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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-90 這い回る悪夢5

移動した兵士達の後を追う事自体はそれほど困難では無かった。それというのも、ただでさえ軍が動けばそれなりの痕跡を残すものだが、昨日の雨で地面に移動の跡がくっきりと残っているからだ。


しかし、それは『無限蛇ウロボロス』も同様で、兵士の足跡は『無限蛇』と思われる縄状の移動痕に上書きされており、予断を許さなかった。


そのうち痕跡は街道を逸れ、緩やかに高地を目指すコースを辿り始めるとザガリアスは彼らの思惑が掴めてきた。


「どうやら低地での浸水を嫌って高台を目指したか」


「物資の保全を考えるなら当然ですな」


「だが進軍速度は下がるぞ。『無限蛇』に追われていると気付いていないなら……」


ドワーフは体力においては並ぶ者が無いが、王族以外は身長が低く、時間当たりの行軍速度は決して早くはない。それを補う為のロックリザードであるが、前線への物資を抱えたままでは大した速度は出せないし、何より全員が騎乗出来る数は無いのだ。足場の悪さを考慮すれば普段の半分も進めてはいないだろう。


その懸念が現実のものとなったのはそれから一時間後の事であった。


「っ!?」


「これは……」


それまで整然としていた行軍の痕跡が乱れ、周囲に武器や防具、そして何より夥しい血痕が広がっているのを発見したザガリアスの歯がギリッと歯軋りを上げる。


間違いない、ここで襲われたのだ。


「やはり間に合わなかったか……!」


衝撃に打たれる一行だったが、悠は即座にザルマンドから降りると、地面に転がった鎧の一部を手に取った。


(……1匹2匹では無いな。何十何百という数で絞め上げたのだろう)


血塗れの鎧に走る凹みは一つ一つはそれほど大きいものでは無かったが、一匹で絞めつけたにしてはあまりに雑然としており、屈強なドワーフであっても落命を免れたとは到底思えない有様であった。実際、この鎧を身に纏っていたドワーフがどうなったかは想像に難くない。周囲にはそうした鎧や兜、武具などが散見され、この場が多くのドワーフの死地となった事を窺わせた。


(死体が見当たらんのは骨まで食われたからか……)


(おそらくな)


スフィーロに答えながらも悠が考えていたのは別の事柄であった。


(ドワーフの死体が無いのは食われたからだとしても、『無限蛇』の死骸の欠片も無いのはどういう訳だ?)


確かに『無限蛇』はドワーフすら恐れおののく常識外れの怪物かもしれないが、だからといってドワーフが一矢も報いずに全滅したのだろうか? たとえ敵わずとも、せめて一太刀を浴びせた者が居ないとは悠には思えなかった。


(ラグドールの説明では攻撃すればほんの僅かな時間ではあるが数が減ったと言っていたはずだ。……もしや僅かな欠片になっても復活するほどの再生力があるのか? それとも自分達の死骸すら食ったか?)


どちらにしてもおぞましい特性だ。再生力や自己修復能力が強い魔物は幾つか存在するが、それが軍を飲み込むほども群れているとなると、もはや国家の存亡に関わるレベルの脅威である。悠は心中で『無限蛇』の危険度をⅨ(ナインス)以上と引き上げつつラグドールに尋ねた。


「これまで『無限蛇』の死骸が発見された例は?」


「死骸? ……いえ、御座いませんな。精々が血痕くらいです」


血痕が残されているという事はアンデッドに代表される不定形の魔物ではなく実体を持っているという事だ。幻覚や目くらましの類でもないとすると、本当に不死なのだろうか?


だが、国家を圧する力と不死という特性が『無限蛇』に備わっているのならば、この世界の、少なくともこの大陸の覇権は既に『無限蛇』の物になっていても不思議ではない。今現在そうなっていない時点で『無限蛇』の不死性には何かトリックがあるはずだと悠は考えた。


しかし、この状況から察するにドワーフ兵は全滅であろう。悠達の目的はあくまで兵の救援であって『無限蛇』の討伐ではないのだ。これ以上『無限蛇』を追う意味は失われていた。


無念ではあるが、グラン・ガランへの旅程に戻ろうと悠が口を開きかけた時、薄汚れた紙を手にしたブフレストの口からラブサンに向けて緊迫した声が漏れた。


「……おい、この方角って……!」


「っ!? 隊長!!」


「どうした?」


ただならぬ様子の2人を訝しく思いながらもラグドールが近づくと、ブフレストはちらりと悠に視線を送り、ラグドールに耳打ちした。それを聞いたラグドールの眉間に深い皺が刻まれると、今度はザガリアスに素早く耳打ちし、彼もまたラグドールと同じ表情を作る。


……実の所、悠にもその内容は聞こえていた。地声の大きいドワーフは内緒話をするのに不向きであったし、何より悠の聴力は多少能力が落ちているとはいえ常人とはかけ離れているのだ。わざわざ聞き耳を立てるまでもない。


それを指摘するのも悪いかと、悠はザガリアスが出す答えを待つ事にした。多分、促すまでも無くザガリアスは決断するはずだ。


悠の推測はすぐにザガリアスの口から少々回りくどい形で放たれた。


「……ユウ、この旅程で俺は本国に着くまでお前と他のドワーフを接触させないつもりだった。一応はエルフの将軍という肩書きを持つお前の立場を一々詳しく説明する暇は無いし、敵国に属する相手に町や村の場所を教える事は利敵行為の誤解を受けかねんからだ。だからこそどこにも寄らず本国に向かうつもりだったが……背に腹は変えられん」


それがどういう意味なのかは、聡い者ならばすぐに理解出来たであろう。そうでなくても先ほどの耳打ちが聞こえていた悠は即座に頷いた。


「つまり、今から行く場所はエルフの知らぬ町か村があると?」


「そうだ」


やや躊躇い、ザガリアスは言葉を付け足した。


「……この先にそれほど大きくは無いが、村が一つある。避難した兵達がそこを目指していたかは定かではないが、もし『無限蛇』に嗅ぎ付けられたなら兵と同様に皆殺しにされていてもおかしくはない。だが、多少なりとも兵達が時間を稼いでいてくれたならば、もしかしたら避難が間に合うかもしれん」


ドワーフ殲滅を狙うエルフに対し、ドワーフの居住地の情報は高いレベルでの部外秘であった。もしそれがエルフに知られたら、真っ先に攻め落とされるからだ。今更悠の事を疑う訳ではないが、これは本来ならば知らせる必要のない情報だったのだ。


しかし、事ここに至っては隠しておく意味は無くなったとザガリアスは判断したのだろう。むしろ、民を救う為には情報の出し惜しみはせず、悠にも働いて貰わなければならない。


「このまま走っても着くのは夕方頃になるだろう。不幸中の幸いと言うべきか、村のある場所は進行方向にも重なる場所だ。ここからは『無限蛇』の痕跡を追わず、最短距離で村に向かおうと思う」


「それが良かろう。村が無事なら一時的にでも避難を促せばいい」


勝てるか分からない魔物の後を追うよりも、予見される悲劇を回避しようとするザガリアスの判断は妥当なものだ。悠もその決断に異論はなく、一行は軽く兵士達の魂に黙祷を捧げ、すぐに村に向けて走り始めた。


そんな悠の脳裏を占めるのは『無限蛇』の考察であった。


(血の乾き具合からして、ドワーフ達は殆ど間を置かず全滅させられたに違いない。いくら精兵であろうと、情報不足のままたった5人でまともに戦えば……)


本能で行動する生物には交渉や説得の概念が通用しない。そういう意味ではエンシェントリッチであるデメトリウスの方が能力や特性を予測し易い分マシであると言えた。そのデメトリウス相手ですら悠はかなりの覚悟を要したのだ。


せめてレイラが起きていれば対峙した際に情報を収集する事も叶っただろう。魂で繋がっていないスフィーロではレイラの代わりは務まらないのである。


ペンダントを握る手に力が入る。


有効な戦術を考えなければ死ぬという予感が、悠の背中を滑り落ちていった。

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