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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-104 溺れる者共4

「前線より伝令! ドワーフ達は一直線に此方へと向かっているようです! 先頭には少数の『機導兵マキナ』を確認! 数に変化はありません!」


「結構、そのまま正面偵察部隊は全速で後退させて下さい。誘導部隊各班は肉眼で確認の後、行動開始。『対機導兵殲滅部隊マキナキラーズ』は警戒態勢に移行、魔法封鎖後は各隊隊長に従い戦闘開始」


「ハッ! 正面偵察部隊は全速後退、誘導部隊各班は肉眼で確認の後、行動開始、『機導兵殲滅部隊』は警戒態勢に移行、魔法封鎖後は各隊隊長に従い戦闘開始!」


緊迫した声音の伝令兵に対し、ハリハリはごく落ち着いた口調で命令を発した。指揮官の緊張は全軍の停滞に繋がると知るハリハリの余裕のある態度は幾分か伝令兵の緊張を和らげる事に成功した。指揮官は勇者である前に優秀な演者でなくてはならない。


その点では吟遊詩人としての経験も無駄では無かったかなとハリハリは内心で苦笑する。


(さて、あちらが隊を分けたりしているようなら偵察部隊に多少無理をさせる必要もありましたが、遮二無二進んで来るだけなら大丈夫そうですね。……舐められたものです)


ドワーフの行動に対し、思考とは裏腹にハリハリに怒りは無かった。高い地位を得た者に有りがちな安いプライドなど、ハリハリには既にどうでもいいものだった。むしろ、自分を馬鹿にして行動が読み易くなるのならいくらでも罵倒し蔑むといいとすら思っていたし、それで兵の損耗が抑えられるのなら泣き真似をしながら地団駄を踏んでやっても構わないくらいだ。ドワーフ達はさぞ喜ぶ事だろう。


――だが、代わりに勝利は譲らない。どれだけ無様を晒そうとも、それだけは此方が頂く番だ。


(頼みましたよ、バロー殿、ギルザード殿)


探索者ハンターと国軍の対『機導兵』部隊の隊長を務める仲間2人に、ハリハリは願った。




「そろそろ始まるみたいだな」


司令部からの伝令に、ゲオルグは隣のバローに声を掛けた。地べたにあぐらをかき、剣を抱いて目を閉じていたバローはその声にも目を開かない。


「……ふん、どうせドワーフの足じゃ昼くれぇまでは出番はねぇよ。あんま緊張すんなって言っとけ」


「そりゃ剛毅なこって」


自分達が抜かれれば王都を蹂躙されるかもしれないと思うと、流石のゲオルグも肌に粟立つものを感じていたが、バローはそのような緊張とは全く無縁のようだった。それは別に油断している訳ではなく、作戦の肝を熟知しているからだ。


「最初の一撃を最高の一撃にしなけりゃ意味がねぇから休んでるんだよ。逸る気持ちはその時までとっとかなきゃ、いざ戦う時に物の役に立たねえ」


「ハイハイ、隊長殿の言う通りだよ」


ただでさえ極度の緊張を強いる戦争という極限状態は倍々のペースで心身の耐久力を削り取ってしまう。そんな事はゲオルグも承知の上だが、わざわざバローが口に出したのには普段とは違う心の動きがあった。


シュルツが今回の戦争には参加を見送って不在なのだ。アスタロットとの会談以降、シュルツは何らかの理由で役割を放棄し、アスタロットの屋敷の住人となったままであった。


シュルツが不在でもギルザードが居れば分担して教官を担うのに不備は無いのだが、よほどの理由が無ければあのシュルツが途中で役割を降り、存分に力を発揮する機会を逃すなど有り得ず、それがバローの胸に小さな棘となって抜けずに残っていた。


戦友などとクサい事を言うつもりはないし、女だからと気遣うような間柄ではないが、言ってみれば何となく面白くないのである。


そんな自分の不機嫌を、バローは実務的な理由に置き換えた。


(あの人斬りバカが居りゃあもっと楽になったってのによ。お陰で俺が倍働かなくちゃならねぇじゃねぇか)


そんな風にバローは折り合いをつけたが、だからと言って気が晴れるものでもない。その点ではギルザードの方がもっと割り切っていた。


「この士気の高さ、ハリハリの威名も捨てたものではないな。シュルツが居ないが……ま、エルフに自信を取り戻して貰うにはその方がいいかもしれないな」


今回の戦争でのギルザード達の役割はエルフに実戦で新しい戦い方を仕込む事だ。そういう意味では指揮に気が回らない純一剣士であるシュルツが居たとしても手加減が必要なので、戦力面での不安をギルザードは感じていなかった。最悪、鬼札である自分が『機導兵』を蹴散らせばいいのだから。


アスタロットに何を言われたのかは知らないが、子供ではないのだから自分の道は自分で決めるはずだ。無論、相談を受ければ答えもするが、この件に関してギルザードは悠と同じスタンスであった。


「ギルザード隊長、そろそろ我らも……」


「ああ、いい頃合いか。……よし、今日までの鍛練を忘れず、存分に力を発揮するといい。ロメロ、ミルヒ、本当は私などよりバローの側に居た方が参考になるかもしれないが、今日は宜しく頼むよ」


「こ、こちらこそ……」


「宜しくお願い致します、隊長」


ロメロとミルヒは国軍の所属なので、今回の戦闘ではバローと行動を共にしていなかった。ロメロとミルヒがそうなのだから『六将』は言わずもがなであるが、セレスティは徴兵の為に不在で、ベームリューも作戦行動中で姿はない。代わりに、ナルハとデメトリウスが初撃のみ参加予定である。


ならば2人のどちらかが隊長を務めるのが筋ではないかという意見はあったが、白兵戦メインの指揮経験が無い事からギルザードに指揮官を譲ったのだった。継戦能力、身体能力でもデメトリウスを凌駕するギルザードなら妥当な人選だが、デメトリウスの場合、単に国軍の遊撃兵として参加をするアルトの側に居たいだけかもしれない。


かくして、冒険者隊隊長にバロー、国軍隊長にギルザード、司令部にハリハリ、総大将にナターリアという布陣でエルフの反攻作戦は開始されたのだった。




時を同じくしてエルフィンシードの王宮の一室にささやかな変化が起こっていた。


その日も甲斐甲斐しくアリーシアの世話に明け暮れていた恵はいつものようにアリーシアの衣服を手際良く剥ぎ取り、丁寧にその身を清め始める。


監視をするサクハも、この頃になると恵がアリーシアに誠心誠意の看病を施しているのだと認めるようになり、一行の中では最も気を許すようになっていた。


「陛下は今日も目をお覚ましにならないか……」


「悲観的に考えない方がいいですよ、サクハさん。ちゃんと生きてらっしゃるんです、もうじきアリーシア様も意識を取り戻します。ですから、サクハさんもちゃんと休んで笑顔で出迎えてあげて下さいね」


「ケイには敵わないな」


苦笑するサクハは恵と笑みを交わし合い、アリーシアに目を落とした。


「だが、ケイが看病するようになって陛下の血色が日ごとに良くなっているようだ。ケイをこの場に呼び寄せた事だけはあの男を認めてやってもいいか」


悠に対して未だに意固地なサクハに今度は恵が苦笑した。悠の対人能力が万人向けではないのは恵も知っているが、他人が言うほど恵は悠が気難しい人間だとは思っていなかった。


困っていたら助けてくれるし、傷付いていたら慰めてくれる。庇護対象の心身には常に気を配っているし、見た目や生まれを理由に差別する事もない。


だが反面、世の悪意に関しては苛烈に反応する。誰かを傷付けて当然と思っている者や自分に従って当たり前だと思っている者には、相手が誰であろうとも明確な否を突きつける。


それは階級意識の根強いこの世界では如何にも難物に見えるのだろう。不遜な礼儀知らずに見えても仕方ないし、力のある者の傲慢と受け取られる事も多々あったが、悠が力を求めたのは自分の想いを押し通す為だ。それを貫けないのなら力を持った意味が無い。


だから、相手が力を背景に意を通そうというのなら、悠も力の論理に従い力を公使するだけである。皆が皆、ローランやサイコのように誠意が伝わるとは限らないのだ。ミザリィなどはその最たる存在であろう。


しかし、サクハの場合は素直になれないだけで、言葉の根っこの方では悠に対する感謝が感じられるゆえに、恵としては表情の選択肢に苦笑しか残されていないのだった。


(ちょっと気難しいロメロさんみたいなものだよね)


その点をからかわれると素直に心中を吐露してしまうロメロを思い出すと恵の笑みから苦さが薄れた。どうやらロメロはサクハの姉のナルハに懸想しているらしいが、ナルハはハリハリへの好意を隠そうともせず、ハリハリはアリーシアへの思慕を今も忘れていないようで、恵としては同じく一方通行の恋愛感情を持つ者として無関心では居られない所である。……そんな自分がアルトに仄かな恋心を向けられているなどとは露にも思わぬ恵もキッチリその図式に当てはまるのだが……。


そんな事を考えていても恵の手際に淀みはなく、水桶と何度か手が往復する頃にはアリーシアはすっかり清められていた。


「じゃあ、最後に今日の分のお薬と栄養を入れておきますね」


「ああ、頼む」


サクハに見えるように注射器を扱い、恵はいつもの手順で服を着せたアリーシアの腕を捲り上げた。本当は点滴があれば何度も針を刺さずに済むのだが、悠も医療器具の開発ばかり行っている訳ではなく、現状では後回しになっていた。代用出来そうな素材はあるので、後は点滴の速度を調整する器具さえあれば……。


と、恵がアリーシアの肌に針を刺した瞬間の事だった。




「…………っ…………」




アリーシアの右手が持ち上がり、恵の注射を打とうとした手を押さえようと動いたのだ。一瞬何が起こったのか分からなかったサクハと違い、恵の行動は迅速であった。


「アリーシア様っ!? 聞こえますか、アリーシア様!」


注射器を置いて呼びかける恵の行動で我に返ったサクハもアリーシアの傍らで必死に呼び掛けを行った。


「陛下、陛下!! ケイ、陛下は、陛下はどうなされたのだ!?」


「静かに!」


恵がサクハに厳しく言い含めると、恵は体を揺らさないようにアリーシアの手を握り、呼び掛け続けた。どんなダメージが残っているか分からないアリーシアに衝撃は厳禁だ。


――幾度声を掛けた時だっただろうか。アリーシアは、エルフの真の女王は、童話の長い眠りについていた美姫のように、ゆっくりとその両目を開いていった。

ようやく女王様がお目覚めです。中々微妙なタイミングですが……。


ちなみに恵は自分で思っているよりずっとモテるんですが(家事最強、発育良し、器量良し、性格良し)、アルトみたいな美少年が自分みたいな平凡女子に懸想するとは夢にも思っていません。

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