10-85 新たなる旅路8
悠が休む為に天幕を離れると、ザガリアスはドルガンと共に今日の出来事を語り合った。
「……爺、俺の判断は間違っているだろうか?」
「いえ、妥当な所かと。これだけの話を陛下にお聞かせしない訳には参りません。それに、あのユウという男の行く末を見届けたいという若の気持ちは良く分かります」
ドルガンの言葉にザガリアスは僅かに苦味を混ぜて笑った。
「ああ、正直に言って俺はユウを気に入っている。ドラゴンすら従えるという力も、死の恐怖すらねじ伏せる精神も、ドワーフの理想そのものだ。……あいつが最初からドワーフの下へ現れていてくれれば……」
埒の無い想像をザガリアスは頭から追い払うと、現実の問題に思考を傾けた。
「ドルガン、お前は残ってこのアガレス平原を確保しておいてくれ。それと、『機導兵』はなるべく使うな」
「畏まりました。……便利な兵器かと思いましたが、ユウ殿の話を聞いた後では迂闊に使う気にはなれませんな」
「ユウの言うような暴走の兆候は見られんが、用心に越した事は無い。まあ、ユウがあちらに戻らぬ内は仕掛けてくる事もなかろう」
悠の命は辛うじて許されているに過ぎないとエルフ達も理解しているはずだ。もし今軍事行動を起こせば、いくら悠自身に過失が無かろうとエルフィンシードで要職にある悠を野放しにはしておけなくなるのは考えるまでもない。
そもそもエルフィンシードの軍は半壊しており、アガレス平原奪還の兵など出せようはずもないが、軍を預かる者として全ての可能性は押さえておくべきであった。
「しかし、どうにも話が妙な方向に動き始めましたな」
「全くだ。よもや異なる世界から干渉を受ける事になるとは予想だにしていなかったが……」
ザガリアスは勝つ事を諦めてはいないが、『機導兵』がなければここまで迅速にエルフを追い詰める事は出来なかっただろうという事は認めていた。人族の間にバラ撒かれた数々の兵器や技術もアーヴェルカインの常識を逸脱するもので、それらが用いられた世界大戦でも起こったならば、間違いなくアーヴェルカインの生命は滅び去るだろう。
そして最も恐ろしいのは……悠に諭されてすら、ザガリアスには『機導兵』の力が捨てきれないという事であった。それほどこの力はドワーフにとって衝撃的であり、福音であったのだ。否定的なザガリアスすらそうなのだから、勝利に飢えていた者達に『機導兵』を捨てさせるのが容易ではないのは言うまでもない。
「一度得た力の甘美なる事毒酒の如し、か」
「我々は酒には目がありませんからな」
冗談じみたドルガンの台詞だったが、実際に酔っていたザガリアスには笑い飛ばす事は出来なかった。しかもこの毒酒には勝利の美酒が混ざっているのだ。これに酔わないドワーフは居ないだろう。
「我々は負け続けた。いや、負けに耐える事は出来る。実際にどれほど過酷であろうと我々は戦い抜いて来たのだからな。……だが、勝利の快感には抗い難いという事か。その味を知らぬ若い世代は尚更であろう。エンジュのような者が蔓延ったのは我々年長者が育成を怠ったからに他ならん。戦が終わったら早急に鍛え直さねば」
ドワーフは苦痛に強い。それは肉体的にも精神的にも言える事だが、その反面、順境・快楽に弱い所があった。要するに、調子に乗りやすいのだ。酒を飲めば朝まで飲むし、女を抱けば足腰が立たなくなるまで耽溺してしまう。
「茨の道で御座いますな」
「それでもユウに比べればマシだろうよ。あの父上と『一念祈闘』など、俺でも考えられん。百回やれば百回とも殺されるぞ」
「歴代最強の呼び声も高い、生ける伝説で御座いますから。我らが陛下は……」
仮に完全武装が認められていてもザガリアスは自分がドスカイオスに勝てるとは思えなかった。ドワーフの屋台骨をただ一人で支え続けて来たドスカイオスの力は、はっきりと他のドワーフと隔絶しているのである。今や寿命も残り少なくいつ倒れでもおかしくないというのに、誰一人並び立つ者は現れないどころか、更に差は開き続けているのだ。本人曰わく「多分、死ぬ日のワシが一番強いぞ」とは笑えないが真実であろうと思われた。
「……9割9分殺されるだろうが、その時は俺の手でユウの首をエルフィンシードに返還しよう。助命嘆願など、父上が聞き入れるとは思えんからな」
「それが我らに出来る精一杯です。ユウ殿もその覚悟はしておりましょう」
「潔い生き方は美しいが、儚いものだな……」
「……」
ザガリアスもドルガンも悠が死ぬ事を疑っていない。そして悠はそれを承知の上でグラン・ガランへ赴こうとしているのだ。
その生き方がドワーフと重なり、2人はどちらともなく天を仰ぐのだった。
《バカな髭面どもめ!! 同じ髭面でもバローの方がよほどマシだ!!》
「こうなると思っていたからアスタロットは『一念祈闘』に活路を見い出したのだろう。エースロットの場合は同格の王という立場で交渉も出来ようが、俺は究極の所、ただの一般人だからな。話を最後まで聞いてくれただけザガリアスは冷静で義理堅いと思うぞ?」
《だったらサッサと兵を退けというのだ!!》
「自己判断で軍を動かせぬのが前線指揮官の辛い所よ。しかし、新しきドワーフ達はもっと現実主義のようだ。それも悪い意味でな。あれではいいようにミザリィに踊らされるだけだ」
憤慨するスフィーロだったが、悠はその怒りに引き摺られる事なく冷静に自分の目で見たドワーフという種の情報に修正を入れていた。
最初に会ったエンジュとその取り巻きは問題外としても、既に相当数のドワーフが勝つ為には手段を選ばない集団と化しているようだ。それが主流派になるのも遠い未来の話ではないかもしれない。
しかし、彼らは浅慮で、しかも弱い。だからこそこの局面を乗り越えドワーフが内政に力を入れ始めればまだ改善の余地はあるだろう。
「それにしても、どうやらドスカイオスは予想以上の強者のようだな。あのザガリアスですらバローやシュルツに近い実力者と見たが……」
《武装も相応だと思っておいた方がいいぞ。ドワーフの王なら神鋼鉄の装備一式くらいは持っていても不思議ではない》
ザガリアスの実力からスケールアップさせて考えれば、ドスカイオスは白兵戦に限れば世界最強かもしれない。そんな相手と体一つで戦うのは悠といえど大変な難事である。
だが、生命の危機が悠の心を挫く事はない。悠にとって戦って死ぬかもしれないというのは特別な状況ではなく、日常であった。
「それでも生物であれば痛みもあるし血も出よう。俺は全力で戦うだけだ」
《……せめてレイラが起きていれば……》
レイラが低位活動状態の時、悠は技術のみならず身体能力も低下しており、力だけなら今は本気を出した智樹の方が強いくらいだ。速度も神奈に及ばず、スフィーロがせめてと願うのも無理からぬ事である。
「レイラを宿無しにする気は無い。スフィーロ、お前もな」
《……フン、当たり前だ。封印しておいて勝手にくたばるなど無責任な真似は許さんからな!》
憎まれ口を叩いていても、スフィーロが悠の身を案じているという事くらいは悠にも理解出来た。とかく、自分の仲間には素直ではない者が多いのだ。
「さて、せっかくザガリアスが護衛までつけてくれたのだ、休むとしようか」
《護衛ではなく監視であろうが》
「睡眠を邪魔しないのならどちらでも同じ事だ。余計なちょっかいを掛けて来る者を通さんのならな」
外から僅かに聞こえる押し問答はおそらく悠に対して敵意のある若いドワーフのものだろうが、流石ザガリアスのつけた兵は職務に忠実で通す気配は無い事を確認すると、悠は目を閉じ、すぐに規則正しい寝息にすりかわった。軍人は休める時に休むものである。
悠の神経の太さに呆れたスフィーロもそれ以上何かを言う事も無く、憮然として周囲の警戒に務めたのだった。
次回、天幕の外での幕間を挟み、その後悠とザガリアスでグラン・ガランに向かいます。
ドワーフに関しては詳細に描写を入れていませんが、男性は主に豊かな髭をたくわえ、年配の方は禿頭が多く、身長は通常150センチ少々、体重は80キロ以上と樽のような体型が多いです。ただし王族は別で、ザガリアスは身長180センチ、体重98キロと、ルネサンス彫刻のような肉体美を誇っています。細マッチョなんて概念はドワーフにはありません。
女性の基本形は身長145~150センチ程度で体重は60キロ前後と太ましい方々が多いですが、こちらも王族であるエンジュは身長170センチと高く、体重は62キロなので見た目は人間に近い感じになっております。
総じて体毛が濃く、筋骨逞しいのがドワーフの特徴と言えますね。メラニンが豊富なのか体毛や瞳は濃い茶~黒に近いので、悠も身長が低ければドワーフに混じっても違和感がないかもしれません。
ちなみにとても剛毛ですが、女性は他の種族の例に漏れず髪型には拘ります。寝起き時の寝癖が酷いので毎朝奮闘します。髪を柔らかくする整髪料やシャンプーとかあれば流行るかも。
……男は禿げるのであまり拘りません。むしろ禿げ始めたら剃ります。潔い!!