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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-103 溺れる者共3

ザガリアスからアガレス平原を任されていたドルガンは相次いでもたらされる情報に首を捻っていた。


エルフらしき一団を発見、至急派兵を命じられたし。


多少語彙に変化はあれど、大まかに言えばそのような報告である。


だが、今のエルフに逆侵攻をかける余力など無いのは分かりきった事だ。敗戦に腹を据えかねた一部のエルフが復讐戦を挑もうとする気持ちなら理解出来なくも無いが、最大の攻撃手段である魔法が封じられたエルフなど、翼をもがれた鳥に等しい存在である。得意の弓で戦うとしても、ドワーフの戦闘力であれば10倍の数で襲われても余裕で撃退する事が可能だ。エルフの名手であっても重装備のドワーフの装甲を穿つのは困難を極めるのだから。


仮にも長年戦い続けてきた相手である。軍が半壊した状態でこのような愚策に打って出るとは思いにくいし、もっと大きな疑問点は悠の存在だ。


(わざわざ交渉の使者を送っておいて、その結果すら見届けずに軍を動かすものか? 或いは、ユウ殿は捨て駒にされたか?)


エルフ憎しのフィルターがかかっていたドルガンならそれである程度納得もしただろうが、悠の話を聞いた今となってはエルフを単純に断ずる事は出来なかった。


(……いや、オビュエンスやジャネスティ辺りが健在ならそういう悪辣な策も有り得ただろうが、他の『六将』は搦め手より正攻法を好むはず。ユウ殿も自分が戻らぬ内は、ドワーフが攻め入らない限りエルフがアガレスに手を出す事は無いと確約しておった。ならばこれは……)


ドルガンの思考があまり好ましくない結論を導き出そうとしたその時、天幕の布がバサリと大きく開かれた。


「何をしているの爺! 敵が目と鼻の先に居るというのにむざむざ逃がすつもり!?」


「エンジュ様……やはり、そういう事ですか……」


傲然と胸を張るエンジュを見た瞬間、ドルガンは自分の予想が的中した事を悟った。


おそらく、エルフ云々は偽報であろう。エンジュはザガリアスが居ないのをいい事に、ありもしない敵を作り出して出陣し、なし崩し的に戦線を拡大してそれを自分の手柄にする腹積もりなのだ。


だが、このアガレスを任されたのは自分である。たとえ勝算が高くとも、ドルガンは実際にエルフが攻めて来たと確信が持てない限りは出陣するつもりは毛頭無かった。


だから、無駄とは知りつつもドルガンはエンジュの言葉に首を振った。


「……まだエルフが攻めて来たと決まった訳では御座いません。まずはしかるべき隊に情報を収集させ、必要に応じて兵を――」


「手ぬるいわ! まだドワーフの恐ろしさが分からないというのなら、サッサとその身に分からせてやればいいのよ! トロトロやってちゃ敵が逃げちゃうじゃない!!」


「しかし……」


ドルガンの言葉を聞き入れる様子も無さそうなエンジュにドルガンは辛抱強く言葉を重ねたが、そもそもこの状況を作り出したのがエンジュであるのなら、それが徒労に終わるのは当然の成り行きであった。


「あーーーうるさいっ!! あたしは別に爺の説教を聞く為にここまで来たんじゃ無いわ!!」


遂にドルガンに叩きつけるような言葉を放ったエンジュは踵を返すと、実に楽しそうな声音で宣言した。


「爺や年寄りが怖いって駄々をこねるんなら、あたし達がエルフを殲滅してあげる。『機導兵マキナ』は貰って行くわよ!」


「お待ち下さい! いくらエンジュ様でもそのような勝手は……!」


「そのような勝手は……何?」


スッとエンジュの目が細まると、ドルガンの武器に伸びかけていた手が金縛りにあったかのように固まり、眉間には深い皺が刻まれた。


「兄上に代理を任されたからって勘違いするんじゃないわよ? 司令官代理と王族、どっちが偉いか分からないほど耄碌しちゃったの、ねえ?」


なぶるようなエンジュの言葉にドルガンはきつく目を閉じ、絞り出すように言った。


「…………王族の方々です」


「それが分かってるんなら無駄な時間を使わせないでよね! あーあ、年寄りってホント使えないんだから!」


もしザガリアスがこの場に居たならば、エンジュが妹である事を差し引いても本気で殴り飛ばしたかもしれない。また、ドルガンがエンジュを叩きのめしたとしても当然として許しただろう。


だが、王家に深く忠誠を誓っているドルガンにはザガリアス不在時に自分の判断でエンジュを諫める事は出来なかった。エンジュは賢しらにもそれに気付いており、古臭いあり方を鼻で笑って天幕を出て行った。


「…………」


王族がどんな者であれ、ドルガンの忠誠に曇りはない。主として仕えるザガリアスはその肩書きに恥じぬ立派な王子であり、その戴冠式を見る事がドルガンの最後の望みである。その妹であるエンジュを蔑むなどもってのほかだ。


だが、誠意の伝わらない悲しさだけは抑え難く、ドルガンの胸中を吹き抜けるのだった。




エンジュ率いる若手兵で構成された一軍は索敵や斥候など無駄と言わんばかりに一路北上、最短でエルフィンシードの王都シルフィードを目指し行軍を開始した。


兵士5千。用意した『機導兵』は2千で、魔銀製が5百に鋼鉄製が1千5百。総計7千に達する軍である。


が、この数はエンジュとしては不満の残る数字であった。


まずエンジュは自分が指揮官となり、従軍希望者は付いて来るように激を飛ばしたのだが、即座に加わった若者達とは違い、一定の年齢にある者達は指揮官代理はドルガンが務めているはずだと難色を示したのだ。


実際、ザガリアスが戻ってくれば勝手に軍を動かしたエンジュに屁理屈以外の言い訳は無く――そもそも、ザガリアスはエンジュに本国帰還を命じていた――、だからこそ自由参加に加え巨大な戦功によって立場を強化する計算なのだが、頭の固い連中を説き伏せる暇をエンジュは厭い、更に周囲もそれを助長する者ばかりであった。


「ふん、いつも勇ましい昔話をするクセに、いざ敵を前にしたらのらりくらりと……」


「どうせ誇張だったのだろうよ! あまり年寄りを苛めるものではあるまい!」


「エンジュ様、臆病者など捨て置かれれば良いでしょう! なぁに、我らが3、4人分働けばよいだけの事です!」


無礼な若者達の言動に古参兵達は大いに気分を害したが、ザガリアスが定めた軍の秩序は不在時はドルガンに従え、である。そのドルガンから命令が発せられない内はエンジュが王族といえど勝手に持ち場を離れる気は無いのだった。


それに、囃し立てる若者達の魂胆など見え透いたものだ。口では動かぬ古参を嘲りつつも、本当は彼らに付いて来て欲しくなど無いのである。最強の切り札である『機導兵』さえあればエルフの首など水麦の穂を刈るが如く容易く討ち取れるのだから、実戦経験が豊富な古参兵は手柄を立てる邪魔にしかならないのだ。来ないと言うなら大いに結構と言うべきだった。


結局エンジュは若者達の意見を聞き入れ、前述の数で攻め入る事になった。


だが、デメリットばかりではない。寡兵で大軍に勝つのは難しく、だからこそ成し遂げればこれ以上無いアピール材料になるのだ。ザガリアスの4分の1の兵で残りのエルフを滅ぼしたなら、エンジュがザガリアスの4倍優れた将であるという事だとエンジュはごく単純に考えていた。いや、それどころか史上初となる王都襲撃と悲願であるエルフ殲滅を成し遂げたならその功績はもはや計り知れず、エンジュは開闢かいびゃく以来の大英雄としてドワーフの歴史に永遠に名を輝かせるだろう。


「くくっ」


更にその先を妄想し、エンジュの口から含み笑いが漏れた。


エルフの平定が終われば次は人族の番だ。あの、ユウとかいう人族に与えられた恥辱は今も強く胸を焦がし続けているのだ。もし本国から生きて帰ったとしても、そこにあるのは積み上げられたエルフの屍の山であり、その屍山血河を背景に、ユウの非礼を理由に人族領域への宣戦を布告し、絶望を味わって貰おう。這い蹲って許しを乞わせるのも面白いかもしれない。どれだけ泥を舐めようとも許しはしないが、あの他人を見下したような顔がどんな表情を浮かべるのかと考えるだけでエンジュは楽しくて仕方がなかった。


……古来より、机上の策は完璧である。それが愚か者から生まれた物ならば更に疑問を差し挟む余地はない。彼らの中では一度通用した策が次回にも通用するのは当たり前であり、考察する価値など無いからだ。


だから彼らは気付かない。その、当然と思っている箇所に罠を仕掛ける事こそが、最も恐ろしい策になり得るのだという事を……。

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