属さあ。これが無かったらもうとっくに殺されてるさ」
「不格好なのがアレですがね!」
「贅沢は言えないさ! ……しかし、どうやって動力源の魔石もなしに動いてるさ?」
部下におどけて答えながらもギリアムの疑念はそれに尽きた。工房に舞い込んできた光の欠片が動力となっていると推測されたが、詳しい原理はサッパリだ。
だが、ギリアムが考察を深める余裕は全く残されていなかった。先ほどからガンガンと金属を叩きつける音が響いていた別の扉が破られ、『機導兵』が追加されたからだ。
「こいつは……もう保たないさ!」
「畜生! やっぱりよく分からん物なんて使っちゃダメですね!」
「後のドワーフは教訓にするといいさ! せめて少しでも数を――」
ガキャァァァンッ!!
死ぬ覚悟で腕に力を込めるギリアムだったが、その眼前の『機導兵』の山が背後からの轟音と共に吹き飛ぶと、最初は城の兵士の救援かと予測した。きっと『魔導戦器』を装備した部隊がやって来たのだと。
しかし、それは『機導兵』の群れを分断した、たった一人の騎士の姿を見た瞬間、頭の中から霧散した。
透き通るような赤という矛盾を実現したかのような光沢、機能美と装飾美が渾然一体となったシルエット、優美でありながらも溢れる力感を抑え切れない滑らかな動き……職人の頂点に立つギリアムは当然、ドワーフに代々伝わる覇王鎧ヴォルカンを知っており、あれ以上の品が存在するとは思っていなかったが、それが誤りであると思い知らされた。
「息災で何よりだ、ギリアム」
「ユウ! 助けに来てくれたさ!?」
「酒の借りがまだ返せておらんのでな。ドワーフが末期の一杯も飲まずに死んでは浮かばれんだろう?」
悠の台詞にギリアムを初めとしたドワーフ達が破顔一笑した。そうだ、酒も飲まずに死んでなどたまるかと。
「聞きたい事があるんだけど……ちょっと周りが邪魔だね。ユウが怖くないのかな?」
変わらず悠の肩の上を定位置にしたファティマの指摘する通り、悠に蹴散らされた『機導兵』達はまたジリジリと悠に迫りつつあったが、それを見る悠の目は何の感動もない無機質なものだった。
「ファティマ、こいつらが怖じないのは勇敢だからではない。感情を持たず、命の価値も分からない木偶人形だからだ。自分は汗も血も流さず、ただ相手にだけそれを強いて恥もせん。設計者の卑しさが透けて見えて反吐が出る」
人道的な兵器という言葉がある。だが、人道的な兵器という物は存在しない。兵器は傷付け、壊し、殺すのが目的であり、そもそも戦争自体が人道的な手段ではないからだ。それは専守防衛であっても変わらぬ事実である。
「戦場の命は羽より軽いが、命の価値には些かも変わりはないのだという事を、命を奪う者は自覚せねばならん。そうでなければ軍人などただの殺人狂の集団だ。そして、心を持たんこいつらはそれ以下だよ」
無造作に距離を詰め、悠の蹴りが先頭集団を薙ぎ払う。その隙に背後からファティマを狙って数体の『機導兵』が剣を手に飛び掛かるが、足元に転がった『機導兵』の残骸を悠が振り向きもせずに踵で蹴り飛ばすと、『機導兵』達はビリヤードの玉のように跳弾に跳ね飛ばされ、撃ち落とされた。
「わお、やるう!」
「ギリアム、今の内に負傷者の回収を急げ。こいつらの相手は俺がする」
「わ、分かったさ!」
自分達の代わりに戦ってくれる悠にギリアムはせめて何か武器の一つでも渡したいと思ったが、虎の子の『魔導戦器』は無く、この場にある武器では悠の力に耐えられそうになかった。
(こんな時に渡す武器の一つも無いなんて鍛冶師失格さ!)
ギリアムの忸怩たる思いを顔から読み取った悠は『機導兵』を殴り飛ばして空白を作ると、鞄から愛用の小手を取り出し、一部鎧を解除して左手に装着した。
「返して貰った小手が役に立つ時が来たようだ」
そう言うなり、悠は手首を内側に倒し、盾を内部から出現させると、その裏にある突起に指をかけて振りかぶった。
「頭を下げていろ!」
その注意の意味を完全に理解出来たドワーフは居なかったが、ギリアムが率先して身を床に沈めると、他のドワーフ達もそれに倣い、悠の盾刃が射出された。
カロンとカリスの親子が心血を注いで作り上げた武器は部屋の中を一周二周と荒れ狂い、悠の手に戻った時、50は居たはずの『機導兵』はその殆どが体を寸断され、心無い生に終止符を打たれた。
「あ、ひゃああ……」
《一丁上がりかしら?》
「他の部屋にも居るはずだ。ギリアム、負傷者の回収の合間にあの甲冑の設計図があったら見せてくれ。ザガリアス王から許可は貰っている。その間に俺は残敵を掃討しておこう」
ぽかんとした顔のギリアムに悠はザガリアス自筆の血文字の文書を見せたが、その返事を待たずに足元の『機導兵』を踏み潰しつつ部屋を出て行った。
「……嵐みたいな人族ですね……」
「オイラの常識も、ついでにブッ飛ばされたさぁ…………っ、い、急がないと戻ってくるさ!」
我に返ったギリアムは自室に置いてある設計図を取りに、短い足を全力で回転させひた走るのだった。




