10-136 狂乱3
悠が目を覚ますと、部屋の中は剣呑な空気に満ちていた。と言っても身の危険を感じるという類の物ではなく、悠にとっては慣れ親しんだ感覚である。
であるので、悠は一つの確信を持って口を開いた。
「おはよう、レイラ」
《おはよう、ユウ。それで、ちょっと幾つか聞きたい事があるんだけどいいかしら? いいわよね?》
「ああ、俺に答えられる事なら」
微妙に早口のレイラの口調から感じられるのは指摘するのも憚られるほどの怒りの気配であった。既に覚悟を決めている悠は偽りは言うまいと心に決め、質問を待つ。
《じゃあ聞くけど、散々言ったのにこのボロボロの有様は何? 私は私が居ない時にユウが無茶するのが大嫌いだって知っているわよね? 何度も言ったものね? それにこのユウの腕枕で寝てる、魂が2つ入ってる子は誰? ついでにこの腕にくっついてる蛇娘はどこで拾ったの? 舐めた口を利くから黙らせたけど問題は無いわよね? それで今どういう状況なの? 答えて貰いましょうか!?》
機関銃の如き怒涛の質問に悠は少し思案すると、スフィーロとミトラルに視線を移したが、
《……我は悪くないぞ。決めたのはユウなのだ》
《《ヒェェ……レイラ御姉様、愚痴ーロと違って、本物。私、大人しくする》》
《誰が愚痴ーロだ!!》
悠が起きる前にレイラに極太の釘を刺されていたようで、悠へのフォローは無かった。やはり本物の相棒は一味違う。
と、現実逃避をしていてもレイラの追及は緩まないのは確定しているので、悠は問われた速度と同じ速度で答えた。
「死ぬほどの無茶はしなかったつもりだが、少々大げさな怪我になったのは俺の不覚だ。ここで寝ている娘はペコと言って、表に出ている人格は千年前に冒険者ギルドを興した特殊な才能を持つファティマ・ラティマという。腕に付いているのはミトラルという名の陸王ラドクリフの化身の一つで、理性を失って暴れていた所を倒し、以来俺の腕を棲家としている。少々俗世に疎いので常識を教える分には問題あるまい。今はドワーフの王都グラン・ガランでエースロットの死の真相を調べており、ドワーフ王家に4代前から受け継がれる才能が起因しているのではないかとファティマやミトラルと共に調査中だ」
《うん、半分も分からないわね、で?》
「うむ、要約すると……済まん」
《よろしい》
レイラがその気になれば悠との記憶の共有などお手の物であり、それでもあえて聞いたのは悠のその一言を聞く為であった。これは仲直りの為の儀式のようなものだ。
一通り怒りを吐き出し終えると、レイラは悠の記憶を読み、再び怒りを湛えた声音でミトラルに話しかけた。
《……ミトラル、ユウの怪我はあなたが原因なのね?》
《《謝罪! 深く、反省!!》》
《してなかったら原子までバラバラに分解している所よ。私に出来ないと思う?》
《《否! 御姉様、ラドクリフ、作った存在、遥か上! ガクガクガク……》》
神よりレイラが怖いミトラルは全面降伏で陳謝するのみであった。寝ている間にどんなやり取りがあったのか興味を引かれる所だが、レイラが起きたのなら早急に話を進めねばなるまいと悠はファティマを起こした。
「ファティマ、朝だぞ」
「ふが……?」
子供特有の深い眠りについていたファティマだったが、覚めてしまえば覚醒は早かった。
「ふぁぁ……おはよ、ユウ」
「ああ、おはよう。早速だが相棒が目を覚ましたのでな、お前も起きてくれ」
「相棒? あ、ひょっとしてレイラさん?」
《ええ、おはようファティマ》
「おはようございます。魂の居候、ファティマ・ラティマです」
即座におどけた表現が出来る辺り、やはりファティマもただ者ではなかった。下手に取り繕うよりもレイラにとって好感が持てる対応であり、しかも悠の助力をしているとなれば無碍にする理由はない。
《随分とユウがお世話になったみたいね、ありがとう》
「いえいえとんでもない! こちらこそ頼ってばかりで……」
初めて話すレイラは母のように、もしくは姉のように包容力があり、ファティマは流石悠の相棒だと感じ入っていた。どうやら悠の相棒の席は当分空きそうにないなと心の中で白旗を上げるが、悠はそんな心の機微には気付かず、現実的な提案を行った。
「まずは身なりを整えて今日の予定を組むとしよう」
「そうだね」
言うが早いが、ファティマは寝間着を脱ぎ、用意しておいた真新しい服に袖を通した。一応悠とは背中合わせにしてお互いに見ないようにしてはいるが、ファティマはともかく悠は特に何も思わないであろう。それが分かっているからファティマも気にせず着替えられるのだが、もう少し育っていればなぁと残念に思わなくもなかった。
悠も服を着替えると、早い内に聞いておくべきかとレイラに語りかけた。
「レイラ、これまでの流れは理解しているな?」
《ええ、勿論》
「ならば尋ねるが、昨日、俺はファティマの話に違和感を覚えた。普段は何も起こらないが、特定条件下で我を忘れるような、そんな力の話を聞いた事が無かったか?」
《幾つかあるわね。シャロンがそうだし……ああ、それと》
すぐに記憶を引き出したレイラはまず血に狂うシャロンの名を挙げ、その次に挙げた名が悠の違和感と完全に合致した。
《ミーノスの全身鎧女よ。今じゃ『不死身』なんて言われていたわね、ベルトルーゼ。昔大暴れしたんでしょ?》
悠がそれに対し返答しようとした瞬間、部屋のドアが荒々しく開かれた。
「大変です!!」
飛び込んで来たラグドールは真っ青な顔色で悠を確認すると、僅かに安堵の気配を漏らした。
「ご無事でしたか……」
「何があった?」
気付くのが僅かに遅かったかと悠の眉がミリ単位で顰められ、ほぼ予測通りの答えがラグドールの口から語られた。
「……クラフィール親方とギリアム親方が実験中の新兵器が暴走しました。装着者であるベヒモス様は牢獄を破り、破壊の限りを尽くしております!」
「ベヒモス……そうか、奴もまた王家の血を……」
「何か分かったのかい、ユウ!?」
「おそらく。だが、もはや悠長に語っている場合ではあるまい。レイラ」
『竜騎士』への変身と『再生』を要請する悠に対するレイラの返答は苦い。
《……変身だけなら無理矢理出力を上げれば可能だけど、『再生』は無理ね。非常に強力な魔力阻害効果が周辺に散布されているわ。性質としては反魔力と言うべきかしら? 使用するにはどこか魔力が隔離された空間が必要よ》
「そんな場所がおいそれとは……いや、ラグドールさん!」
レイラの求めに持ち前の頭の回転の速さを発揮し、ファティマはラグドールに呼びかけた。
「何だ?」
「あそこに案内して! ゴルドラン王とエースロット王が相討ちになった部屋!」
「む……しかし、あそこは陛下の許可無しには……」
「レイラさんが必要だって言うならたった今必要なんだよ! 勝手に部屋に入って怒られるのとドワーフが滅びるのとどっちがいいの!?」
普段ののらりくらりとした語り口からは想像出来ない剣幕でファティマはラグドールに詰め寄った。既に一刻を争う状況なのだ。
規律に反するのはラグドールにとって苦痛を伴ったが、それに殉じてドワーフが滅んでは悔やんでも悔やみ切れないと、意を決して頷いた。
「……分かった。ユウ殿、付いて来て下され」
「助かる」
「ユウ、しゃがんで!」
悠が反応すると同時にその肩に飛び乗ったファティマを連れ、悠はラグドールの背を追って走り始めた。危険はあるが、この場で一番安全なのは自分の側のはずだ。
「それで、何に思い当たったんだい!?」
肩の上から問うファティマに悠は自分の推測を述べた。
「ミーノスにベルトルーゼという女騎士が居るが、その女の才能が状況に合致すると思う。『狂戦士』……理性を失い、身体能力を異常に引き上げる才能だ。その力で当時6歳だったベルトルーゼは大人の兵士十数人を素手で半殺しにしてみせたらしい。もしそれが身体能力に優れるドワーフだったなら……」
「そんなの考えたくもないよ……」
しかも国内屈指の実力を持つベヒモスにそんな力が発動したなら、おそらく誰も止められまい。しかもベヒモスは新兵器とやらに身を包んでいるとなれば、それは災害と呼ぶに相応しい殺戮の嵐が吹き荒れるだろう。
破滅的な予感をひしひしと肌で感じつつ、悠は魔力隔離空間へと急ぐのだった。
ここまで書いてようやくスッキリ!
次回、ミトラルがまた責められます。