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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-92 這い回る悪夢7

「っ、居たぞっ!」


闇夜で視界が制限される中で、併走する悠とザガリアスは同時に、しかし異なる対象を発見した。悠は抜け道から出て来た子供達を、そしてザガリアスは『無限蛇ウロボロス』を。


瞬間、悠がザルマンドの背から飛び出すと、一直線に子供達の下へと駆け出した。


「ユウ!」


「先に行って足止めする!」


より正確に言えば、悠にも見えないはずが無かった。


距離が離れている事を差し引いても馬鹿げたサイズの魔物モンスターが目に入らぬはずがないのだ。悠が子供達により早く気付いたのは優先度の順に他ならない。『無限蛇』の相手はいつでも出来るが、子供達を救うのは今しか出来ないのである。


初見となる『無限蛇』は遠くて暗く詳細は悠にも分からないが、周囲の木々から頭が飛び出ている事から、見えていない部分を合わせれば最低でも30メートルはありそうな大蛇であった。闇夜に透けるシルエットがややゴツゴツしているように見えるが、ひょっとすると硬い鱗のようなものを持っているのかもしれない。


その『無限蛇』の先に小さく見えるのは件の子供達であろう。『無限蛇』の出現には気付いているようだが、ドワーフの子供では逃げる速度が絶望的に遅く、すぐに追い付かれてしまいそうだった。


こんな時レイラが居れば『無限蛇』などすぐに蹴散らしてしまえるのだが、レイラは未だ目覚めてはいない。これまでの経験から、このまま無駄に竜気プラーナを使わなければ明日か明後日にはレイラは目を覚ますだろうという確信が悠にはあった。


完璧を期するなら、残酷なようだがここで子供達を見捨ててレイラの覚醒を待つのが最良であろう。無理をして救出しなければならない重要人物が混じっている訳でも無いのだから、より多くのドワーフの支持を得たいのならば圧倒的な力をもって後日『無限蛇』を倒した方がドワーフに畏怖の念を植え付けられただろう。伝説の魔物相手に子供を守れなかったからといって、王子であるザガリアスがその顛末を見ているのだから謗られる謂れも無い。


スフィーロは悠にそう提案しかけ――結局は放棄した。


(こいつが自分の都合で子供を見捨てて逃げるはずもない、か……)


そんな計算があるのならザガリアスを説得などしていないし、誰よりも先に死地へと飛び込んだりはしていないだろう。悠は最初から見捨てるという選択肢を除外しているのだから。


「『火竜ノ槍クリムゾンスピア』!」


悠の魔法が闇を貫き、瞬時に『無限蛇』の頭部に着弾、頭の半分近くを吹き飛ばすと、その場で『無限蛇』はのたうち回った。とりあえず、魔法が効かないという事は無い様だ。


しかし、これで殺せるほどヤワな魔物モンスターなら勇敢なドワーフ達が恐怖の代名詞として伝承したりはしないと割り切っていた悠は稼いだ時間で子供達の下に辿り着いた。


「怪我人はいないか!?」


「い、いません!!」


突然の襲撃と救助にピコは反射的に答えたが、内心では悠の放った魔法に度肝を抜かれていた。ドワーフは魔法が不得手であり、体一つであれほどの魔法を放出出来る者は居ないのだからこれは当然の反応だ。


だから、それを放った悠が人間であると気付くのに遅れたのは無理もない事と言えよう。


「あっ、じ、人族!?」


「『火竜ノ槍』」


再び動き出そうとしていた『無限蛇』に新たな火線が迸り、『無限蛇』は地震を起こす勢いで激しく地面を叩いた。


「質問は後だ、ザルマンド!」


更に『火竜ノ槍』で『無限蛇』をその場に釘付けにしつつ、悠が呼ぶとザルマンドは若干『無限蛇』から距離を取りつつ悠の下へと走り寄った。


「ザルマンド、この子らを乗せて離れろ」


悠の意を受けたザルマンドは任してよと言いたげに鼻を鳴らすと、ピコ達の前に体を晒して促した。


「早く乗れ、長くは保たんぞ」


「っ、わ、分かった!」


分からない事ばかりで半ばパニック状態のピコだったが、今しなければならないのは逃げる事だというのは理解出来た。


しかし、一度にザルマンドに乗れるのは精々が3人か4人であり、ピコは少し迷ってからペコと、年少の子供達を乗せる事にした。


「おにいちゃん……!」


「大丈夫だ、ロックリザードは一匹ではない」


「おれもすぐに行くから、な?」


兄を置いて逃げるのに難色を示したペコだったが、悠の言う通りこちらに近付いてくる騎影を見てようやく頷いてみせた。


その間にも悠は『無限蛇』を『火竜ノ槍』で食い止め続けていたのだが、一発で稼げる時間は十秒程度しかなく、スフィーロが呆れたように呟いた。


《本当に死なんな……ここからではよく見えんが、嵩が減ったようにも見えん。『殺戮獣キリングビースト』といい勝負だぞ》


「その『殺戮獣』ですら不死性に秘密があったのだ。神でも無い魔物が本当に不滅のはずがない」


《だが、それを紐解かなければ我らは遠からず全滅だ。ドワーフ達が長い時間をかけて解けなかった謎をこの短時間で解けるか?》


『火竜ノ槍』は一発辺り約5%の竜気を消耗する。つまり悠が最大まで竜気を残している状態でも20発ほどで打ち止めなのである。多少竜気を抑えて撃っても、あと2分ほどで攻撃手段が無くなってしまう計算であった。


「それでもやらねばなるまいよ。泣き言を言っても何の解決にもならん」


《やれやれ……お前をここでむざむざ死なせたら、我が留守番している者達に殺されるわ》


具体的には蒼凪辺りか。


「お前を巻き込んではつがいになって間もないサイサリスに申し訳ないな。最善を尽くすとしよう」


「ユウ、全員乗せたぞ!!」


その時、少しずつ離れていた子供達を回収し終えたザガリアスが悠に声を掛けた。ブフレストとラブサン、ミズラの背後に2人ずつ乗せ、ザガリアスとラグドールは戦闘を想定して単騎で悠を待っていた。


「了解だ、逃げながら対策を立てる!」


悠が踵を返すとザガリアスとラグドールも先行した子供達を追ってロックリザードを走らせる。ドワーフには思いもよらない速度で並走しても息一つ乱さない悠に半ば呆気に取られそうになるが、そんな場合では無いとザガリアスはあえて語気を荒くした。


「それで、伝説のバケモノを見た感想は!?」


「この一帯は暗く、遮蔽物が多くて良く見えん! もう少し開けた場所で情報を集めんと対抗策が見い出せん!」


「子供らを逃がして誘き寄せるか?」


「そうだな……」


悠とザガリアス、ラグドールは僅かずつ先に逃れた者達から進路を逸らして走ってみたが、『無限蛇』は悠達の方よりも先に逃れた方に向かって進み出したのでその策は中断を余儀なくされた。


「駄目だ、一度狙った獲物に執着するタチらしい!」


再び『火竜ノ槍』で『無限蛇』を撃ち、詰められた距離を引き離す悠。子供達を先に逃がせないのなら、やはりこの場で『無限蛇』をどうにかするしか方法は無さそうだ。


しかも今の『火竜ノ槍』で竜気が半分を割ってしまっていた。


「已むを得ませんな……」


「ああ、ここで戦うしかない」


「チッ、『機導兵マキナ』をバラ撒いても足止めにもならんか……」


戦力として万一の備えに『機導兵』は持って来ているザガリアスだったが、相手が魔法に頼らない怪物では捻り潰されてお終いであり、悠の魔法を阻害してしまう分、邪魔でしかない。


「ラグドール、先行して子供らを一纏めにしておけ! ここを我らの死地と定めるぞ!」


「御意!」


ザガリアスの意を受け、ラグドールが乗騎の速度を上げて走り去って行く。悠と並走するザガリアスは背後から『無限蛇』が迫る中、悠に問い掛けようと口を開いたが、悠の目に宿る意志の光に首を振った。如何なる説得もこの男の決意にヒビを入れる事は出来ないと悟ったからだ。


(この俺が、エルフの使者として現れた人族と共に果てる事になろうとはな……)


勝てる見込みなど0に等しい。同胞の為、簡単に負けてやるつもりはないが、生きて帰れるとは思えない。しかし、故郷で戦友と死ねるなら上等な死に方であろう。


(……戦友?)


ふと、ザガリアスは自分が悠を戦友と認めるのに何の違和感も無かった事に、口の中で笑いを噛み殺した。短い間に自分も随分とこの男に毒されたものだと思うと腹の底から可笑しかった。


悪くない気分だ。少なくともエルフと憎しみ合い、殺し合いをしている時よりもずっとスッキリとした気分でザガリアスは悠に語り掛けた。


「……なあユウ、俺達は、もっと違う形で出会うべきだったのかもしれんな……」


もっと世界が繋がっていれば、ただの旅人として訪れた悠と友好を深める機会があったかもしれない。悠の強さであればドワーフに受け入れられただろう。矛を交え、酒を酌み交わし、大いに笑い合う、そんな未来もあったかもしれないのだ。


だが、悠は小さく首を振った。


「お互い、生きて出会えただけで上等だ。この広い空の下でな」


出会えたのなら、そこから先を描き出すのは自分自身がなすべき事だと悠は考えていた。理想的な出会いなど望むべくも無いが、望む形を作り出す事は出来るのだ。少なくとも、そこへ向かおうという意志を悠は捨ててはいなかった。


「勝つぞ、ザガリアス。首尾よく討ち取った暁には、ドワーフ秘蔵の酒の一杯も奢って貰おうか」


一瞬の感傷から戦場へと立ち戻った悠にザガリアスは破顔し、大きく頷いた。


「応!! 俺のとっておきを樽でくれてやるわ!!」


「楽しみにしている」


追いついて来た『無限蛇』に『火竜ノ槍』を叩き込み、一切の迷いを振り払ったザガリアスと悠は決戦の場へと駆け抜けていった。

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