10-126 謎は謎を呼び……1
「ユウ、水を差すつもりはないが……」
厳しい表情のザガリアスが全てを言う前に悠は頷いた。
「ああ、現状ではエルフとの戦争を止める気がないのは分かっている。だから俺はファティマと共に調査をしよう。それでもし有益な情報が見つかれば、その時は一考してみてくれ」
「良かろう、だが、あまり時はないと思っておいてくれ。エルフが『機導兵』に対応しつつあるというのなら、俺は王として決戦を急がねばならん」
ザガリアスの言葉は戦争指導者としては当然の決断であった。時を置けばエルフは更に『機導兵』に対して適応していくだろう。ならば、まだ練度が未熟な内に全力で攻めるという判断に誤りはない。悠がザガリアスから情報を得たように、ザガリアスもまたエンジュの失敗から情報を得ているのである。
悠達がやってきた事でエルフの命運は辛うじて長らえたが、未だ危地にあるのは変わらないのだ。そして、それはドワーフにも同じ事が言えた。ミザリィが持ってきた物品は悪意で形作られていると言っても過言ではなく、『機導兵』にも必ず何か仕掛けがあるはずだと悠は考えていた。もしかすると他にも何か与えられているかもしれないが、いくらザガリアスでも戦争の要になるかもしれない何かをエルフと交流のある悠に漏らしたりはすまい。
一応調査の許可を得て、悠はザガリアスの下を去るつもりで腰を浮かせかけたが、空の左袖をファティマが引っ張って制止した。
「ユウ、私が居るのだからそう急いて動くものではないよ。ザガリアス王にはまだ聞きたい事があるんだ」
「……そういえば俺も一つ失念していたな。この機会に聞いておこうか」
「何だ、答えられる事ならば構わんぞ?」
そう言いつつもザガリアスの表情が固いのは、質問者が悠とファティマだからだろう。どちらも並々ならぬ人物であり、その問いが軽いものとは思えなかったからだ。
その懸念通り、悠の質問は正しくザガリアスの急所を突いたものだった。
「亡きエースロット王の遺品を譲って貰いたい。これは遺族であるエースロット王の兄、アスタロットからの依頼だが、もし返還が叶うなら言い値で贖ってもいいそうだ。真っ当な申し出だと思うが?」
「っ!」
ザガリアスは身構えていたお陰でギリギリ表情に出さなかったが、視線が刹那ファティマに流れるのを悠は見逃さなかった。
「……悪いがその申し出は受けられん。理由も言う事は出来ん」
「……そうか……」
ザガリアスの答えはとりつく島もない拒絶だったが、だからこそ悠はそこに深い訳があると感じ取った。嘘で誤魔化さないのがザガリアスの精一杯の誠意であり、理由を語れないのは悠に言えない事情が絡んでいるからだ。その線で思考を進めれば――
「言えない事ならしょうがないね。じゃあ次は私の質問に答えて貰おうかな」
と、違和感に気付いたであろうファティマが悠の思考に割り込んだ。まるで含みのない子供然とした無邪気な顔だが、逆に何を考えているのか分からずザガリアスが心の中で身構えるが、ファティマの問いはザガリアスの全く予期せぬ方向からのものであった。
「ザガリアス王、ドワーフの王族はいつからそんなに大きくなったんだい?」
……。
「……ん? 済まん、質問の意味が分からんのだが……?」
本物の戸惑いを浮かべ、ザガリアスが逆に問うと、ファティマは腕を組み、軽く小首を傾げて言葉を足した。
「いやね、私が知っているドワーフの王族は別に他のドワーフと変わらない体格の方ばかりだったから純粋に不思議に思ったんだ。あれ? いつから王族の方々だけドワーフは大きくなったんだろうってさ。ドスカイオス王なんで凄いよね、絶対2メートル以上あるよ。千年前にはそんなドワーフなんて一人も居なかったのに」
「それ、は……ラグドール、お前は何か知っているか?」
質問に答えかね、ザガリアスは年長者であるラグドールに尋ねたが、ラグドールも首を振った。
「さて……私が知る限り、王族の方々は皆大きゅう御座いましたな。ゴルドラン様も偉丈夫と評するに相応しいお方でしたし、晩年はドスカイオス様と同じくらいだったかと……」
「へぇ……同じくらいかぁ……ちなみにゴルドラン様はお幾つでお亡くなりに?」
悠はファティマの目が一瞬細まったのに気付いたが、ここはファティマに任せようと成り行きを見守り、気付いていないラグドールの言葉を待った。
「確か、享年は480歳と記されておった。もし詳しく知りたいなら開示されておる資料が資料室にあるが……」
「いいね、次の目的地はそこにしよう。お邪魔様、行こうか、ユウ」
早口で会話を打ち切ると、ザガリアスは若干拍子抜けした顔でラグドールに頷いた。
「もういいのか……? ラグドール、一級の立ち入り制限がされていない場所であればお前の権限で通して構わん、便宜を図ってやれ」
「畏まりました」
「ではまたな」
既にドアに手をかけているファティマを追い、悠とラグドールも慌ただしく部屋を出て行くと、ザガリアスは一人思案に暮れた。
「……ユウの問いはあの亡霊の入れ知恵か? クラフィールに迂闊な真似は避けるように言っておかねば……しかし……」
聞かれたくない質問がどちらであったかと言えば間違いなく悠の質問の方だったが、ファティマの質問は何の意味があったのか分からないという点でザガリアスに薄気味悪いものを感じさせていた。
「王族はこの恵まれた体躯があったからこそドワーフの王として君臨してきたのではないのか? それとも、俺も知らない何かが……」
沈思黙考するザガリアスであったが、その答えが出る事はなかった。
資料室への立ち入りは一部の場所を除いて認められ、中に入ると開口一番、ファティマはラグドールに言った。
「お父さんは入っちゃダメな場所の見張りをしててよ。調べ物は私とユウでやるから」
「だから父と呼ぶなと言っておろうが!!」
「母と呼ぶ訳にもいかないでしょ。それに、私の事を公にしないつもりならお父さんって呼ぶのに慣れておかないとね」
「うぬぬ……!」
外から見た構図としては幼い娘に口で言いくるめられる無骨な父親だが、実際ラグドールでは口でファティマに勝てそうもなく、さりとて見せられない資料から目も離せず、不本意そうにラグドールはむっつりと腕を組んでその場に仁王立ちになった。
「さ、行くよユウ」
ラグドールを置いてファティマが歩き出すと、それなりに広い資料室の奥まで来てから悠がファティマに小声で話しかけた。
「……ここで作戦会議という事か?」
「さっすが、話が早いや。頭の回転が早い人間は好きさ」
ニッコリ、ではなくニヤリと言うべき笑みで振り返ったファティマは身長差のある悠を手招きし、人目を憚るように話し出す。
「……ユウ、どうもキミの欲しい物はそう簡単に返せる物じゃ無いらしいけど、エースロット王の遺品って何だい?」
「俺も頼まれただけであまり詳しくは知らんが、アスタロットは『月光』、いや、『無常月夜』という首飾りを所望していた。邪な目的ではないと言うから引き受けたが、単に弟の遺品を手に入れたいにしては不自然ではあったな……」
アスタロットは他の物品には一切興味を示さず、『無常月夜』だけを求めていた。それにどんな理由があるのかはアスタロット一人が知る事だ。
「……臭うな……その『無常月夜』の形状は? 一部でもいいからどんな機能を持っていたか分からないかい?」
「形状は円形の首飾りで、機能は……確か、装着者の生命を感知出来ると言っていたな。あくまで機能の一部だろうが、それでアスタロットはエースロットの死を知ったらしい」
「生命を感知、ね……なるほど……」
胸元のペンダントを弄りながらファティマの目が思案に沈み、これまでの話を統合し始めた。
「……アスタロットさんとやらは何やら秘密がありそうな弟の遺品が欲しい。一方、ザガリアス王は何か理由があって返せない。そしてドワーフは魔道具にかけてはエルフを凌駕する知識と技術を持っていて、そのトップ2人は何かを隠してる。これらを一本の糸で結び付けるのは強引だろうか?」
「……理論に飛躍があるかもしれんが、ザガリアスが理由を言えんのはこの戦争に関わりがあるからだと仮定すれば無くはない。しかし、肝心の機能が分からなければ使いようが無かろう。それに、隠されている事が多過ぎるな」
「そこを思考で補うのが知的生命体の特権だよ」
人を食った笑みを浮かべ、ファティマは更に言葉を続けた。
「今、世界は何かしらの存在から影響を受けている。それが顕在化したのがここ二十年の事でも、潜在的にはもっと前から干渉があったとしても不思議じゃない。私がザガリアス王にした質問にユウは疑念を持たなかったかい?」
「王族の巨躯化か? ……もしや、そこに何者かの干渉があったと?」
通りのよい会話にファティマは上機嫌で頷いた。
「ゴルドラン王から王族が巨躯だったのなら、彼の親に秘密があると見たね。およそ七百年前、4代前の王様の記録を探ろう。ついでに私の記憶違いと言われないように、それ以前の王族の方々の背丈が分かる資料を見つければ自説の補強にもなるよ。……でもねユウ……」
一変して真剣な表情になったファティマは悠と目を合わさぬまま目的の資料を探して歩き出し、背後に言い置いた。
「世界を滅ぼそうという陰謀はずっとこの世界の見えない所で根を張り、蠢いていたのかもしれない。今、悪意の種は一斉に芽吹き、血の花を咲かせる時が来たのかもしれないんだ。私の『神覧樹形図』は所詮枝葉末節を視ているに過ぎないんだから。巨大な漆黒の意志の前に、立ち向かえる人は多くはないよ……」
ファティマの預言にも似た不吉な言葉は、薄暗い資料室から更に光を奪っていくように闇に紛れていった。
ファティマは雪人寄りの人物なので、悠と割と相性はいいです。『神覧樹形図』よりもこの発想力と行動力で真実に近付いて欲しいですね。
……まあ、見当違いの可能性も多々あるのですが……。