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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-122 いつか、平和な空の下で4

「千年前に冒険者ギルドを創設したファティマ・ラティマか?」


「へぇ……一応私の名前は残っていたみたいだね。記録が散逸して余計胡散臭くなる分岐もあったのだけれど、通じるなら話は早い」


ニヤリと口元を歪め、ファティマは表情を改めるとドワーフ達に向き直った。


「今代のドワーフの皆様にはお初にお目にかかる。今はザガリアス王の御代になっているはずだから……私が謁見したドワーフの王ブレンギース様から6代を数えるのか」


「ブレンギースさま?」


ピコが疑問符を浮かべると、ミズラが出来たばかりの弟に解説した。


「ブレンギース様はザガリアス様の6代前の王様よ。最も長い在位を誇り、千年ほど前にこの国を治めていらしたのは確かだけど……」


「当時はダル・ガンダル大砂漠などは無かったからね。肥沃では無かったけれど、あそこは平原だったんだ。ギルド本部とドワーフ領は比較的近かったから細々とした交流はあったのさ。その箱は私がブレンギース様から直接賜った物だよ。ご懐妊されていたお妃様の次のお子様が男女どちらかという個人的な賭けで巻き上げたんだけど……それは流石に歴史には残せないか」


ペコの顔で人の悪い笑顔を器用に浮かべたファティマは、判断に迷うドワーフ達を尻目に悠に向き直った。


「千年前の亡霊はキミでも恐ろしいかい、ユウ?」


「退魔の術は心得ている。妙な真似をするなら祓うだけだ」


「実に頼もしいね。では、一度しゃがんでおくれ。この足ではついて行けないから肩車して欲しいんだ。多少恥ずかしいかもしれないが、羞恥に臆するキミではないんだろう?」


「……」


勇者と認められた悠がドワーフの子供を肩車して往来を練り歩くというのは想像だけでも実にシュールな絵面だったが、ペコの足と体力で悠について行くのは確かに大変だろう。そう考えた悠が無言で体を屈めると、ファティマはいそいそとよじ登った。


「ははっ、高いなあ!」


「暴れるな、右手しか無いんだ。落ちるぞ?」


「そうだね、その程度の未来は才能ギフトに頼らなくても容易に予測可能だ、妹ちゃんの安全の為にはしゃぐのはよそうか」


ファティマの小さい両手が悠の頭をホールドし、傍目には父親の肩に乗る幼い娘といった風情であったが、ニコリともしない悠と皮肉げなファティマの組み合わせはやはり違和感があった。


「では出発しよう。差し当たってここには用はないのでね」


「どこへ行けばいい?」


意味深な視線をクラフィールやギリアムに流し、ファティマは軽く悠の髪を引っ張った。


「陛下に会いに行こう……と言いたい所だけど今行っても2時間ほど待たなくてはならないから、どこかで時間を潰そうか。私もユウに個人的に話をしたい事もあるし、個室のある飲食店がいいな。ラグドールも私やユウの話を聞きたいだろう? いい店を案内しておくれよ」


「図々しい亡霊だな……」


「慎ましい亡霊を見た事があるのかな?」


悪びれないファティマに鼻を鳴らして返答すると、ラグドールはミズラに声をかけた。


「……ミズラ、ピコを連れて先に帰れ。その後陛下に先触れとして登城し、ユウ殿とラグドールが面会を求めていると伝えてくれ」


「分かりました。くれぐれもお気をつけて」


「兄ちゃんまたね! ペコが寂しがらないように夜は一緒に寝てあげてくれよ!」


「おっと、兄公認で同衾の許可が出たよ、ユウ。でもこの体じゃお礼・・は出来そうに無いね」


「……ペコの体で不埒な真似に及んだら即刻叩き出して引き裂いてやるからな……」


ファティマが言っている意味が分からずピコは首を傾げたが、ラグドールは疑いようのない殺気と言葉でファティマに極太の釘を刺した。他人をからかうのが趣味のファティマとラグドールはどうにも相性が悪いようだ。


「馬鹿な事は俺がさせんよ。ならばここで別れよう。クラフィール親方、ギリアム、世話になった」


「……用が済んだなら早く帰って頂戴」


「何だかよく分からないけど、気が向いたらオイラの部屋に遊びに来るといいさ。話を聞かせてくれるなら歓迎するさあ」


ファティマ出現後から妙に頑なさを増した無愛想なクラフィールと少し困ったようなギリアムに礼を述べ、悠達が部屋を出て行くと、ギリアムはクラフィールに顔を向けた。


「……クラフィール、多分隠しても無駄さ。ユウの側にあのお嬢ちゃんが居る限り、事情は筒抜けになってると思った方がいいさ」


「だから何だというのです!? ドワーフとエルフが戦争中である事に変わりはありませんし、休戦もされていません!! ならば私はその為に力を尽くすだけです!!」


「クラフィール……」


ギリアムの労るような視線を振り払い、クラフィールは血走った目を見開いて叫んだ。


「今更やめられるものですか! 『機導兵マキナ』が攻略されつつあるなら、なおさら『機神兵デウス・マキナ』の完成を急がなくてはなりません! もう本体はほぼ完成しているのです、あなたでも邪魔はさせませんよ、ギリアム!!」


「……邪魔はしないさ。でも、自分がよく理解もしていない物を使っているという事だけは覚えておくといいさ」


これ以上の会話は無駄だろうとギリアムも部屋を出て行くと、一人残されたクラフィールは床に膝をつき、震える我が身を抱き締めた。


「私は勝たなければならない……たとえどんな力を使おうとも!! その為に見守って下さい、お父さん、お母さん、ナザル……!」


憎悪に燃えるクラフィールの瞳は過去だけを見ていて、未来を求める光は皆無であった。




「ドワーフと言えばやはり酒だね。美味い酒がある店がいいな」


「たわけ、いくらドワーフでも子供が好き勝手に飲酒出来るほど甘くは無いわ!」


「子供の飲酒は成長に悪影響がある。ペコの体に負担をかけるのは許さん」


「はぁ……ヤダヤダ、堅物ばかりで冗談も言えやしない、っと」


ラグドールと悠の冷たい反応にファティマは悠の肩の上で肩を竦め、バランスを崩しかけて慌てて悠の髪を掴んだ。あまり運動能力は高くないらしい。


「千年ぶりの飲酒はお預けかぁ……」


「やはり飲むつもりだったのではないか!」


「だって、何の楽しみも無いままずっと微睡まどろみの中で過ごして来たんだよ? 多少は目を瞑ってくれてもいいじゃないか」


「甘味くらいにしておけ。ますます目立つぞ」


既に悠達一行の注目度は100%に近く、往来の誰も彼もが遠巻きに悠の事を見ていた。中でも悠の肩に乗るファティマに向けられた視線にはその身を案じる色が強く、微笑ましく見守る者は殆ど居なかった。


「おっと、笑顔笑顔と。えへっ♪」


ファティマが猫を被って悠の上で笑顔を振りまくと憂慮の視線は多少和らいだが、何故そんな所に居るのだろうという訝しむ視線までは緩和されなかった。元々脈絡が無く場違いなのでしょうがないのだが。


人々の好奇と疑念、そして嫌悪や悪意の視線を受け流し、ラグドールが選んだのは明らかに周囲の建物よりも立派な石造りの建造物であった。多少値は張るが店員の口も固く、野次馬が集まる事もない高級店である。


ラグドールが中に入ると、出て来た店主は噂の悠が子連れでやってきて驚いた様子だったが、ラグドールが自分の新しい娘だと告げると相好を崩して奥へと迎え入れた。


料理の選択はラグドールに任せ、ようやく腰を落ち着けると悠は開口一番、ファティマに問いかけた。


「あの様子だとクラフィールとギリアムは何かを隠しているのか?」


「鋭いね、ユウ。でも、あの場で問い詰めても無駄なのさ。特にクラフィールは絶対に口を割らないし、形振り構わず暴走されてはあの場に居る半数は死ぬ事になっていたんだ。だから彼らは後回しさ」


「いくらクラフィールでもそんな暴挙は……」


「分かるんだよ、私にはね。もっとも、分かっていてもどうしようもない事がこの世には多過ぎるんだけど……」


深い憂いを見せたファティマが悠に視線を向けた。


「例えば、シャロンだ。私は彼女が『真祖トゥルーバンパイア』になると知っていた。だが、それを止める手段はどこにも存在しなかったよ。彼女が生まれた時点でそれは遅かれ早かれ起こってしまう運命だったんだ。いや、宿命と言うべきか……」


唐突に上がった名に悠の思考が過去に遡り、解答を得て頷いた。


「そうか……シャロンは確か千年前に……」


「そう、私と同じ時代、同じ国で生きていたんだよ。だけど私には何も出来なかった。あんな可愛くて虫も殺せないような子が地獄を見ると知っていても、何もね。だが、最低の中でもマシな選択肢が幼くしてあの子を死なせる事だったんだ。あの時死ななければあの子はギルを従者にも出来ず、救われないまま心まで本物の怪物に成り果て、ユウ、キミが殺さなくてはならなかった。それほどにキミとシャロンの縁は深いのさ。千年後に殺すのも救うのも、キミの役目だ」




「だからシャロンが匿われていると密告したと?」




悠の指摘に、ファティマの瞳が底知れぬ闇を宿したように暗く、深まった。

ファティマとシャロン、そしてギルザード。予見者の苦悩と葛藤が語られます。

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