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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-89 這い回る悪夢4

悠がドワーフ達と親好|(?)を深めている頃、ドワーフの駐屯地近くの川は豪雨の為、非常に激しい勢いで流れ抜けていた。しばらく続いた晴天で減っていた水量を大幅に増し、乾いた大地を容赦なく抉り取っていく。


川面近くの岸壁が削られる事により、岸の上部は不安定になり、やがて崩落して土砂を川に撒き散らした。その際、周囲の樹木を巻き込んだ結果、大量の樹木も川に流れ込み、川のカーブに蟠り、堰の役割を果たして瞬間的に水位は上昇、大した治水もされていない川は一気に溢れた。


ドワーフの駐屯地は平地に設営されていたが、川が氾濫し付近が水で浸食されていくに至り、ドワーフ達は一時的に高台へと避難する事を決め、即座に行動を開始して――。


その後、二度と発見される事は無かった……。




「どうやら移動してしまったようだな……」


水と泥土に塗れた元駐屯地を見たザガリアスは嘆息を漏らした。一晩で雨は上がったが、その爪痕は深く大地に刻まれており、遠くからは水がゴウゴウと流れる音が届いていた。この駐屯地に駐留していたドワーフ達はいち早く危険を察知し、場所を移したのだろう。


「仕方ありますまい、若様。水が引き大地が乾けば帰ってくる事も出来ましょうが、それには幾日か待たねばならんでしょう。この有り様では更に行程が遅れる可能性が高そうです。彼らを探すよりも進めるだけ進んだ方が良さそうですぞ?」


ラグドールの提案にザガリアスは頷いた。ロックリザードは泥土を嫌がりはしないが、速度が落ちる事は確かである。多少時間を掛ける事はザガリアスの厭う所ではないが、あまりに遅過ぎては手腕を疑われる事になりかねない。


既に時刻は昼を大分過ぎてしまっており、先の事を考えればこれ以上の遅延は認められなかった。


「不測の事態ですから、本国の方にも連絡を入れるでしょう。もしかしたら途中で追い付くかもしれませんよ」


「追い付く頃には先触れの意味は無くなっていそうだがな」


「……」


ブフレストとラブサンが談笑する横で視線を固定し無言となった悠が気になったミズラは良い機会だと考え、さり気なさを装って悠に話し掛けた。


「どうしたユウ、泥が跳ねるのは気に食わないか?」


「いや……ミズラ殿、一つ伺いたいのだが宜しいかな?」


「え!? あ、な、何だ!?」


話すキッカケを探していたが、急に悠に見つめられたミズラは思わず声が裏返った。その醜態に熱が顔を上ったが、悠はあくまで冷静に手綱を握り直した。


「ここからでは見にくい。ザルマンド、少し前に」


合点承知とばかりにザルマンドは泥を苦にせず前に進み出た。頭の良いザルマンドには軽く意志を示せば従ってくれると分かったからこその反応であり、馬ではないが人馬一体に近いものがあった。


そのザルマンドを追って他のロックリザード達も動き出すが、悠が目指していた地点に到着する寸前、あれだけ従順だったザルマンドがピタリと足を止めてしまった。


「どうしたザルマンド?」


悠が呼び掛けるが、ザルマンドはキューと情けない声を発してこの先に行きたくないのと言っているようだ。


ワガママでも軍で運用されているザルマンドの怯えた様子を訝しむ悠だったが、無理強いしても仕方ないとザルマンドから降り、目的としていた場所に屈み込んだ。


「やはりロックリザードの尻尾の跡では無いな。もしそうなら足跡も一緒に残るはずだ。これは何かの合図か?」


悠が遠目に発見したのは、大量に大地に残された縄状のものを引きずったかのような跡であった。それが1つや2つならば特筆には値しないし一緒に足跡が残っていればロックリザードの尻尾の跡で作られたものだと推測する事も出来たが、数え切れないほどの縄の跡が付く理由が悠には分からなかったからこその問いだ。そもそもこの駐屯地は前線に円滑に物資を送る為の中継地であり、配備されていたドワーフも五百に満たず、その人員をフルに使ってもこれを作るのは大変であろうと思われた。


悠はドワーフについてある程度の知識を修めてはいたが、その知識の中にこのようなものは存在しない。だが、悠の問いに返ってきたのは、ブフレストの呻き声とラブサンが武器を取り落とす音であった。


「あ、あ……!」


「どうした?」


地面の跡から悠が背後を振り返ると、そこには顔色を無くしたドワーフ達の顔があった。剛勇を誇るザガリアスも任務に忠実なラグドールもよく見れば細かく震えているようで、若い者達など悠の言葉すら聞こえていないかのようである。完全な異常事態だ。


「……ユウ、我々ドワーフは戦場での死など恐れん。少なくとも、ここに居る者達はな」


そんな中で最初に精神を立て直したのはやはりと言おうか、王子であるザガリアスであった。だが、大粒の汗を滴らせながら、声を絞り出す様子は必死に感情を抑えつけているのだと如実に伝えていた。


「しかし、そんな我らにも恐れるものが無い訳ではない。その最たるものが、これだ」


地面の痕跡を指し、ザガリアスは続けた。




「『無限蛇ウロボロス』……一にして全、全にして一の不滅の毒蛇よ」




「ひいっ!」


「や、やはり……!」


「……っ」


ザガリアスの口から具体的な固有名詞が出ると、堪りかねたブフレストが小さく悲鳴を漏らし、ラブサンは顔を引きつらせた。強気なミズラも無意識に息を呑む。


「不滅? 殺せんのか?」


「若様、まずは移動しましょう。第一、この足場では逃げる事も叶いませぬ」


悠の質問に答える前にラグドールが注進すると、ザガリアスも頷いて周囲を見回した。


「そうだな、こんな開けた場所で襲われてはひとたまりもない。間に合うかは分からんが……」


走り出すザガリアスにここで話を聞く事は出来ないと悟った悠はザガリアス達に従い駐屯地を後にしたが、空気に混じる薄く引き伸ばされた殺気に、晴れたはずの空に暗雲が立ち込めるのを幻視したのだった。




「『無限蛇』はこの地に住むドワーフにとって、エルフなどよりも遥かに畏怖を持って語り継がれる最悪の魔物だ」


ロックリザードを駆りながら、ザガリアスとラグドールは悠に『無限蛇』とは何なのかを語り出した。


「奴らの恐ろしさは先人達の数多の犠牲が教えてくれた。身体強化によって筋力と鱗を強化し、何百何千という数で獲物を締め上げて殺すか、隙間から侵入して体内を貪り尽くすか……俺の鎧は魔銀ミスリルをドワーフの技術で極限まで鍛え上げた純魔銀ピュアミスリル製だが、『無限蛇』に集られては長くは保たんだろう」


ザガリアスの説明で悠はドワーフの魔銀の手応えを思い出していた。神鋼鉄オリハルコンには及ばないが、厳鋼鉄アダマンタイトに匹敵する硬度を持つであろう純魔銀でも耐えられないとなれば、下手をすれば神鋼鉄でも歪むかもしれない。


また、どんなに優れた鎧でも、人型生物が身に着ける装備である以上、隙間が存在するのは如何ともし難く、零距離で集られてはザガリアスすら為す術がないのである。


「しかし、真に恐ろしいのは奴らの生命力なのです。『無限蛇』の名は、その異常なまでの生命力に由来しておるのですよ」


「さっきも言っていたな。具体的にはどういう意味だ?」


「ここに居る者の中で実際に目にした事のある者は居りませんが、過去の文献や民間伝承から紐解く事が出来ます。そこに記されている記述によれば体をバラバラに千切ろうが、強力な火で炙ろうが、ごく僅かな時間だけ数を減らしただけで即座に数を回復し、より凶暴になって襲い掛かって来たそうです。この情報も遠くから観察していた兵士の証言に過ぎませんが、殺しても殺しても殺し尽くせぬ不滅の毒蛇を我らは『無限蛇』と呼ぶに至りました。決して手出ししてはならない一種の災害として奴らの縄張りには近付かなかったのですが……」


ラグドールの説明に悠は思考を巡らせたが、悠とて多様な生態を持つ魔物の全てを知り尽くしている訳ではなく、不滅のからくりは解けなかった。戦闘力とランクはこの上なくとも、悠もまだ駆け出しの冒険者なのだ。


「人間の領域では聞いた事が無い特性だな……此方の固有種か。おそらくこの雨で住処が水没でもしたのかもしれん」


真偽は定かではないが、今重要なのは『無限蛇』がドワーフの領域に侵入したという事だ。ザガリアスにしても、軍の補給ルートを潰されたままになるのは指揮官として看過出来まい。


だが、彼らの話から推し量るならば、『無限蛇』は間違い無くⅧ(エイス)以上に分類される魔物である。未だに討伐されていない事を加味すればⅨ(ナインス)、或いはⅩ(テンス)の魔物の可能性すらある。解決の糸口すら掴めない状況では、弱体化している悠では殺される危険性も高かった。


「……若様、もし本当に『無限蛇』であったなら如何されますか?」


「……」


ラグドールの質問の意図は明白で、だからこそザガリアスは即答出来なかった。もし『無限蛇』ならばこの人数で出来る事など何もなく、精々がその姿を確認し、情報を確定させる事くらいである。


しかし、先を急ぐという事は駐屯地の兵である同朋を見捨てるという事だ。その決断はザガリアスには俄には耐え難いものであった。ほぼ確信はしていても、後方から自分達を支えてくれた兵を簡単に切り捨てて進めるほど彼は非情にはなれなかったのだ。


しかし、今のザガリアスには悠を本国に送り届けるという重要な任務がある。生きるか死ぬかの危地に悠を巻き込む事は許されない。許されないのだが……。


先頭を走るネビュラが主人の迷いを読み取って速度を緩める。


「……俺は――」


やはり先を急ぐべきだと口にしかけたザガリアスだったが、そんなザガリアスを悠のザルマンドが追い越した。


「ユウ?」


ネビュラを追い越して心なしか得意げなザルマンドの背の上で悠が振り返る。


「その責任感の強さは人間やエルフも見習うべき美点であろう。特に王族がそれを忘れないのは喜ばしい限りだが、せめてこの旅程の間くらいは己の心に従ってみてはどうだ?」


「……ユウ、お前が余計な気を回す必要はない。今の俺が果たすべきはお前を本国に連れて行く事だ」


「とてもそれが望みには見えんが?」


「くどいぞ!!」


淡々と語る悠に苛立った口調で言い返すザガリアスは怒鳴るように、或いは誤魔化すように言葉を続けた。


「もし『無限蛇』ならば今更追っても無駄だ!! そうなればユウ、お前の目的も果たせなくなるのだぞ!?」


ザガリアスとしては悠の痛い所を突いたつもりであった。悠の目的はグラン・ガランにあり、こんな所で生死を賭けた戦いに興じる暇など無いと考えたからだ。


だが、その言葉に対する悠の返答はザガリアスにとって更に痛いものであった。


「笑止。俺を言い訳にして同朋を見捨てるのがドワーフの流儀か?」


「なっ……!? き、貴様に、人族にドワーフの何が分かる!!!」


絶句し、更に声を荒げたザガリアスだったが、その声音にどこか迷いが感じられたのは気のせいでは無いだろう。ラグドールの気遣わしげな視線がそれを裏付けているようだった。


「分からんよ。分からんが、今彼らが狙われているとして、助けに行けるのが俺達だけだという事は分かる。誰も助からんかもしれん、勝つ事はおろか逃げる事すら叶わんかもしれん。……それでも助けに行きたいのだろう? 何故心に蓋をする? 確かに俺には目的があるが、窮地にある同朋を見捨てて先を急げなどと言うつもりはないぞ」


「だ、だが、しかし……!」


「やれやれ……説得する相手があべこべですな」


歯を軋らせるザガリアスを見かねたラグドールが乗騎の歩を速め、悠に併走して問い掛けた。


「ユウ殿、『火将』に据えられているからには多少は火属性魔法の心得があると思っても宜しいですかな?」


「多少はな」


「それは重畳」


「ラグドール、お前まで何を言う!?」


割り込んだラグドールに叱責を飛ばすザガリアスだったが、ラグドールは首を振った。


「若様、ユウ殿が先を急げと言うのなら兵を見捨てるのも仕方ありませんが、当のご本人が救出に異論はないと言うのならばここは助力を願うべきです。魔法が使えるユウ殿ならば牽制して逃れる事くらいは出来るかもしれません。ユウ殿、ご助力願えますか?」


「無論だ。ここまで言っておいて手を貸さぬつもりはない」


「ま、待て、勝手に話を進めるな!! ラグドール、ユウを縛り付けてでも止めんか!!」


ザガリアスを置き去りにして友好的に進む会話にザガリアスが怒鳴ったが、悠は一顧だにせず、逆にザガリアスに言い放った。


「ならば俺は勝手に動くぞ。グラン・ガランへの道はザルマンドが覚えているだろうからな。先に行って待っていればいい」


「おお、それは弱りましたな。ここでユウ殿を独りで行かせてグラン・ガランに辿り着けなければ若様の任務は結局失敗という事になりましょう。若様があくまで任務に拘ると仰るならば我々は従わざるを得ませんが、さりとてユウ殿がここで大人しく縄を打たれるはずもありません。どうしてもと仰るなら一命を賭してユウ殿をお止め致しますが……うっ、ゴホッゴホッ……この老骨も遂に朽ちる日が来ましたか……」


「急に雰囲気を出すな!! ……ええい、このバカ共が!!」


わざとらしく空咳を放つラグドールにザガリアスは自らの膝を叩くと、ネビュラの速度を上げ悠達を追い抜いた。


「客人と仮病の年寄りだけを行かせられるか!! ここでおめおめと俺だけ帰っては父上と妻達に笑われるわ!!」


「ハハ、それでこそ若様で御座います。……ブフレスト、ラブサン、ミズラ、お前達は一足先に本国に走れ。恐怖に固くなるような足手まといは要らぬ」


愉快そうにザガリアスに返し、別人のように厳しい口調で言い放つラグドールに若い3人が色めき立つのは必然であった。


「そりゃないですよ隊長!! 俺達だって栄えある『天鎧衆』の一員です!!」


「そ、その通り!! 少々不意を突かれて無様を晒しましたが、相手が『無限蛇』とて退く道はありません!!」


「所詮は過去の遺物、逆に討ち取ってやりましょう!!」


勇み立つ3人にラグドールは肩を竦め、ならば勝手にしろと顔を逸らした。が、併走する悠にはその口元に笑みが浮かんでいるのが見て取れた。要は若い者達に発破をかけたのだろう。


だが、慢心に繋がりそうな発言には訂正を入れる事を忘れない辺り、ラグドールはやはり優れた指導者であった。


「いきり立つのはいいが、侮るのはやめよ。『無限蛇』は真性の化け物、『機導兵マキナ』でもどうにもならん天災だ。油断すれば一瞬で死ぬぞ」


「「「ハッ!」」」


隊長の訓示に『天鎧衆』の表情が引き締まる。言わねば出来ないのではまだまだとラグドールは隣を走る悠にチラリと視線を向けたが、そこにある凛と引き締まった眼差しに思わず感嘆を漏らした。


(困難を知り、恐れを知り、死の気配を察しつつも澄み切っておられる……命短い人族にも見るべき者は居るという事か……)


ラグドールは急に悠と肩を並べている事がかけがえのない尊い事のように思え、無意識に語りかけていた。


「ユウ殿、あなたは客人、万一の時は疾くお逃げに――」


「気遣いは無用。自分も今この時は一兵卒ゆえ。余所事は後に置かれるが良かろう」


ラグドールの言葉を制し疾駆する悠に、ラグドールは心中に残る僅かな疑念が吹き払われていくのを感じていた。悠の目にはただただ成し遂げるという意志のみが光り、ここでドワーフに恩を売って交渉を優位に進めようなどという色気は欠片ほども無かったからだ。


「……無粋な事を申しました、ご容赦下さい」


ごく自然に、ラグドールは悠に頭を下げていた。ドワーフの為に命を張る悠はラグドールにとって敬意を表するに値する人物だと思えたからだ。


軽く顎を引いて頷いた悠と一行はぬかるんだ道に残る駐屯軍と『無限蛇』の後を追ってひたすら駆け抜けていった。

一身上の都合でしばらくの間、更新が非常に不定期になりそうです。


頭の中にストーリーはあるのですが、アウトプットする時間が取れず。エタったとかそういう事はありませんのでご安心下さい。

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