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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-114 死中の活2

それからしばらくしてこっそりとブロッサムが後ろ手に戻った時、悠のウォームアップは完了しているようだった。背中を向けている悠に少し得意げな顔のブロッサムが口を開こうとした時、それに先んじて悠がクルリと振り返った。


「時間か?」


「ぅぁっ……」


ブロッサムが足を忍ばせた程度で悠の背後を取る事など不可能なので悠にとっては何の意図もない普通の事だったのだが(実際、足音はそんなに忍んでいなかった)、ブロッサムはまたもしてやられたと下唇を噛み締めた。


「~~~っ!!」


「何を怒っている?」


「怒ってません!!」


怒っている者に怒っているかと聞いてまともな返答があるはずもなく、頬を膨らませたままブロッサムは牢の前まで来ると、後ろ手に持っていた物を隙間から乱雑に突き出した。


「ん!」


「ん?」


「んっ!!」


説明も無く差し出されたのは悠には見慣れた物品であった。多少破損はしているが、微かな虹色の光沢を滲ませるそれは悠の愛用の小手ガントレットだ。


ドスカイオスに許されたブロッサムの悠への権限は食事や治療の他に慰撫の為の女性や武装までも含まれており、その範囲は広い。同じ女として人族の囚人に娼婦の世話までする気はブロッサムには無かったが、悠の一貫した行動に何も思わないでもなかったブロッサムは、せめて武装の一部だけでも返してやろうかとギリアムの下に走ったのである。持っていたのがクラフィールであったならそう簡単に貸与は叶わなかったかもしれないが、ギリアムはブロッサムに嬉しそうな顔を向けると、何も言わずに小手をブロッサムに差し出したのだった。


ブロッサム自身、何故そんな気になったのかは正確には分からなかった。人の質問にまともに答えようともせず、口ばかり達者で(とブロッサムは思っていた)頑固な悠には今でも怒鳴りつけたい怒りが燻ぶっている。


だが……とブロッサムは思う。


(いけ好かない嫌な男だけど、この男は父様を前にしても怖じ気づいたりはしなかった……なら、それをどこまで押し通せるのか見せてみるといいんだわ。壊れた腕に壊れた防具があるくらいで何かが変わる訳じゃないんだし……)


靴の方ではなく小手を持ってきたのはそんな理由からだ。


悠は相変わらず感情の読めない目で小手を見つめていたが、つと視線をブロッサムに向けると、深々と腰を折った。


「感謝する」


「っ……」


悠のこういう所もブロッサムの感情を複雑にするものの一つだった。食事や治療に際し、途中でどれだけ憎まれ口を叩こうと、悠が感謝の言葉を欠かす事は無かったのだ。単に取り入ろうという、へつらいを伴ったものであればブロッサムも下種な男と切って捨てるだけだが、悠の言葉にそれらの成分は皆無で、だからこそブロッサムを苛立たせた。


「……手を出しなさい。その手では自分では付けられないでしょう?」


「ああ、済まんが頼む」


「そうです、精々感謝なさい。ドワーフにおいて女が男の――」


と、ブロッサムは自分の行動がどういう意味を持つのかに気付き、瞬時に頬を紅潮させ固まってしまった。


ドワーフ社会において戦装束の準備を手伝うのは強い信頼を置いている者に限られ、それが異性であれば妻か、将来を約束した相手にしか行わない慣習であった。たとえ小手だけとはいえ自分から言い出してしまったブロッサムは羞恥のあまり叫び出したい衝動を必死に堪えていた。そう考えればギリアムの笑顔も別の意図があったようにすら思えてくる。


アスタロットにドワーフの習俗を習っていた悠もそれは知っていたが、別種族である人間に適用されるとは思っていなかったし、状況的にも該当するとは考えてもいなかったので、単にブロッサムが付け方が分からないのだろうと思って口を開いた。


「まず留め具を外して上から被せてくれ。後は閉じて嵌め込めばいい」


「わ、分かっています!!」


促されて金縛りから解放されたブロッサムは「これは例外、これは例外」と呟きながら小手を装着させると、2日ぶりに悠の手に慣れ親しんだ感触が戻った。


竜騎士鎧以外に蓬莱で固定装備を持たなかった悠だが、カロンが心血を注いで作り上げた小手は体の一部であるかのように悠の手に馴染んでいた。


妙に赤いブロッサムはいつもの睨むような視線を悠に送っていたが、悠は口調を改めてもう一度頭を下げた。


「これまでのご厚意に改めて感謝致します、王女殿下。もうまみえる事も無いかもしれませんが、殿下の施しの数々は忘れません」


負ければ当然会う機会など無いし、勝っても会えるとは限らない状況である。ブロッサムが気にしないので言葉を崩していたが、言われたブロッサムはとうとう堪りかね、悠に怒鳴った。


「な、何なんですかあなたは!? 私は父様に言われたからやっていただけです!! だ、大体、あなただって死にたい訳じゃ無いのなら情報を吐くなり命乞いをするなりしたらいいじゃないですか!! 死ぬと分かっている人に感謝される私の身にもなりなさいよ、バカッ!!!」


裏表の無いブロッサムには言いたい事を腹に溜めているのが辛かったのだろう。肩を上下させ涙ぐむ姿は年頃の普通の少女でしか無かった。


「……」


「グスッ……牢を開けますから、付いてきなさい」


謝罪は更にブロッサムを傷付けると悟った悠は無言で頷き、静かな牢獄に鍵の外れる甲高い音が響き渡ると、悠は牢から出て、しゃくりあげるブロッサムに従い歩き出したのだった。




階段を上がるとドワーフの兵士達が待ち構えており、悠は前後左右を完全武装の兵士に囲まれて移動する事となった。


「舞台となる円形闘技場コロシアムまでは徒歩での移動になります」


静謐な空気を漂わせる大伽藍を抜けると、そこにはようやく目にする事が叶ったグラン・ガランの街並みが見え、多数のドワーフ達が悠を一目見ようと押し掛けていた。


「へえ、人族って言ってもちょっと大きくて細いだけで俺達と変わらないな」


「腕が4本あるって聞いたけど、1本だけだね?」


「あんなナリでちゃんとした戦いになるとは思えないわ」


「$●¥#%◇※☆?」


「◇#★&%☆」


そんな不躾な会話の中に解読不能の言語が混じり、悠がそちらを見ると、そこには異様な頭部を僅かに晒したローブを被った一団の姿があった。


硬質で光沢のある外皮、はみ出た触角というだけで悠よりよほど人間離れした彼らは昆虫と人間を掛け合わせればこうなるのではないかと思われるような容姿を持ち、悠について何事かを話しているようだった。


「あそこに居る者達はドワーフには見えないが?」


「あなたには関係ありませんが……あちらにおいでになっているのはラドクリフ連合の人虫族インセクトの方々です。彼らとドワーフは交流を持っていますから、向こうの鉱物や特産品とドワーフの武具や材木などをやり取りしているのです。わざわざ遠くから島伝いに海を渡っていらっしゃるので戦時協力などは不可能ですが」


ラドクリフ連合と言えばもう一つの大陸の過半以上を制する、世界一の大国家だ。最大の領土と最大の人口で魔族と鎬を削り合う、悠の次なる目的の地でもある。


やはり使う言語が全く異なり、レイラのサポートが無い今の悠が彼らと交流を持つのはあらゆる意味で不可能だった。そもそもドワーフが許可しないだろう。


ドワーフとの交渉が上手く行けばいずれ機会もあるかと思い直し、悠がドワーフの間を歩いていくと、遠くに巨大な建造物が見えてきた。おそらくあれが円形闘技場であろう。


と、その入り口付近で子供達の一団が兵士と何事かを言い争っているのが目に入った。


「だからぁ、あの兄ちゃんはおれたちをたすけてくれたんだって!」


「あのな坊や、そんな事を言われてもどうしようもないんだよ。王様が決めた事なんだ、悪いけど諦めな」


「あきらめたらもうあえないじゃんか! 話しくらいさせてくれよ!」


「だったらここで待ってれば声くらいは……お、ちょうど来たみたいだぞ? ほら、行った行った」


先頭に立って交渉していたピコが近付いて来る悠に気付くと、パッと表情を輝かせて妹のペコや他の子供達と駆け寄って来たが、悠を囲む兵士達の壁に阻まれた。


「それ以上罪人に近付いてはならん!」


「兄ちゃんはざいにんじゃねーよ!!」


「それはこれからこの男が衆目の前で証明する事だ、子供が口を挟む事ではない!」


兵士に凄まれては子供達も威勢を保つのは難しく、ピコも悔しそうに顔を顰めたが、そんな中でペコが空気を読まない平静な表情で悠に語り掛けた。




「ユウ・カンザキ」




ペコが口走ったミーノス公用語を解するのは悠だけだったので、ペコの言葉を理解出来たのは悠だけだったが、そんな悠もペコに自分のフルネームを語った覚えはなく、ペコがまたトランス状態である事を瞬時に悟り、その言葉に耳を傾けた。


「時間がないから手短に言おう。最大の試練に打ち勝ち、箱を開けたまえ。それが私と君を繋ぐ糸になるだろう。……か細い糸だがね」


「こら、罪人の足を止めるな!」


兵士の一人がペコをピコの方に押しやると、ペコはキョトンとした顔でピコを見上げ、兵士の怖い顔を見てその背後に隠れた。


「何だ、あの子は何を……?」


「いや、何でもない。ピコ、ありがとう」


「しぬなよ兄ちゃん!」


「任せておけ、相手が誰だろうと俺は勝つさ。その約束は破った事は無いんだ」


疑問符を浮かべるブロッサムを尻目に、悠は力強くピコに約束しその場を後にしたのだった。

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