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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-100 来訪者

日の射さない牢が客を迎えたのはその日の昼下がりの事であった。


「こんな場所に閉じ込めるたぁ、随分な特別対応だなぁ」


「ギリアム親方、面会は10分だけですからね!」


「かてぇ事言わないさ。オイラの勘じゃあ、こりゃあ『機導兵マキナ』や『魔導戦器アームズ』を凌駕するかもしれねぇ一大技術革命さ? 持つヤツによっちゃあ世界を傾かせかねねぇシロモンさぁ」


「聞き捨てなりませんね。『機導兵』こそドワーフを救う光です。ボディを作ってくれた事には感謝しますが、理論を軽んじる発言には賛同出来ません」


「おっと、済まねぇ済まねぇ、別にアンタを貶すつもりはねぇさ。ただ、もしコイツで『機導兵』を作ったらどう思うね?」


「……その効果は否定しませんよ。だからこそこうして薄汚い牢に足を運んだのですから」


漏れ聞こえる話し声が徐々に大きくなり、やがて姿を見せたのはブロッサムを先頭にした3人のドワーフであった。


「よっ、生きてるかい?」


「その呼び掛けは不合理です。死んでいたら答えられませんし、そもそも牢に入れる必要はありません」


「単なる挨拶みたいなモンさぁ。なあ?」


と、悠に相槌を求めるギリアムだったが、悠も返答した方がいいのか判断出来ずにブロッサムに問う視線を向けた。


ブロッサムは好意的では無い表情で悠を見返していたが、ギリアムが肘でせっつくと渋々2人を紹介した。


「……此方のお二方はドワーフが誇る『名匠マスタースミス』、ギリアム親方とクラフィール親方です。本来ならお前に面会など許されませんが、大功あるお二方がどうしてもお前に尋ねたい事があると仰るのでお連れしました。聞かれた事にはハキハキと嘘偽りなく答えなさい! 本来はお前などが顔を合わせられる方々では無いのですからね! ドワーフの窮地を救った『魔導戦器』や此度の戦に用いた『機導兵』もお二人が――」


「何用かな? 今の自分に話せる事は少ないが……」


いつまでも続きそうな冗長な紹介を断ち切った悠にブロッサムの目が吊り上がったが、ギリアムがこれ幸いにと割り込んだ。


「はは、まるで良質の金属かねで出来たみてぇな御仁だなあ。こんな場所で会うのが残念だが……」


「私達の用件はコレです」


そう言ってギリアムとクラフィール――ちなみにクラフィールは背の低い、艶やかな髪を持った女性のドワーフだ――は、それぞれの手にあった品を悠に掲げて見せた。


「それは……俺の小手ガントレットと靴か?」


「そうさ、こりゃアンタの小手と靴だよ。……だがなぁ、そんじょそこらにあるシロモンじゃない。特に、こっちの小手だ」


宝物を前にした目でギリアムは悠の小手を撫で、溜息を漏らした。


「硬度、魔力抵抗値、各属性耐性値、靭性、性能に対比した重量……そのどれもが超一級さぁ。ドラゴンの吐息ブレスにだって耐えられるかもしれんさぁ、ウン」


「私の予測では、理論値ですら余裕で純魔銀ピュアミスリルを上回ります。……だというのに!!」


クラフィールが口惜しげに龍鉄の靴を握り締め、怒鳴った。


「主として鉄が使われている事しか分からない!! 古代の遺物ではない事はデザインからも明白だというのに!!」


「つまり、コイツを作ったのは人族、しかも設計思想の違いからして別々の人族に違いないさぁ。驚いたのなんのって、いつの間にオイラ達は人族に抜かされたんだろうってさ」


どうやらこの2人は没収された悠の装備を見て、居ても立ってもいられなくなってわざわざブロッサムに頼んで牢までやってきたらしかった。好奇心や嫉妬、興味、プライドが彼らを駆り立てたのだろう。勿論、先ほど喋っていたように、『機導兵』への転用も考えているに違いないが。


「教えてくれねぇかなあ? こりゃ一体何で出来ているんだい?」


「もし素直に答えるなら、我々の口利きで牢から出してやってもいいですよ。枷も外し、ちゃんとした客としてもてなすように王に進言しても構いません」


この2人にそんな権限があるのだろうかと悠がブロッサムに目を向けると、ブロッサムは無言で頷いた。つまり、この2人の言葉はそれほど重いのだ。


思わぬ交換条件と言うべきか。確かにドラゴンとの交流が薄いこの世界で龍鉄の存在は非常に大きな物だ。神鋼鉄オリハルコンをも上回る金属など、どこを探しても存在しないのだから。


だが、悠は首を振った。


「あなた方が一人の職人として、ただ道を極めんが為にそれを尋ねるのであればお教えするに異論は無いが、戦争に用いようと考える俗物に漏らすほど自分の目と耳は腐ってはおらん。話がそれだけなら疾くお帰り願おう」


「……ぶっ、無礼者!! こ、このお二人をどなたと心得るか!?」


つまらない話で時間を無駄にしたと言わんばかりの悠の態度に顔色を無くしたブロッサムが怒鳴ったが、悠は冷たい視線でブロッサムを貫いた。


「どんな功績があれ、肩書きを外せば一研究者と一職人でありましょう。あまり有り難がって持ち上げぬ事ですな」


「貴様……何たる、何たる……!」


あまりの暴言に言葉が出ないブロッサムだったが、クラフィールは悠の言葉に踵を返した。


「……時間の無駄だったようですね」


「あっ、クラフィール親方!」


肩を震わせて歩み去るクラフィールを追ってブロッサムが去ると、残されたギリアムが溜息を漏らした。


「……あまり苛めんでやってくれさ。気は強いが、あれで中々繊細でねえ」


そう言って悠の前に腰を下ろすと、ギリアムはもう一度小手を前に語り出した。


「立場があって人前では口には出せないがね、オイラはこれを作った奴が羨ましいのさ」


嘘の無い子供のような瞳でギリアムは目を輝かせた。


「これを作った鍛冶師は物に魂を込めて作ってるさ。寿命の短い人族がその境地に至るのは並大抵の事じゃない。この小手を見れば、その鍛冶師がアンタに心を砕いているのがよく分かるさぁ。ああ、いいなぁ……」


「……ギリアム親方はドワーフ一の鍛冶師と伺ったが?」


「……」


悠の質問にギリアムはしばらく沈黙し、苦い笑みで答えた。


「来る日も来る日もエルフを殺す為の武器ばかり作ってきたさぁ。クラフィールと『魔導戦器』を作り上げた時は、それこそ救国の英雄って呼ばれたモンさ。誇らしかったねえ……」


自らの栄光の軌跡を語るギリアムだったが、笑みに残る苦味が消え去る事は無かった。


「あ、『魔導戦器』が何なのか知ってるかい?」


悠が頷くと、ギリアムはそうかいと言って小手に目を落とした。


「ありゃあね、本物の武器じゃないんさぁ。少なくとも、オイラが作りたかった武器じゃない」


極めて優れた性能を持つ『魔導戦器』を、制作者の片割れであるギリアム自身が否定していた。多分、誰にも漏らした事の無い話だというのは小手に落とした目の真剣さが物語っていた。


「機構が複雑なせいで強度が弱い。柄や刃も魔力が伝わらないといけないから純魔銀は使えない。純粋に武器として見れば、いいとこ二級品って所だろうさ。それでも便利だから今更捨てる事も出来ないし、作るのをやめられない。強度が足りないから需要も尽きないし、相当な腕が無いと作れないからオイラは他の物を作ってる暇が無い」


淡々と語るギリアムだったが、それはずっと自問自答を続けた結果に違いない。だからこそこうして淀みなく言葉が出て来るのだろう。


「本物の武器ってのはそんなモンじゃないさぁ。古いって言われるかも知れないが、戦場で自分の命を託すんだ。そんな使い捨ての消耗品が最高だって言われると……何だか虚しくなっちまってねえ……」


「そんな事を人族の部外者に話しては差し支えがあるのでは?」


「あるだろうねえ。でも、何でかな……アンタに聞いて欲しかったのさぁ。ユウって言ったっけ? アンタ、ドワーフの猛者も霞むくらい、戦場の臭いがするよ。それに聞き上手さぁ」


力無く笑うギリアムは遠い目をして語り続けた。


「エルフ憎しでオイラもクラフィールも突っ走って来たけど、もう、疲れたんさ……『機導兵』は国に対する最後の御奉公のつもりさぁ。若様がエルフに大勝したって聞いても、オイラぁあんまり嬉しく感じなかったさ。借り物の技術だって事もあるかもしれんが……多分、擦り切れちまったんだろうさ。もうオイラにゃエルフを殺す為だけの物は作れないさぁ」


言葉通りに疲れ、萎んだようにすら見えるギリアムは憎む事に飽いていた。彼自身は『名匠』と呼ばれつつも、その精神は一介の職人なのだろう。憎悪や名誉欲は既に昇華し、純粋な願いだけが残されていた。


どこかで似た話を聞いた気がした悠はしんと静まった牢屋で口を開いた。


「……これは自分の独り言です」


「ん?」


小手に目を落としていたギリアムが反応するのに構わず、悠は語り出した。


「昔、ある国に空前絶後の天才魔法開発者の男が居た。平和を願う、親友たる王を討たれたその男は身を焦がす憎悪に任せ、より強く、より効率良く敵国の兵を殺せる魔法を開発していった。男の功績は並ぶ者が無く、幾度も敵国を追い詰めたそうだ」


それが誰なのかは固有名詞を出さずとも、ギリアムも知っていただろう。エルフにとっての大賢者。ドワーフにとっての『大愚者ザ・フール』。


「だが、時が経ち、男が激情から僅かに醒めて周囲を見ると、そこには殺戮を楽しむ同朋の醜悪な姿があった。もっと苦しみを、もっと血肉をと手を伸ばす同朋に男の狂気は一瞬で吹き飛ばされ、亡き王の願いを他ならぬ自分自身が踏みにじった事に初めて気が付いたのだ。魔法を殺戮と憎悪を晴らす道具にしていた男に、もう同じ事は続けられなかった。ある日男は新魔法の実験と偽り、事故死を装って国を出奔した。二度と同じ過ちを繰り返さぬと誓い、時だけが過ぎ……それでも後悔は些かも色褪せなかったそうだ」


「……」


悠の言葉をギリアムは厳しい表情で聞き続けた。なぜ悠がそんな事を知っているのか、これは王家の耳に入れるべき情報なのではないかという冷静な思考は、より大きな衝撃の前に覆い尽くされていた。


まさか、自分と同じ後悔を敵が、それもよりによって『大愚者』が抱えているとは、ギリアムの想像を絶していたからだ。ただの嘘と断じるには、悠の言葉は整然として迷いがなかった。


「後悔を抱いて生きるには、エルフもドワーフもあまりにながい。翻って人族は、その命短いがゆえに人生の深度が深いのかもしれん。自分の意に添わぬままに生きている暇は無いのだ。その小手を作った鍛冶師はそれをよく知る者であった」


「……そうかい……」


悠の言葉を噛み締めていたギリアムはおもむろに立ち上がると、悠と視線を合わせぬまま口を開いた。


「……オイラが頼めば王も考え直してくれるかもしれんよ?」


むしろそう願ってくれと行間で望むギリアムだったが、悠の返答は前言を翻すものではなかった。


「自分とあなたは何も話さなかった。であるのに突然あなたが助命を乞うのはおかしな話。捨て置かれよ」


「……全く、ドワーフより頑固な人族とはねえ。こりゃ、明後日以降もアンタにゃ生きて貰わないと困るさぁ」


あくまで独り言だったと強弁する悠に苦笑し、ギリアムは歩き出した。


「頑張りなよ、ユウ。また話せる事を祈ってるさ!」


「自分もです、ギリアム親方」


久々に爽快な気分でギリアムは牢を出た。どうやらまだ枯れるには早いと思いながら、途中で戻ってきたブロッサムを捕まえて言った。


「ブロッサム、ユウに三度の飯と柔らかい寝床、手当てと湯を用意してやってくれさ」


「何か喋ったのですか!? まさか、ギリアム親方に取り入るような事を……!」


「いいや」


ブロッサムの勘ぐりにギリアムは笑って答えた。


「あんまり頑固だから懐柔してやろうと思ってねえ。鞭が駄目なら飴を使ってみようと思っただけさぁ。気分が良くなればうっかり何か喋るかもしれないさ。ブロッサムもユウに聞きたい事があるんだろう?」


「なるほど、名案ですね! すぐにやってみます!!」


バタバタと走り去る単純な王女に感謝しつつ、ギリアムは心の中で呟いた。


(オイラに出来るのはここまでさぁ。ユウ、また会おうさ)


気持ちを切り替え、ギリアムは自分の工房を目指して歩き出した。

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