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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-94 這い回る悪夢9

それから十数分後。死の影は悠達に重くのし掛かり、誰の目にも明らかとなっていた。


鎧を失ったブフレスト、ラブサン、ミズラは再三に渡るダメージと毒によって動く事もままならず背後の子供達の前で膝を付き、包囲の一角を担うラグドールの左手は骨折の為に力無く垂れ下がっていて、牽制以上の戦力にはなりそうもない。


まがりなりにも無事と言えるのは顔の半分を血に染めるザガリアスと悠だけだ。


そんな彼らにしても、全てを覆い尽くさんとする『無限蛇ウロボロス』の暴虐の前では闇夜の星よりもか細い希望でしかなかった。


(伝説に違わぬ魔性よ。俺の命運、やはりここで尽きるか……)


顔にも口にも出さないが、ザガリアスは自分の力では『無限蛇』に勝つ事はおろか、逃げる事ももはや叶わぬと思い知らされた。


とにかく、相性が悪過ぎる。少しずつでも総数を削っていけるのなら耐える意味もあるだろうが、どれだけ攻撃を繰り返しても『無限蛇』はそのダメージを即座に回復し襲い掛かって来るのだ。魔力マナで強化されているであろう筋力は強固な鎧を身に着けているザガリアスすら拮抗を許さず、散々に叩きのめした。


ザガリアスの力量を悠の仲間と比べるなら、単純に比較出来ないまでもバローに近しいものであっただろう。今に至るまで五体満足で戦場に立ち続けているのがその証と言えた。


しかし、対個人に偏るドワーフの天敵とも言える『無限蛇』の前ではそれも風前の灯火だ。回避を重視しないドワーフの戦闘術と『無限蛇』の相性は最悪であった。


この奮戦もいつまでもは続くまい。既に悠が持ってきていた薬も残り少なく、じきに戦線は崩壊し呑み込まれしまうに違いない。


ザガリアスが暗澹たる未来を幻視している中、悠は『無限蛇』に対する考察を粗方終えていた。


「……なるほど、このままでは勝てんな」


《今更遅かろうが!》


ここまで追い詰められた挙げ句の悠の物言いにスフィーロが怒鳴る。何か打開策でも見つけたのかと思えば、出てきたのが実質的な敗北宣言ではスフィーロでなくても怒鳴りたくもなっただろう。


《ならばサッサと逃げるぞ! お前だけなら逃げる事くらいは出来よう!?》


「逃げるなら最初から戦っておらんよ。何より、救うと決めた幼子を見捨てて逃げるなら、それはもう俺ではない」


《強がるな、全滅など犬死にではないか! お前のやるべき事は、もっと遥か先にあるはずだろうが!!》


「『竜騎士』は助ける、打ち勝つ、どちらも望むなら両方成し遂げなければならんのだ。そのどちらをも投げ出すのなら俺はもう『竜騎士』ではいられんし、今まで死なせてきた者達に顔向け出来ん。……生きて、俺を信じて待っている者達にもな」


鎌首をもたげ、突進してこようとする『無限蛇』に『火竜ノクリムゾンスピア』を叩き込む悠にスフィーロは尚も言い募った。


《勝ち目のない相手から逃げて誰がお前を謗る!? 皆が、子供らが、お前の帰りを待っているのだぞ!! たとえレイラであっても逃亡に非は唱えんはずだ!!》


「ああ、そうだな」


あっさりと認める悠だったが、剣を握る手に、今まで以上の力が込められる。


「誰にも謗られなければ見捨てて逃げてもいいのかもしれん。……だが、俺はそんな自分を許せそうにない。済まんな」


《ユウッッッ!!》


『無限蛇』に向かって駆け出し、その身を刻みながら悠が言葉を続ける。


「まだ絶対に負けると決まった訳ではない。俺もおおよそ『無限蛇』という魔物モンスターが理解出来た」


悠がそう口にしたのは強がりではない。観察し情報を集め続けたのは、全ては勝つ為だ。


「『無限蛇』を構成しているのは魔物でも何でもない、ただの蛇だ。しかし、ただの蛇に魔力を操る事は出来ん。ならばその核となる存在が居るはずだ」


《そいつがこの無数の蛇を掌握していると言うのか!?》


「ああ。この中のどこかに必ずな。……全にして一、一にして全とはよく言ったものだ。もしかしたら気付いた者が居たのかもしれん。それを生かせなかった可能性は高いがな……」


悠が出した結論がこれであった。ただの蛇を自身の一部として操る魔物こそ、真の『無限蛇』であると。それさえどうにかすれば勝機はあるのだと。


だが、真の『無限蛇』がどんな姿をしているのかは悠にも分からない事だ。レイラが起きていれば『無限蛇』の内部を探る事も出来たが、それは不可能なのだから。更に消耗を続けるこの局面でレイラの覚醒は絶対に有り得ない。


至近距離で我が身を刻む悠に『無限蛇』は周囲の蛇身を解し、その体に牙を突き立てた。すぐに切り払うが、少なくない毒素が悠の体を巡る。


悠に毒の類は殆ど効かないが、湯水のように毒を流し込まれ続ければそれは体調の悪化を招く。体液の何%かが毒に置き換われば、悠とてそれは免れないのだ。


『無限蛇』を倒す方法は2つ。核を見つけ出すか、全身を一瞬で殺し尽くすか。それが悠の出した結論であった。


しかし、今、後者の方法を取る火力は無い。であれば核を見つけ出し排除するしかない。


「ザガリアス、ラグドール、核を探せ! 『無限蛇』の本体がどこかに存在するはずだ!」


「本体? ……いや、分かった!」


「っ、承知!」


悠の発言の根拠を知りたく思った2人だったが、今は縋れるならどんな薄弱なものにでも縋りたい状況であり、余計な質問は挟まず2人は『無限蛇』を睨み付けた。


だが、表面を眺めた程度で発見出来るような場所にそんな物があるはずもなく、いよいよ激しく荒ぶる『無限蛇』にとうとうラグドールが弾き飛ばされた。


「ガハッ!!」


「ラグドール!?」


高く弾かれたラグドールは宙を舞い地を滑り、背後に庇っていたペコの前まで転がると大量に吐血し、そのまま僅かに痙攣だけを繰り返した。


「ち、父上っ!?」


ミズラは痛む体を引きずるようにラグドールの下へ辿り着いたが、既にラグドールは死の半歩手前としか言いようがない有り様であった。慌てて薬を任されていたピコを探すが、ふと凄惨なラグドールの姿を目の前にしても一心不乱に地面に何かを書き続けているペコが目に入る。


「ぐっ……おい! 危ないから、下がらないか!」


「こ、こらペコ!! ごめんなさい、すぐに……っ!?」


妹の場違いな行動にピコが慌てて割って入ったが、ペコが地面に書いていた物を見て目を見開くと、ミズラに問い掛けた。


「す、すいません! これって何てかいてありますかっ!?」


「な、何を……?」


子供の落書きなどに注視している場合では無いと一喝しようとしたミズラだったが、ピコの尋常ではない剣幕に地面に目を落とした。


「……? 何だこれは?」


そこに書かれていたのはミズラには解読不能な文字であった。子供が書いたにしてはしっかりとした字に見えたが、少なくともドワーフの言語ではない。


その横に一緒に描かれているのが『無限蛇』なのは間違いないだろうが、だからといって現状の打破に繋がるとは思えなかった。


「……生憎と、私の知らない言葉だ。さあ、そんな事は後にして――」


「今ひつようなんです! おねがいします!! 妹には、ペコには、ふしぎな力があるんです!!」


「し、しかし……」


「ミ、ズラ……」


「父上っ!」


気絶していたラグドールが目を覚ましミズラを呼ぶと、ミズラはピコの手から薬を引ったくり、ラグドールを支えて口元に近付けた。


難儀そうにラグドールが薬を飲み干し、その視線をミズラから地面へ向ける。


「……これは、人族の、言葉だ……」


「人族の? しかし、今はそれどころでは……!」


「聞いた事が、ある……全てを見通す、能力スキルがあると……過去も、未来も、その全てを……ゴフッ!!」


激しく咳き込むラグドールをミズラは再び横たえようとしたが、ラグドールはそれを制した。


「ミズラ……ユウ殿に、これを……」


「で、ですが、ユウが抜けると王子が……!」


「時間は、儂が稼ぐ……!」


半死半生のラグドールが口から血を吐きながらも身を起こすと、震える体を叱咤し、『魔導戦器アームズ』を杖に立ち上がった。


「無茶です! 治療したとて、もう動けるお体ではありません!」


いくらドワーフが頑健であっても、薬が高い効能を持っていても、死の一歩手前にあった者が即座に動き回れるほど軽い怪我ではない。失った血は簡単には補充出来ず、絶対安静が必要であった。


だが、死相とは裏腹にラグドールに迷いは無かった。


「ミズラ……我ら『天鎧衆』は、王族の鎧よ。戦場で、陛下や若様の、身を、御守りする事こそ、この身の誉れ……若様より後に、死ぬなど、恥辱の極みよ……!」


「っ!」


それは『天鎧衆』が入隊した時、最初に教え込まれる隊規である。王家より後に死す事なかれは彼らの誇りであった。


ベチャリと血塗れた足音でラグドールは踏み出す。その一歩ごとに命を削りながら。


だが、そんなラグドールを2つの影が追い越していった。


「ブフ!?」


「ラブサン!?」


ミズラと同様に深い傷を負って戦闘不能に陥っていた2人が、鎧すら纏わずに立ち上がっていた。


「隊長、気合い入りましたよ。……ラブ、まだ動けるよな?」


「当然だ、ついて来れなければ置いていくぞ?」


「へへ……こっちのセリフだっての」


「ま、待て!」


2人の顔に透明な決意を見たラグドールが一歩踏み出すが、自重に耐えかねたように二歩目で崩れ、ミズラが支えた。


「ミズラ、隊長を支えてくれよ。これからもな」


「お年の割に無茶をなさる方だからな。お前もいい加減、孫の顔でも見せてやれ。少しは自重なさって下さるかもしれん。……行くか」


「おうよ!」


「馬鹿な、鎧も無しに飛び込めば死ぬぞ!!」


ミズラは必死に叫んだが、ブフレストとラブサンは顔を見合わせ、苦笑して言った。


「ミズラ、先輩がありがた~い助言をしてやろう」


「これが俺達が教えてやれる最後の訓示だ。即ち……」


苦味の抜けた、誇り高い笑顔で2人は言った。




「「我らこの身、既に同朋の鎧である」」




背を向け、走り出すブフレストとラブサン。その手にある『魔導戦器』が命そのものであるかのように輝き、遠ざかっていく。


「ブフレスト、ラブサンーーーッッッ!!!」


ミズラの絶叫を背に受けたブフレストとラブサンはお互いにしか聞こえない声量で囁き合った。


「いいのかラブ、お前、ミズラに惚れてただろ?」


「ああ。だが、俺を気にして想いを告げん馬鹿の方がきっと惚れていたと思うが?」


「……馬鹿だな、そいつは」


「ああ、馬鹿だ。……一緒に死んでやってもいいと思えるくらい、な」


「フン、やっぱお前の方が馬鹿だぜ!」


「かもしれん!」


笑い合い、2人は駆ける。大切な物を守る為に……。

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