10-133 謎は謎を呼び……8
ハクレイと別れた後、悠達は再び資料室を訪れていた。昨日と同じくラグドールと離れ、今日はミトラルも交えた三者会議だ。
《《本当に、聡い娘。その予想、蓋然性、高い》》
「えへへ、褒められちゃったよユウ」
これまで集まった情報から導き出したファティマの推測をミトラルが認めると、ファティマは若干はにかんで悠に笑いかけた。
「シルバリオ王の迷宮探索の資料も見つかったしな。やはり迷宮を踏破する事で王が何らかの才能を得たのはほぼ間違いあるまい。あとはそれが何なのかが分かれば更に真相に近付けるはずだが……」
「何か知らないかい、ミトラルさん」
《《才能、能力、膨大。私、知ってるの、精々一割。死に関わる力、皆強い》》
ミトラルは才能や能力に関しての知識を持っていたが、その詳しい効果まで知っている訳では無かった。生命を作り出した本人であっても、ミトラルに許されていたのは発現率を変える事ぐらいであり、才能や能力をデザインしたのは別の高次存在である神々だからだ。
死によって種を作り替えるシャロンの『真祖』や損傷の度合いによって力を得るアルトの『勇気』、自分が死ぬか相手を殺すまで止まらないサイコの『聖戦』など、死に近付く能力は強力なものばかりである。
「そう簡単に特定は出来ないか……ミトラルさんが居れば答えが出るかと思ったんだけど……」
《《ミト(ラ)(ル)、詳しいの、種族の特性。才能、能力、知識、最低限》》
「仕方ないよ、みんな何でもかんでも知ってる訳じゃ無いんだから。私も『神覧樹形図』が無かったら……」
《《……聡い娘、長生き、しなかったか?》》
ミトラルの知識に無いだろうと、つい漏らした発言を取り上げられ、ファティマの表情が固まった。それは失策を侵した者の表情だ。
《《『神覧樹形図』、哀しい力。栄華求める、世の為尽くす、どちらにせよ、早世。使えば使うほど、寿命――》》
「言わないでくれ!!」
ファティマの制止は僅かに遅れ、悠は『神覧樹形図』の代償が何なのかを悟った。
『神覧樹形図』は寿命を削るのだ。だからこそ栄華を求めても世の為に尽くしても、結局は果たせずに早死にするとミトラルは言いたかったのだろう。もしファティマが死期を悟って残りの命を未来に託したのだとしても、それが潤沢に残されているとは到底思えなかった。
今にして思えば、ファティマはペコの肉体を借りてから、殆ど瞬間を切り取った予知しか行っていなかったのも、自分のか、もしくはペコの寿命を極力減らさない為だったのだろう。生前は回避していた恥を掻く羽目になったのも、詳細な情報が得られなくなったからに違いない。
《《……秘密、勝手に、喋った、ゴメン……》》
「……いいさ、どうせユウは薄々気付いていただろうしね……」
どことなくトーンの低い声で謝るミトラルにファティマは小さく首を振った。悠の察しの良さから、いつまでも隠しておけるとは思っていなかったのも事実で、それが今だったという事だ。
「……ファティマ、もう『神覧樹形図』は使うな。全てを見届ける前にお前が消えると、俺は嘘吐きになる」
「ユウ……でも……」
「誰かが死ぬ未来が見えようと、その責任をお前が負う必要など無い。人は自分の手の届く範囲の責任を取るのが精一杯なのだ。俺とて多少腕に覚えがあるだけで、どうにもならん事はある。この手をすり抜けていった命は多い」
まだ躊躇いのあるファティマに、悠は普段より力のこもった断固たる口調で言い切った。2本しか残っていない指は、握り締めても何も掴めそうになかったが、悠の目に諦めはない。
「それでも俺達は生きている限り前へと進まねばならん。『神覧樹形図』など無くても、お前には優れた頭脳と発想力があり、俺にはそれで十分だ。だから最後まで付き合え。今更途中下車しようとしても、俺が阻止するぞ」
「……『神覧樹形図』なんか使わなくてもユウが決めたんならきっと馬鹿な真似は出来ないんだろうね……」
諦める事を諦めた透明な笑みでファティマは胸を押さえた。この男はいつも自分の心の柔らかい場所を突いて来るのだ。
それがファティマには不快ではなかった。
《《……聡い娘、魂封じて、別人の体、入った。その方法なら、力、受け継げる。血脈に、継承、同じ。魂、一部、受け継ぐ》》
「え……あっ!?」
ミトラルの唐突な言葉でファティマは感傷から醒め、その言わんとする所を理解した。
「そうだ、そうだよユウ! 他ならぬこの私が別人の体で本来の才能を受け継いでいるんだ!」
「つまり……親の才能や能力を遺伝する確率が高いというのは、親の魂の一部をその子が受け継いでいるから、なのか?」
《《そう。特に、ドワーフとエルフ、人間より、力、受け継ぎ易い。親、強いなら、子、強い》》
ミトラルは僅かに感嘆を込めた口調でファティマに言った。
《《種族間、交流、技術、躍進させる。聡い娘の時代、そうだった。魂の保存、高等技術》》
「生憎、魂に合う器の持ち主が居ないとこうして体を借りて話すなんて事は出来ないけどね。先が見える私でも千年待たなくてはならなかったし、まだ世界には幾つか同じ物はあるかもしれないけど、多分、永劫に封じられたままなんじゃないかな」
「魂の牢獄か……」
「お、詩的な表現だね。まあ、入っていた本人からすると牢獄というよりは揺り籠みたいな感覚だったけど」
冗談を言える程度には気が紛れたらしいファティマは、表情を改めた。
「でも、やっぱり最終的な謎はその才能が何なのかなんだよなぁ……シャロンのように『真祖』だというのなら話は早いけど、別に戦争で死んだ王族の人達が吸血鬼になったなんて話は聞かないし、そんな事になったらグラン・ガランは吸血鬼の国になっちゃってるか滅びてるよね」
「吸血鬼になって狂ったゴルドラン王がエースロット王を襲ったという筋書きは無理があるな。ゴルドラン王はドルガンが見つけた時は瀕死だったはずだ。『真祖』ならそこからでも復活するし、血に飢えてドルガンを襲うだろう」
吸血鬼の特性についてはシャロンから詳しく聞いて知っており、そこまでの損傷は成り立ての『真祖』では理性を保てないと悠は断定していた。
「うーん……ゴルドラン王に原因があるのはほぼ間違いないと思うんだけどなぁ……普段は何も無くて、特定条件下で我を忘れる荒ぶる力……」
……チリッ。
独り言のように天を仰いで呟くファティマの言葉が一瞬、悠の記憶に引っかかった。
(……これに似た話を俺はどこかで聞いたのでは無かったか?)
そう思って記憶を探る悠だったが、密度の濃い毎日を過ごしてきた悠にとってそれは容易ではなく、掴みかけた記憶の尻尾はするりと悠の手から逃れていった。
「レイラが居ればな……」
「ん? 何か言った?」
「……いや、何でもない」
頼りになる相棒は、この所ずっと眠りについたままで未だに目を覚ましてはいない。もっとも、目を覚ましたら覚ましたで最初に言われるのは小言であろう。レイラは自分が眠っている間に悠が傷付く事を酷く嫌うのだ。
(とりあえず、今のファティマの言葉に違和感を感じた事は覚えておこう)
間もなくレイラが目を覚ますという確信が悠にはあった。問題は、事態がそれを待ってくれるか、である。
悠達が資料室で考察を深めている頃、ドワーフ大工房の奥でクラフィールとギリアムは巨大な甲冑の前で話し合っていた。
「明日の朝までには完成しますね?」
「……まあ、夜を徹すれば日が昇る前には作れるさあ。『機導兵』の弱点である状況判断能力を搭乗者が補う『機神兵』……王族専用で魔法制限下でも『機導兵』に命令を下せる伝達能力を持った指揮官機さあ。神鋼鉄製で魔法も武器も受け付けず、補助動力で普段の倍の力が出せる上、武装も盛り沢山。もしドスカイオス様がこれを纏えば、単騎でエルフィンシード陥落も出来るかもしれないさ」
ギリアムはその性能には太鼓判を押したが、表情は優れなかった。また不本意な物を作ってしまったという負い目がギリアムの口を動かす。
「……クラフィール、正直、これは危険さ。オイラ達はこれがどういう理屈で動いているのかも分からないさ。もし王族の方々に何かあったら……」
「今はこれがどうやって動いているのかなどという疑問は後回しです! そんな事はエルフを滅ぼしてからゆっくり考えればいい! あなただってそう思ったからこそこれを作り上げたのでしょう!?」
「クラフィール、オイラは……」
作り始めると手を抜けない職人の気質と言い訳しても、ギリアムが『機神兵』に心血を注いだのは事実だ。自分以外にはここまでの完成度には至らなかっただろうという自負はあるが、『機神兵』には理解困難な機構が多過ぎ、ギリアムの背筋を寒くさせるのである。何か自分がとんでもない間違いを犯したのではないかという、そんな思いが。
暗い予感を覚えるギリアムとは裏腹に、クラフィールは熱に浮かされた目で『機神兵』を見上げて溜息を漏らした。
「美しい……今はまだ解析には及ばないけれど、必ず解析して量産に漕ぎ着けてみせるわ。『機導兵』と『機神兵』が永遠にドワーフを守り続けるのよ。もう誰もドワーフを脅かせない、そんな世界が訪れるの……。ナザル、その守護神たる一号機にはあなたの名前を貰うわ。『機神兵』ナザルギアよ!!」
クラフィールは自分と『機神兵』しか目に入らないまま、自分の思考を纏めるように小さく呟いた。
「……万一の時の為に、試行は王族でも主流では無い方がいいわ。弱くては話にならないけど、王家には一人、普段は投獄されている者が居るものね。あの男にあっさり倒されてしまったけど、せめてこのくらいは役に立って貰わなければ……」
そう言って、クラフィールは笑った。
『神覧樹形図』の副作用、力の継続、策動するクラフィールと詰め込み気味な1話ですが、ミザリィはドワーフにも神鋼鉄を供給しています。一番上手く扱える種族ですので。
そろそろ十章も終盤ですね。




