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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-96 這い回る悪夢11

四方八方に飛び散った蛇の死骸の中で拳を突き上げたラグドールだったが、他の者達は無事かという点に思い至り、慌てて周囲を見回した。


近い場所に居たミズラは衝撃で失神しているようだったが、子供達は比較的離れていた為に驚いて泣いていたりはしても全員無事のようだった。まずはホッと胸を撫で下ろすが、もっと爆心地に近い場所に居たザガリアスと、その中心であった悠の姿を求めて霞む目を凝らした。


「若様、ユウ殿!!」


「……う……ぐっ……」


その呼び掛けに反応し蛇の死骸の山が崩れ、血塗れのザガリアスが上体を起こした。


「若様っ!」


「案ずる、な……俺が、この程度で……死ぬ、かよ……!」


凄絶な笑みで豪語するザガリアスだったが、ドワーフですら目を背けたくなるような重傷にラグドールが慌てて支えに入る。


鎧は歪み、或いは砕け、叩きつけられた衝撃で両足があらぬ方向を向いて折れ曲がっており、歩く事すら覚束ないのは明白だ。ザガリアスだから死ななかったのであって、不幸中の幸いとしか言いようがない。


「ユウ、は……?」


「……っ」


半ば予測しつつも尋ねてきたザガリアスに、ラグドールは言葉を返せない。あの爆発に巻き込まれて人族である悠が無事だとは到底思えなかったからだ。


現に、この場に悠の姿は無い。きっと一欠片も残さず吹き飛んでしまったのだろうとラグドールは力無く首を振った。




――ジャリ。




その時、地面を踏む音がラグドールの耳に届いた。


「俺も、ザガリアスくらいにはしぶといぞ、ラグドール」


「ユウ殿ッ……!?」


聞き慣れつつあった悠の声に、ラグドールはザガリアスを支えながら首だけで振り返った。まさかあの爆発を生き延びるとは、と半ば呆れながら綻ばせた顔が、悠を捉えてひび割れる。


「ユ、ウ、殿……!」


明瞭な答えを返した悠に致命的なダメージは無かったのだろうというラグドールの予測は大きく外れていた。


「なに、大した事は、無い。左手と左目が、無くなって、右手の指が、何本か、吹き飛んだだけだ。多少、火傷もあるが、な……」


真実何でもないように答える悠だったが、目に見える怪我を列挙しただけで、実際は他に幾つも損傷を負っていた。爆発の衝撃で肺の片方は半ば機能を停止し、右目を潰す原因となった『魔導戦器アームズ』の破片は体中に突き刺さって血を流しているのだ。人族がこれほどの大怪我をして苦痛を表していない事がラグドールには信じられなかった。


しかし、何よりラグドールが悼んだのは悠の両手が失われてしまった事だ。あの精妙にして豪快な技の数々がもう二度と見られないのだと思うと、ラグドールの目から悔しさのあまり涙が零れ落ちた。


「あなたは、あなたという人は……!」


折れても砕けても、ザガリアスのように形が残っているならまだ治療によって取り戻す可能性は残されていただろうが、完璧に吹き飛んでしまってはもうどうにもならないのだ。ラグドールはそれが我が事のように悔しくてならなかったのである。


だが、当の悠はそんな事は気にしてもいないといった風情で右手に残った人差し指と親指で破片を引き抜きつつ、ある一点を目指して歩を進めた。


「話は後だ。ラグドール、ザガリアスに薬を」


「ユウ殿、何を……」


「仕上げが、まだ残っているのでな」


蛇の残骸を踏み潰し、悠は記憶にある一点に歩み寄るとヒョイと何かを摘み上げた。


それは長さにして1メートルほどの白い蛇だった。自然界でも稀に発生する白変種と違うのは、頭部が両端に存在する事だろうか。情報通り・・・・の姿に、悠がその正体を断定した。


「これが、真の『無限蛇ウロボロス』だ」


「何ですと!?」


姿形は変わっているが、ドワーフの恐怖の代名詞とすら言われた『無限蛇』の正体がこんなちっぽけな蛇だったと知ったラグドールとザガリアスの衝撃は先ほどの爆発に勝るとも劣らないものであった。しかし、悠が無駄な嘘を吐くとは思えず、憎々しげにだらんと垂れ下がる両頭白蛇を睨み付ける。


ラグドールは悠がそれを即座に握り潰してしまう事を期待したが、悠の目は観察者のそれであり、殺害の気配は欠片も見当たらなかった。


「……ユウ、なぜ殺さない? それはまだ、生きている、のだろう?」


ラグドールから受け取った薬でほんの少しだけ回復したザガリアスが疑問を呈すると、悠は小さく頷いた。


「ああ。だが、殺してはならない・・・・・・・・のだ。爆発の余波で死ぬのなら仕方がないと思ったが、これを殺すと後々、更なる困難がより多くの者達に降りかかる……そうだ」


「何を根拠に……いや、それも書かれていた・・・・・・のですか?」


ラグドールの言葉に、悠ははっきりと頷いた。


「…………」


納得し切れないラグドールだったが、一連の事実を鑑みればここで『無限蛇』を殺してはならないのだろう。たとえ腑に落ちなくても、個人的な欲求は控えなければならなかった。


「ふざけるな!! そんな事は、俺、が…………」


事情を知らないザガリアスが瞬時に反発しかけたが、一瞬で蒼白になったかと思うと、そのまま白目を剥いて崩れ落ちた。


「若様!」


「そんな状態で怒鳴るからだ。本来なら絶対安静が必要なのに、薬一つで早々に回復するか」


気力体力の枯渇に加え、毒と骨折、全身打撲に大量失血の四重苦はザガリアスの意識を刈り取るに十分なダメージであった。悠と共に最後まで最前線で得物を振るい続けたのだから、誰よりも疲労していて当然だ。一緒に戦っていた悠も同程度のダメージを受けているはずなのだが、表面上は平然としているせいでラグドールにはどうにも突っ込み辛かった。


そうこうしている内にぐったりとしていた『無限蛇』が目を覚まし、両端の頭をもたげ、キョロキョロと周囲を見回した。蛇でありながらも知性を感じられる行動に、ラグドールの心中で不安が膨れ上がる。


悠の言う通りに『機導兵マキナ』を待機状態にして魔力を阻害しているが――『無限蛇』が蛇を操っていた絡繰りは魔力の糸での心身掌握術であるらしい――何かの拍子でまたあの恐るべき大蛇と戦わなければならないのはラグドールですら御免であった。


そうでなくても悠を害するような動きを見せたならラグドールは非難を承知で『無限蛇』を握り潰してやろうと密かに身構えていたが、スルスルと悠の方に両方の首を伸ばすのを見ていよいよ剣呑な気配を露わにする。


それに構わず2つの頭と1つの目は無言で見つめ合い…………やがて『無限蛇』は悠の頬をそれぞれの舌でチロチロと舐めた。


「……」


敵対的とは思えない『無限蛇』の仕草に悠も虚を突かれた感はあったが、それくらい『無限蛇』からは一切の敵意も害意も感じられなかったのである。もしかしたら命の危機を感じてそう装って媚びているのかと思わなくもなかったが――妙な話だが、謝っているように悠には感じられたのだった。殺された者達からすれば今更何をと言うだろうが、単なる魔物とも思えない知性を感じる事から、何らかの事情があって正気を失っていたのかもしれない。言葉が通じないので真実は分からないが、ペコの記述に従うならどうせ殺せないのだ。邪悪であるよりもその方が救われるだろうと悠には思えた。


「しかし、どうするかな。生かしておくとしても、流石にここで放してしまう訳にはいかんが、迂闊に連れ回せるものでは無いし……」


生物である『無限蛇』は冒険鞄エクスパンションバックにも入れる事は出来ないし、放置など論外である。この先どうするべきかはペコの記述にも記されてはいなかった。


だが、その問題に他ならぬ『無限蛇』自体が答えをもたらした。


悠の呟きを耳にした『無限蛇』は小さく頷くと悠の右手を這い上がり、二の腕にクルクルと巻き付いたのだ。赤眼をあしらった蛇の意匠の腕輪に見せかけ、そのまま『無限蛇』は硬化して本物の腕輪のように変じて悠の腕に収まってしまったのだ。


「連れていけ、と?」


悠が呼び掛けると、『無限蛇』の目が僅かに瞬いた。どうやらそういう事らしい。


《……呪われておるのではないか?》


スフィーロの言に悠も若干同意しないでもなかったが、抗議するようにチカチカと瞬く『無限蛇』に結局は受け入れる事にした。放っておけないなら近くで監視出来る分マシかと諦めたとも言える。


「ラグドール、悪いが口裏を合わせてくれ。『無限蛇』は粉々に吹き飛び、もう二度とドワーフの領域を脅かす事はないとな。それがあの2人への手向けにもなる。ドワーフに害になるような真似は俺が絶対にさせん」


「……畏まりました。ユウ殿がそうまで仰るのであれば」


『無限蛇』討伐はドワーフの長年の悲願の一つである。命を懸けてそれを成し遂げたとなれば、ブフレストとラブサンの名は勇者として最上の栄誉を与えられるだろう。国もその家族に厚く報いるに違いない。ザガリアスが2人にした約束は守られる事になるのだ。


「では行くか。ここはまだ生き残りの蛇が居るからな。休むには不適当だろう」


全滅させた訳ではないのでまだちらほらと動いている蛇が周囲に蠢いており、確かに休憩するには不向きな場所であった。悠は殆ど影響はないが、まだ未熟な子供達が蛇に咬まれては大事になりかねない。


ザガリアスを右肩に担ぎ上げ、悠がふらつく事も無くミズラや子供達の所に歩み去るのをラグドールは感嘆の眼差しで見送り、その後を追ったのだった。


悪夢のような夜は過ぎ去り、遥か地平線の彼方に希望の光が昇り始めていた……。

ウロボロス編、終了。悠が原型を保っていたのは魔法の反発力で爆心地から離れていた事と、魔法の威力で爆風と拮抗したからです。それでも両手と片目をほぼ全損、毒と怪我で身体能力半減という所でしょうか。


悠の苦難はまだまだ終わりそうにありません。

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