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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
1057/1111

10-119 いつか、平和な空の下で1

それから一週間、悠は面会謝絶かつベットの上の住人となる事を余儀なくされた。外部との連絡を断つ意味で魔法の封鎖は続いており、悠と連絡が不通になった蓬莱の雪人は苛立ちを真で晴らし(いつもの事である)、屋敷で留守番をする蒼凪は悠恋しさから大判サイズの手製の悠の絵を披露して屋敷の住人達を怯えさせ(いつもの事で(略))、戦後処理で忙しいバローは激務の合間を縫ってレインに再戦を申し込みに行って女性の日を理由に断られ(いつもの(略))、それぞれが悶々とした日々を過ごす事となった。


ではその中で誰が一番幸せだったのかと言えば、本人の意見は別にして彼女ではないだろうか?


「ほ、ほら、く、くち、口をお開けなさい!!」


「……王女殿下。再三申しておりますが、そこまでして頂かなくても食事くらいはもう自分で……」


「戦地でならまだしも、あんなはしたない食べ方をしてはいけません!! なんであんなに慣れているんですかあなたは!!」


ブロッサムの指摘した悠の手を使わない食事法とは、床に料理を並べ、足の指でフォークとナイフ、そしてスプーンを完璧に使いこなすという離れ技である。支える手も無いのにふらつく事もなく食事が出来るのは、当然ながら『竜ノ微睡オーバードーズ』の間に練習したからだ。食事のみならず、悠は足の指で掴めるものなら弓矢であろうと使いこなす事が出来た。突っ込まれると言い返せないので言わないが、ブロッサムは最初悠があまりに流麗に足で食事をするのを見て異国の正式な作法かと思ったくらいだった。


「ふ、不本意ですが、実に不本意ですが! 父様はあなたの世話は私がするようにと強く、それはもう強く念を押されました! ならば私はドワーフの女子の模範となって遺漏なくあなたのお世話をしなければいけないのです! ドワーフが客人の世話も満足に出来ないなどと思われてはグラン・ガラン王家末代までの恥と言うもの、分かったら口をお開けなさい! 私では不服かもしれませんけどね!!」


ドスカイオスはそんなに強く念を押していなかったと悠は思ったが、それを指摘してもブロッサムがますます意固地になるだけだと、悠は無難な指摘に留めた。


「いえ……不服では無く、過分だと申し上げているのですが……」


「そ・れ・と! 何度も言っていますが、敬語はやめなさい! 私の事はちゃんと名前でブロッサムと呼ばないともう返事をしませんから!!」


フォークで刺した肉の塊を悠に突きつけたブロッサムと悠は我慢比べをしているのかと思える時間、睨み合ったが、


「……」


「……!」


「……」


「……!!」


「……」


「……!!!」


「……ブロッサム、せっかくの食事が冷める。食わせてくれ」


「はいっ♪」


このまま時間が経過するのは不毛過ぎると悠が観念して開いた口にブロッサムが勇んでフォークを突き込み、悠は喉を貫かれる前に歯で食い止めた。殺気があったら蹴りの一発も返している所だが、ブロッサムに悪気はなく、だからこそタチが悪いのである。


(ユウ、この女、多分刺客だぞ)


(これで死んだら今まで俺の命を狙ってきた者達に申し訳が立たんよ)


ブロッサムは感情が高ぶると力加減が出来なくなるだけだ。この数日で悠はそれを思い知っていた。


悠に手ずから食事をさせるという、一部の女性陣からすれば血涙ものの偉業を成し遂げたブロッサムは、無言で咀嚼する悠にゴクリと唾を呑み込んで尋ねた。


「ど、どうですか!?」


「……美味い。よく味が染みていて米、水麦が欲しくなるな」


「そ、そうですか!! し、仕方ないですね、はい!!」


気合いの声は悠を貫かんとする意志では無いはずだが、やはり空を切る勢いのスプーンを悠は食い止める羽目になる。ブロッサムは必死に不機嫌を装っていたが、つり上がりそうになる口元は食事が終わるまで痙攣し続けたのだった。




ザガリアスが憮然とした表情で悠の客室にやってきたのはそんなある種の緊張感を孕んだ食事が済んでからの事であった。


「本当に食って寝るだけで回復していくな、お前は……実は人間じゃないだろう?」


「そういうザガリアスも満足に歩けなかったとは思えんが?」


「これでも一応王族だからな。高くて不味い薬を山と使われれば治りもするわ。それよりも、一つ俺にとって頭の痛い情報があるが、聞くか?」


「ああ、俺にとっては吉報かもしれんしな」


既に長年の友人であったかのような2人のやり取りにブロッサムは無意識に羨ましそうな表情を浮かべたが、ザガリアスにそれを揶揄するだけの余裕はなかった。


「ウチの馬鹿な妹が勝手に軍を動かして盛大に負けおった。グラン・ガランに帰れという俺の命令を無視し、爺から兵権を奪ってエルフィンシードを目指し、虎の子の『機導兵マキナ』の半数を失った上にエルフに捕らえられたそうだ」


「妹には苦労しているようだな」


「全くだ」


「な、何でこっちを見るのですか!?」


2人の視線にたじろぐブロッサムの反論を答えるまでもないとばかりに受け流し、ザガリアスは行儀悪く悠のベットに腰掛けた。


「はっきり言って斬首でも生温い。エルフが殺すと言うのなら殺せと言ってやりたいわ!! 爺は責任を感じて介錯は若にお願いしますなどと言いよるし、あいつ一人のせいで戦争計画が滅茶苦茶だ!! どうして俺があいつの尻拭いをせねばならん!?」


「お前が王で、エンジュ殿下が家族だからだな」


サイドテーブルに置かれた煎茶を一啜りし、悠はブロッサムに真顔で言った。


「ところで殿……いや、ブロッサム。俺は茶はもう少し薄い方が好きだ。濃い茶は口に味が残るのでな」


「じゃあ次は薄くしますね」


「茶の味などどうでもいいわ!!」


割と真剣な話をしているつもりだったザガリアスはベットを叩いたが、悠の応答はやはり平坦だった。


「気持ちは分かるが、或いはそういう事もあろうかとエルフ達は鍛えておいたからな。エンジュ殿下に良い補佐官が居ないのなら俺にとっては当然の結果に過ぎん。もうエルフは『機導兵』に頼り切って戦って勝てるほど弱くはないぞ。あちらにはザガリアス、お前と魔法無しでやり合っても容易に勝てぬ者が少なくとも4人は居るし、良い参謀も戻っている」


「全部お前が筋書きを書いたのか……それに参謀だと?」


ザガリアスの問いに悠は首を振って答えた。


「俺はそれほどの戦略家では無いさ。今回の戦争に関して言えば、筋書きは俺の世界の悪友が……実働面ではハリハリだろうな」


「ハリハリ? 聞かぬ名だな、人族の仲間か?」


ブロッサムの淹れた茶を受け取り、ザガリアスが気分を落ち着けようと一口啜るが、


「戻った、と言ったはずだ。俺の仲間だが、当然人族ではなくエルフで……そうだな、ハリーティア・ハリベルと言えば通じるか?」


「ブハッ!?」


出て来た名前に残らず口の中の茶をブロッサムに向かって噴き出した。


「キャアアッ!?」


「ゲホッ、ゲホッ!! ……な、何だと、あの忌まわしき『大愚者ザ・フール』は200年も前に死んだはずだ!!」


「死んだ振りをして人族の町で隠遁していただけだ。……それにしてもエルフの大賢者がこちらでは愚者か。名が体を表していると言えなくも無いが、あいつは愚者というよりは道化者クラウンと言うべきだと俺は思うが……」


「もう、何をするんですか大兄様!!」


「煩い! 今は大事な話の途中だぞ!!」


「ブロッサム、服が透けているから着替えた方がいいと思うが?」


「えっ!? や、やだ、もう、どこを見てるんですかっ!!」


いい加減、ちょくちょく脱線するんです会話にとうとうザガリアスがキレた。


「ぃやっかましいわ!!! 乳でも尻でも隠してサッサと出て行け!!!」


「ひゃん!?」


雷のような怒号に打たれたブロッサムは両手で胸を隠すとあっという間に部屋から立ち去っていった。


残されたザガリアスはもたらされた情報の数々に両手で頭を支え、大きく溜息を吐く。


「どうして俺が王になった途端、面倒事が押し寄せるのだ……」


「俺は情報をくれた礼のつもりで教えたのだが……考え事を増やしてしまったなら済まん。だが……」


顔を上げたザガリアスに、悠は鋭い視線を向けて言った。


「面倒事を減らしたいなら、エルフとの講和の橋渡しをしても俺は構わんぞ? エルフにはこれ以上の侵略を諦める代わりにエンジュ殿下の返還を条件にすれば落とし所になるだろう」


「それは出来ん」


それだけはきっぱりと迷いの無い口調でザガリアスは即答した。


「ユウ、俺はお前に恩も友情も感じているが、エルフには恨み以外は持っておらん。それは混同するな」


「……そうだな、お前の言が正しかろう。済まん」


「分かればいい。……少なくとも、エルフが過去の過ちを認めない内は戦争をやめる気は無いと覚えておいてくれ」


悠の頼み事ならば大抵のものは叶えてやれるザガリアスにも譲れない一線は存在した。悠とエルフはザガリアスの中では完全に別の物として分けられているのである。それは大多数のドワーフ達も同じだろう。


やはり過去を紐解かずして両者の溝を埋める事は不可能だった。


「それに、お前こそエルフの国など捨ててこの国に来てもいいのだぞ? なんなら本当にブロッサムあたりをくれてやっても俺は構わんが……」


固くなりかけた空気を解すようなザガリアスの言葉に、悠は首を振った。


「女に釣られて仰ぐ旗を変えるような男がグラン・ガランに住む価値があるとは思えんな。精々調べさせて貰おう」


「期待はせんぞ。ドワーフに後ろ暗い所など無いのだからな」


そう言って立ち上がったザガリアスは思い出したように悠に向き直った。


「そうだ、もし動けるようになったらギリアム親方を訪ねるといい。箱の事も気になるだろう? 立ち入りの許可は出しておこう」


「ああ、恩に着る」


「着るな。これは父上に勝ったお前の正当な報酬だ。ではな」


軽く手を上げ、幾分かすっきりした顔でザガリアスは客室を出て行った。

ブロッサムだけ幸せそうです。ちなみに、ブロッサムはエンジュとあまり仲が良くないので捕まったと聞いてもあまり動揺はありません。ドワーフ王族は男子は戦死しまくってあまり居ませんが、女子は戦場に出ないので一杯居るからです。


悠とブロッサムに翻弄されるザガリアスは不憫ですね。爺は死ぬー死ぬーって煩いし、いい加減にしろと言いたい気持ちは分かります。不憫枠期待の新星(他は真やルーファウス、モーンドなど)。

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