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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-129 謎は謎を呼び……4

「ほあっ?」


ファティマが間の抜けた声を上げて目を覚ました時、悠の顔は夢と変わらず至近距離にあり、頭を預けているのは悠の腕枕であった。悠の胸板に触れているファティマの手を悠の体温が灼いているのが何とも言えず心良い。


……というような事を冷静に考えていられたのはほんの数秒で、しっかりと開かれ自分を見つめる悠の視線を意識した瞬間、ファティマの顔は一気に赤面した。もし、ファティマが夢の中と同じように大人の女性であったなら、完全に事後としか思えない格好だったからだ。


勿論、悠はそんな些細な事は気にしなかった。


「おはよう」


「普通に挨拶するなっ!」


握った拳が悠の腹を捉えるが、鍛え抜かれた腹筋は石のように堅く、殴ったファティマの方が顔を顰めた。


「くぅっ! こ、こ、この……女たらし!」


「朝一番から酷い言われようだが、一体何の事だ?」


「さっきの夢の中での事だよ!!」


「夢?」


その台詞に悠は微かに眉を顰めた。


「夢見が悪かったからと俺に当たられてもどうしようもないが……」


「しらばっくれても……え? アレレ? ……ね、ねえ、さっき私達さ、夢で喋ったよね?」


「……ファティマ、その夢の中の俺が何を言ったのか知らんが、精神世界と現実世界を混同していいのは子供の内だけにしておいた方がいいと思うぞ?」


「え? ええ? うえええ?」


冗談の気配どころか感情の気配すら皆無な悠に諭され、ファティマの頭の中は疑問符で一杯になってしまった。あの、とてつもなくリアルな夢は自分の妄想でしか無かったのだろうか? 意識的に罰を求める心と無意識に許しを求める二律背反した心が救われるのを求めて悠を具現化させ、如何にもこの男が言いそうな事を代弁させたのか? だとすると、全ては自分の願望の産物で、悠の行動も……


「わあっ!? ち、違う、今の無し!! 無しだから!!」


慌てて悠から離れ、手を振るファティマを新種の生き物を見る目で見ながら、悠は体を起こした。


「……まあ、寝ぼけるというのは誰にでもあるか。ちょっと待っていろ、着替えと湯を貰ってくる」


「う、うん……」


脱いでいた上着を羽織り悠が部屋を出て行くと、一人になったファティマはベッドの上を左右に転がって悶え始めた。


「くそっ、何で死んでからの方が恥を掻いてるんだよ! 私は夢見がちな思春期少女か!?」


よくよく考えれば、いくら悠が常人離れしていようと他人の夢にまで侵入出来るはずがないではないか。リアルに感じたのも、自分が知る悠を再現したのだから当然だ。


ファティマの身を焦がす羞恥の舞は悠が戻って来るまで続くのであった。




《惚けずに肯定してやれば良かろうに》


「精神世界は基本的に個人の聖域だ。ペコへの影響も鑑みて悪夢を祓ったが、みだりに踏み込んでいいものではあるまい。夢で済むならそう思っておく方が羞恥も少なかろう」


《どちらにせよ変わらんと思うがな……》


つまりはそういう事なのであった。




「では、『能力鑑定アプライザル』で証明は出来ないと?」


「ああ。この国で探す暇は無いし、ユウが連れて来る事も出来ない。勿論、外部と連絡を取るのも監視があるから不可能だよ。無理矢理監視を振り切った場合ラグドールは死ぬけど、妹ちゃんをまた親無しにする気は無いからね」


「……」


朝食や身支度を済ませた悠は昨夜思い付いた事をファティマに尋ねたが、その返答は否であった。悠を自由に行動させる事は、ラグドールの生命に直結する事態を招いてしまうらしい。


「せめてエリーちゃんの鑑定結果だけでも見られればと思ったんだけど、不審人物になってしまったキミの連れであるエリーちゃんが王族に近付けるはずもなく、失意の内にこの国を去る事になってしまう。無意味な賭けはしない方がいいね」


「では、いよいよ証明する方法が無いな……また資料を漁るか」


「焦りは禁物だよ。まだ調べ切れていない事も――」


と、ファティマが今日の予定を告げようとした所で客室のドアがノックされ、ラグドールの声が届けられた。


「おはよう御座います、ユウ殿……っと、ペコ」


「おはよう、入ってくれ」


「おはよーお父さん!」


「……」


素早く猫を被ったファティマの声に苦虫を噛み潰したような顔で入って来たラグドールだったが、流石に慣れてきたのか、すぐに表情を引き締めて畏まった。


「ゴホン、ユウ殿、あなたに面会を求めていらっしゃる方々が居られるのですが……」


「俺に面会?」


ラグドールの微妙に困惑した様子は、何故悠にその人物がコンタクトを求めているのかが分からないという種類のものであり、グラン・ガランに大して知り合いも居ない悠にも思い当たる人物は存在しなかった。ザガリアスやドスカイオス、ギリアムやクラフィールでないとしたら、わざわざ城に悠を訪ねて来るとも思えない。


「ユウ、資料は逃げる訳じゃないんだから、とりあえず会ってみたらいいんじゃないかな? 上手くすれば状況が動くかもしれないよ?」


「そう上手く行くものでは無いと思うが……ラグドール、相手は誰だ?」


悠の問いに、ラグドールは困惑を残したままの表情で答えた。


「それが……人虫族インセクトの方々なのですよ」


予想外の相手に悠とファティマは揃って顔を見合わせた。




「ユウ殿、こちらが一行のリーダーを務められておりますハクレイ様です」


「初めまして、ユウと申します」


悠が頭を下げる相手はドスカイオスとの戦闘に赴く時に見かけた人虫族の面々であり、正面に座るのはそのリーダーであるハクレイという名の娘であった。今は容姿を露わにしている一行は人虫族というだけあって異形というに相応しい者達ばかりである。


ハクレイ自身、額から生えた触角と部分的に外骨格が覆う肌、構造の異なる瞳を持ち、悠にどことなく蟻を連想させた。その背後に立つ男達は護衛に相応しく手首の辺りから鎌が生えている者や数本の蜘蛛らしき手足を畳んでいる者などが鋭い視線を悠に向けている。


「ハクレイ、です。ワタシ、まだ、ドワーフのコトバ、うまくないだから、ゆくり、しゃべて、くださイ」


若干人間とは声質から異なる音域の言葉で話すハクレイに悠は頷いた。


「分かりました。それで、ハクレイ殿は自分に何のご用でしょうか?」


「……あなた、ワタシ、こわくないカ?」


あまりに普通に尋ねてくる悠にハクレイはピョコピョコと触角を動かしながら逆に問い掛けて来たが、悠は表情を変える事なく答えた。


「人にも髪や瞳、肌の色の異なる者は居りますので。それと変わらぬと思いますが」


「……フフ、おもしろき、おかた。#☆%@★△?」


悠が本気で外見に拘りが無いのだと知ると、ハクレイは笑いながら背後を振り返り、護衛の男達に何事かを語った。それを聞いた男達は苦々しい口調で反論らしきものを口にしたが、更にハクレイが言葉を重ねると沈黙していった。


「ごめんなさイ。みな、アナタが、キケンだ、いいます。じんぞく、じぶんたち、いかい、うたがてる。それに、とても、つよいだから、あうの、あぶなイて」


「力だけに頼る者はその通りでしょう。だからこそ力を持つ者はそれを律する強い心を持たねばなりません。少なくとも自分は誰彼構わず力を誇示するような事はしていないつもりです。力とは、己を映す鏡ですから」


「……すこし、いいかた、むつかしい、です。が、いいたいこと、わかります」


力に頼る者はより大きな力を恐れるという悠の言葉を、ハクレイはゆっくり噛みしめるように頷いた。言葉は拙くてもリーダーを務めているだけあり、頭脳は明晰なようだ。


「アナタを……アナタと、あう、を、ねているあいだも、ずっと、おねが、してました。きょう、ようやく、きょか、もらえました。ユウ、さま、うで、まくて、みせて、くださイ」


「腕を?」


「はイ」


ハクレイの願いは少々不躾にも思えたが、その目に宿る必死の色に、悠は隣で黙っているファティマに声をかけた。


「……ペコ、袖を捲ってくれるか?」


「う、うん」


人虫族の容姿に少し恐れを感じているらしいファティマはペコの演技をしつつ、一人では袖を捲れない悠の右手に立つと、その袖を捲り上げた。


「ああ……やはり!」


そこに現れた『無限蛇ウロボロス』が変じた腕輪を見た途端ハクレイは席を立ち、一行揃って床に這い蹲ると、悠に向かって平伏したのだった。

半蟻少女のハクレイとその一行。ラグドールは慣れてますが、ファティマは初見で少しビビってますね。

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