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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-109 溺れる者共9

エルフの『機導兵マキナ』への的確な対処によって傾いた流れはエンジュの起死回生を期した突撃の失敗で決定的となり、ドワーフ達は我先にと戦場から逃げ出し始めた。死者自体は1千を超えない程度であったが、何をやっても通用しないという敗北感が彼らに闘争ではなく逃走を選ばせたのだ。戦って死ぬ事を誇りとしていたドワーフの勇姿は、もうどこにも見つけ出す事は出来なかった。


その頃、主戦場ではエルフ達が最後の後始末を行っていた。


「よし、縄をかけて動きを封じたら背後から行くんだ! 孤立してる奴からだぞ!」


追撃に向かったバローに代わり探索者ハンター達を率いるゲオルグは手早く指示を出し、『機導兵』の回収・・に当たっていた。


これがハリハリの対『機導兵』の最後の策である。


まず、泥沼に嵌って動けなくなっている個体に離れた場所から縄をかけて完全に攻撃力を奪い、背後から近付くと、頭から『冒険鞄エクスパンションバック』を被せたのだ。


『機導兵』は動いてはいるが、生命体ではない。ならば動作中であろうとも『冒険鞄』に収められるのではないかという、一見突拍子もないハリハリの考えは正しく、『冒険鞄』は即席の捕獲器としての役目を果たした。後は半日もすれば魔石の魔力マナが切れ、安全に取り出せるという画期的なアイデアであった。


最初からそうしなかったのは、自由に動き回る個体が多数居る中での回収作業は危険過ぎるからだ。動ける個体が殆ど居なくなった今だからこそ効率よく安全に回収出来るのである。


「流石は大賢者様、時を経ても頭脳は衰えるどころか、益々冴え渡っていらっしゃる! やはり歴史に名を残される方は時代に左右されないのだな!」


感動しきりのルースは頬を紅潮させて戦闘を振り返っていた。今では彼自身もⅨ(ナインス)の探索者として尊敬を集める身だが、大賢者ハリーティア・ハリベルに比べれば我が身など並べるにも値しないと尊敬の念を新たにしていた。


「ま、俺は気持ち良く暴れさせてくれるんなら誰だっていいがよ、あの野郎にバカにされないだけの戦果を上げられたから言う事ねぇな」


「こら、教官の事をあの野郎だなんて呼ぶんじゃないの。シバくわよ?」


腰を下ろしていたオルレオンの軽口に、ヴェロニカがキツい一瞥をくれると、オルレオンは肩を竦めて話題を変えた。


「何にせよ、これで『機導兵』の半分は片付いたワケだ。この調子で残りも片付けちまいてぇな」




「残念ですがそう簡単に事は運びませんよ。アガレスを攻めるならまた策を練り直さねばなりませんから」




オルレオンの言葉に応えたのは司令部に居たハリハリであった。『真式魔法鎧・エンハンスメントアーマー・カスタム』に身を包んだハリハリは穏やかな笑みを浮かべながらも侮り難い威厳のようなものが備わり、思わず3人は姿勢を正した。


「これは……大賢者様」


「いえいえ、楽にして下さい。あなた方はもう十分に働いたのですから」


そう言われてもエルフの生ける伝説になりつつあるハリハリを前にしては傲岸不遜を自認するオルレオンですら背筋を伸ばさない訳にはいかなかった。


「やはりユウ殿が見込んだ方々です、あなた方の奮戦のお陰で随分楽になりましたよ。もっと手間取る可能性も視野に入れていたのですが、死傷者も想定よりずっと少なくて済みました。改めてお礼を言わせて下さい」


「も、も、も、勿体無いお言葉です!!」


「あー……俺は別に大した事はしてねえ、ですよ」


「教官に教わった通りに動いただけです。が、お言葉は有り難く賜ります」


感極まって涙ぐむルースと対照的に居心地の悪そうなオルレオンとクールなヴェロニカを見てハリハリの笑みが深くなった。


「上官が側に居ては気も安まらないでしょう。ワタクシはこれでお暇しますよ。一応しばらくは周囲の警戒を怠らないように言ってあります。では」


それだけ言うとハリハリは踵を返し、戦場を後にした。わざわざ最前線に来たのは、自分の目で戦果を確かめる為だろう。


遠ざかる背中を見ながら、オルレオンは何気なく口を開いた。


「……やっぱりよ、あの人が次の王様になんのか?」


「何言ってるのよオルレオン、次の王様はナターリア様に決まってるじゃない。それにアリーシア様もまだご存命なんだから、その言葉は不敬よ?」


オルレオンを窘めるヴェロニカだったが、ルースがそこに口を挟んだ。


「しかし、ナターリア様はまだお若い。王位はナターリア様が継ぐとしても、摂政か宰相として実質的な最高権力者に就任なさる可能性は低くはないかもしれないぞ。伝説を目の当たりにした兵士達は異を唱えないだろうし、何よりアリーシア様もナターリア様も伴侶がいらっしゃらない。どちらかのお方とハリーティア様が縁を結んで王家の一員となられる事は十分に有り得ると思う。亡き先王陛下の無二の親友でもあるし、ハリーティア様の名声から考えても賛成が反対を下回る事は無いのではないかな。勿論私は賛成だ」


ルースの予測にヴェロニカも一理ある事を認めて頷いたが、それは一探索者である自分達が考える事ではないと軽く首を振った。


「まだ気が早いわ。戦争も終わっていないのだし、私達は全力で戦う事だけを考えていればいいのよ」


「まぁな。やれやれ、すっかり腕が痺れちまった。もっと上手く立ち回らないとこの先厳しいか……」


オルレオンが腕を揉みながら立ち去ると、その話もそれまでとなったのだった。




追撃には殆どのエルフは参加しなかった。今回上手く『機導兵』を撃破する事が出来たのは前もって十分な準備をしていたからであり、万一待ち伏せなどされてはせっかく死傷者を少なく抑えた意味が無くなってしまうからだ。なので、追撃にはごく厳選された人材が選ばれていた。


「追撃隊っつーよりは斥候隊だな俺らは」


「ま、規模からしてそうだろう。ハリハリも別にドワーフをこれ以上追い詰めようとは思っていないさ。目的は果たしたのだからな」


「本当にちゃんと退いたか確認するのが僕らの任務という事ですね?」


「必要ないと思うがね。あの無様な逃げっぷりが演技ならおひねりをあげてもいいよ」


(単にこの面子なら逆撃を食っても誰も死にそうにないと確信しているからだと思うが……)


バロー、ギルザード、アルト、デメトリウス、ロメロは特に急ぐ風でもなくドワーフ達が逃げた方向に馬を走らせていた。稀に負傷して逃げ遅れたドワーフ兵に襲われる事はあったが、たとえ彼らが万全な状態であっても討ち取れる面子ではなく、バローやギルザードが一太刀で仕留めた。


「もはや追撃、斥候っていうよりただの敗残兵狩りだな、こりゃ。ヤメだヤメだ、もう帰ろうぜ」


「そうだな、弱い者イジメをしているようで気分が良くない。ここで我々が何人か斬ってももうあまり意味が無いだろうね」


敵地に潜伏して寝首を掻いてやろうという気骨のある者も居ないなら、バロー達の任務は終わりだった。そろそろ日も傾き始める時間帯であり、夕暮れまでに帰るのならここらが潮時であろう。


と、そこでデメトリウスがふと視線を右に傾けた。


「ん……?」


「どうしましたかデメトリウスさん?」


「私の『生命探知ライフサーチ』に反応があったよ。数は3……いや、ロックリザードに乗っているから正確には4か。歩兵では無いなら士官級かもしれないが……どうする? 道から外れて逃げているくらいだから放っておいても問題は無いと私は思うが……」


この隊の隊長はバローであり、デメトリウスはあまりやる気のない口調でバローに問いかけた。バローも個人的には逃げるのなら逃げればいいと思っていたが、発見した以上は一応ポーズとして確認しておかねばなるまい。


「チッ、トロトロしやがって……仕方ねえ、そいつらを確認してから帰るぞ」


「やれやれ、運のないドワーフだ」


そんな風にボヤきつつ馬を下りて林の中に分け入り――バロー達は兵士2人と高級感のある鎧を纏った士官らしき人物がロックリザードに乗って逃亡を図っている場面に出くわしたのだった。




バロー達が彼らを発見する少し前に、ロックリザードで逃げていた兵士2人は這いずりながら逃げていたエンジュを見つけ恭しく保護したのだが、別に彼らはエンジュに忠誠心を抱いていたから助けたのではなく、あくまで保身の為にエンジュを保護したのである。彼らの責任を軽くする為に敗戦の責任を取って貰える士官が必要だという利己的な理由だったが、当然エンジュにはそのように伝えてはおらず、エンジュは九死に一生を得たと思っていた。


だが、バローらに発見された彼らは、重装備の3人乗りでは逃げ切れないと悟り、あっさりとエンジュを切り捨てる事を選択した。


「チッ、オラッ!」


「ぐっ!?」


裏拳でエンジュを殴り落とした兵士にエンジュは困惑の表情で怒鳴った。


「な、何するの!? あたしを連れて帰るんでしょ!?」


「うるせえ!!」


「キャッ!」


得物の石突でエンジュを小突き、兵士は成り行きを見守っていたバロー達に話しかけた。


「色々混じってるがエルフの敗残兵狩りだろ? この女は手柄になるぜ!」


「へえ……誰だコイツは?」


バローが話に乗ってきたと感じた兵士が黒い笑みを浮かべて言った。


「王女だよ、エンジュ王女だ。一応今回の指揮官だが……この無能のせいでとんでもない負け戦になっちまった。せめて連れ帰って責任を取らせようかと思ったが、逃げるのに邪魔なんでな、好きにしろよ」


「き、貴様ら、あたしを売るのかッ!?」


「オージョサマねえ……ロメロ」


喚き散らすエンジュを無視し、バローがロメロに確認を取らせると、ロメロは僅かに頷いた。


「女の士官とは珍しいが、確かに鎧に王家の紋がある。言動からして真実ではないかと思うが……」


「そうか。……つまり、手柄首はやるから見逃せって話だな?」


「……」


交渉しながらも、兵士達はいつでもロックリザードを走らせる事が出来るように密かに体勢を整えていた事にバロー達は気付いていたが、バローは面倒臭そうに手を振った。


「……ま、どっちでも構わねぇか。大将を捕まえたんなら十分だろ、お前らいっていいぜ」


「話が早くて助かるぜ!」


「このっ……裏切り者共めッッ!!」 


「アンタが悪いんだよ、エンジュ様。大して強くもないクセに威張りやがって! 死ぬ前にせいぜい可愛がって貰うんだな、ハハッ!!」


涙を流すエンジュに捨て台詞を放つと、兵士達は悠々とロックリザードを走らせようとし――




「おいおい、そっちじゃねぇよ。お前らが逝く・・のは、な」




2人同時に首に感じた熱を最後に兵士達の意識は無限の闇に落ち、目にも留まらぬ一足飛びで彼らの首を刈り取ったバローとギルザードが同時に剣を納めた。


「自分達じゃなく王女の命乞いをするような奴らなら見逃してやっても良かったんだがな」


「我が身が可愛いだけの下種なら斬っても構うまい。どっちでもいいとはそういう意味だよ。さて……」


ギルザードがエンジュに向き直った時、エンジュは何が起こったのか分からずに泣くのも忘れ、ポカンとした表情を浮かべていたが、首の切り口から血が噴水のように吹き上がったのを見て我に返り、ギルザードに見下ろされて竦み上がった。


「エンジュ王女、そこのバローはあまり女は斬りたがらないカッコつけだが、私は同性だから容赦はしないよ。大人しく付いて来るか、ここで死ぬか選んでくれるかな? 一応忠告しておくが、さっきの兵のような小狡い言動はと・て・も・好かないので言葉の選択には気を付けて頂きたい」


剣を抜いていないにも関わらず、冷気すら感じるギルザードに対し、エンジュに反抗するだけの気力は残されてはおらず、


「ししし従います!! おね、お願いですから殺さないで下さいぃぃいッッ!!!」


うずくまって泣きながら助命を乞う事しか出来なかったのだった。

結局、捕まってしまったエンジュでした。が、帰っても明るい未来は無いので、逆に最後の最後でラッキーだったんじゃないですかね。今後見せしめに処刑されたりしなければ、ですが。

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