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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-105 溺れる者共5

エンジュとその私兵たる侍女隊、それにエンジュに呼応した若者達は続々とエルフ領へと雪崩込んでいた。


「進め進めえっ!! 今日は煩い年寄り共は居ないんだ、手柄を立てる好機だぞ!!」


エンジュの声に応えて若者達の表情が一層享楽めいた色を浮かべ、行軍が勢いを増した。生まれてからこれまで、忍耐と抑圧の中で生きてきた彼らにとって、戦えば必ず勝つという充足感と解放感は麻薬にも似た娯楽であった。


軍とは勢いである。どれほど優れた指揮官であろうと動き出した軍を即座に止める事は出来ないし、だからこそ軍師は事前にあらゆる可能性を模索し、策を練り、訓練を施し、可能な限り状況に即応出来るように軍団を鍛え上げるのだ。それによって軍は適時な行動を起こし、戦果を、或いは損害を増減させるのである。


今、ドワーフの軍は正面への突破力という観点で言えば、人間国家最強の軍の質を誇るアライアット軍すら上回ったであろう。恵まれた身体能力と高度な武器防具はいずれも人間に優越するものだ。魔法が封じられている今、人型種族ではドワーフこそが最強であった。


だが、戦ってどちらが強いかと言うならば、それは分からない。軍とは、戦争とは必ずしも量と質で勝る方が勝つと決まっている訳ではない事は歴史を紐解けば誰にでも理解出来る事柄である。


そこに介入するものとしては、大きく分けて2つの要素が存在する。


一つは士気。そしてもう一つは策だ。この2つによって劣勢をはねのけ、歴史的な勝利を手にした者は枚挙に暇がない。結局の所、戦争とは経過がどうであれ、最後に勝った方が強いという結果論が支配しているのである。


エンジュは『機導兵マキナ』という切り札の強さを疑っておらず、大多数のドワーフも大差のない認識であり、それがこの突破力の一因となっていたが、それを崩された時の事を考えている者はこの場には誰も居なかったのだった。




「ど、ドワーフだーーーッ!!」


姿を隠す事もなく未明から驀進ばくしんを続けたドワーフ軍がエルフ達に捕捉されたのは既に日が昇りきり、中天に差し掛かった時の事だった。これまで獲物たるエルフを発見出来ずにいたドワーフ達は警戒などかなぐり捨て、見張りと思しき小集団の後を追い始める。


それでもエンジュは一応現在地を確認し、『機導兵』の稼働時間とシルフィードへの距離を計るのを怠らなかった。


「……全ての『機導兵』を出すのは愚策ね。せめて相手の主力が見つかるまでは温存すべきだわ!」


少ない戦力に対して過大な『機導兵』を無駄遣いするのは愚かな事だ。『機導兵』ならば一体でエルフ20人は相手に出来るのだから、取りあえずは50体も動かせば十分だろう。この程度の戦術論はエンジュも心得ているのである。


一応、安全の為にエンジュは行軍速度を落とし、『機導兵』50体を先行させるべく解き放った。万一待ち伏せがあっても本隊にダメージは無く、逆にエルフ達に痛撃を与えるだろう。


動き出した『機導兵』達はエルフ殲滅の命を果たすべく、逃げるエルフ達の背を追って駆け出した。速度はそれほどでも無いが、軽快な挙動でじりじりとその距離を詰め始める。


遠くに見えるエルフ達は必死に足を動かしていたが、時折魔法が使えないかと振り返り、やはり発動しないと悟ると絶望的な表情を浮かべ、蹴躓きながら逃走に徹するようになった。


そんなエルフの醜態はドワーフ達を大いに満足させた。


「ハハハッ、見ろよあの有り様! 魔法が使えないだけでドワーフのガキ以下だぜ!!」


「あんな恥を晒すくらいなら、誇り高きドワーフなら自死を選ぶところだな!! エルフ共は恥知らずだ!!」


「全くだ!! おぉい、痛くないように殺してやるから逃げるなって!!」


揶揄する言葉に笑い声が広がり、戦場らしからぬ弛緩した空気がドワーフ達を包んでいた。森の木々が疎らになり始め、段々と見通しがよくなって来た時、先を行くエルフの一人が背中に担いでいた弓を外し、矢をつがえ、空に向けて放った。


笛のような高い音は矢に細工がしてあったのだろう、虚空に響き渡る音にエンジュの警戒感が刺激された。


「待ち伏せか!?」


間違いなく何かしらの合図だろうとエンジュは上がり始めていた速度を緩め、遂にそれを発見した。


一国の軍というに相応しい、夥しい兵が視界の遥か先に布陣している。残り全てとは言えないかもしれないが、間違いなくエルフィンシードの軍勢であった。


その数に、流石に一瞬頭が冷えたエンジュだったが、彼らの行動がその怯懦を吹き飛ばした。


「撤収、撤収!!」


「退け退け!! えぇい、早く退かんか!!」


ドワーフ達の姿を見るなり、あろう事かエルフ達は一合も交える事なく逃走に移ったのだ。それも整然とした動きとは程遠い、壊走と言うべき不格好さで、馬から落ちたり兵同士で衝突して転んだらしている者すら見受けられてはエンジュの躊躇は霧散せざるを得なかった。


「情けない……これが長年あたし達を悩ませてきた宿敵なの!?」


笑いを通り越して怒りすら感じられるエルフの醜態に、エンジュは伝家の宝刀を抜き放つ決意を固めた。せめて自分の覇道の礎になれと、あらん限りの声で命令する。


「全『機導兵』起動!!! このままあの軍を蹴散らし、シルフィードを落とすわ!!!」


待ちに待った全力突撃の命令に、ドワーフ達は一斉に『機導兵』の起動にかかった。空間収納から取り出し、動力源の魔石を埋め込むと『機導兵』達の目に光が灯る。


与えられたシンプルな命令に添い、『機導兵』は続々とエルフに向けて駆け出していった。2千近い『機導兵』なら、あの数のエルフであろうと恐るるに足りず、だ。


軍を布陣させる為だろう、エルフ軍が近くなるにつれ、木々は更に減って平野のようななっていった。遮るものの無くなった『機導兵』はいよいよ軽快にエルフ軍に肉迫するが……。




ズブッ。




息も絶え絶えという風に逃げていた見張り兵の後を追っていた『機導兵』の足が、突如として地面に深く沈み込んだ。それでも後続の『機導兵』達は止まらずその後を追い、次々と地面に呑み込まれていく。


「な、何!?」


その様子を見たエンジュは大きな混乱に陥った。何もない地面に足を踏み入れた途端、動けなくなる有り様はまるで魔法を用いたかのようだが、それは有り得ない。今は完全に魔法は封じられているはずなのである。だが、それ以外に納得のいく説明がエンジュには思い浮かばなかった。




エンジュが混乱している頃、ハリハリは司令部でいつもの笑みを浮かべてナターリアに語っていた。


「『機導兵』に近付かれると魔法は使えない。これはごく僅かな例外を除いてその通りでしょう。……ですが、逆に言えば『機導兵』の魔法阻害効果は時を遡行して効果を発揮するものではありません。ならばどうするか? 答えは簡単で、『機導兵』が居ない内に必要な魔法を使い準備を整えればいいのです」


「それがベームリューら『土将』軍にやらせていた工作ですか?」


ナターリアが尋ねると、ハリハリは嬉しそうにそれに応じる。


「はい。ベム君には近くの湖も利用して、軍が布陣している前方の土地を軟弱に変えて貰いました。『機導兵』がオーニール湿原で殆ど動けなかったのは既に知っていましたし、これを利用しない手はありません」


『機導兵』は決して完全無欠の兵器ではないと、今のハリハリは知っていた。その弱点の一つが脆弱な土地への不適応である。即座に破壊するような攻撃力は無いが、起動時間に制限のある『機導兵』は足止め出来るだけで即効性が見込めるのである。


「もう一つ、弱点というより欠点ですが、『機導兵』が命令に対し柔軟性を欠く事も見逃せません。一度命令を与えたら、彼らは壊れるか動力を喪失するまでそれに従います。ユウ殿とギルザード殿にいくら壊されても、『機導兵』は逃げ出したりしませんでしたからね。普通の思考があれば指揮官に対応を尋ねたりするような状況でも当初の命令に固執してしまうのは長所でもありますが欠点でもあります」


「命を惜しまない、兵器ゆえの欠点ですね……」


「そうです。このように、情報さえ出揃えば『機導兵』への対策はいくらでも立てられるのですよ。今回の戦闘でワタクシに立てられる策は全て投入しました。後は敵の指揮官がどの程度手の内で踊ってくれるかですが、歴戦の将たるザガリアス王子が指揮をしていないであろう事が救いです。かの御仁ならばもっと引っ掛けるのに苦労したでしょうからね」


わざと兵をもたつかせたりしてみたが、これがザガリアスであったなら焦臭さを感じて迂闊に飛び込んでは来ないかもしれないとハリハリは考えていた。もし簡単に引っ掛かったのなら指揮官はザガリアス以外で確定と言っていいだろう。あまつさえ頭に血を上らせて手持ちの『機導兵』を全投入するようなら相手の底が知れるというものである。


「『機導兵』には多少の学習能力があるようですが、さて……」


本格的に始まるであろう戦闘に目を凝らすように、ハリハリは遠く戦場を眺めるのだった。

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