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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-82 新たなる旅路5

「あそこか!」


アガレス平原を駆け抜けたザガリアスは既に集まりだしている他の兵士達の塊を見つけて飛び込んだ。


「若!?」


「エンジュはどうした? もう相手は捕らえたのか?」


「それは……ご自分の目でご確認頂いた方がよろしいかと」


微妙に気まずそうな返答にザガリアスは僅かに眉を顰めたが、殆どのドワーフ達がザガリアスが駆けつけた事にも気付かず、食い入るように前方を見つめているのを見て自分も視線を先に向け――思わず言葉を失った。


キキンと澄んだ金属音が幾度も鳴り響き、エンジュの持っていた長斧ロングアックスが、兜が、小手が、鎧が体から金属片となって離脱していく。驚愕に見開かれたエンジュの手に残されたのは僅かに残った長斧の柄だけだった。


しかも、これが最初では無い証拠に、周囲に転がっている侍女隊は一人残らず装備を引き剥がされた上に倒されており、圧倒的な実力差を如実に物語っていた。


ザガリアスですら今の斬撃には背筋に冷たいものを感じ、思わず武器を持つ手がぶるりと震える。あんな人差し指にも届かないような簡素で小さなナイフが、ザガリアスの目には希代の名剣のように映っていた。エンジュ如きが一合でも合わせられるレベルの相手で無いのは明らかだ。


「ば……化け物……!」


ガチガチと歯を打ち鳴らすエンジュの膝が笑い、ぺたりと尻餅をついても悠の態度は変わらない。


ゆっくりと振り上げたナイフが雷光のように振り下ろされた時、エンジュは遂に意識を手放した。


ナイフで斬った訳ではないが、その殺気だけは存分に込めた一撃を間近で見たエンジュの精神がそれに耐えられなかったのである。


「……」


全員の無力化を済ませた悠は周囲を見回し、ザガリアスの所で目を留めた。


悠とザガリアスの視線の交錯にドワーフ達は静かに道を譲る。人垣で作られた道を両者はどちらが促すでもなく進み、至近距離まで近付くと悠が口火を切った。


「ザガリアス・ビスカヤー・グラン・ガラン第一王子とお見受けする。自分はエルフィンシードで『客員火将ゲスト・ファイヤージェネラル』の座を預かる悠と申す者。此度はドワーフに伺いたい事や諸々あって参りましたが……些かならず落胆しております」


「……っ」


歯に衣着せぬ悠の物言いにザガリアスの眉が跳ねるが、だらしなく転がるエンジュ達を見て、苦虫を噛み潰したような表情で押し黙った。今は何を言っても恥の上塗りにしかならないと知るがゆえだ。


「ドワーフは勇猛果敢なれど礼節を重んずる高潔な種と聞き及びましたが、あの者達を見るにその評が正しいとは思えません。戦場の手柄は武人の誉れなれど、それはあくまで余禄に過ぎぬもの。功名を求めて戦を望むなら、ドワーフは蛮族の誹りを免れませんぞ?」


悠の口調は丁寧ではあったが、内容はこの上なく過激なものであった。ドワーフにとってエルフとの戦争は自分達の正当性を訴える為のものであり、個人が武功の為に行っているとなれば大前提が崩れ私欲による戦に堕するのだ。それゆえ、過去を知る古兵達はエンジュ達を倒した悠よりも、戦場のいろはを知らぬエンジュ達にこそ冷ややかな目を向けていた。


その気配を敏感に察したザガリアスは悠の言を認めるしか無かった。


「……貴殿の言う通りだ。我らドワーフとエルフの戦は祖霊に捧げられるものであって、個人の戦功など求めぬ。久方ぶりの戦勝に驕って馬鹿な妹に任せたのは我が不明、許されよ」


「謹んでお受け致します」


素直に認めたザガリアスとそれを受けた悠にドワーフ達の反応は2つに割れていた。比較的年嵩の者達は好意的に頷いたのに対し、エンジュ達と年齢の近いドワーフ達は悠に対し憎々しげな視線を送っている。ザガリアスが睨み付けると慌てて顔を逸らしたが、それを見て悠は自説を補強した。


おそらく、ドワーフは負け過ぎたのだ。当時を生きた兵達はその志を胸に戦い続けているのだろうが、それより後に生まれた者にとってこの戦争は生まれた時から続く悪習に過ぎず、ただ困窮を深めるだけのものだったのだろう。エルフを憎むあまり、自分達の美点である高い精神性を失いつつあり、それが個人的な武功に走る若者を増やしてしまったのだ。


ハリハリは同胞であるエルフ達を血に酔わせてしまった事を深く悔いていたが、ドワーフもまたいつ果てるとも分からぬ、実りの無い殺し合いの中で変質を余儀なくされてしまったのだと思えば、どちらも戦争の被害者と言えるのかもしれない。


「幾つか尋ねたい事がある。……が、ここは空気が悪い、我が天幕へ参られよ」


「畏まりました」


悠が胸の前で両拳を合わせて頭を下げるとザガリアスはおやっと軽く目を見開き、少し目元を緩め、その拳の上に手を置いた。


「まさか人族がドワーフの合拳礼を存じているとは……。心配には及ばん、我が天幕の内にある限り、誰にも手出しはさせぬ」


合拳礼は貴人に対し敵意が無いと伝える為のものだ。ザガリアスが悠の拳に手を乗せたのは、その意を受け取ったという意味である。もしザガリアスの意志に反して悠に手を出せばそれはザガリアスの面子を潰す事になり、ザガリアスは自らの誓約を軽く見る者を決して許さないだろう。


ザガリアスが歩き出すと悠もその背後に従ったが、気絶したエンジュ達の側に居た若いドワーフ達が声を上げた。


「ザガリアス様!! エンジュ様の介抱を――」


「捨て置けいッ!!!」


迸るような怒号が風に乗ってばら撒かれ、思わずその場の者達は全員動きを止めた。


「自分で買って出た任務も果たせず、しかも殺そうとした相手の情けで生かされたのだぞ!? 仮にそこに転がっておるのが骸だったとしても俺の知った事か!!! ……妹だと思って甘く接していた俺が浅はかだった。もうエンジュは戦場に出さん。目が覚めたら自分の足でグラン・ガランに帰らせろ!!!」


「し、しかし――」


「くどい!!! さあ、全員持ち場に戻れ!!!」


ザガリアスの甚大な怒りにドワーフ達は弾かれたように三々五々に散っていた。こうなったザガリアスを説き伏せる事が出来るのは、ごく僅かな者達だけだと知っているからだ。もし勝手にエンジュ達を介抱すれば、ザガリアスは容赦なく拳を振るうであろう。


ザガリアスにしてみればエンジュの事は自分の恥でもある。見張りの許可を出したのはザガリアスであるし、妹が可愛くないはずもないが、ここまで傲慢に育っていたとは思わなかったのだ。この上エンジュに手厚く施すのは恥の上塗りでしかないし、その相手がこの場に居るならば尚更である。


(これが戦勝の毒か……自戒せねば)


鍛えに鍛えたつもりだったがまだまだ未熟と、ザガリアスは得物を持つ手に力を込めた。


翻って、背後の悠はどうか。


礼をもって接してはいるが、当然悠に対する警戒は怠っていないザガリアスである。何か不穏な気配があればすぐにでも首を飛ばす準備は出来ていたが、先ほどの尋常ならざる殺気が嘘のように背後の気配は凪いでいた。


追い詰められた軍の将とは思えぬ落ち着きぶりにザガリアスは内心で感嘆を漏らさずにはいられない気分であった。もしザガリアスが体面など気にせず全軍を差し向ければ死ぬしかないという状況だと分からない男では無いだろう。


だというのに、汗一つかかない涼しい顔で堂々とドワーフのただ中を一人行く悠の剛胆さは特筆に値するものだ。国賓だから殺されはしないなどという保証はどこにもないというのに……。


ザガリアスは心中に湧き上がる感情に当惑した。散々恥を掻かされた相手だというのに、どうにもこの悠と名乗る人族への好感が否定出来ないのである。武、勇、礼、そのどれもがザガリアスの目に適っていて、些かも卑屈な所が無い人物像は人族であり、エルフに合力しているのが心底惜しいと思えるほどだ。もしドワーフに生まれていたならば得難い友となったかもしれないとすら感じていた。


だが、ザガリアスは軍の一翼を担う将であり、グラン・ガランの王族である。自分勝手な好悪の念で油断する訳にはいかなかった。


聞かねばならない事は多いのだ。まず第一に人族がエルフと手を結んだのかを問い質さねばならないし、なぜ『火将』に叙せられているのか、どういう趣旨で一人この場に赴いたのか疑問は尽きない。


しかし、本当に聞きたい事はむしろ、もっと個人的な事柄であった。


(このような男が人並みの人生を歩んで来たはずがない。是非とも一武人として腹を割って話をし、手合わせしてみたいものだな……)


話の流れによっては矛を交える事になるかもしれないが、そういう事情を抜きにして語り合ってみたいと思うザガリアスであった。

悠に出会い、少し頭の冷えたザガリアス。


エンジュは……まぁ、自己責任ですから妥当な対応じゃないですかね。本人がどう思うかは知りませんが。

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