10-137 狂乱4
悠が目的地へ急いでいる頃、ドワーフ側は既にクライマックスを迎えていた。
「ち、ちうえ……お逃げ下さい……!」
「お前が敵わん相手ならワシが相手になるしか無かろう! しかしベヒモスよ、随分と強くなったな?」
「《オレこそドワーフの……ヴ、ヴヴ……第一捕縛対象確認、解析…………概算適合率80%オーバー。最優先目標》」
倒れ伏すザガリアスを庇うように傲然と『機神兵』と対峙するドスカイオスはやはりドワーフの王たる風格を持っていた。
だが、それでも両者のサイズ差は埋めがたいものだ。最大のドワーフであるドスカイオスが2メートル少々なのに対し、ベヒモスは明らかに4メートルを超える巨躯で周囲を威圧していた。
だが、ドスカイオスの顔に絶望はない。
「ふん、憑かれおったか……やはり流れ者の甘言などに耳を貸してもロクな事にならんな! せめてもの情け、ワシの手であの世に行くがいい!!」
鎧を装備する間もなく強襲されたドスカイオスの手には悠との戦いで使用した2本の鉄鞭があった。その鉄鞭を×の字に構え、ドスカイオスが姿勢を低くする。
淡く光り始めた鉄鞭は急激に光量を増し、地上に現れた太陽にザガリアスは目を背けた。
「食らえ、『神鋼衝破走』!!!」
輪郭すら定かならぬ光の中で光球と化したドスカイオスが超速でベヒモスに接近、激突しその巨体を弾き飛ばすと、ベヒモスは次々と壁を突き破り、崩れ落ちた瓦礫に埋まって動きを止めた。
神鋼鉄に限界まで蓄えた魔力を衝突と共に相手にぶつける破壊力は見ての通りで、ザガリアスは改めて父の最強を確信した。
「さ、流石は父上……まだまた並ぶには遠いか……」
が、あれだけの力を見せつけたドスカイオスの表情は満足からはほど遠いものであった。
「……この感触、奴も神鋼鉄を……!」
バゴッ!!!
ドスカイオスの呟きに呼応するように、ベヒモスが埋まった瓦礫から手が突き出し、すぐに全身が露わとなる。見れば両手は歪にひしゃげ、あらぬ方向に折れ曲がってはいたが、稼動を停止する気配はなかった。
「《……損傷率24%、戦闘可能。武装解除》」
折れているはずの手がベキベキと耳障りな音を立てて無理矢理元の状態に戻ると、両手の小手の部分が開き、内部から一体型の剣が伸びた。ベヒモスの負傷を知らせるように血が隙間から零れるが、ベヒモスに苦痛の気配は感じられず、より力感を増してドスカイオスに肉迫して来た。
「一撃で死なんというなら壊れるまで殴るだけよ!!!」
振り下ろされるベヒモスの剣を鉄鞭で受け、ドスカイオスはどこでも構わぬとばかりに乱撃を叩き込んだ。一打一打の重さを知らせるかの如く火花が散り、ベヒモスの甲冑の損傷は増えていく。
その様子にザガリアスは安堵を覚えた。ドスカイオスの本当の意味での全力を見るのは初めてだったが、ドスカイオスは強くなったベヒモスよりも僅かに強いと見ていて分かったからだ。
無論、油断など出来る相手では無いし、受ける度にドスカイオスも負傷はしているが、このままならドスカイオスが押し切れるはずだった。
――寿命さえ、あれば。
「ぐっ!? ゴフッ!!」
ベヒモスに鉄鞭を叩きつけたドスカイオスの口から血が吐き出され、ドスカイオスの呼吸を阻害した。激しく咳き込むドスカイオスが膝をつき、より多くの血が床にぶちまけられる。
「ゲフッゲフッ!! お、おのれ……こんな時に……!」
「ち、父上!!」
「来るなザガリア――」
間に割って入ろうとしたザガリアスの目の前で蹴り飛ばされたドスカイオスが肉の砲弾となって水平に飛び、激しく壁に叩きつけられた。
「ガアッ!?」
「《ヴ……生命力、低下……魔力増大……取り込み準備……旧搭乗者、廃棄》」
動けないドスカイオスに向かって歩み寄る『機神兵』の全面装甲が開いた時、ザガリアスはそのおぞましさに吐き気を催すのを止められなかった。
中に居たベヒモスの体は内臓が露出し、血に塗れた肉塊に近い状態でありながら目には一切の苦痛が存在しなかったのだ。体中に突き刺さった管は赤黒く、生物の腸のように蠕動を繰り返していた。
「こ、こんな化け物を俺達は……!」
ザガリアスはこの時ようやく自分が悠の言葉を理解していなかったのだと悟った。どこかで兵器なら上手く使えばいいという、ザガリアスの驕りがこの事態を招いたのだ。練りに練られた悪意の策謀はザガリアスの驕慢を見抜き、ドワーフを覆い尽くさんとしていた。
「それだけは、させん!!」
身を挺して『機神兵』を止めようと飛びかかるザガリアスは、振り抜かれた裏拳に打ち抜かれ、独楽のように吹き飛ばされるとそのまま動かなくなった。
「ぐうっ……! ざ、ザガリアス……!」
ドスカイオスは遠のく意識の中で、体の奥底から湧き上がる真っ赤な気配に呑まれていった……。
「でもさ、仮にドワーフ王家が『狂戦士』の才能を継承してきたとしてもおかしくないかい? ドワーフは『魔導戦器』を通してでないと上手く魔力を扱えないはずだし、せっかくの才能でも使えないよね?」
「それは――」
《《それ、誤解。ドワーフ、使えるように、なる。ごく僅か》》
「へ?」
前提を覆すミトラルの言葉にファティマの目が点になるが、ミトラルは構わずに言葉を続けた。
《《確かに、ドワーフ、その生涯、魔力、ほぼ使えない。でも、年経たドワーフ、魔力操作、目覚める。大抵、寿命、死ぬ、寸前。逆に、エルフ、寿命、死ぬ時、魔法、使えなくなる。2つの種、表裏一体》》
「ちょ、ちょっと待ってよ!! なんでそんな大事な事言ってくれなかったのさ!?」
《《……聞かれなかった、だから、必要ない、思った……》》
寒々しい空気が流れ、ミトラルの頭がオロオロと左右を窺うが、フォローは誰にも出来なかった。ミトラルはミトラルなりに情報を提供していたつもりだったが、最も重要な情報が伝達されていなかったのである。
《……ミトラル、後でお説教ね》
《《ピィ!? 私、会話、機微、分からない! ユウ、助けて!》》
「……今更ミトラルを責めても始まるまい。解答に辿り着くまでの時が無さ過ぎたのだ」
だが、これで悠の推論は筋が通ったと言える。ベルトルーゼは魔力操作が可能になった瞬間、発動した『狂戦士』の力に支配され暴走した。それと同じ事がかつてのグラン・ガランで起こったとすると、真相が垣間見える。
「かつて、寿命が近かったゴルドラン王はエースロット王と会談中に『狂戦士』の力に目覚め、暴走した。エースロット王はそれに抵抗したが、相討ちに持ち込むのが精一杯だったのだろう。最後の瞬間、ゴルドラン王が狂っていなかったのも、ベルトルーゼの時と符合する。生死に関わる深いダメージで正気を取り戻したゴルドラン王を見たドルガンは、エースロット王がゴルドラン王を襲ったと勘違いし、それが定説となって巷に流布されていったのではないだろうか」
「それじゃ、原因はやっぱりドワーフにあったっていう事?」
「そうとも言い切れんな」
直接の原因がそうであったとしても、醸造された不和は元々両国の間にあったのだ。エースロットとゴルドランの件が無かったとしても、戦争は時間の問題だったのではないかと悠には思えた。それにはエルフの多種族を見下す性質が多分に関係しており、その点で言うなら原因はエルフにある。
それに、200有余年の両国の死者の数はドワーフがエルフを遥かに超えていた。命を数で測るのは許されない事かもしれないが、より多くのドワーフをエルフが殺害して来た事は歴史的事実なのである。
「ただ、これだけは言える……こんな戦争には何の意味もない。ただただ憎しみ、恐れ、恨み、殺す。この200年でどれだけの命が失われた? これからどれだけ失われる? 相手の国の最後の一人まで殺し尽くすまで続けるのか? それで得られるものは何だ?」
悠の言葉は戦争を知る者としての、聞く者の心に問いかける力があった。
悠は戦った。大切な者達を守る為に。故郷を理不尽な侵略から守る為に。平和な世界を勝ち取る為に。
「恨みだけで戦っても何も残らんよ。無人の荒野で立ち尽くし、目的もなく惰性で生きるだけだ。世代が変わり、もはや当初の戦争の目的は失われ始めている。いい加減エルフもドワーフも憎悪の先を見つけなければならん」
沈黙するラグドールに悠の言葉は痛かった。今、ラグドールが何を一番望んでいるかと問われれば、それはドワーフの勝利ではなく、子供達の成長を見守る事の方が大きくなっていたのである。日々失われていく命は老戦士の心に安寧を求めさせたのだ。
「許しが必要だ。何もかもを許す神の如き寛容さなど存在せん。あったとしたら、それはまやかしに過ぎん。だから咎人達は贖罪を志し、いつか許される日を夢見て今日を生きるのだ。ファティマ、許しはある。罪を自覚し恥じ、誰かの為に力を尽くす事が出来るのなら、許される時はきっと来る。そう信じて生きる事こそが救いをもたらすと俺は信じている」
「ユウ……」
真っ直ぐに駆ける悠は迷いのない口調で言い切った。
「だから今、俺は戦う。世界を悪意で捻じ曲げんとする者達を滅する為に。救いを求める者達が救われる日を迎えられるように。世界の明日を見る為に」
ラグドールが足を止め、目的の部屋の前で悠に場所を譲った。悠は頷きファティマを下ろすと、右手に残った2本の指でレイラのペンダントを摘み、高く掲げた。
「レイラ、行くぞ!」
《了解!》
そして部屋は赤光に包まれた。
この後からエルフとドワーフ、それに主要キャラ達が入り乱れるので少々場面の切り替えが激しくなるかもです。