2-23 自己紹介2
「僕からもお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」
そう言ってベットで頭を下げるのは智樹だ。まだ幼いというべきその顔は整っていて、穏やかな印象を与える容姿をしている。
「もう痛む所は無いか?」
「はい、もう大丈夫です。すこし体がだるいくらいで・・・」
「無理も無い。あれだけの大火傷ではな。何日かは休んで体力を回復させろ」
「あの・・・ぼ、僕もお手伝いさせて貰えませんか!?」
智樹は自己主張が強いタイプでは無かったが、この時ばかりは大きな声で悠にはっきりとそう告げた。神奈では無いが、智樹も自分を治してくれた悠に、多大な感謝の念を抱いていたのだ。
「僕は戦うのは嫌いです。で、でもこの世界で戦わないっていうのは、死んでもいいって思ってるって事なんだって分かりました・・・」
智樹は自分の右腕を左手で握りしめながら、絞り出す様に言った。
「君は戦う事が怖いか?」
「こ、怖いです。自分が傷つくのも、誰かを傷つけるのも嫌です。なんで皆仲良く出来ないんだろう・・・」
智樹は比較的恵まれた環境からこの世界に召喚されてきた。大人達は子供の智樹に優しかったし、智樹もまたそんな周囲の期待を受けて成長した。現在は有名な進学校の中学一年生になり、ゆくゆくは医者として沢山の人を救いたいと思っていた。
しかし、智樹の目覚めた才能は近接戦闘を余儀なくされる様な才能であった。筋力上昇と物理半減という、前衛で戦う人間にとっては喉から手が出るほど羨ましい才能であったが、何の武道の心得も無い智樹にとってそれは福音では無かった。本当は先輩である白金 直人の様な、回復術の才能が欲しかったが、智樹の魔術全般の才能はほぼ一般人レベルであり、魔法抵抗力も低かった。
一番嫌いな大人であるクライスに戦闘訓練と称して嬲られ、最終的には戦争に行く前に簡単な魔術で黒焦げにされてしまい、病室にろくな手当もされないままに放り込まれたのだ。
「仲良くしようと君が思っても、世界には君の善意が届かない相手が数えきれないほど居る。そんな相手に無抵抗のままでは殺されるだけだ」
悠は自身の世界で最初にそれを学んだ。理不尽に引き裂かれる家族。絶望しか見えない戦場。今日挨拶を交わした相手が次の日にはもうこの世に居ない現実。悠はその全てを乗り越えて、今ここに居るのだ。
「君のその心は美しいと思う。だが、その美しさは脆い芸術品の美しさだ。100人のうち、99人の賛同は得られても、たった1人の暴力で壊されてしまう、儚いものだ」
「そんなの、酷いじゃないですか!戦えない人はただ壊されるのを見ているしか無いんですか!?」
「そうだ」
周りの子供達も、そして年長組も悠の肯定に驚いた。もっと耳触りのいい言葉で優しく諭してくれるのだと思っていたのだ。
「そ、そんな・・・」
「納得がいかないか?しかし現に君の理想は壊されてしまった。俺が居る居ないの話じゃ無い。俺が居て君を助けても、それは君が自分の力で掴み取った理想じゃ無い。一生誰かの後ろに隠れて理想を叫んでも、そんな言葉は誰の心にも届かない」
悠の舌鋒は鋭く、子供と言えど容赦が無い。
「人が理想を語りたければ、誰かの後ろに居てはいけない。前に出て、全ての困難を乗り越える覚悟が君には足りない」
「だ、だって、僕はまだ子供だし・・・」
「大人か子供かなど関係無い。俺が世界に抗う事を決めたのは6歳の頃だった」
その言葉に智樹は絶句した。自分が6歳の頃の事など、記憶にもおぼろげだ。
「少し自己紹介がてらに昔話をしよう。俺が戦い始めた時の話を」
そして悠は自身の話を子供達に語り始めた。
その話が終わった時、周りは静まり返っていた。悠の生きた世界、そして時代に子供達は何も言う事が出来なかった。
「人は、自分の大切に思う物の為に立ち上がらなければならない。倒れたままでいると、その大切な物は踏み潰されてしまう。智樹、君は戦いたく無いと言ったが、生きる事はそれ自体が戦いだ。人は何かを守る為に日々戦っている。それは家族であったり、生活であったり、夢だったりと人によって違うし、その為の戦い方も違う。それでも確かに誰もが戦っているのだ。俺も、そして君もな」
「で、でも、それは悠さんが強いからそんな事が言えるんじゃないですか!?」
「俺はただの無力な子供だったよ。レイラが居なければ、俺もこんな所で偉そうに説教などしては居られなかっただろう」
「レイラ?」
《お呼びかしら?ユウ》
「わっ!?」
突然ペンダントが喋って来たので、智樹は驚いて声をあげた。子供達は「変身ヒーローには当然居るよな」などと言ってはしゃいでいたが。
《はじめまして、トモキ、そして皆。私はレイラ。ユウのパートナーよ》
「あ・・・さっきの助けてくれた竜っていうのが、この?」
「そうだ。このレイラに俺はすんでの所で助けられた」
「やっぱり・・・じゃあ悠さんだってレイラさんが居たから戦えたんじゃ無いですか!!」
智樹は憤慨していた。自分に厳しい事を言っている悠だって、結局は人に助けれられて強くなったんじゃないかと。
《勘違いしてるわね、トモキ》
「え?」
レイラに反論されて、智樹は思わずペンダントを見つめた。
《ユウは最初から戦ったわよ。絶対敵いっこない龍相手に、刃も付いてない剣の柄だけでね。だから私はユウに力を貸す気になったんだもの。軟弱なパートナーなんて、願い下げだわ》
智樹は戦う事自体から逃げた。そして悠は戦う事から逃げなかった。その溝は超え様が無いほどに二人の間に大きく、深く広がっていた。
「智樹、たった一人で戦えとは俺は言わん。お前の言う通り、俺にはレイラが居たからな。だから、今は俺がお前の側に居よう。いつか、戦える様になる為に」
悠は智樹に向けて右手を差し出した。
「俺がお前を鍛えてやろう。何者にも負けない様に。何度倒れても起き上がれる様に。――いつか、一人で戦える様に。もしその気があるのなら、この手を取れ。俺はお前を見捨てないと約束する。・・・それでも戦えないというならそれでもいい。いつか帰る日まで、お前を守ろう」
智樹は青い顔でその手を見つめていた。戦うのは怖い。傷つけるのも怖い。そして、死ぬのも殺すのももっと怖い。それでも、生きていたかった。
悠は決して急かす様な真似はしなかった。ただ右手を差し伸べて、智樹をじっと見つめていた。人に強制されて何かを始めても、本人にいい影響は出ないと知っていたから。
長い時間、智樹は悠の手を見つめていた。そして震える右手を少しずつ、少しずつ持ち上がって行く。
もう人の顔色を窺って生きるのは嫌だ。卑屈に笑ってやり過ごすのは嫌だ。前を向いて生きていけないのは嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
智樹の心に熱い思いが宿った。それは意志の光であり、闘争心を現す様に赤く光り輝いた。
「ぼ、僕は、つ、強く、強くなりたい!誰よりも、ゆ、ゆ、悠さんよりも!!だから、お、お願いします!!」
智樹は悠の手を強く握りしめた。それでも悠の手は鋼の如くその力を受け止めた。
悠は智樹に在りし日の自分を重ねていた。その誓いの言葉がフラッシュバックしたのだ。
「だれよりも、つよくなりたい」
それは悠と同じ出発点であった。
気弱な智樹がこれからどう変わるのか。
子供達の成長もこの話の肝でありますので、作者も頑張ります。