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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-107 溺れる者共7

目覚ましい勢いで駆逐されていく『機導兵マキナ』に、ようやくエンジュの危機感が勝利の欲求を上回ったのは開戦から実に2時間が経過してからの事であった。


合間合間で『機導兵』が優位に立つのではないかという展開になる度にズルズルと決断を引き延ばしていたエンジュだったが、どう見てもエルフは『機導兵』に対する万全の備えをしていた事は疑いなく、このまま見守っていても戦況が覆る事はもはやあるまいと決断するのにそれだけの時間を有したのである。


だが、それは諦めるという事とイコールで結ばれてはいなかった。


「これ以上見てられないわ!! 魔法が使えないのは確かなんだから、全軍で突撃するわよ!!」


「で、ですが、正面からでは『機導兵』の二の舞に……!」


「アンタバカなの!? 正面がダメなら迂回すればいいでしょ!!」


エンジュは新たな戦力の投入によって戦況をひっくり返すという強攻策を決意したのだ。単純にエルフとドワーフを接近戦の能力で比較すれば、やはりドワーフがエルフを大きく上回るのだから、魔法が封鎖されてさえいればさしたる被害も出さずに勝てるはずだという計算であった。


(まだあたしは負けてない!! 『機導兵』は魔法さえ止めてくれればそれで……!)


急いで斥候に探らせた結果、右側は切り立った岩山になっており軍の通行に適さないようだと報告で明らかになったので、エンジュは軍を湖のある左側へと迂回させる事に決めた。多少時間は掛かるが『機導兵』を全て破壊し尽くすにはまだ幾らか猶予があり、今すぐに行動を起こせばまだ互角以上に持ち直せるはずだ。シルフィードの陥落までは残念ながら諦めるしかないが、ここでエルフの主力を叩いておければシルフィードはほぼ丸裸になり、後日の再侵攻で簡単に占領出来るだろう。その時、誰に功があったのかは自ずから明らかになるはずだ。


――後から見ればエンジュが決断を下したこの時が、ドワーフの決定的な敗北を決めた瞬間であった。


この期に及んでエンジュは欲を優先させるべきではなかった。予定にない劣勢の中で挽回の機会を窺うにはよほどの軍才を必要とするものであり、それ以前に予定にない劣勢などという場面に軍師は軍を導いてはならないのだ。画期的な新兵器が多大な戦果を上げるのは軍師の想像を超えているからであり、分析されてしまえばただの一兵器に成り下がるのである。ましてやハリハリは理知的な思考が出来る樹里亜や、敵であれば容赦しない雪人と協議を重ねて今回の戦闘に望んでいた。


軍師とは現実主義と悲観主義を友とし、楽観主義を排除せねばならないのだが、えてして勝ちたい者ほど有利を重視し、不利を軽視するものだ。どうしても勝ちたい戦いがあるのなら都合の悪い情報から目を逸らさず、勝ち筋を見つけ出さなくてはならない。


そういう意味で言えば、エンジュ一人を責めるのは酷な話かもしれない。エンジュをはじめとしたドワーフ達は誰も今回の戦いに負けるとは露ほども思っていなかったのだ。軍師も参謀もおらず、ただ漫然と付いてきた他のドワーフに非がないとはとても言えまい。


それでもエンジュが最も大きな責任を負っているのは動かし難い事実であった。勝った時には惜しみない賞賛を、負けた時には耳を塞ぎたくなるような侮蔑を甘んじて受けるからこそ指揮官は指揮官足り得るのである。


ドワーフの動きは周囲に斥候を放った時点でハリハリの監視網に引っかかり、本隊が行動を開始する前には司令部のハリハリの下に届けられていた。


その報告を聞いたハリハリの表情は、隣のナターリアが一瞬言葉を失うほど急激に、平坦なものになった。


「ユキヒト殿の言う通りになりましたか。『機導兵』の損害だけで済ませれば余計な死者を出さずに済むものを……!」


「小父様?」


おずおずと話し掛けたナターリアに気付いたハリハリは独り言を噛み殺し、苦い笑みを浮かべてナターリアに向き直った。


「陛下、どうやらドワーフ達は痛みを感じなければ退けないようです。ここで一気に決めましょう」


「では、例の部隊を?」


「はい。エルフの魔法の真価を今一度ドワーフに味わって貰います。ドワーフ本隊が居なくなれば『機導兵』もすぐに片付くでしょう」


そこで一度言葉を切り、ハリハリは表情を改めた。


「……陛下、この戦いを忘れないで下さい。命懸けで戦うのが兵の役目ですが、将は無駄に兵を死なせてはなりません。愚かな将はいつか必ず兵に見限られます。退くべき時に退くのは恥でも何でも無いのですから」


「大賢者のお言葉、しかと胸に刻みました」


ナターリアもかつては戦場で功をあげる事を夢見ていたが、規格外の者達を知った今ではとてもではないが個人の武功を誇ろうなどとは思わなくなっていた。そんな事が出来るほど自分は強くないのだと身に染みて理解したし、代理とはいえ王である自分のやるべき事は国を守り、兵を無事家に帰してやる事なのだから。


静かな司令部とは裏腹に、戦闘は佳境へと突き進んでいったのだった。




「……ああ、直に戦争がしたい」


「いきなり何言ってんですか……」


机に足を乗せたふてぶてしい格好で、頭の後ろで手を組んだ雪人が不穏当極まりない台詞を吐くと、流石に無視も出来ずに真は呆れた声で窘めた。


「もう十分戦争はやったじゃないですか。これからは軍縮の時代ですよ」


「馬鹿、いくら軍が縮小されようが俺やお前は一生逃れられんのだぞ? ならば養った知識を活かしたいと思うのは当然の欲求だろう。半端に策だけ求められるのは生殺しというものだ」


「半端だろうと何だろうと役に立っているんですからいいじゃないですか。それに自分は一生軍人と決まった訳ではありません」


真の生真面目な意見を雪人は鼻でせせら笑った。


「ハッ、何を言っているのやら。軍の人事権は俺の物だ、お前が辞めたくても受理などせんからな。一生こき使ってやる、賭けてもいいぞ」


邪悪な笑みでのたまう雪人に、真の首がガックリと折れた。反論などしても無駄なのは長い付き合いでよく理解していたので、真は微妙に話題を逸らして質問する。


「ですが、余所の世界の戦争にまで口を出して良心の呵責を感じませんか? 今回もまた悪辣な策を練っていたようですけど……」


「全く感じんな」


事実、爪の先ほども悪びれた様子もなく雪人は即答した。


「俺が言わなければ死ぬのがドワーフからエルフに変わるだけだ。命が等価値ならば、どちらが死んでも結局は同じ事だろう? 俺は悠の奴がエルフの側に居るからエルフに助言したのであって、それで何人死のうが知った事か。その責任は今戦場に立っている奴が負えばいい」


雪人の言葉は過激で酷薄だったが、ある種の公平性を保った発言であった。現地に行っている悠はともかく、雪人には献策の責任など取りようがないのだ。雪人の策で多数の死者が出ても、それはアーヴェルカインで採用した者達が責任を負うべき話であり、気に入らないなら採用しないか、そもそも聞かなければいいのである。


或いは、雪人の最初の発言は無責任な献策だけで済む立場ゆえの苛立ちから出たものだったのかもしれないと真には思えたが、それを指摘しても雪人は決して認めないだろうし、単に内なる鋭気の捌け口を探している可能性も否定出来なかったので曖昧に頷くに留めた。


「まあ、そうかもしれませんね……」


「大体な、俺はもっと目に見える形で被害を出す策を最初に伝えたではないか。それを戦後の復興に障るだの、環境を破壊し過ぎるだのというからもっと穏便な次善の策を教えてやったのだ。やあ、我ながら聖人の如くではないか」


(破壊神か何かじゃないかなこの人……)


最も効率のいい大量虐殺案を最初に提示する雪人の楽しそうな様子を思い出し、真は密かに溜め息を吐いた。雪人がそれらを受け入れられないと分かっていて、それでも毎回懲りずに提示するのはプレゼンの手法としては正しいのかもしれないが、趣味や嫌がらせを多分に含んでいるのも間違いあるまい。


「今くらいの策でちょうどいいんですよ、あまり周囲を怖がらせないで下さい。ただでさえ真田先輩は誤解されやすい性格なんですから」


「俺が機嫌を窺うのは女を口説く時か、ごく僅かな例外だけだ。それは知っている者が知っていればいい事で、有象無象にどう思われようが構うものか」


それに、と雪人は言葉を続けた。


「穏当だろうが不穏当だろうが、所詮は殺生の話だ。殺し方に良し悪しを求める方が人の身にはずっと僭越な事だと俺は思うがな……」


そう締めくくった雪人は物問いたげな真の視線を無視し、腹の上で手を組んで目を閉じたのだった。

戦争の陰に雪人ありです。

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