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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-101 溺れる者共1

高級感溢れるベットの上で、バローは上半身の衣服を脱ぎ捨ててその身を横たえていた。


閉じた目は眠っているように見えたが、張り詰めた空気が決して無防備に意識を手放している訳ではないと熟練者であれば分かっただろう。いざコトが始まれば、野獣の如く動き出すに違いない。


軽く口を湿らせたアルコールは肉体の動きを阻害したりはすまい。むしろ適度な熱を体に蓄え、バローを後押しするだろう。


常になく精悍な表情は歴戦の戦士としての面を色濃く映し出し、その時が来るのをただ静かに待ちわびて――




「あ゛ーーーっ、もう辛抱たまらん!!」




これまでの描写を一掃する粗野な嘆きを放ち、枕を抱えたバローはベットの上を右に左にと転がった。どうやら落ち着いて見えたのは目の錯覚だったようだ。


バローが居るのはシルフィードでも最も上等な娼館である。なぜこんな場所に居るのかと言えば、まあ、その……ぶっちゃけ溜まっていたからだ。


「アルト、空を飛ぶ鳥にも羽を休める枝が必要だ。更に高く雄飛する時の為に、一時の安らぎが必要なんだよ。或いは船に港が必要なようにな。大海原に漕ぎ出すには、しっかりと英気を養わなけりゃならねえ。分かるだろ?」


具体性を欠くバローの言葉にアルトはキョトンとして「はぁ……?」としか答えようが無かったのだが、要するに性欲を持て余していたのだ。ここが人間の領域ならば夜中にちょっと出かけるだけで発散する事が出来たのだが、以前にレインに言われたように、人間であるバローを相手にしてもいいというエルフは皆無だったのである。これには流石のバローもすっかり参ってしまい、あろうことかギルザードの太ももやシュルツの首筋にすら反応してしまう自分に激しい自己嫌悪を感じるに至って、レインに懇願したのだ。


が、妙な所でフェミニストなバローは意に添わない相手を腕力や財力で言いなりにするという行為を好まなかった。どうせするなら割り切って自分も相手も楽しくヤりたいのだ。何言ってんだコイツという批判は甘んじて受け止めたい。


レインはシルフィードの娼婦の顔役であり、その保護者だ。それでも人間相手というのは忌避感が強いらしく、バローの要望に適う娘はついに発見出来なかったので、結局レイン本人が引き受けたのである。本人曰わく「話の種にはなるかもしれませんねぇ」だそうだ。


ちなみに、探索者ハンターに粉をかけなかったのは、教官を務めていたからだ。体目的で強権を振るっているなどと思われるのは心外であった。……半分は単なる見栄だが。


ともかく、ベテラン娼婦でもあるレインがお相手をしてくれるというのならバローとしては願ったり叶ったりの状況だった。是非ともプロとしての妙技の数々を余す所なく体験させて貰いたい。それに、人族代表としてレインを満足させる事が出来れば、それが評判となって他の娼婦も相手をしてみようかという気になるかもしれないのだ。今後種族間の交流を深めていく事を考えれば、バローの肩には無数の人族の男達の未来がかかっているのだ!


――と、バローは勝手に人族代表として意気込んでいた。実際の所は綺麗なオネーチャンとイチャコラしてスッキリしたいだけである。


「責任重大だぜ……もし俺がレインを満足させられなかったら、人間の男はヘタクソのフニャチン野郎しか居ねーって思われるかもしれねぇ……つっても、童貞の小僧みてぇにガッついてんのもみっともねぇしな……。ここは『ノースハイアの種馬』とまで言われた俺の腕の見せ所ってヤツだ」


多分蔑称だが、それを戦果と捉える者にとってはそうでないのかもしれない。バローは心を落ち着けると、もう一度チェックを繰り返した。


「雰囲気を盛り上げる酒よし、回数が嵩んだ時の為の『回復薬ポーション』よし、土産に持ってきた小物よし、匂いも……俺の趣味じゃねぇが、よしと」


今回の一件の為に相当な額を注ぎ込み準備を整えたバローはニヤリと笑みを浮かべた。完璧だ、このまま俺は朝までだって戦える。


口うるさいサイサリスは王宮にあてがわれた自室に置いてきたし、邪魔する者は居ない。


と、鋭敏になっていたバローの耳に誰かの足音が届いた瞬間、バローは最初の体勢に戻り、その時を待つ。


コンコン。


「失礼しますよ」


「ああ……」


努めて低い声を出し、バローはそちらを見ずに客を迎え入れた。


「待たせて済みませんねえ。なんせ、店に出るのは久しぶりで……」


「女の準備に時間が掛かるのを待てねえほどガキじゃねぇさ……っと……」


軽口で答えたバローだったが、やってきたレインを視界に収めた瞬間、言葉に詰まってその艶姿に見入ってしまった。


薄絹を通して透けるシルエットは細く、容易に手折れそうな儚さを持ちながらも生々しい色気を内包しバローを誘う。エルフはスレンダーな女性が多いが、レインの成熟した姿態は匂い立つような妖艶さで視線を惹きつけた。自分が男からどう見えているのか知り尽くした女の手際である。


言葉の無いバローに微笑みかけ、レインは腰に付けた鈴の音と共にバローの待つベットに近付き、腰掛けた。


「どうです? 人間と比べてガッカリしたんじゃありませんか?」


自分の体を軽く抱くようにして尋ねたレインに、バローは小さく首を振って答えた。


「誰かと比べてなんて無粋な事は言わねぇよ。アンタはこの上なく綺麗さ、レイン」


「あらお上手。でも、口の上手い男は信用出来ませんねえ……」


「じゃあどうやって信じて貰おうかな?」


「さあ、どうしましょう?」


悪戯っぽい笑みを浮かべるレインに、バローは上半身を起こして手を伸ばす。レインが避けようとしないと分かると、バローの手がその細い腰に掛けられた。


力を込めると折れてしまいそうな腰を引き寄せ、レインの体がバローの胸に抱き寄せられ、互いの体温が混ざり合う。


「じゃあ、まずはお互いをもっとよく知るべきだな」


「アタシは秘密の多い女ですよ?」


「だからこそ知りたいのさ。それに、秘密は多い方が暴き甲斐がある」


バローの手がレインの肩紐にかかり、滑らかな肌を滑り落ちた。


「ん……」


レインの背を抱くバローの手が腹から上に向かって動き出し――




「大変です母さん!!!」




築き上げたムードをぶち壊すようなドアの音にバローの手が空を切った。


「何だいユマ?」


「今、国の兵士が来て……至急そこの髭面を呼んで欲しいと」


流石荒事に慣れたレインは一瞬で表情を引き締め、ユマに頷いた。


「なら、アタシも出た方がいいね。分かった、すぐに顔を出すって伝えな!」


「はい!」


「そういう訳でバロー様も身支度をお願いします。では」


肩紐を直し、パタパタと走り去って行くレインを呆然と見送ったバローはやり場のない手を彷徨わせていたが、プルプルと震える手を握り締め叫んだ。


「ち、チクショーーーーーッッッ!!! ここまできてお預けかよ!!!」


いい感じだったのに、いい感じだったのに! とベットの上で暴れるバローに、先ほどまでのハードボイルドな雰囲気は欠片も残ってはいなかった。


だが、わざわざ兵士を使ってまで呼び出された用件は、熱に浮かれたバローの頭を冷やすだけの衝撃を伴う内容だったのである。

生殺し(笑)


真面目に不真面目なバローの禁欲生活はまだ続くのでした。

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