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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-102 溺れる者共2

「アガレス平原からドワーフが動いただと!?」


告げられた凶報に感情を露わにするバローにハリハリは真剣な表情で頷いた。


「はい。あれから監視を強化していましたから間違いありません」


「どうしてそんな事になるんだよ! まさか、ユウがやられたってのか!?」


「まあまあ、落ち着いて下さいバロー殿。ユウ殿が失敗したからといって、進軍準備も整っていない軍が即座に再侵攻を始めるはずがありません。それを裏付けるように、アガレスから動いたドワーフは全体の4分の1に満たない数です。もし本格的な侵攻を開始するなら、せめて部隊の半分は動かすはずですよ。雌雄を決しようという軍の動向を察知出来ないほどワタクシも耄碌してはいませんし」


整然と言い返すハリハリにバローは些か気が削がれた口調で言い返した。


「だからってユウが無事かは分からねえじゃねぇか……」


「その通りですが、神ならぬ我々はそれを知る術がありません。アルト殿も連絡が不通になっていると言っています。ですが、逆に魔法阻害を受けているという事は、ユウ殿の魔法を封じる為である可能性が高く、生存の確率もまた高いとワタクシは思いますよ。ドワーフは魔法が苦手ですし、ユウ殿以外に魔法を封じる理由があるとは思えません」


「む……」


ハリハリの指摘は的を射ていて説得力があり、バローの反論は完全に失速した。


「しかし、そうなると今回のドワーフの動きにはユウ殿は関係ない事になります。その場合、導き出される答えはあまり多くありません」


「それは?」


ハリハリの隣に座していたナルハの問いにハリハリは人差し指を立てた。


「完全な形で侵攻が開始されなかったのなら、これはドワーフの総意による正規の手段では無いという事です。つまり……責任者不在による軍の暴走ではないかと」


「暴走?」


ハリハリの言葉にギルザードが小首を傾げた。


「それは妙な話ではないか? ドワーフは規律正しく堂々とした戦いを好むのだろう?」


「ギルザード殿の仰る通りですが、ユウ殿がグラン・ガランに行くと決まっても、送り届ける兵は付けるはずです。しかも話す内容やユウ殿の力量を考えれば並大抵の兵士では務まりません。ならば、その場で最も位の高いザガリアス王子が随行し、前線を空けていたとしても不思議では無いと思います。それによって血気に逸った一部のドワーフを抑える事が出来なくなったとしたら? また、誰かザガリアス王子の立場に準じる者が兵士を煽ったなら? 前回の完勝の味を忘れられないドワーフが勇み足を踏んでもワタクシは不思議には思いませんね。戦場での鮮やかな勝利はしばしば兵を血に酔わせ、判断力を失わせます」


ハリハリの分析に、戦場を知るギルザードは納得して引き下がった。まだ全面攻勢に出るまで猶予があったのだ考えれば、勝利が濃厚な前線をザガリアスが一時的に離れた可能性は低くない。


「それで大賢者殿はどうする気かね? 向こうに指揮官が不在なら、これは無意味な戦だと思うが?」


ちゃっかりとアルトの隣の席を占めていたデメトリウスに、ハリハリは苦い表情で応じた。


「全くその通りです。ただの消耗戦にしかならない戦など、普通ならやる意味がありません……が、これは好機でもあります」


「好機、ですか?」


アルトが聞き返すと、ハリハリは地図を指し示して頷いた。


「ええ。アガレス平原では情報に無かった新兵器である『機導兵マキナ』に思わぬ不覚を取りましたが、この手の新兵器が最も威力を発揮するのは初回の投入時です。無敵にすら思えた『機導兵』ですが、今の我々であれば全く無抵抗でやられたりはしません」


「そうですね。対『機導兵』の準備は着々と整いつつあります」


ナターリアの同意にハリハリが頷き返した。


「はい。現在、ベム君がシルフィードとアガレスの中間地点で工作をしていますし、兵や冒険者への仕込みも一応実戦レベルと言える段階にまで達しました。そこで、いい機会ですから敵戦力を削ってしまいましょう」


「ちょっと待って下さい、ユウ先生が居ない内に開戦するんですか!?」


「いけないのかい?」


アルトの否定的なニュアンスを含んだ発言を、何故かバローに付いて来たレインに皮肉げな口調で尋ね返された。ハリハリの提案の何処が悪いのかと言いたげなレインにアルトの口調も自然と固くなる。


「ユウ先生は話し合いの為にグラン・ガランに赴きました! それなのに現場に居る僕達がそれをフイにするような真似は……!」


「見た目通りのボーヤは黙っていてくれない? 青臭くって反吐が出そう」


「歳は関係無いでしょう!?」


「だから中身の話をしているのよ、ぼ・う・や」


「静かに!」


ナターリアの鋭い叱責に、アルトはハッとして頭を下げ、レインは悪びれた風もなく涼しい顔でついと目を逸らした。


「……アルト殿、たとえ停戦交渉の使者が派遣されたからといって、戦争が中断するなどという法は何処にもありません。というより、ユウ殿が無事なのに一部の兵が動いたという事実が尚更暴走説を補強しているのです。ならばワタクシは留守を任された者として、ユウ殿が交渉を終えて戻るまでこの国を保たねばなりません。アルト殿の善なる気性は尊いものですが、殺す事しか頭にない敵兵を前にして、必死に国を守ろうとするエルフの兵達に「交渉が終わるまで防戦に徹し、肉の壁になれ」と言えと? ワタクシにそんな策を望むのですか?」


「そ! ……んな、事は……」


ハリハリの厳しい指摘にアルトは顔色を失い、反論は勢いを失っていった。アルトはなるべく殺し合いの無い道を選びたかっただけなのだが、此方が友好的な態度を示しても相手に受け入れる気がなければ無意味なのだ。無抵抗主義はこの場合、徒に味方の兵を損ねる結果にしかならず、レインはそれが分かっていたからこそアルトを子供扱いしたのであった。


だが、アルトにとって悠は師であり、憧れであり、恩人であり、英雄である。戦争の再開は悠のグラン・ガランでの立場を危うくしかねず、かといってハリハリの言うようにそのツケを前線の兵士に負わせるのはアルトの基準では悪しき選択であり、どちらも選べぬと気付いたアルトの秀麗な顔には深い苦悩が刻まれた。


と、そこでハリハリは幾分か表情を和らげた。


「アルト殿、これが国に関わるという事です。自分の望む選択肢があるとは限らず、最善では無いと知りながらも選び取らなければならない。その選択肢を増やす為に政治があり、軍隊が存在するのです。あなたのお父上であるローラン殿は、これよりずっと苦しい選択をくぐり抜けて来たはずですよ。今、この場でのあなたの言葉はあなた個人の物ではありません。人間国家ミーノス王国代表としてここに居る以上、アルト・フェルゼニアス個人の意見は控えて下さい」


表情は和らいでも諭す内容の手厳しさにアルトは恥入り、頭を下げた。


「……私情ばかりの不見識な発言でした、どうかお許し下さい」


「今後、気を付けて下されば結構ですよ」


今度こそ表情と等しく口調も緩め、ハリハリは説明を再開した。ハリハリもアルトに恥を掻かせるのが目的ではなく、その将来に期待すればこそ厳しくしたに過ぎないのである。内心では嫌われたのではないかと若干しょんぼりとしているくらいだ。


だが、アルト本人は否定するかもしれないが、アルトの将来性はハリハリですら見通せないほど巨大なのだ。頭脳、武力、家格、美貌、人望……それらの力は時に単一であっても周囲に大きな影響を与えるが、アルトはその全てを兼ね備え、更に増大していく事に疑いはない。そこに独善が合わされば、アルト個人に非はなくとも世界単位での不幸を招きかねないのである。だからこそ今の内にアルトには多角的に物事を見る目を養って欲しいとハリハリは願っていた。


(つくづくユウ殿の影響が大きいですね……)


アルトの視線は遥か遠くにある悠の背中に固定されてしまっている。悠は常々、自分のような人間になるなとアルトを諭すが、遠くにあってなおその輝きは他の思想を消し去るほどにアルトにはまばゆいのだろう。ハリハリからすれば、どこまでも人としての正しさを貫き通せる悠は逆説的に人の範疇から外れてしまっているように見えた。そして他ならぬ悠自身がそれを理解しているのだ。だから、この機会にアルトには人として地に足を着けた考え方を学んで欲しいのである。


些か逸れた思考を現実に戻し、ハリハリは努めて口調を軽く切り替えた。


「それに、撃破目標はドワーフ兵ではありません。意気上がるドワーフの方々には悪いですが、今回は手痛く負けて頂きます。大賢者にお任せあれ」


自信ありげなハリハリに一同に疑念が浮かび、バローはアルトを肘でつつき、ヒソヒソと囁いた。


「……アルト、気を引き締めてかかろうぜ。あいつがカッコつけたり余裕こいてる時は大体俺達が苦労するか、とんでもないポカをやらかすに違いねぇんだ」


「ば、バロー先生、聞こえますよ!」


「き、聞こえてますよ! バロー殿なんかカッコつけてて今晩不発だったクセに!」


「あっ!? て、テメェ、言っちゃあならねぇ事を……!」


「コラ! 陛下の前で下品な話をするな!!」


「確かに不発ではありましたねぇ……あんまり早いと興醒めですけど」


「レイン!」


「やれやれ、アルトクンの事をどうのこうの言えるのかな……」


一瞬で国の重鎮が集まった会議とは思えぬ砕けた雰囲気にナターリアは軽く頭痛を覚えたが、これが気落ちしたアルトへのフォローなのだと分からぬほど頭の回転は鈍くない。


そして、ナターリアに分かるのなら、当然アルトにも罵り合う2人の意図は伝わっており、宥める顔の下で密かな感謝を覚えたのだった。

悠が居ない間に一波乱ありそうです。ハリハリの策は実るのか?

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