10-93 這い回る悪夢8
視界が樹木に遮られない場所まで移動するのにさほど時間が掛からなかったのは、地理に詳しく、暗視能力が高いドワーフと一緒に行動すればこそであろう。背後に子供達を庇って『無限蛇』と対峙する悠達と『無限蛇』を隔てる物はもはやどこにも存在しない。
出来ればこの間に子供達だけでも逃がしたい所だが、迂闊に先行させてしまうと、そちらを狙われる可能性が高い為、背後に控えさせるのが精一杯の安全策であった。スフィーロは『虚数拠点』が使えればと思わなくも無かったが、そもそも前提条件であるレイラが覚醒していなければならないのだから、考えるだけ無駄だ。無いものは無いのである。
可能な限り視界を確保する為にラグドールがバラ撒いた使い捨ての照明――1時間ほど発光する簡易的な魔道具である――が闇夜を切り裂き、這い寄る『無限蛇』の姿を露わにした。
「む……」
『無限蛇』が巨大な蛇の形態を持っている事はシルエットからも明らかであったが、灯りの下でそれを確認した悠は観察の精度が荒かったと認めざるを得なかった。
「これが、『無限蛇』か!?」
「馬鹿な……あれは魔物などではありませんぞ!?」
ゴツゴツとしたシルエットと悠が誤解した理由はその体の構成が原因であった。斑に蠢く体表の色は緑であったり赤であったり黄色であったり黒であったりしたが、それは全て既存の爬虫類としての蛇の集合体であり、魔物として単一の種族で構成されている訳では無かったのだ。
だが、異なる種の蛇が協力して獲物を襲う為に意思統一し、集合したり合体したりなど有り得ない。この世界特有の自然現象でもないというのは彼らの反応からも明らかだった。
「原因は分からんが……」
悠は残り少なくなった竜気を使い、再び『無限蛇』を『火竜ノ槍』で撃ち抜いた。近距離で良好になった視界の下でその再生プロセスを観察する為に。
何度目かの熱線が『無限蛇』の一部を削り取るが、そこで悠は『無限蛇』がどうやってその不死性を維持しているのかを遂に悟る事になった。
シャアアアアッ!!
『火竜ノ槍』は確かに群体を形成する『無限蛇』の一部を貫き、その部分を構成していた蛇達を焼き滅ぼしていたが、その周囲の無事な蛇達が死んだ蛇達の肉を丸呑みにすると、その身が弾けて数匹の蛇が生まれ、瞬く間にその穴を埋めていくのだ。共食いする事で瞬間的に体内で孕み、我が身を犠牲に全体を維持する。これが『無限蛇』の不死性を支える特性であると悠は看破した。
だが、プロセスが判明してもこの事態にどう対処すればいいのだろうか?
部分的に殺しても今の再生が繰り返されるばかりで数を減らす事は出来ないだろう。単なる爬虫類に可能とは思えない超能力だが、こうして大蛇身を多数の蛇で作り出している時点で有り得ないのだ。一瞬で全体を焼却出来るほどの魔法が使えれば倒せるかもしれないが、今の悠にそれだけの火力を作り出す方法は存在しなかった。
《あの炎の竜巻は作れんのか!?》
「地形が悪い。『火竜ノ円刃』ならば作れるが、表面を焼いたくらいで死ぬほど楽な相手では無かろう。味方を全滅させるのがオチだ。延焼を防ぐ手段も無いしな」
スフィーロが出す案くらいは悠も検証を終えていた。最大火力を持つ手札は最初に考察する可能性であり、悠はその案を早い段階で破棄していたのだった。『無限蛇』は無数の蛇の集合体であり、外側に多少火を通しても内部の蛇まで焼く事は出来ないし、『火竜ノ槍』では範囲が狭くて殺し切れない。
「俺の持つ攻撃手段の大半は無効化されている。群体に浸透勁の類は効かんし、かと言って表面的な打撃で再生より速く殺すのは不可能だろう。今必要なのは『無限蛇』のより正確な生態情報と……検証だな」
そう言って悠はもう一度『火竜ノ槍』で『無限蛇』を貫き、視線を逸らさぬまま鞄から幾つかの物品を取り出した。
「ザガリアス、これから近接戦を仕掛けるが、お前達はどうする?」
「我々も乗じさせて貰おうか。総員、『魔導戦器』構えっ!!」
「「「はっ!」」」
ザガリアスの号令で『魔導戦器』を構える『天鎧衆』。魔力が柄を伝い、先端に向けて充填されて眩い光が溢れ出す。
先んじて悠が剣を抜き、再生の途上にある『無限蛇』を高く飛び上がって斬り下ろした。
「各々、火属性で攻撃開始!」
悶える『無限蛇』の周囲に散ったザガリアス達は、それぞれの『魔導戦器』の刃を赤く光らせ、『無限蛇』に向かって振り下ろす。
ゴオオオオオオオオッ!!!
『魔導戦器』が命中した箇所から噴き上がる炎で『無限蛇』の半身が燃え上がり、血と肉の焼ける臭いが周囲に香ばしく漂った。
「効いたか!?」
「無傷では無いが……駄目だな、再生力を上回ってはおらん」
炎の透かして観察する悠の目には焼かれながらも共食いと再生を繰り返す様子が見えた。ダメージになっていない訳では無いが、もっと内部まで焼かなければ数を減らす事は出来ないだろう。
死骸と体液でどんどん火勢は弱まっていき、行動するのに差し支えなくなるまで特に長い時間を必要としなかった。
その間にも悠は手にした剣を目にも止まらぬ速度で右に左にと切り裂いているのだが、局地的な斬撃で与えたダメージなど全体の1%にも満たず、斬るそばから再生されてしまっていた。
「炎は火力不足、斬撃は範囲不足、打撃の効果は小……ついでに毒は殆ど効かんか」
斬ったついでに手持ちの毒薬を振りかけてみたりもしたが、それによって再生を阻害する効果は無い様だ。種類によっては毒が効いている蛇も居るのだが、同系の毒を持つ蛇には効果を発揮しない種も居てあまり効果的な攻撃にはなっていなかった。
しかし、これまで攻撃よりも追跡に執着していた『無限蛇』だったが、流石にこれだけ連続して攻撃されて腹に据えかねたのか、万にも達する目で取り囲む悠達に殺気を振り撒いた。
直後、『無限蛇』を中心に野太い物が横切り、反応が遅れたブフレストとラブサンを吹き飛ばし、ミズラを絡め取った。
「がっ!?」
「ぐはっ!!」
「うあああああああっ!?」
その正体は隠されていた尾である。数百キロに及ぶであろう肉の鞭が視認困難な速度で振られるとそれだけで一種の兵器となり、高硬度を誇るはずの純魔銀の鎧がひしゃげ、部隊は半壊していた。
「ぐああああああああああああああっ!!!」
先の2人がブレーキになって吹き飛ばされずに済んだミズラだったが、むしろ吹き飛ばされていた方がまだマシだったかもしれない。辛うじて受け止めた『無限蛇』は一瞬でミズラを包み、その体を締め上げたからだ。
「『絶影』!」
その締め上げが完全に決まる前に悠の剣が霞み、ミズラを捕らえた尾の先端を切り飛ばした。すぐに再生する蛇達の中から強引にミズラを引き剥がし、自分の手にも蛇を食い付かせたまま『火竜ノ槍』で残らず吹き飛ばしていく。
仕切り直せた、とはとても言えまい。一撃で体の各所に甚大なダメージを負ったブフレストとラブサン、それに短時間だったとはいえ締め上げられたミズラの鎧はほぼ全損し、ついでとばかりに多種の蛇毒まで食らっている有り様である。物理ダメージや状態異常に強いドワーフだから生きているのであって、エルフや人間であれば今の一撃でほぼ挽肉にされていただろう。
悠がミズラを救い出したように、ザガリアスとラグドールはブフレストとラブサンをそれぞれ肩に担いで子供達の居る後方に退いていた。
「『天鎧衆』の精鋭が一撃すら耐えられんとは!!」
「聞きしに勝るバケモノですな」
辛うじて回避した2人も直撃したら彼らと似た様な事になるだろうと感じ、顔色は冴えなかった。どう考えても活路が見い出せない恐るべき脅威であったが、子供達にそれを言う訳にはいかず黙り込む。
そこにミズラを抱えた悠が戻り、鞄から薬を纏めて取り出すとピコに押し付けた。
「負傷者の手当てを! ザガリアス、ラグドール、行くぞ!」
「「応!!」」
「えっ!? あっ……!」
丁寧に託している時間も無く、地面に転がされた傷付いた3人と薬を見比べたピコは何とかそれぞれの口に薬を含ませる事に必死になった。流れた血や青黒い打撲痕がピコの肌を粟立たせるが、彼らが敗北すれば次は自分達が食われる番だ。他の子供達や妹のペコの為にも何としても勝って貰わなければならない。
だからピコは気付かなかった。
「一にして全……全にして一……」
ペコが表情の抜け落ちた顔で、歌う様に木の枝で地面に何かを書いている事に。
この辺からちょっとグロ成分が強くなってくるかもです。




